7月

『4時のオヤツ』
  杉浦日向子著
 様々な「オヤツ」が登場するショートショート集。ほぼ対話分のみで構成されているのだが、言葉使いが妙に古い。’91年〜’94年に書かれていた作品なので、今読んで古さを感じるのはしょうがないのだろうが、それにしても’90年代というよりも’80年代のような雰囲気が。ファッションや風俗は書き込めば書き込むほど風化するのが早いというのが辛い所か。著者の実兄が撮影したというオヤツの写真がやわらかくて良い感じ。どちらかというと写真の方が文章より美味しそうな気が・・・

『村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ』
  三浦雅士著
 実際に交流の深い作家・村上春樹と翻訳者・柴田元幸の世界観の根底には、共通するものが流れるのではないか。現役で活躍している作家と翻訳家を論じるという、ちょっと珍しい評論。柴田へのロングインタビューは結構貴重かもしれない。内容云々よりも、文章の所々に妙に砕けた部分(「〜って」「〜というか」のような)があって、そればかりが気になってしまった。先生、もうそんなお年じゃないですよね・・・。私は村上作品の良い読者ではない。そして、私は柴田元幸の翻訳文は好きだが、柴田元幸が好きな作家を全面的に好きかと問われると、そうでもない。それは多分、著者言う所の「メランコリー」をあまり解さないからではないかと思い当たった。

『火事と、密室と、雨男のものがたり』
  浦賀和宏著

 「力」の持ち主である八木剛士と松浦純奈は、女子高生の首吊り事件と連続放火事件を追う。日陰者の非モテ男子の物語であるが、様々な母子の側面をちらりと見せていくシリーズでもあるのだろうか。ともあれ青春ものであることに変わりはない。今回は引きこもり少年・八木も加わり、自意識過剰さとイタさも倍増。イタいけどこの子らに愛着を覚えずにはいられません!だって昔の自分みたいなんだもん!既にミステリとしての道筋を見失いつつある・・・。ある「力」という、あまりにも不確か(客観的に本当のこととは思えない)なものを推理の基盤にしている所が面白くも危うくもある。

『群青の夜の羽毛布』
  山本文緒著

 いやー怖い。ねっとりと支配されていく様が、下手なホラーより怖い。でもこういう母親って(ここまで極端じゃなくても)、実際にいるんだよなー。しかも母娘関係のエグさだけかと思っていたら、ダメ押しのようなオチ。そこまでやるか・・・。この母親、結局何をやりたくて何が欲しいんだろう。母親と娘の間のこじれっぷりには、読んでいてげっそりとした。ヒロインであるさとるだけでなく、その恋人・鉄男も、母親に対してわだかまりがある。しかし、さとる母娘のような壊滅的な拗れ方はしていないらしい。どこで違ってしまうのだろうと、しみじみ考えた。

『ZOO 1』
  乙一著

 趣向を凝らした短編集。単行本では1冊だが、文庫化では2冊に分かれた。文庫で読んだので「1」付き。うーん、これは面白いのだろうか・・・。テクニカルなのはわかるのだが、心底面白いと思えるかというと、あまり思えない。世間的には評価が高いらしいが、どのへんで評価が高いのかがよくわからない・・・。単に私の好みなのだろうが。「オチで大どんでん返し」みたいなものには、あまり面白さを感じないようになってきたらしい。文章が妙にぎこちないのも気になる。

『今からでは遅すぎる』
  A.A.ミルン著、石井桃子訳

 「くまのプーさん」の作者であるミルンの自伝。しかし「プーの作者」と言われることは、著者にとっては大変不本意だったことがわかる。著者が長く携わってきた「パンチ」記者としての時代や劇作家としての時代と比べると、子供の本の作者としての時代に触れられたパートはごく短い。そもそも、とりたてて子供好きな人ではななかったらしい。特に子供に対するセンチメンタルな思い入れとは無縁の人だったようだ。むしろ、子供向けの作品を書く際にはセンチメンタリズムを慎重に排していていたことが分かる。不本意とは言え、優れた子供向け作品を書くことができたのは、自身の子供時代が幸せな物だったからだろう。子供時代に割かれたパートが大きいのもその証拠では。評価してほしい部分と別のところで高い評価を受けてしまうことは不愉快だったようだ。しかし、子供向けの作品で見られる観察力やからっとしたユーモアは、パンチへの投稿・編集で培われたものだろう。1人の作家のキャリアと自己評価が窺えて興味深かった。

