1月

『夜明のフロスト』
  
R.D.ウィングフィールド他著、木村仁良編、芹澤恵他訳
 クリスマスにちなんだ海外ミステリのアンソロジー。イギリスが世界に誇る2大困ったおっさん警察官である所のダルジール警視(レジナルド・ヒル)とフロスト警部(R.D.ウィングフィールド)の短編を収録という豪華版だ。表題作「夜明のフロスト」がやはり面白かった。上司にするならダルジールよりはフロストだな。下品で人使いは荒いけど、汚れ仕事は自分でやっていたり、上層部からのプレッシャーから部下を守ったりと、意外に気概がある。基本的に人に対して優しいのが魅力だと思う。

『ブレイン・ドラッグ』
  アラン・グリン著、田村義進訳

 変死した元・義兄から新種の錠剤を手に入れた、売れないライターのエディ。その錠剤MDT−48は、脳を活性化する働きがあり、服用したエディは仕事は順調、会話はスムーズ、株で大もうけ。しかしうまい話ばかり続くわけがないのだった。アリ地獄のようにじわじわと恐い。その場しのぎの嘘と薬の服用を続けるエディに対して、ああそんなことしたらダメ〜っ!と思いつつも、自分が同じ立場だったら多分同じことをしちゃう、薬にズブズブはまっていくだろうなと。一度「有能な自分」を味わっちゃうともう元に戻れないと思う。破滅へまっしぐらな嫌〜な読み心地だった。

『続明暗』
  水村美苗著

 夏目漱石の絶筆となった『明暗』。この続編を現代の女性作家である著者が書いた。どんなものなのかと思ったが、いやー面白い。『明暗』ではいまひとつ何を考えているのか分からなかった清子という女性が浮き彫りになった。そして主人公・津田の妻であるお延も、女性にとってより共感しやすい造型になっていると思う。漱石の女性に対する意地悪な視点が、著者によってひっくり返されてしまったような感じだ。もっとも、津田の小物ぶりというか、ある種卑怯な所は同じなのだが。

『ホッグ連続殺人』
  ウィリアム・L・デアンドリア著、真崎義博訳
 ニューヨーク郊外の町スパータで、被害者にも死に方も異なる複数の変死事件が起きた。それぞれの事件の後には殺人鬼「HOG(ホッグ)と名乗る声明文が送られてくる。果たしてHOGの正体は?犯罪研究家ニッコロ・ベネディッティ教授とその弟子である探偵ロン・ジェントリイは警察と共に捜査に乗り出す。冷静に考えると犯人はあの人以外にありえないので、何で事件の真相に辿り着くまでこんなに時間がかかるんだ思わなくもないが、妙に面白かった。犯人当てというよりも、どこが余分な部分か見極めていく本格ミステリという感じか。

『ポビーとディンガン』
  ベン・ライス著、雨海弘美訳

 妹のケリー・アンの友達、ポビーとディンガンがいなくなり、ケリーアンは病気になってしまった。アシュモルは妹を助ける為、町中の人達にポビートディンガンを探してと頼む。しかしポビーもディンガンも妹の想像上の存在だ。妹にイラつきながらもアシュモルが健気なのだが、両親がやるべきことを彼が全部肩代わりしているみたいで個人的には気分がもやもやした。この話で一番問題があるのは彼の両親(特に父親)だと思う。ちゃんと現実見てよー。親がしっかりしていないと子供は大変だ・・・。そして、話の中で扱っているものの深刻さに著者自身が無自覚な気がしてひっかかった。意識的に書いていたら、ああいう終わり方にはしなかったと思う。

『鬼神伝 鬼の巻』
  高田崇史著

 京都に引っ越してきた中学生・天童純は、迷い込んだお寺で出会った僧侶・源雲によって平安時代にタイムスリップさせられてしまう。そこでは貴族達と「鬼」とが激しく争っていた・・・。QEDシリーズで培った高田流裏日本史を全て投入した冒険物語・・・なのだが、残念ながら著者に冒険ものは向いていなかったらしい。基本的にクールというか、文章に距離感があるので盛り上がらないのよね。ミステリの中での考証だからこそ面白かったのか。冒険ものやファンタジーの枠組みに入れたら、どこかで読んだような話になってしまった。残念。

『鬼神伝 神の巻』
  高田崇史著

 再び平安時代へやってきた純。朝廷は渡来の神々まで呼び寄せ、鬼を一掃しようとしていた。鬼達と共に朝廷に立ち向かう純だが。上巻よりもよりファンタジーっぽくなっている。でもこういうファンタジーだったらもっと上手な人が・・・(モゴモゴ)。やっぱり人間向き不向きがあるんですね。そんな中にもちょこちょことパズルを投入しているのが著者ならではか。ちなみに純がどんな子なのか、最後まで良く分からなかった。やっぱりこういうの苦手な作家なのか。すごく一生懸命なのはわかるのだが。

