11月

『サルバドールの復活(上・下)』
  ジェレミー・ドロンフィールド著、越前敏弥訳
  大学時代のルームメイト・リディアの葬儀に出席した同級生の女性3人。3人の内、ベスとオードリーはリディアの夫の母親から居城に招かれた。友人の夫・サルバドールは名家の出で、リディアとは周囲の反対を押し切って結婚したのだ。しかし彼もリディアに先立ち亡くなっていた。2人の身には何が起きたのか?雪の中、曰くありげな古城に閉じ込められ、死んだ女性の面影が見え隠れ・・・というと古典的なゴシックロマン小説のようだが、例によってちょっと妙。この作家は、既存のフォーマットの組み合わせによって、いかに妙な物を生み出せるか実験しているようにも思える。解説にあるように、繊細さや精緻さとは無縁だが、力技な所が面白い。「あっ、それはあなたでしたか!」という驚きがある。

『最後の一壜』
 スタンリイ・エリン著、仁賀克雄他訳

 エリンを『9時から5時までの男』を呼んで、奇妙な味わいの作品を書く人だという印象を持っていたのだが、払拭された。むしろスタンダードな、短編小説のお手本的な上手い作品を書く作家なのだろう。華やかさはないが、ちょっとニヤリとさせられるような小気味よさがあった。この短編集の中では、個人的には最後に思わず「やった!」と叫びたくなる「拳銃よりも強い武器」、「9時から〜」と同じパターンの「贋金づくり」、サイコ風な「壁のむこう側」が好き。

『さよならコンスタンス』
 レイ・ブラッドベリ著、越前敏弥訳

 作家である「私」の前に、かつての幼馴染で、現在は有名女優として活躍しているコンスタンスが姿を現す。住所録を残して姿を消した彼女を追い、「私」は1960年代のハリウッドを走り回る。ハードボイルド風だが、内容は全くハードボイルドではなく、ノスタルジックな幻想小説風。最近、こういう半分幻想に足を突っ込んでいる小説とは、どうも相性が悪いらしく、ずっと小説の流れに乗れないままだった。過去から逃れ、生まれ変わろうとあがくコンスタンスの姿もむなしく映る。最後まで違和感が離れなかった。

『新リア王(上・下)』
  高村薫著
 『晴子情歌』の時代から10年後の1980年代。青森を地元とする自民党代議士・福澤榮は、晴子との間に生まれた息子で、今は僧侶となっている彰之の元を訪れる。文章は濃密で中身もぎっしりつまっているはずなのに、読んでいて虚しくてならなかった。政界という自分があまり興味のない世界の話だからか、一族内の確執と裏切りが傍から見ているとあほらしいからか、それとも永田町内の騙しあいが延々と繰り広げられたにも関わらず、結局は「長年の息子に対する期待のかたちが実はもうずいぶん前から失われていた」という父と、「<愛されたかった><認められたかった>と不器用に書きつけていた」という息子の関係に収束してしまうからか、この福澤一族が何が楽しくて生きているのか私にはさっぱりわからないからか。榮と彰之の一人称語りが大部分なのだが、これがまたクセがあって読みにくく疲れた。また、小説の中で語られている地方分権等の政治的な問題は、正に今現在の問題でもあり、私たちは20年間何をやってきたのかと思うと、それもまた虚しい。

『報復ふたたび』
  ジリアン・ホフマン著、吉田利子訳
 全国の本屋さん大絶賛だった『報復』にまさかの続編登場。キュービッド事件から3年。恋人ドミニクとやっと幸せに暮らせるようになった検事補C・Jの元に、キュービッド事件に関わった警官が惨殺されたという知らせが入る。今回もC・Jが追い詰められまくり、ドミニクも陥れられるという四面楚歌状態。ジェットコースター状態のスピーディーなサスペンス小説なのだが、残念ながら前作の方が物語が重層的で面白かったかなー。今回はわりと直線的な話だし、真犯人もちょっと唐突な感がある。しかもこれ、まだ続くらしい。このままだと巨大な悪と対決する羽目になりそうなのだが、1作目の面白さはあくまでヒロイン個人の戦いにあったと思うので、その面白さが損なわれてしまうのではと心配。

『パートタイム・サンドバッグ』
  リーサ・リアドン著、川副智子訳

 1967年、ベトナム戦争中のアメリカ。もう死にたい、と常々こぼしていた老人を、孫のP.Tが殺してしまった。弟のチャーリーは兄を守る為自ら罪を被り、刑務所に入る代わりに兵士としてベトナムに送られる。P.Tは知能に軽い障害があり、よかれとして思ったことが周囲の人間の運命を大きく変えてしまうという所が悲しい。そして、特に兄を思う弟の行動、弟を思う兄の行動(日本語タイトルの由来がまた辛いのだ)が痛ましい。他に選択肢はなかったのかと。また、ベトナム戦争によって人生を変えられてしまった青年達の物語でもある。反戦小説というわけではないのが、戦争による傷の残酷さ、痛ましさは伝わると思う。

