7月

『凍りつく骨』
  メアリ・W・ウォーカー著、矢沢聖子訳
 犬訓練士のキャサリンの元に、長年音信不通だった父親から奇妙な手紙が来る。父親に会いに向かったキャサリンだが、動物園の飼育員だった彼は、担当していたトラの檻の中で惨殺されていた。本当にトラに食い殺されたのか?手紙の意図を解こうとするキャサリンにも危険が迫る。アガサ賞受賞作ということだったので、本格ミステリよりなのかと思ったのだが何かバランスが変。連続殺人と父の手紙の謎がリンクするとばっかり思っていたのに・・・あれー。出発点と到着点とでは違う話になっている気がするんですけど・・・。謎解きより動物園内の飼育員の仕事の描写の方に興味が沸いてしまった。

『死神の精度』
  伊坂幸太郎著
 伊坂はこれくらいこじんまりとした作品の方が、軽みがあって性に合っているのではないだろうか。大変好みの短編集だった。人の死を見定める為に人間界に出向く死神・千葉(仮名)。彼が観察する人々とちょっとした謎の物語。最後まで読むと、そこに仕掛けられたちょっとした仕掛けに気付くことになる。何と言う事はないが、ああこの人達はしっかり生きてきたんだなとほっとする。他作品のキャラクターもゲスト出演していて、ファンとしては嬉しい。少し笑って少し泣けた。人間から見るといくらかずれた所がある生真面目な死神・千葉のキャラクターが良い。まだ迎えにきて欲しくはないが、もしも私の元に来たなら、とりあえず一緒にライブに行きましょうか。

『業界の濃い人』
  いしかわじゅん著
 本当に濃い・・・。マンガ家(と言っても最近はマンガ評論がメインだが)である著者が、知人・友人の濃いエピソードを披露する。著者の友人らに対するちょっとひねた愛情が滲んでいる。買う気はなかったのに、北方謙三に関するエピソードの最後の1ページ(p110)を読んで買わなければいけないような気になりました・・・北方先生はやはりすごいんですね!こんなこと書かれて解説まで引き受けるなんて太っ腹!さすが!・・・あれ?いしかわじゅんの著作なのに・・・。ついでに文庫版オマケTは電車の中では読まないように注意。あまりの破壊力で笑いを堪えるので苦しかった。こういうネタを発見しちゃう所がえらい。

『荒野の恋』
  桜庭一樹著
 中学校に入学したばかりの少女(メガネ・黒髪・巨乳の気配あり)・荒野の初恋物語。様々なジャンルの萌キャラと萌要素を総動員して大変オーソドックスな少女小説を作りましたという感じ。色々突っ込みたくなる所もあるが(パパのキャラとかバイトの内容とか)、小説の王道としての面白さはあったと思う。でも、何故今更これなのかという感は否めない。荒野の初恋模様よりも、お姉さん的存在の家政婦や、父親の再婚相手との距離感と微妙な好意の入りまじった感情の方に興味を引かれたし、より共感するところがあった。

『空中庭園』
  角田光代著
 この作家はこんなに上手かったのか!この人の作品はちょっと前のものしか読んでいなかったので、その成長ぶりにびっくりした。「ダンチ」に暮らす「何事も包み隠さない」がモットーの一家。しかしそれぞれに秘密があった。両親と娘・息子に加え、母方の祖母、父親の愛人の6つの視点から描かれることで、家族の姿が浮き上がる。全くの部外者である父親の愛人の視点が入ることで、家族というものが孕む異様さが際立っている。しかしこういう異様さはどの家族でも多かれ少なかれ持っているものだと思う。特に母親と祖母の根深い問題を孕んだ母娘関係は、個人的に身近でこういう実例を見ているだけに、冷や汗が出るほど恐ろしかった。終盤で母親がある言葉を聞いて虚を突かれた様な表情を見せる所に、一抹の救いを感じた。一見幸せそうな家族が実は、という題材はごくありふれたものだが、細部に身体感というか、真実味があって、いやー上手いな!よく見ているな!と久々に小説を読んで興奮した。ありふれたことを面白く、恐く書くのは、普通じゃないことを書くのより難しいと思う。