『ページをめくる指』
  金井美恵子著

 絵本についての随筆集なのだが、雑誌「母の友」に連載されていたそうだ。金井美恵子と「母の友」・・・うわー相容れなさそう・・・。しかし内容は面白い。カラー図版もいっぱいだ。自分が慣れ親しんできたものを、自分が好きな作家が取上げてくれるというのは、それだけでうれしい物だ。子供の頃は全く気付かなかったような読み方も示唆されていて、目からウロコ状態に。そして何を評しても金井美恵子は金井美恵子なのだった。うううーん底意地が悪い。

『バレンタイン』
  柴田元幸著

 英米文学翻訳者である著者の初短編小説集。しかし柴田翻訳本を読みなれているせいか、著者によるオリジナル小説というより、著者が翻訳したバリー・ユアグローあたりの小説という趣がある。日常から非日常にスコンと抜ける(そして一歩間違えるとただのバカ話な)所が似ていると思う。ただ、それだと著者自身が小説を書く必要ってあるのだろうかと、ちょっと思ってしまった。こういう作風の小説だったらユアグローなりダイベックなりを読めばいいんじゃないかと。

『The MANZAI(2)』
  あさのあつこ著

 中学最後の夏を迎えた歩たち。貴史は相変わらず漫才をやる気満々で、夏祭りでの公演をやろうと誘ってくるが、歩は断固拒否している。そんな中、同級生の美少女・恵菜が学校で嫌がらせを受ける。歩のちょっとした成長が窺える2巻目。そして男子&おばさまキラーっぷりにも磨きがかかっているのだった。子供が抱える問題とかもやもやとかを、真正面から、しかし軽やかに描いていて、シリアスなパートも読みやすい。小中学生の夏の読書にはもってこいだ。歩が「学校なんて、そんなに必死になってまで通うことない(中略)おれは、そう言って欲しかった」というセリフには、自分が彼らと同年だった頃を思い出してしまった。

『世界の音を訪ねる 音の錬金術師の旅日記』
  久保田麻琴著
 ブラジル、モロッコ、スリランカの音楽祭を著者が訪ねた際の紀行文と、著者へのインタビューの2部から成る。著者は日本におけるワールドミュージックというジャンルの草分け的存在。文章を書くのは得意ではないらしく、第一部の紀行文はちょっとわかりにくい部分も。音楽が言葉で説明しにくいジャンルだということもあるだろう。文章からどんな音楽か想像できる、ある程度を聴く人向けかもしれない。インタビューの方がこなれている。特に、今のブラジルの音楽に興味が沸いた。トラディッショナルな音楽が依然として強い力を持っている一方で、若手がどんどん育ってきているようだ。付録のCDもとても面白い。なにやら楽しげだ。

『パーフェクト・スパイ(上、下)』
  ジョン・ル・カレ著、村上博基訳

 英国情報部員のマグナス・ピムが姿をくらました。彼は果たして二重スパイだったのか?ピムが息子に書き綴る自伝と、ピムを捜す同僚や家族の2方向から描かれる、1人の男の姿。ピムは「天性のスパイ」と称されるが、それにしては自分がやっていることの自覚が薄く、やっていることは場当たり的だ。スパイだが国のためにという意思も薄い。そして気軽に(すぐにバレそうな時も)嘘をつく。自分を偽らずにはいられないのだ。彼は幼い頃から自分を偽り、架空の身分や家族を作り上げる習慣があった。そもそも彼にはその場に応じた擬態しかなく、本当の自分などなかったことが露呈してくのがなんとも虚しい。また、詐欺師であった実父、彼をスパイの道に引き入れる先輩職員という、2人の父親的存在との葛藤の陰影が深く切ない。強烈な父親の影からは、中高年になっても逃れられないものなのだろうか。男性同士の繋がりが濃密なのに対し、女性は入れ替わり立代り登場するものの、(母親的存在だった女性らを除き)彼との関係は希薄なのが興味深い。ちなみに、作中何度も「イギリス人だがホモなのか」という趣旨の言葉が出てくるのだが、イギリス人はホモが多いという通説でもあるの?