『一角獣・多角獣』
  シオドア・スタージョン著、小笠原豊樹訳

 ちょっと不思議な物語の短編集。おとぎ話的な「一角獣の泉」、ホラーっぽい「熊人形」、そしてサスペンス風味な「死ね、名演奏家、死ね」「考え方」、ナンセンスぽい「ふわふわちゃん」など、バラエティに富んでいる。でもどの短編もどこか切なく、ブラックな話の中にも哀愁が漂う。どこか人恋しくなる部分がある気がする。他の短編集にも納められている「孤独の円盤」(これ、すごく好きなんです!)は正にそんな話で、ラストはちょっと泣きたくなった。また、「死ね〜」は天才と一緒に居ざるを得ない悲劇とでもいった話で、苦味と黒さのバランスがいい。

『未来少女アリス』
  ジェフ・ヌーン著、風間賢二訳
 「不思議の国のアリス」のパロディは多々あるが、これはアリスが未来のマンチェスターにタイムスリップしてしまうお話。タイムスリップしたアリスは、ジグソーパズル殺人事件に巻き込まれてしまう。自分にそっくりな人形「スリア」を相棒に、元の世界に戻ろうと冒険を繰り広げる。マンチェスターという土地柄なのか、やたらとサイケでドラッグでトんでいるような物語。ちょっと悪酔いしそう。ナンセンスでグロテスクな所は原典と共通しているのだが、本作は加えて妙に陽気だ。言葉遊びのジョークが満載なので、翻訳はかなり大変だったのではないかと思う。

『ウィチャリー家の女』
  ロス・マクドナルド著、小笠原豊樹訳
 探偵リュウ・アーチャーが、実業家の依頼を受け行方不明になった娘を捜す。アーチャーは淡白な所が良い。それほど個性の強い探偵ではなく、あくまで観察者なのだと思う。文章もあまり劇的ではなく、抑制が効いていると思う。物語としては(過去の作品だということもあるが)、今となっては定型的なものなのだが、文章の雰囲気で読める。崩壊した家族に対するアーチャーの視線は、冷静ではあるがどこか優しい。こういうスタンスの作品は好きだ。

『スリーウェイワルツ』
  五條瑛著

 16年前の航空機墜落事故は、要人暗殺事件だったのか?鍵を握る北朝鮮の女工作員・由沙を巡り、日本、アメリカ、北朝鮮の三つ巴の諜報戦が繰り広げられる。鉱石シリーズでおなじみのエディや葉山、洪も登場し、シリーズ番外編的な側面も。凄腕の工作員でありながら、一度だけ国にも権力にも関係ない、自分だけの目的の為に命を賭ける由沙がしたたかでかっこいい。事件の真相はなんとなく想像できるものの、最後まで事態がどう転ぶかわくわくしながら読めた。・・・んだけどねー、エロおやじエディが可愛い部下を見せびらかしたくてしょうがないぽいのが気になってしょうがない。奴のせいで話の本筋見失いかけた。断じて私の妄想ではないですよ、ええ。

『君の夢はもう見ない』
  五條瑛著

 鉱石シリーズにちょろっと出てきた、「中華文化思想研究所」の所長であり「会社」の元メールマン・仲上孔兵を主人公とした連作集。著者の他の作品に比べると、人情話的な側面が強いかも。さらっと読めた。ずぼら(風呂入れよ!)だが女にはもてるらしい(自己申告だけど)仲上と、シャイで真面目な社員・チャンのかけあいも親子っぽくて楽しい。全体的に口当たりは軽いのだが、最後の仲上の手紙には苦味があって、連作集のアクセントになっている。この題名も切ないなぁ。まだ続編が出そうな雰囲気あり。

『猶予(いざよい)の月』
  神林長平著

 高度な科学技術力を持ち、理論士が活躍する星カミスから、カミスの理論実験場である地球に降り立った5人の男女が、自身と地球人の命運を賭けて戦いを繰り広げる。神林作品は神林先生のオレ理論で書かれているから、慣れるまでがとっても大変だよ・・・。正直言って半分くらい訳分からないのだが、面白くないわけではないのが不思議な所。小説創作という行為に対するメタ小説という側面が強く、SF色は意外にも薄い。所で、恋愛要素が多々あるのに、その恋愛模様に切実感が薄いのは、基本的に著者がこういうことに興味ないからなんでしょうね。

『ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言遣い』
  西尾維新緒

 面白かったというよりやっと終わったという感じが。1章目の文章が恥かしくて恥かしくて悶えながら読んだ。何で今更こんな青々しい文章を読まにゃならんのか。しかもその章タイトルを使う所が安易過ぎてちょっと許せない。ミステリで始まり週刊少年ジャンプで終わるシリーズだった。やっぱり拳と拳で分かり合うのがお約束なのか。色々とはぐらかされたあげく、やろうと思えばこの先延々と続けられそうな終わり方になっている。

『雪が降る』
  藤原伊織著

 短編集だが、どれもいい。登場人物達の、どんな形であれ正しいことをしたい、筋を通したいという姿勢が、どの話にも見られる。それをハードボイルドだと言うのなら、大変にハードボイルドだと思う。特に「台風」と「蚊トンボ白髭の冒険」の原型とでも言えそうな「紅の樹」がいい。代表作は、最後の手紙がちょっと興ざめ。そ、そんなイタい手紙を出す女ってどうよ・・・。やっぱり女性が書けない人なのかしら。