『神様ゲーム』
  麻耶雄嵩著
 さ、さすがマヤ様。ジュブナイルなのに酷い話だよ!子供には読ませられない(というか子供がこれを読んで面白いと思うのだろうか)!少年探偵団がネコ殺し事件の犯人を追う。そして「神様」と名乗る転校生は本当に神様なのか?このラストはどう解釈すればいいのか・・・結局「ゲーム」だったってこと(だとしたら本格的に嫌な話だ)?じゃあ真相は何なの?私の頭が悪いだけなの?と大変もやもやする。せっかく「おおやっぱり本格なのねー」とウキウキしてたのに・・・。ついでにこの装丁何とかならんか。頑張りすぎてて却って野暮ったい。

『なぜ大人になれないのか 「狼になる」ことと「人間になる」こと』
  村瀬学著

 タイトルと中身がちょっとミスマッチ。むしろサブタイトルの方が中身を正しく表していると思う。このタイトルだと、本筋に行きつく前に話終わっちゃってる気がする。「人を人とみなすためにはそういうふうに見える立場=高みに立ち続ける努力が必要だ」というテーマを扱った前半部分は面白いし、なるほどと思う。しかし現代の若者を考察する後半部分になるにつれ、とりとめがなくなってくる。特に「なぜ若者には音楽がいるのか」という章では、「いやそれ個人差なんじゃ・・」と思ってしまった。「なぜ人を殺してはいけないのか」「なぜ援助交際はいけないのか」という質問は、質問の立て方が間違っているという見方は腑に落ちたが。

『SPEED』
  金城一紀著
 男子高校生軍団「ゾンビーズ」シリーズ第3弾。しかし今回の主人公は模範的女子高生・佳奈子。家庭教師だった女子大生が突然自殺した。本当に自殺だったのか疑う佳奈子の為にゾンビーズが奮闘する。うーん青々しいけどさらっと読めて楽しい。石田衣良のIWGPにノリや構造が似ているけれど、こちらのほうがもっと男の子っぽいというか、作者の「あー俺もこんなカッコイー高校生だったらよかったのに〜」という悔恨と憧れの念(笑)が滲み出ていて何かかわいい。現役中高生にとっての慰めや励ましになるのはこっちじゃないかなと。

『レーン最後の事件』
  エラリー・クイーン著、鮎川信夫訳

 えー、最後の事件にしてはちょっとショボ・・・いえいえ何でもありませんっ!サム警部のもとに現れた七色の髭。彼は何者なのか?失踪した博物館警備員との関係は?謎をさぐる一同は、やがてシェイクスピアの古文書と関わりがあるらしいことに気付く。謎のそれぞれをひっぱりにひっぱって、最後で無理矢理落としたよな印象がある。冷静に読めばそれぞれきちんとオチをつけているのだが、中盤がどうももたついていて、途中で飽きてきてしまった。大ネタ一発じゃなくて小ネタの蓄積なせいか?最終的な犯人特定に至るある手がかりも、ちょっと弱いような。だって単にそういうことは気にしない人だっただけかもしれないしさ・・・。真犯人が覚悟を決めるに至るほどに決定的な手がかりではなかったと思うが。

『リンゴォ・キッドの休日』
  矢作俊彦著
 神奈川県警の刑事だが警察官らしからぬ「探偵」二村を主人公としたシリーズ。横須賀の洋館で発見された女性の他殺死体。そして米軍桟橋沖からは、ワーゲンに乗った男性の死体が発見された。2つの死体は々拳銃で殺されていた。果たして真相は?今から20年ぐらい前の作品なので、さすがに古さが目立つ。固有名詞やファッションが具体的なのがネックになったか。しかし、当時としては画期的にスマートな文体だったんだろうと思う。ハードボイルド小説というより、ハードボイルドの形式を借りた何か、という印象がある。

『真夜中へもう一歩』
  矢作俊彦著

 医大から消えた医大生の死体を追う二村。犯人は遺体の友人か?うーわーキザだーっ!地の文章からセリフから登場人物の行動から何もかもがキザだ!恥かしいけど楽しいー。恥かしさをふっきった所にかっこよさがある。もっとも、本作が書かれた当時はこれがストレートにかっこよかったのだろうが。二村が簡単に殴られたり薬を盛られたりして、気絶しすぎ。本職警官なのにこんなんでいいのか?ストーリーが散漫だった前作『リンゴォ・キッドの休日』よりは、ストーリーの流れがはっきりしていて面白い。特に若い医者・井上の虚無が心に残った。あと、ちょこっと出てくるハンバーガーガー屋の遊び人爺さんが良い。精神病院内の描写には現代から見るとちょっと問題があり時代を感じたが、これは仕方ないか。

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