12月

『バッテリー2』
  あさのあつこ著
 痛い。痛すぎて平静に読めなかった。原田巧の傲慢さと紙一重な正しさというか頑なさというか立ち回りの下手さには、読んでいてイライラして腹が立つ。何でそこで上手くあしらえないのか、妥協できないのか、何でそんなに一人でつっぱっているのかと。しかし腹が立つのは、自分の中にもそういう一面があったから、古傷をえぐられるからだと思う。中学生の私には巧のような才能も強さもなかったが、何で自分が正しいと思うことをやってはいけないのかという納得のいかなさ(自分が正しいと思っている所がまたイタイタしい)には身に覚えがあって、読んでいて思わずページを閉じて呼吸を整えてしまった。ともかく読み手をそのくらい揺さぶる力はある小説だということか。

『マルヴェッツ館の殺人 上下』
  ケイト・ロス著、吉川玉子訳
 イギリスの貴族、ジュリアン・ケレストルが知人の侯爵の死の真相を解明すべく、ミラノへと赴く。1820年代を舞台とした時代ミステリなので、当時の政治状況や風俗が垣間見えるのが面白い。イギリス人とイタリア人の気質の対比にもユーモアがあった。イタリア人はやっぱり恋愛大好きなのか・・・。もっとも、一番の見所は才色兼備文武両道なケレストルの伊達男ぶりだろう。ミステリとしての最後のサプライズはちょっと卑怯な気がするが。ケレストルの友人・マクレガー医師のラストの言葉が、ケレストルというキャラクターを端的に表していた。

『ニシノユキヒコの恋と冒険』
  川上弘美著
 恋も冒険もしていませんが。ニシノユキヒコという男と彼が付き合ってきた女性達。女性達の口からニシノ君のことが語られるのが、こういうモテまくるのに捉えどころのない、本人に全く悪気のないタイプの男って質悪いなぁ。もっとも、この人のどのへんがそんなに魅力的なのかよく分からなかったのだが。「どうして僕はきちんとひとを愛せないんだろう」とかほざく時点で、本気で愛する気ないからだろっ!とどつきたくなるんですが。お姉さんとの関係も、実際にややこしい事情があったというより、彼が脳内で相当捏造しているんじゃないかと思ったんだが・・・それは考えすぎか。

『カーテン』
  アガサ・クリスティー著、中村能三訳

 エルキュール・ポアロ最後の事件。老いて体が不自由になったポアロの代わりに、盟友ヘイスティングスが再びスタイルズ荘にて彼の目となって行動する。灰色の脳細胞は健在(そして謙虚とは無縁)だがポアロの肉諦敵な衰えは、ファンにとっては辛い。そして事件の真相には痛ましささえ感じる。探偵という存在を突き詰めるとここにたどり着いてしまうのか。探偵小説の限界がクリスティには見えてしまったのか。

『旅行者の朝食』
  米原万里著
 ロシア語翻訳者である著者による食べ物エッセイ。著者は相当な食いしん坊らしい。神戸旅行の時もフルコースの食事の間にケーキ食べたり肉まん食べたりと、実によく召し上がる。しかも著者の父方の親戚一同は更にすごい。「叔父の遺言」での、叔父さんの最後の一言は、食道楽の鑑である。この話に限らず、話の途中はもちろん面白いのだが、オチの付け方が実に上手い。「卵が先か鶏が先か」ラストの一行には、ちょっと意地悪いユーモアがあった。要するに、そんなこと微塵も思っていないってことね。

『わたしのおじさん』
  湯本香樹美著、植田真画
 コウちゃんという少年と「私」は、広い草原のある世界で一緒に遊んでいた。実はコウちゃんは幼くして死んだ「私」のおじさんだった。大人向けの絵本のような、小さな本だ。著者久々の新刊だったので楽しみにしていたのだが、あまりにも図式的な話でがっかりしてしまった。何で今更こういう話を書かなくてはならないのか。この人の小説の面白さは、読んでいて子供の頃の記憶が鮮明に引き起こされる所にあると思うのだが、今作ではそういう要素が全くなかった。まあ、生まれる前の話だから当然といえば当然なんだけど・・・

『第三閲覧室』
  紀田順一郎著
 古書界を舞台としたミステリで有名な著者の長編。今回の舞台は古本外ではなく、私立大学の図書館だ。学長の私的なコレクションを納めた閲覧室で変死体が発見された。図書館に貴重な古書というと何か知的な雰囲気が漂うが、大学内の派閥争いやら稀覯本を巡る欲望やらで、結構生臭い。古書を集めた図書館ならではのトリックはおお!と思った。ミステリとしてはなかなか端正で、ベテラン作家ならではの渋さがある。ドロドロしたものを含みつつも、文体がいい感じに枯れている。

『ロックンロール・ウィドー』
  カール・ハイアセン著、田村義進訳

 かつての大物ロック歌手の変死事件を追う新聞記者ジャック。彼は見た目は冴えない中年男で、タフではないし二枚目でもない。でも負けん気と減らず口は人一倍だ(そのせいで左遷中)。犯人探し自体はシンプルだが、ジャックの語り口が軽妙で、キャラクターが立っている。死亡記事欄担当しているせいで身に付いてしまった彼の性癖(人の年齢を有名人の享年で考える)が、スパイスになっていたと思う。若い上司・エマとの関係はご愛嬌。しかし一番ご愛嬌なのは、犯人の犯行及びその後の行動が清清しくずさんな所だ。あ、頭悪すぎるよ!警察がきちんと初動捜査をしていたら、あっさりバレたに違いない。しかも動機が単純すぎる。そんな不確定要素の大きいものの為に人を殺すんじゃ、割に合わないと思うけどなー。被害者がロック歌手なだけに、ロックがらみの話題が多いのも楽しかった。

『バッテリー3』
  あさのあつこ著
 んも〜う!と悶々としてしまいますよ。何か色々愛憎まみれてます(嘘。<でも嘘と言い切れないあたりが恐い。)。この人達これからどうなるんですか・・・。それはともかく、巧は純粋に野球がやりたい、それは間違っていないのだが、学校には学校の、大人には大人の立場があって、それはそれで正しいものなのだ。その正しさと彼ら子供の正しさは往々にして相容れないというのが難しい所だ。そして子供は大抵、大人には大人の苦しさや葛藤がある、平気で大人の立場をとっているわけではないということには気が付かないものだ。巧のように自分にとっての正しさに対して妥協できない人は生き難いだろうと思うと、このシリーズの行く先が不安。といってももうすぐハードカバーでは完結するのだが・・・。うあー、気になる。

乱雑読書TOP HOME