3月

『ぷちナショナリズム症候群 若者たちのニッポン主義』
  香山リカ著
 W杯の時の熱狂は、私にとっては正直ちょっと気持ち悪かった。日本語ブームにも何だかなぁと思った。その「何だかなー」感が何によるものなのか、全部ではないが説明してくれる1冊。読みやすい。別に若者が日の丸振ろうが君が代歌おうが構わないのだが、あまりにも無邪気というか、それが外部からどう見られているかという視点が欠落しているのが恐い。「ぷちなしょ」とはちょっと話がずれるが、日本で階層化が進んでおり、改装によって倫理観までもが異なっていくという点が興味深かった。

『池袋ウエストパークW 電子の星』
  石田衣良著

 このシリーズは、やはり読みやすい。さらっと軽く読めて読後感が良いところが最大の強みだろう。強烈なインパクトはないし、傑作というわけでもないが、寝る前にちょっと読んで楽しい気分になるための本という感じだ。「ワルツ・フォー・ベイビー」という話の中で、語り手であるマコトが南条という初老の男のことを指して「勇敢」だと言う。南条がとった行動のようなことを勇敢というのが、著者の倫理観なのだろう。好感が持てた。そういえば今回の収録作品は、何らかの形で勇敢な、あるいは勇敢になろうとする人達の話だったかなと思った。

『ウィスキー・サワーは殺しの香り』
  J・A・コンラス著、木村博江訳
 シカゴ警察の女警部補ジャック・ダニエルズ(本名)が、若い女性ばかりを狙った連続猟奇殺人事件を追う。刑事とサイコな殺人鬼の対決という構図はありきたりだが、さばさばとしたヒロインがかっこいい。特に美人でもないし若くもない(46歳)。時にはへこむこともあり、うっかりデートサービスに申し込んじゃったりもするけれど、ユーモアとへらず口は決して忘れずへこたれない。そんな彼女にエールとファンコールを送りたくなる。巨漢の相棒ハーブとの掛け合い漫才も絶妙。この相棒がまた良い奴なんだわ。恋愛感情皆無だが信頼関係はばっちりという所が好ましい。

『帰ってきた旅人』
  田村隆一著

 著者の遺作となった詩集。晩年の作品だがあまり老いは感じない。むしろよりひょうひょうと軽やかになった感じがする。良い歳のとり方をした人なのではないだろうか。この人の詩はいつもクールでキザで、かっこいいなぁ。ダンディズムを持ち続けた人だと思う。「鳥語」という作品は著者の遺言のようだ。“ぼくの墓碑銘はきまった 「ぼくの生涯は美しかった」と鳥語で森の中の石に彫る”。巻末に種村季弘が文を寄せているが、これが著者に対する追悼文のようになっていて切ない。

『夜更けのエントロピー』
  ダン・シモンズ著、嶋田洋一訳
 この作家、ゾンビやら吸血鬼やら大好きなのね・・・。というわけで、7作中5作が血と屍にまみれた怪奇短編集。ベトナム戦争を辛辣に皮肉った「ベトナムランド優待券」や、町中がゾンビと化した中、女教師が授業を続行する「最後の授業」など、おかしさとブラックさがない交ぜになっている。その一方で「黄泉の川が逆流する」はグロテスクでありながら悲痛、表題作も大切なものが手の隙間から零れ落ちるような悲しさがあった。

『死せるものすべてに 上下』
  ジョン・コナリー著、北澤和彦訳
 妻子を惨殺された元NY市警刑事バード。彼は退職後も犯人を追い続けていたが、ある日トラヴェリング・マンと名乗る人物から、殺された娘の顔の皮が送られてくる。過去と現在、複数の殺人、複数の殺人犯が徐々に絡み合い接点が見えてくる過程がスリリング。だが、かなりの人数の人が死に(ギャングの抗争まで絡んでくるので)、血生臭いといえば血生臭いかも。過去と現在の文が入りまじっていてちょっと混乱したが、主人公であるバード自身が過去にがんじがらめになっていて、混乱している状態とは呼応していると思う。

『夜の果てまで』
  盛田隆二著

 ・・・で、この人達結局何がしたかったんですか。大学生俊介と人妻裕里子の不倫→駆け下ちストーリーなのだが、この2人がそもそも何で惹かれあったのかよくわからない。どちらも特に魅力ある人物とは思えなかったし、お互いにとってどこが魅力的なのか見えてこない。裕里子が終盤、義理の息子に「私、恋してるの」と言った所で、えっ恋してたの!とびっくりした。恋だったんだ・・・。そして裕里子の夫の言動が更にわからない。妻と元妻と息子(母親は元妻)と母と一緒に暮らそうとか言い始めるのだが、アホかと。感動の恋愛小説らしく、佐藤正午の解説によればリアルらしいが、どのへんが感動でリアルなのか私にはさっぱり。俊介と裕里子の義理の息子・正太とのやりとりだけがやや微笑ましい。

『作家の犯行現場』
  有栖川有栖著

 ミステリーの舞台22箇所を著者が訪ねたエッセイ集。その土地やテーマをモチーフにした短編小説もあり。実際の小説の舞台というわけではなく、ミステリ的な所、ミステリの香りのする場所への旅だ。とは言え、横溝正史の小説のモデルとなった土地や江戸川乱歩ゆかりの地への旅では、心なしか筆が弾んでいるのが微笑ましい。そりゃあはしゃいじゃうよねミステリファンとしては!私も色々行ってみたくなったが、特に軍艦島にはそそられる。現在は上陸は許可されていないそうので残念。