『親指のうずき』
  アガサ・クリスティ著、深町眞理子訳

 もう初老となった、おしどり探偵トミーとタペンス。伯母の遺品の風景画に、見覚えがあると気付いたタペンス。その絵を伯母に贈った老女は、急に老人ホームから姿を消していた。胸騒ぎをおぼえたタペンスは、風景画に描かれた場所を探すが。映画化(何故かフランスで)されたそうなので予習として読んでみた。さすがクリスティ、リーダビリティ抜群。ミステリ的にはちょっと強引な気もするが、会話の妙がある。特に登場するおばあちゃん達の描写には「あるある!」と強く頷いてしまうのだった。私の身内にもいらっしゃいます、こんなお婆様・・・(思い出してどっと疲れつつ)。

『元気なぼくらの元気なおもちゃ』
  ウィル・セルフ著、安原和見訳

 ・・・コメントに困るよこの短編集・・・。いや面白くないわけじゃないんですけど、どのジャンルともつかず、ものによっては山もオチもあるのかないのか良く分からないという妙な作風。あえて言うなら与太話的奇想小説とでも言えばいいのか。特に与太度の高い「リッツ・ホテルよりでっかいクラック」が一番私好みだった。この後日談「ザ・ノンス・プライズ」はなかなかにシニカルで悲哀漂うのだが。ちなみに著者本人がドラッグ常用者だったそうなので、ドラッグ関係の描写は正確なのではないかと(笑)。

『象牙色の嘲笑』
  ロス・マクドナルド著、高橋豊訳

 探偵リュウ・アーチャーは、ユーナという女性からの以来で、若い黒人女性ルーシーを捜す。ルーシーはあっさり見つかったものの、彼女はその後刺殺されてしまう。一体何があったのか。出てくるキャラクター全員が訳ありで、少々陰鬱な雰囲気がある。その中でアーチャーだけはそういったバックグラウンドがなく、観察者としての立居地が際立って見えた。本作ではアーチャーの一人称が「おれ」なのだが、「僕」の方が彼のキャラクターに合っていると思う。実はそんなにタフなキャラクターではないのではないかと。所で、ロスマクはブスに対して手厳しいのう・・・。このメンクイめ!それともブスに対して嫌な思い出でもあったのか。

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
  リリー・フランキー著

 著者の自伝的小説。初の長編小説とあって、決して上手くはない。各章の最初にあるポエム風の文も恥かしい。が、一旦父母が登場して喋り始めると、ぐっと文が生きてくるのだ。これは、著者の父母がそもそも面白い人達だったのに拠る所が大きいのではないか。特にお母さんは、著者と同居していた晩年の様子からも(多少誇張はあるのかもしれないが)、愛すべき人、何か一種の人徳のある人だった様子が窺われる。素直に、実直に書かれているが、小説としてものすごく面白いかどうかは微妙。ただ、著者は母親の死という大きなきっかけがあったからこの小説を書けたのであって、(今後も小説を書くのだとしたら)こういう作品はもう書けない(書かない)のではないかと思う。そのくらい率直かつ素直で、そこが感動を呼ぶのではないかと思った。・・・私はあまり感動もしなかったけど。

『腕(ブラ)一本 巴里の横顔』
  藤田嗣治著
 画家・藤田嗣治のエッセイ集。進学について森鴎外に相談していたり、モジリアーニと交友が深かったりと、意外な発見も。パリ在住時には、最初大変な貧乏生活だったが、後には随分もてはやされた(自分で言っていることだから誇張はあるだろうが)そうだ。しかし第二次世界大戦後に帰国。従軍画家として活躍するが、戦後戦争責任を追及される。エッセイを読む限りではあまり政治的な人ではなく、面白そうだと思った素材に真っ向から取り組んでしまったのではという感じもする。晩年の文章では鬱々とした感情が吐露されていて、若い頃の威勢のよさは感じられない。日本からは拒否され、帰化したフランスでもフランス人にはなれず、あまり幸せな晩年ではなかったのか。

 

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