『輝く断片』
  シオドア・スタージョン著、大森望編
 SFともファンタジーともつかない短編集。表題作は非モテのドリーム小説かと思いきや、結末のあまりの切なさとやるせなさときたら・・・。いたたまれない。「ルウェリンの犯罪」はもっとコメディっぽい話ではあるが、やはり似たようないたたまれなさがある。善良ゆえの悲劇というか、「そりゃないよ〜」小説というか。「ミドリザルとの情事」は、解説でも触れられているがオチが無理矢理(しかも予想通り)SFなのが難だが、マイノリティに対する著者の共感と理解が感じられた。フリッツは嫌な奴だな(でもこういう人結構いると思う)!切なさや哀感漂う作品内で、最初に収録されている「取り替え子」の愉快さが息抜きになった。

『どんがらがん』
  アヴラム・デイヴィッドスン著、殊能将之編
 どんな小説かと問われれば変な小説だとしか答えようがない小説ばかりを収録した短編集。ジャンルもSFなんだか幻想小説なんだかミステリなんだかよくわからない。が、面白い。表題作はデイヴィッドスン版猿の惑星か?ハイテンションな異世界コメディ(なのか?)。「ラホール駐屯地での出来事」や「物は証言できない」のようにピリっとミステリ風味な作品が個人的には好みだった。でも「クイーン・エステル、おうちはどこさ?」もすっとぼけつつもブラックな所がすごく好き。「さあ、みんなで眠ろう」はほろ苦く悲しい所が収録作品の中では異色かも。殊能将之による解説も見逃せない。

『香山リカのきょうの不健康』
  香山リカ著

 精神科医である著者が、鈴木慶一、高橋幸宏、大槻ケンヂという、神経症を患っている3人のミュージシャンと、彼らの症状について対談した。1996年当時の対談なのだが、いやーもう大変・・・神経症の症状って本当に人それぞれなのね。常に不安感に駆られる中でよく仕事続けられたなーと感心したり、それにも関わらず素敵な作品作ってくれてありがとう!と感謝したり。特に高橋幸宏が苦しんでいた時期に作った作品には、私が好きなものが多い。うーん複雑。3人とも現在に至るまで活躍なさっているので、神経症等で悩んでいる人には励まし、というか安心感を与えるかもしれない。ちなみに鈴木と高橋は友人同士なのだが、相手の症状にひっぱられて症状が悪化したこともあったのだとか。うーん。

『目には見えない何か 中後期短編集1952−1982』
  パトリシア・ハイスミス著、宮脇孝雄訳
 今まで何で未刊行だったのかと思うくらい、上手い短編集。著者の他の作品ほどは妙な嫌さがないかも。それでも十分後味の悪い作品も含まれていますが(その反対のものもあるけど)。気の持ちようで世界は変わる的な話が多かったように思う。「人間の最良の共」「生まれながらの失敗者」等はそれがプラスに転んだ場合だが、「狂った歯車」「帰国者たち」「フィルと似た娘」では悲劇となる。あー気付かなかったら良かったのに・・・という感じの話だった。特に「狂った歯車」が一番印象に残る。この悲劇は完全に主人公の内面によるもので、客観的に見たらむしろ幸せそうなんだろうなという所に理不尽さを感じた。奥さんにしてみたら「そんな無茶言われても〜」という話でもあるか。平凡な日常に耐えられないことの悲劇と言うか。

『QED 神器封殺』
  高田崇史著
 QEDシリーズの集大成とでも言うべき大作。なんと巻末袋綴じという気合の入り方だ。前作「〜ventus〜熊野の残照」と対になっているので、あわせて読むことをお勧めする。和歌山での滞在を伸ばしたタタルご一行様。地元の名士が奇妙な殺され方をしたという事件を追って、小松崎と沙織も合流した。そしてタタルは三種の神器に隠された謎を推理する。やたらとスケールが大きい話になってきた。これだけ神社仏閣が多い国なんだからどうとでも関連付けられるんじゃないのと思わなくもないが、その強引さが面白くもある。タタルのライバル?なキャラクターも登場し、今後どうなるのかが気になる。さすがにネタが出尽くしたんじゃ・・・。ちなみに作中で、タタルが結婚した後でお金も時間もいっぱいあったら何をするか、という質問に答えているのだが、この回答はいいと思うなー(笑)。

『小鳥はいつ歌をうたう』
  ドミニク・メナール著、北代美和子訳

 読み書きが出来ない「私」と、話すことが出来ない娘。2人だけの小さな世界で密やかに暮らしてきたが、娘が小学校に入学したことでさざ波が立つ。娘が耳にも声帯にも異常はないのに喋らないというのは、母親が読み書きできないことが影響しているのだろうが、娘を守る為「私」は必死だ。しかしその行動が娘を閉じ込めることにもなる。娘に幸せになって欲しいが娘を手放したくないという母親の葛藤、娘の担任教師への嫉妬(そして思慕)が息苦しいくらいだった。言葉というのは世界と関わる手段に他ならない。その関わりを絶つことは死をも意味する。母娘の生活には、世界から遠ざかることの危うさが常に漂っており、デッドラインぎりぎりを綱渡りしているような感じだった。密やかで冷ややかな、緊張感に満ちた小説。

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