3月

『フェアリィ・ランド』
  ポール・J・マコーリイ著、嶋田洋一訳
 ドールと呼ばれる人工生命が必需品となっている近未来のロンドン。かつて遺伝子ハッカーとして名を馳せたアレックスは、ひょんなことからナノウェアの天才である少女・ミレーナと知り合う。彼女はアレックスにドールを盗ませ、電子チップを入れ替えて知性を持つ「フェアリイ」を生み出し、姿を消した。彼女は自分が君臨する新しい世界を作ろうとしていたのだ。テクノゴシックSFと呼ばれるジャンルらしいが、SFに疎い私にはなかなかついていくのが大変だった。小説内で起きていることの半分くらいは理解できていないかも・・・。10数年にわたってアレックスは姿を変えたミレーナを追い続けるのだが、幻想の美少女を追い続けるオタクのようで、ちょっとイタくもせつなくもあります。

『テキサスは眠れない』
  メアリ=アン・T・スミス著、匝瑳玲子訳

 死刑執行まであと10日と迫った、聖女の微笑みを浮かべた女。彼女は本当に殺人犯なのか?タイムリミット付きの冤罪捜査という比較的地味そうな始まり方だったのだが、中盤でいきなりド派手な展開に。主人公であるFBIの女性捜査官ポピーがかっこいい。私はアメリカの女性主人公(刑事とかFBIとか弁護士とかの)のサスペンスというと、ヒロインがぎすぎすしていて苦手なことが多いのだが、ポピーには好感が持てた。気風が良く、強いだけじゃなくてユーモアがある。テキサスに来て、わざわざウエスタンブーツをカウボーイハットを買ってしまうというノリの良さもお茶目(しかも結構お高いものを)。

『暗く聖なる夜(上、下)』
  マイクル・コナリー著、古沢嘉通訳
 刑事を退職したボッシュは、未解決だった若い女性の殺人事件を調べ出す。同じく未解決な映画撮影現場で起きた厳禁強奪事件と絡んでいると睨むのだが、捜査を始めると同時にFBIから圧力がかかってくる。所々で出てきた雑談とか薀蓄とかがきちんと伏線になっていて、上手い。最後は「おお!」という感じだった。ボッシュは既に警察を退職しているので、実際には捜査を続ける義務も権限もない。彼がやっているのはおせっかいと言えばおせっかいだし、ちょっとひとりよがりでもある。自分にとっての正義を行おうとする姿には危うさも感じる。「怪物と向き合うには自分が怪物とならないように気を付けなければならない」という意のニーチェの言葉が作品内で引用されているのだが、これはシリーズ通してのテーマになっているのかもしれない。

『イノセント(上、下)』
  ハーラン・コーベン著、山本やよい訳
 携帯電話に送られてきた妻の浮気現場らしき画像は、何を意味しているのか。コーベンの単発物はシリーズ物と比べると、話の展開がスピーディーで「絶対飽きさせない!」という意志を感じる(笑)。そしてどんでん返しが連発する傾向があるが、今作も同様。正にジェットコースター状態で、先の展開を一切予測せずに読むと大変面白かった。リーダビリティは抜群に高いと思う。過去に誤って人を殺してしまい、4年間服役していた主人公のマットをはじめ、取り返しのつかない過去を背負いつつも、何とかまともに生きていこうとする人達が登場する。しかし作品の雰囲気は重くはない。基本的に、著者の人間観がポジティブなんだろうなと思う。

『完全なる四角』
リード・ファレル・コールマン著、
熊谷千寿訳
 元警官のプレイガーは、町の有力者から失踪した息子の捜索を頼まれる。息子が失踪前に奇妙な行動をとっていたと分かった折り、父親が調査の妨害をしてくる。また例によって父息子の確執(しかも死んだ長男付き)ものか・・・。しかし次男がかわいそう過ぎる。自分の意に添わない息子というのは、そんなに憎いものですかね。この父親が実に実に嫌な奴で、しかも最後の最後まで粘着質に嫌がらせしてくる。もううんざり。最初は冴えなかった主人公が、だんだん警官らしさ、正義感を取り戻していくのには好感が持てた。

『アイルランドの棺』
  エリン・ハート著、宇丹貴代実訳

 考古学者コーマックと解剖学者ノーラは、アイルランドの失言で発見された赤毛の女性の頭部を調査する為、小さな町を訪れる。この町では、町の名士の妻子が失踪するという事件が起きていた。湿原の泥の中に鉄器時代の遺体が発見されることがあるとは、知らなかった。泥によって遺体が保存されて貴重な歴史的資料になるのだとか。この考古学的な謎と、現代の失踪事件が平行して解明されるというちょっと変わったミステリ。アイルランドという土地柄もあるのか、神秘的な所がある。ミステリとしては強引でいまいちなんだけど(警察がボンクラすぎるし)。アメリカとは異なり男女の仲がなかなか進展しない所が奥ゆかしい。やはりお国柄か。

