6月

『雨の牙』
  バリー・アイズラー著、池田真紀子訳
 日米ハーフの殺し屋ジョン・レインは、ある日美貌の女性ピアニストと知合う。しかし彼女の父親はレインが殺した男だった。更に彼女を殺せという依頼が。彼女の父親は日本の政界を揺るがすファイルを持っていたのだった。殺し屋が主人公なだけにちょっとほろ苦い、アメリカ人作家による日本を舞台としてサスペンス。著者は日本在住経験もあり、日本の風土や社会にはかなり理解がある人の様。「民自党」には思わず笑いました。町の情景描写も「ああ、あそこね!」と具体的に分かるものだ。ただ、やっぱり「武士道」を出したがっちゃったりするあたりに妙なテイストがあるんだけど・・・。あとヒロインが日本人作家だったらまず書かないようなセリフを言うあたりもご愛嬌。

『赤×ピンク』
  桜庭一樹著
 戦うことで居場所を得ている3人の女の子の物語。お兄様方が喜んじゃいそうな、捻りのなさがいっそ清清しいあざとい設定(何せ一見戦闘美少女だし)だが、むしろ生き辛さを抱える女の子の為のお話なんじゃないかと。特にSM女王様だが優等生タイプのミーコは、相手の期待に応えようと頑張っちゃうのだが、その頑張りが自分の為になっていないというか、何をすれば自分が幸せになるのかよくわからなくなっている所がイタい。ただ、そういう部分がそこそこ上手いだけに、「まゆ」パートのオチには、ファンタジーだと分かっていても納得いかないよー、と叫びたくなる。一つの脱出ではあるけれど、その先にはまた別の檻があるんじゃないの、全然解決になってないんじゃないのと。弱っている時にそういうことを言われるとうっかり頷いてしまいかねないかねないというのがよく分かるだけに腹立たしいというか何と言うか。

『九時から五時までの男』
  スタンリイ・エリン著、小笠原豊樹他訳

 不思議というより変!な短編集。ユーモラスでブラック、恐くて愉快。おかしさの中にも後味の悪さが残る。SFともミステリともファンタジーともつかない、カテゴライズできない珍妙な面白さがあった。一番気に入った表題作は、クールに黒い。9時から5時まで働く一見普通のサラリーマンの仕事内容とは?タイトルの日本語訳がいい味だしている『いつまでもねんねえじゃいられない』は、心理サスペンスっぽいが本格ミステリの香りも。この作家、多分何でもかけるけれど何かいても変な味わいが出てきそうな感じ。

『いつかパラソルの下で』
  森絵都著

 大人になっても、両親の子供であるということをやめられることはないのだろう。それが嫌でたまらない時期もあるが、段々親に対しても自分に対しても寛容になっていくのだと思う。親からの影響というのは延々と残ると最近痛感することが多いのだが、この小説に出てくる3人兄妹も、父親の死後もその影から逃れられない。兄妹それぞれ不真面目ではないのだが、厳格な父親への反発で妙な方向へ行ってしまったのだ。が、自分の不運やダメさを父親のせいにしていると主人公・野々が恋人に指摘される所ではドキリとした。自分にも多かれ少なかれこういう面がある。痛い所を突かれてしまった。テーマは重いがユーモラスで日当たりの良い小説。野々達の父親は佐渡島出身。私は昨年佐渡に旅行に行ったので、島民全部が何かしらの知り合いという雰囲気がわかって、ちょっと得した気分に。父親が抱えていた悩みは、はたから見ると大したことではないのだが、閉鎖的(というか物理的に狭い)な世界で暮らしていたらよけいに思いつめちゃうかもなーと、何か納得。

『カジノを罠にかけろ』
  ジェイムズ・スウェイン著、三川基好訳
 ブラックジャックで大勝するギャンブラーに、イカサマ賭博師ハンターであるトニー・ヴァレンタインが挑む。軽快で楽しいカジノ小説。複数の視点から描かれるが展開が二転三転して、ええっ結局どうなのどうなのよ!とぐいぐい読み進んだ。自分自身はギャンブルが大嫌いで生真面目、ちょっと古風(アメリカンヒーローらしからぬ奥ゆかしさ)なヴァレンタインが可愛い。他にもカジノのオーナー・ニックやフロアマネジャーのワイリー、元イカサマ師の保安担当サミー等の脇キャラが、しょうもない人達なのだがカジノを本気で愛し、ここぞと言う所で男気を見せてくれる。かっこいー!ただ、イカサマを防ごうとする話なので、タイトルはミスマッチだと思う。

『ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する』
  ダナ・レオン著、北條元子訳

 警視ブルネッティの妻で、大学講師のパオラの教え子が殺された。彼女は祖父の過去の汚名を晴らしたいとブルネッティに相談していたのだが。第二次世界大戦中の時代背景がからみ、ユーモアミステリ風のタイトルとはミスマッチな、ちょっと重い読後感だった。ある男が本当に下劣な奴なんですよ!日本人とイタリア人とでは気質が全く違うはずなのだが、戦後処理の仕方や歴史と対峙する時の、うやむやにしようとする態度が妙に似通っていておかしい。ヨーロッパの国はこういう点に厳しいというイメージがあったのだが、イタリアでは結構なあなあらしい。ブルネッティとその義父はかっこいいのだが、パオラがどうも独善的で好きになれない。ええあなたは正しいですよ、でも別の正しさもあるんですよ正解は一つじゃないんですよ。本人無邪気ってのが始末に悪いよなー。そもそもヘンリー・ジェイムズを崇拝・溺愛しているってのはどうよ。

『推定少女』
  桜庭一樹著
 うーん、中高生はこういうのを読んでいたく共感したりするのかしら・・・。あまりにも昔のことで忘れたぜ。家族とトラブルを起こした少女が銃を持った謎の美少女を拾って逃避行・・・って書いてみるとしょうもないなー。途中まではそこそこ良いのに、残り3分の1くらいで著者が力尽きた感が。なんだよ緑色のドロドロって・・・今時それはないだろうよー。この小説の中では大人に対するイメージが大概よろしくないのだが、10代の頃ってそんなに大人になりたくなかったっけ?不安ばかりだったけど、そうは思わなかったけどなー。大人になると何か無くすと言うけれど、そんなことはないと思うが。むしろ得るもののの方が大きいと思うけど。そのあたりの「大人はきたないよ!」的なノリがステレオタイプすぎてどうも。

『「やせ願望」の精神病理 摂食障害からのメッセージ』
  水島広子著

 摂食障害に対する誤解はまだまだ根強いのだな。「わがまま病」と言われてしまうなんてひどい。きちんと治療すれば完治する病気だという認識がまず必要だ。患者を取り巻く環境、人間関係によるストレスが因子となる病気なだけに、どういう病気なのか、患者にも家族も理解し、協力しないと良くならないそうだ。治療に時間がかかるのも当然だ。病状、治療のプロセス等をわかりやすく具体的に説明しているので、入門書にちょうどいいと思う。「痩せているのが美しい」「自分をコントロールできる人は体型もスマート」という社会通念が一番問題なのかもしれない。本当にセルフコントロールできている状態とは、多少ぽっちゃりとしていても健康な状態であって、単に痩せている状態ではないはずだ。そしてやはり絡んできたジェンダー問題。何か鬱々としてくるな・・・。

『復讐の残響』
  デイヴィッド・ローン著、平田敬訳

 盲目の元・音響技師ハーレックを主人公としたシリーズ3作目。2作目で起こった事件が今作の事件に絡んでいるが、1,2作を読まないでも楽しめた。今作では2作目で活躍した元刑事ジャノウスキーが冒頭で殺害される。そしてハーレック自身も復讐の対象となる。面白いことは面白いのだが、ありがちな設定とありがちなストーリーで、新鮮味や意外性にはやや欠ける。一応最後まで読み通したけど、翻訳のぎこちなさもあるのか、あまり惹きつけられなかった。ハーレックの能力である研ぎ澄まされた聴覚が、あまり発揮されないのもいまいち面白くない原因の一つか。

『犬婿入り』
  多和田葉子著
 学習塾をやっている中年女性の元に「犬男」がやってきて、奇妙な同居が始まる。郊外住宅地を舞台にした民話の様な、土の匂いのする世界と、新興住宅地の住民や会社員が送るごく普通の日常とが入りまじっていく。でもそれが不自然なのではなく、この作家の作品の中ではあたりまえのことのように見える。面白いのだが、どこがどう面白いのか説明するのがすごく難しい。登場人物が何かに憑かれたようになっていく(もしくは最初から憑かれている)のだが、読んでいる側も段々何かに憑かれていく気がする。

『球形時間』
  
多和田葉子著
 女子高生サヤと男子高生カツオ。2人の若い担任教師や同級生のちょっとだるい日常。ではあるのだが、突然彼らのインナースペースへ突入したり、めくるめく妄想が繰り広げられたりと、日常を裏から透かして見たような小説。サヤもカツオも今いる場所では何となく座りが悪く、自分を変えてみたい、どこかへ行きたいと、これまた何となく思ってあれやこれやしてみるが上手くいかない。サヤは知り合った老婦人の遠い異国を旅した話に夢中になり、自分も連れて行って欲しいと頼む。その気持ちは何か共感できる。(が、この老婦人の正体がとんでもないことに)

『秘密 私と私のあいだの十二話』
  ダ・ヴィンチ編集室編

 12人の作家による、AパートBパートの2部に分かれた短編。なかなか豪華なメンツなのだが、豪華だから全ての短編が面白いとは限らないのが苦しい所。個人的な好みとしては、淡々と静かなたたずまいを持つ堀江敏幸『黒電話 A/B』が最も気に入った。ほんのりと幸せな気持ちに。次点で伊坂幸太郎『ライフ システムエンジニア編/ミッドフィルダー編』、篠田節子『別荘地の犬 Aside/Bside』が読後感が良かった。
 

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