『凶器の貴公子』
  ボストン・テラン緒、田口俊樹訳

 角膜移植で視力を取り戻した青年デインは、角膜提供者であった青年がなぜ変死したか探り始める。誰もに裏の顔があり、潔白ではない。そして正しい道に戻りたいと思っても、運命は動き出しもう後戻りは出来ない。流れに飲み込まれていく様が息ぐるしかった。解説によるとミノタウロスの伝説がモチーフになっているそうだが、確かに彼らは迷宮の中でさ迷っているみたいで、出口を目指すものの光は見えない。何かにとり付かれたような疾走感がある。

『ウォータースライドをのぼれ』
  ドン・ウィンズロウ著、東江一紀訳

 ニール・ケアリーシリーズ完結編。恋人のカレンと平和に暮らしていたニールの元に、レイプ事件の被害者・ポリーが連れて来られた。彼女が裁判できちんと証言できるように教育することが、ニールに与えられた任務だ。しかし方言丸出しで型破りなポリーに振り回されっぱなし。果たしてニールのマイ・フェア・レディ計画やいかに?!今まで切ない系だったシリーズだが、今回はドタバタコメディ。女同士の友情ががっちり生まれちゃって、ニールの影が薄い。つくづく女運の悪いキャラだなー。脇キャラだが、アル中探偵ウォルター(著者の『歓喜の島』では主役)の、落ちぶれたがジェントルさを失わない所がいい。

『いまどきの常識』
  香山リカ著

 ほ、本当にこれがいまどきの常識なの?!そんな常識まかり通ってる社会いやーっ!今すぐ逃げ出したい!と思わずじたばたしてしまった。自分が普通のことだろうと思っていることが普通ではなくなっていくのが恐い。段々不寛容(でも自分本意)な社会になっていくみたい。読んでいて腹立つし憂鬱になるしで疲れた。

『コーネルの箱』
  チャールズ・シミック著、柴田元幸訳

 20世紀のアメリカで独自の作品作りを続けたジョセフ・コーネル。彼の生涯と作品からイメージをつむぎ出し、生み出された散文集。硬質で簡潔ではあるが、窮屈さがないというか、ふわーっと広がる感じ。コーネルの作品の写真も挿入されているが、作品のチャーミングでちょっと稚気があるところと文章とが合っている。コーネル好きにもコーネルを知らない人にもお勧め。ちなみに原書は、アメリカのエコー・プレスから1992年に、詩人・文人が美術作家を自由に論じるシリーズの1冊として発行された。ホッパー論やバルテュス論もあるなんて羨ましすぎる。ぜひ翻訳を。

『ドルの向こう側』
  ロス・マクドナルド著、菊池光訳
 『ウィチャリー家の女』に引き続き、いびつな家族の形を描いている。寄宿舎から抜け出し、厄介ごとに巻き込まれたらしい実業家の息子・トミイを捜すアーチャー。しかし実業家一家には隠された秘密が。この一家の父親に腹が立ってしょうがなかった。自分の理想の息子像ばかり追って、息子の本当の姿を見ようとしない。トミイは音楽が得意で繊細な少年なのだが、父親が求めるのは逞しいスポーツマン。アメリカでは(今はともかくこの小説が書かれた当時は)外交的で明るくて活発な少年が良しとされるらしい。皆が皆スポーツが得意なわけないのに。アーチャーが寄宿舎の少年に「あなたみたいな人がお父さんだったらいいのに」と言われるのだが、アーチャーは確かに理想的な父親像というか、男性像かもしれない(少なくとも私にとっては)。しかし、こういうナイーブかつストイックなタイプの男性は、多分アメリカでの社会的な評価は高くならないのだろうとも思う。アメリカに生まれなくてよかったわ・・・。

『シリウスの道』
  藤原伊織著
 広告代理店に勤める辰村には、明子、勝哉という幼馴染がいた。彼らの間にはある秘密があった。しかしその秘密を巡って運命が大きく動き出す。・・・と書いてみたものの、ミステリというよりも広告代理業界を舞台とした業界小説の側面が強い。広告代理店て、どういう仕組みで動いているのか今一つわからなかったので、そうかーこういう感じなのかーと面白かった。かなり赤裸々な所もあるので、著者が広告代理店を退職してからでないと書けなかったというのも納得。辰村やその仲間達の、自分がバカを見るとわかっていても筋を通そうとする姿勢がかっこいい。こうありたいものです。ただ、自分の仕事に誇りを持って打ち込む姿は、そうはなりえない私にはちょっと眩しすぎた。とても面白いが鬱屈が残る。主人公は辰村だが、ある若者の成長小説でもある。この若者の行動にはちょっと目頭が熱くなった。しかしこんなに美しい日本語で喋る青年、滅多にいないと思う。著者の作品は全般的に言葉使いが美しく(チンピラの喋りでも妙に日本語が正しいのよね)、育ちのよさがうかがわれる。

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