2月

『太陽の塔』
  森見登美彦著
 第15回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。でもこれファンタジーか?その妄想の走りっぷりといい自意識過剰ぶりといい、自分の妄想具合に対してセルフ突っ込みをいれてしまったりするあたりといい、非モテ大学生の日常小説としては、実際リアルにそんなノリな所もあるんじゃないかという気もする。クセのある(というか、クセを作った)文章は相当書きなれていて、この小説ちょろーっと書けちゃったんじゃないかなと。頭の良い人が頭を使って頭の悪い話を書いたという感じだ。主人公に対してあーバカだわと思うのだが著者の頭のよさが透けて見えてしまう。文章の手馴れた感が少々小癪だが、愉快な青春小説だった。遠藤という男の設定にもう一捻り伏線があるのかと思っていたら、あっさりスルーされて拍子抜けだった。これだったら、ラストでわざわざ幻想風味を加える必要なかったのでは。

『荊の城 上下』
  サラ・ウォーターズ著、中村有希訳
 お、おおお面白い!前作『半身』の文章のかったるさが嘘のような引力。文章力が格段に上がっている。読み始めたら止められず、上下巻も長く感じなかった。19世紀半ばのロンドン。17歳の少女スウは、結婚詐欺の片棒を担ぐことになった。伯父と共に孤城に引き籠もっている令嬢モードのメイドとなり、詐欺師の手伝いをするのが目的だ。しかしスウは徐々に純真なモードに好感を持っていく。メイドが初心なお嬢様を誑かす・・・と思いきやあれよあれよという間に「ええっ」と話が二転三転。2つの視点で描かれた物語の裏と表がオセロのように反転を繰り返し、一粒で二度美味しい状態。そして大すれ違いラブとしても美味しくいただける。大満足でございます。

『黙って行かせて』
  ヘルガ・シュナイダー著、高島市子・足立ラーベ加代訳

 「私」は50年ぶりに母親に会いに行く。母はかつて娘と息子を捨て、ナチスのユダヤ人強制収容所の女看守になる為家を出たのだった。母はいまだヒトラーを敬愛し「ナチスに入ったのを後悔したことはない」と言うが、それが本心からなのか、「私」が母がそう告げることを望んだからそう言ったのか、「私」には判断出来ない。そもそも母自身も戦争の中で自分の本心がわからなくなっていたのではとも思う。「私」は母親がナチス党員であったことで、戦争問題の当事者として、娘として散々苦しみ、一時期は母国語さえ捨てた。母のやったことは人道的に許せないし、母親としても許せないことだ。母親から決定的に軽蔑できる一言を聞いて訣別してしまいたい、しかしその一方で何かの拍子に愛情めいたものを感じてしまうという所が恐ろしい。そして子供達は死んだと思い込んでいたのに、いざ目の前に娘が現れると必死で絡めとろうとする母親。息が詰まるような2人のやりとりに、読むのが辛いのに読むのを止められなかった。著者の実体験を本にしたものなのだが、文章化するまでにどれだけ苦く、勇気が必要だったのだろうと思う。

『硝子のハンマー』
  貴志祐介著
 ビルの12階で会社社長が殺害された。ビルの入り口には警備員、エレベーターには暗証番号、廊下には監視カメラ、そして有人のフロアによる密室状態。犯人はいかに犯行を行ったのか?弁護士・青砥と防犯コンサルタント・榎本が謎に挑む。第一部では仮説を立てては崩し立てては崩しの怒涛の推理合戦。しかし一番もっともらしい仮説もあっという間に却下され、第二部では驚愕の真実が。私、トリックの肝の部分を読んだ時、マジで「えっ」って声に出しましたよ。仮説の方が信憑性高いんですけど!第一部と第二部のバランスが悪いのが難点(第二部でいきなりある人物の半生語っちゃうし、最後に唐突に倫理的な話を出してくるし)だが、仮説をしらみつぶしに検証していく面白さがあった。ちなみに、犯人が気付いた赤外線センサーの攻略法に榎本が気付かなかったのはちょっと不自然だと思うのだが。

『鏡姉妹の飛ぶ教室 <鏡家サーガ>例外編』
  佐藤友哉著
 ネット連載されていた小説を単行本に纏めたもの。ネット連載はPDFファイルの読みにくさに2回で脱力してしまったのだが、こういう話だったのか・・・。ミステリーじゃないのね。今までの鏡家シリーズとはパラレルになるみたいだ。大地震によって学校ごと地中に埋まってしまった鏡佐奈と全校生徒。果たしてサバイバルできるのか?結構普通にエンターテイメントしていて、リーダビリティはこれまでよりも上がっていると思う。キャラも立ってるしあっさりと楽しく読んだ。だが途中でおもむろに説教が挿入されるあたり、特にこういう事が書きたいわけでもないんだけどこうでもしないと話が終わらん、という著者のあがきを垣間見た気がするのは気のせいか。

『一千一秒物語 稲垣足穂コレクション1』
  稲垣足穂著
 月やら星やらブリキ細工やらが活躍する著者お得意のショートショートの数々と、もう一つのお得意技である少年愛小説を納めた文庫版全集の第一巻。これだけの分量をまとめて読んだのは初めてだったのだが、どう考えてもこの人しか書けないようなシュールレアリスム的かつナンセンスな世界はやはり魅力的だ。少年が出てくる小説は結構色っぽく、ファンタジー小説よりも湿り気がある。うわー何か願望とか萌えとかが渦巻いていますよ!タルホ先生ったら本当に楽しいなぁ(笑)!しかしそれにも独特なユーモアがあると思う。「つけ髭」の題名の所以には思わず笑った。いやー付け髭ですか・・・。