『文人暴食』
  嵐山光三郎著
 皆さん食べすぎです!もしくは飲みすぎです!才能ある人は食に対する欲望も桁外れなのか。食の嗜好からその作家の文学まで読み解くという近代文学史。もちろん粗食な人も中にはいるのだが、殆どの人がものすごく食べるか、ものすごく飲むか、偏った美食家かの何れかで、食生活がやたら面白い。特に南方熊楠は食欲も怪人並で大変な大食家。何と吐くのも上手かったらしい。ちなみに、彼が天皇に粘菌標本を謙献上する際、愛用している森永キャラメルの空き箱に入れて献上したという。慣例どおり桐箱を作っていたのだが、どうにも気に入らなかったらしい。天皇はキャラメルの箱に入っているのを見て「熊楠は面白い人だ」と喜んだとか。

『終末のフール』
  伊坂幸太郎著
 隕石が地球にぶつかるまであと3年の世界を舞台とした連作短編集。隕石が〜という設定を除けば、全く何の変哲もない話だ。特に表題作は主人公の年輩男性の造型、妻や子供との関係にしろ、びっくりするほど類型的。異常な背景だからこそ普通の日常が際立ち、その大切さが実感されるということはあるかもしれないが、こういう題材にわざわざこの背景をもってくる必要があったのかなー。それとも、今「普通のこと」を小説で書こうとすると、こういう方法しかないのだろうか。伊坂は基本的に愚直な所がある(誉めてます)作家だと思うのだが、今作では良くも悪くもその愚直さが色濃く現れてたと思う。

『あなたに不利な証拠として』
  ローリー・リン・ドラモンド著、駒月雅子訳
 警察機構で生きる5人の女性それぞれを主人公とした短編集。どの短編にも心をギリギリと締め付けられた。同じ女性を主人公とした複数の話で、その複数の話の間に彼女に何があったのか、明記はされないが文章の随所でそれがわかるという所が上手い。そしてその「あった」ことが切ない。人生のどうにもならなさが滲んでいる。文章は淡々としているのだが、いきなり殴りつけられるような感じが。傷を負いつつ、その傷とどう折り合いをつけるかというテーマが一貫してあるのだが、傷に慣れていくことは出来ても、傷が癒えることはないのかもしれないと感じさせられた。著者はバトンルージュ市警に勤めていたことがあるそうで、捜査現場の臨場感や警官の心理はとても生々しい。優れた警察小説であると同時に、純文学的でもある。

『あなたの魂に安らぎあれ』
  神林長平著
 神林作品なのに読みやすい!長編デビュー作だからまだ神林語が確立されていないのか。火星の地下に作られた都市に住む、単調な生活を続ける人間達と、放射線が降り注ぐ地上で華やかな文明を築いたアンドロイド達。しかしアンドロイドの世界が終末を迎えるという予言が、密かに噂されていた。「自分は何者なのか」、アイデンティティの不確かさというテーマは初期作品から続いているのか。題名でかなり得をしているような気がするが、著者の作品の中ではとっつきやすいと思う。ラストの世界の変容は物悲しくもあり感動的でもあり。

『悲しみの四十語』
  ジャイルズ・ブラント著、阿部里美訳

 カナダの田舎町で起きた、10代の少年少女を狙った連続殺人事件。刑事カーディナルと新しく相棒となったデローナは捜査を開始する。しかし警察内の不正を調べる特別捜査室にいたデローナは、カーディナルにかけられたある疑いをも調査していたのだ。殺人事件と警察内の不正という2つの事件が平行して進むのかと思っていたら、不正事件の方はなかなか解明されない。メインの殺人事件のほうも途中で犯人が登場してしまうので、ミステリというよりはサスペンス。特に犯人が登場してからの展開はスリリングで、急に小説が加速する感が。この犯人、読んでいて久々に怖かった・・・。殺人方法がこれまた痛そうなのだ。

『詩人のノート』
  田村隆一著

 詩人である著者の、1974年から75年までのエッセイ。洒脱だが洒落すぎていない所がいい。色々な詩人の作品が引用されていて、そちらも読みたくなった。西脇順三郎はやっぱりいいわ〜。著者が自分のことを「初老」と称しているので、当時既にそんな年齢だったっけと意外に思ったが、解説を読んだらまだ50代の頃の著作だった。照れで初老と称していたのか、それとも初老キャラを演じていたのか。著者は鎌倉在住だったので、鎌倉の四季折々の風物が出てくる。読むと鎌倉に行きたくなる本でもあった。