『ヘンリーの悪行リスト』
  ジョン・スコット・シェパード著、矢口誠訳

 女の子に振られたことがきっかけで、彼女を見返す為他人を蹴落としてスーパーエリートとなったヘンリー。しかしその彼女が当時重病に冒されていたことを知り、これまで自分がやってきたことは何だったのかと絶望に駆られる。そんな時風変わりなホテルのメイドと出会い、何故か彼女と共に「贖罪の旅」に出るのだった。本来の自分とは違う人間になってしまった主人公が、自分の内面が引き裂かれていたことに気付き、本来の自分らしさを取り戻していく。いわゆる「自分探し」なのだが、この手のものにありがちなセンチメンタルさはなく、カラッとコミカルで楽しい。映画化されるそうだが、確かに映画には向いていそう。

『夢の破片』
  モーラ・ジョス著、猪俣美江子訳

 長期不在にする家の留守番を仕事にしている老女ジーン。しかし職を失う日も近く、身寄りもない。そんな彼女が留守番している屋敷に、中年男マイクルと若い妊婦ステフがやってくる。孤独で行く当てもない3人はやがて本当の家族のようになっていくのだが、彼らが住む家は他人のものであり、本来の持ち主が帰宅する日が迫ってくる。もっと他にやるべきことがあるのに、つかの間の夢にすがり、問題を先回しにしてしまう人達。その行為は愚かしいのだが、心境は身に染みて分かるので読んでいて気が重くなるしハラハラした。

『パズル自由自在 千葉千波の事件日記』
  高田崇史著

 私パズル苦手なのに、何で毎回買っちゃうんだろう・・・。今回はぴぃ君の本名に関するヒントが結構出てくる。が、考えたけど分からなかった・・・。小さいパズルがちょこちょこと出てくるのだが、その中に小学生の時に散々苦しめられた「池の周りを回る問題」(AとBがそれぞれ違う速度で同時に池の周りを歩き始めて〜とかいうパターンの)が出てきた。当時全く理解できなかったのだが、今考えても全然解けない。解説を読んでもよくわからない。くっそー私のトラウマ呼び起こしやがって!

『新本格魔法少女りすか2』
  西尾維新著

 西尾は本当にジョジョが好きなんだなー。魔法というよりむしろスタンドですよそれは。この作品内の魔法使いから見たら、ハリーポッター君なんてとんでもな反則技なんだろうなー。創貴、りすかに加え、新キャラ・ツナギが登場する。やはり魔法少女にはライバルの美少女が必要だよね!美少女だけど戦闘スタイルはかなりエグいかもしれない。あまり想像したくありません。そして創貴の家庭の事情もぼちぼち明かされてきている。すごくわかりやすく終盤の展開に絡んできそう。世間での評判はいまひとつだけど、そこそこ楽しいですよ。

『ベスト・アメリカン・ミステリ ハーレム・ノクターン』
  J・エルロイ&O・ペンズラー編、木村二郎他訳

 有名無名なメンバーによるミステリアンソロジー。うーんこれは美味しい。しんみりとする作品やハードボイルドタッチの作品、犯罪小説風味の作品など幅広いが、全体としては渋い。そしてアメリカ人は野球とボクシングが本当に好きだなぁということが分かる。私が気に入った作品は、ちょっとエキゾチックな香りもする「ベフカルに雨はふりつづける」(ジョン・ビゲネット)、癌患者であるという共通点により芽生えた友情が可笑しくも泣かせる「コバルト・ブルース」(クラーク・ハワード)、この著者の作品ではお約束の天災が、今回も唖然とさせる「ラバ泥棒」(ジョー・R・ランズデール)、実在の野球選手をモデルとしたちょい感動作「ハーレム・ノクターン」。

『イッツ・オンリー・トーク』
  絲山秋子著

 表題作の主人公の行動の原理が謎・・・のだが、局地的に分かる気もする。何か決定的が起こるのを回避し続け、回避し続けることで生き長らえている感じが。このうだうだ感、中途半端感は、嫌なのだが思い当たる節もあって居心地が悪い。もう一編の「第七障害」は、馬を怪我により死なせてしまった女性騎手が主人公。こちらは共感できるという人が多いのではないだろうか。しかし共感しやすい故に平凡な話になってしまっているかな。主人公の元同僚がいい奴。元カレよりこっちの方が全然良いよー、こっちに決めちゃって正解だよー。

『パリの廃墟』
  ジャック・レダ著、堀江敏幸訳

 パリの片隅や路地を巡る、散文集。著者は時には自転車で時には徒歩で、パリを歩き回る。と言っても、著者が歩き回るのは人気のない路地や廃墟となった住宅地で、いわゆる「花の都」とは程遠い。パリについての散文なのだが、何の変哲もない広場が突然海のイメージと重なり船が出現したりと、現実のパリというよりも著者の頭の中のパリである。パリの風景と著者の頭の中のイメージが二重に重なり合って、著者にとってのパリが浮かび上がる。しかしイメージに没入するのではなく、それを観察するような距離感があり、終始冷静だ。

『長い日曜日』
  セバスチアン・ジャプリゾ著、田部武光訳

 映画『ロングエーンゲージメント』の原作小説。第一次大戦中、1917年1月のある日曜日、5人のフランス兵が処刑されるはずだった。しかし彼らは行方不明に。一番若い兵の婚約者だったマチルダは、真相を知るべく奮闘する。悲惨な戦争が背景にあるにも拘らず、軽快でユーモラスでさえある。主人公のマチルダが楽観的で現代的な女性だというのも一因だろう。多分こういうオチだろうなという予測はつくが、たくさんの登場人物や事実の断片が、パズルのように徐々に組み合わさっていく過程はなかなかのもの。ミステリ小説だが文芸小説風な雰囲気があるのはお国柄か?

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