『Zの悲劇』
  エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳
 出所したての元囚人にかけられた上院議員殺人の容疑を、ドルリー・レーンと女性探偵ペイショント・サムが追う。うーん、クイーン作品としてはロジックもリーダビリティもいまいち・・・犯人の利き手特定はちょっと苦しいのではないか(犯人がごまかしていたという可能性が否定しきれない)とずっと気になってしまった。レーン自ら結果オーライ的な解決をしているあたり、作者もいまいちだなぁという自覚がある様子が窺われる。何より語り手であるペイシェントが、頭はいいけど言動が偉そうで鼻持ちならないのがな・・・。

『五色の雲』
  ロバート・ファン・ヒューリック著、和爾桃子訳
 7世紀半ばの中国を舞台にした本格ミステリ短編集。表題作が一番面白かったかな。主人公は県知事ディー判事だ。本格ミステリの古典として知られる作品だけにさすがに古さは感じるが、人情味のあるディー判事のお裁きは、時代劇に通じるものもあるかもしれない。所々挿入されている、ちょっと微妙な挿絵も楽しい。著者はオランダ生まれで、在日大使だったこともあり、江戸川乱歩らとも交友があったとか。1967年に死去した地も東京だった。

『ネコソギラジカル上 十三階段』
  西尾維新著

 とうとう戯言シリーズが最終章突入。何の説明もなく今までの登場人物の名前や以前のエピソードがばんばん出てくるので、シリーズ読破は必須。というか通読している人しか読者に想定していないのだろう。実際読む人はシリーズ読破していそうだし(私もだけど)。通読という前提条件さえクリアしていれば、読みやすいし(文章のクドさは改善されてると思う)楽しいし、正統派エンタメと言っていいのでは。文中で「ジョジョ」への言及があるが、つまりそういうことがやりたいんだろうなと。とりあえず萌太君のキャラが判明したのは喜ばしい。

『春を待つハンナ』
  エヴァン・マーシャル著、高橋恭美子訳

 三毛猫ウィンキー&ジェーンシリーズ第二作・・・だそうだが、残念ながら1作目は未読。著作権エージェントのジェーンに、大人気歌手ゴッデスの代理人をやらないかという話が舞い込む。ところが仲立ちをした編集者が殺されてしまう。更にジェーンの息子ニックの誕生日パーティーで自殺死体が発見されたりと、事件が連発。なぜその程度の手がかりで犯人特定できるの?!途中何か抜けてるんじゃない?!と突っ込みたくなるのはご愛嬌。ジェーンやニック、ニックのベビーシッターであるフローレンスらのキャラクターがどこか可愛いので許せてしまう。ウィンキーの活躍が少ない気がするのは、気のせいか。

『イギリスのいい子日本のいい子 自己主張とがまんの教育学』
  佐藤淑子著

 自己主張と自己抑制の両方を発達させることが人間の成長にとって必要であり、自己抑制できてこそ的確な自己主張が出来る。しかし現代の日本では、自己抑制が妙な方向にむいているのではないかというのが著者の考えだ。この本を読んで、私は日本の子供社会の中では相当浮いていたんだろうなぁと改めて思った。雰囲気読めなかったもんなぁ(笑)。著者が自己主張・自己抑制の出来る子供を育てるモデルとして提案するのはアメリカではなくイギリス。どちらが良いということではなく、日本人の心性にはイギリスの方が近いと思われるからだ。この手の本では引き合いに出した国をベタ誉めしていて辟易することもあるが、著者は複数の国での生活経験があるからか、視点が客観的で好ましい。ちなみにイギリス人はルールに対する従順性が高いのだが、一方で個人主義傾向も強いとか。面白い国民性だと思う。

『七回死んだ男』
  西澤保彦著
 同じ日を何度も繰り返す時間の「反復落とし穴」にはまってしまう体質の高校生・久太郎。この体質を利用して、祖父が殺されるのを防げるのか?!著者ならではのアイデア勝利の本格ミステリ。SF設定を利用しているものの、やはりパズラーという言葉がふさわしいと思う。実は殺人の防ぎ方は、少なくとも一つはわかっているので毎回防いでやれよ!と突っ込みたくはなるものの、あっちを抑えるとこっちが飛び出てくるというようなパーツの組み方が上手い。最後の一捻りまで唸らされ、軽く楽しめた。

『余白の美 酒井田柿右衛門』
  一四代目酒井田柿右衛門著
 色絵磁器の最高峰である柿右衛門の14代目から、編集者が話の聞き取りをして纏めたもの。これが実に面白い。14代目の若い頃の話から、12代目と13代目の性格の違い(作風にしっかり現れている)、そして職人の世界や「窯元」というものがどういうものであるか。特に窯というシステムや職人と作家の違いについては、なるほどそういうことだったのか!と目からウロコが落ちた所も。語り口が軽やかなのも読みやすかった。編集者の聞き取り方も上手かったんだろうなと思う。14代目は「自分が今やっていることは、次の柿右衛門の為」だというのだが、それがどういうことなのか、この本を読んでよくわかった。

『四畳半神話大系』
  森見登美彦著

 トンチキ大学生の妄想再び。もしあの時違う選択をしていたらもっと良い現在があったのでは、と考えることは多々あるが、この中編集ではその「もし」をご丁寧に4回実演している。しかし毎回違う選択をするものの、同じ登場人物、同じイベントも起こり、結局しょっぱい結果に終わるのだった。主人公はしょうがない奴なのだが、しょうがなさ故にどうも憎めない。結局ずっと自分の中でぐるぐるしているんだろうなぁ。文章のテンポが良くて、読ませるのが上手い作家だと思うのだが、なまじ器用なだけに小手先だけで書けてしまっている感じがし、この先どんなものがかけるのか、ちょっと不安でもある。ずっとこの作風だったらそれこそしょっぱい。

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