『作家小説』
  有栖川有栖著

 小説家が出てくる短編小説集。1話目「書く機械」はブラックコメディ風なのだが、あの人やこの人が書いたらもっとボルテージが上がって笑えるんじゃないかって・・・(モゴモゴ)。しかしまんま漫才な「作家漫才」は関西人のDNAがなせる技なのか、結構こなれていて楽しい。最も著者らしいのは、やはり一捻りある「サイン会の憂鬱」「殺しにくるもの」だろう。話は短く最後に一オチ、というパターンがいいのかもしれない。最後の「夢物語」は、他の作品とは別種の怖さがあった。最後に一オチ、というパターンは同じなのだが。

『凍りのくじら』
  辻村深月著

 オチで小説のジャンルが変わった。しかしわざわざこのネタを使わなくても成立しそうな話ではある。「ドラえもん」に対するオマージュなのか?この設定だと解説口調というか俯瞰視線というかが許されちゃうのでちょっとずるい気もするが・・・。藤子F・不二雄先生を愛する女子高生・理帆子は、誰といても自分の居場所がない気がしている。有名カメラマンであった父は失踪、母は病気で余命いくばくもない。彼女はある日、上級生の少年から、写真のモデルを頼まれる。割と頭のいい10代の少女の、色々見えすぎちゃってちょっと辛いと思っている感じとか、それ故の傲慢さとか、しかしまだまだ若いので肝心なことは見えていない所とかが上手く描かれていると思う。しかし読んでいてどうにも居心地が悪い。思春期をとっくに過ぎた身には恥かしくって・・・。主人公が周囲を舐めている(彼女自身自覚はある)所が、そういうキャラ設定だとは分かっていても少々不愉快だった。油断しすぎ!作品としては面白かったと思う。

『夢見る宝石』
  シオドア・スタージョン著、永井淳訳
 養父母から逃げ出した少年ホーティは、クリーチャー達のカーニバルに潜り込む。小さな美女ジーナの手助けで彼女の妹に成りすますことになった。一方、カーニバルの団長モネートルは不思議な水晶を集めていた。水晶達が夢を見ると、その夢が人や動植物になって現れるのだ。著者は異形のものに対するシンパシーがあるのだろうか。その反対に、ホーティの義父のようなタイプの人間(他の作品にも似たような独りよがりタイプの人が出てくるが)は心底嫌いらしい(笑)。悪人であるモネートルよりこの義父は嫌らしく書いてあるのだ。一番怖いのは人間なのか。しかしそれでも、人間の良心、愛に対する信頼が感じられる。意外に楽観的?ラストが美しくてほっとする。

『愚か者の祈り』
  ヒラリー・ウォー著、沢万里子訳

 コネチカット州の小さな町で、若い女性の他殺死体が発見された。ダナハー警部とマロイ刑事が犯人を追うが。警察小説の古典となる作品らしい。さすがに今読むと古びているし(頭蓋骨からの顔の復元を素人が出来るのだろうかとかなりひっかかってしまった)、かなり地味だ。しかし犯人を割絞り込んでいく過程は意外に本格ミステリぽくて悪くない。終盤でバタバタと犯人がご都合主義な動きをしてしまうのが残念。ここでもうちょっと粘ってたらなー。ともあれ、頑張るダナハー君がかわいいからいいのだ。彼の愚直な努力がタイトルの所以か。

『さむけ』
  ロス・マクドナルド著、小笠原豊樹訳

 新婚の妻が失踪し茫然自失としている青年アレックスを見かね、妻探しを引き受けたアーチャー。ほどなく妻は見つかったものの、彼女は夫の元に戻る気はなく、更に殺人容疑をかけられていた。リュウ・アーチャーはやはり若者の味方なのかもしれない。アレックスをうっとおしがりながらも何かと力になってしまう所に彼の優しさが見える。反対に、年長者に対しては結構厳しいような・・・。若い夫婦が主軸となる話なのかと思いきや、次々に事件が起きて軸がずれこんでいくような感じがした。著者はフロイトの影響を強く受けているというが(本作が書かれた当時にブームだったということもあるだろうが)、本作には特にその影響が色濃く現れている。今読むと、結構理屈っぽいというか、あまりに図式的ではあるが。最後の一文が効いていた。

 

乱雑読書TOP  HOME