10月

『空腹の技法』
  ポール・オースター著、柴田元幸・畔柳和代訳
 著者が若い頃に手がけた、フランス語詩に関する評論や随筆、インタビューをまとめたもの。特にインタビューからは著者の作品に対するスタンスがよくわかる。詩集の序文に寄せた文を読むと、、その詩が読みたくなる。ということは良い批評なのだろうな。詩人とその子供のことに触れた文では、いつになく筆が弾んでいる感じなのが微笑ましい。

『私が見たと蝿は言う』
  エリザベス・フェラーズ著、長野きよみ訳

 女流画家ケイが暮らす安アパートで、作家志望のナオミの射殺死体が見つかる。凶器は先だってナオミの部屋で発見された拳銃。アパートの住民達は誰が犯人なのかと疑心暗鬼に。次々と小さい事実が提示されるわりに話の進展がなく、読み通すのが結構きつかった。キャラクターに対する視線が意地悪なのは著者ならではか。

『ROMMY 越境者の夢』
  歌野昌午著

 天才シンガーROMMYがステージ用メイクのまま、録音スタジオで殺された。犯人はスタッフの中にいるのか?ROMMYが書いたという設定の歌詞やライブのチケット、ステージのセットや衣装のデッサン、手紙や関係者へのインタビュー等を交えるという凝った構成。最後に大ネタ披露というのは『葉桜〜』『ジェシカ〜』に先立つ本作でも同じだが、そこに至るまでに小さな謎解きを重ねていくので、それほどのインパクトはない。丁寧に詰められたミステリという感じがする。ただ、ROMMYの作品とされるものがあまりにも古臭く、陳腐に感じられるのには興ざめだった。

『終わりなき孤独』
  ジョージ・P・ペレケーノス著、佐藤耕二訳

 私立探偵デレク・ストレンジシリーズ第二作。デレクは探偵としては有能だが、将来を考える恋人がいるにも関わらず風俗店通いを止められない、しかもそれで自己嫌悪に駆られるというダメ男な面がある。本の内容紹介部分には「無垢な魂に捧げる卑小な探偵の哀歌」とあるがこれは上手い。しかし同時に彼は、コーチを務める地域のフットボールチームの子供達を愛し、彼らの為に尽力する。彼らの住む地域は貧しく、犯罪多発地域だ。子供達も、負け犬に生まれたら一生負け犬だと思っている。のし上がろうと思ったら犯罪者になるしかない世界だ。それでもデレクは「毎日、それこそしょっちゅうといっていいほど、おまえらは負けを味わうだろう。(中略)それでもおまえたちはまた立ち上がり、前に進まなくちゃならないんだ。それが人生というものなんだ。だがくじけずに頑張って生きていけば、いつかは戦いに勝つ日がくる」と負け戦を承知で子供達に語りかける。多分自分自身にも。物語自体はそう捻ったものではないのだが、著者のこれを今書かねば!という気迫がわかる。貧富の差や人種差別問題等、現代アメリカが抱える問題を描くシリーズになりそう。

『狼は天使の匂い』
  デイヴィッド・グーディズ著、真崎義博訳

 原題は「BLACK FRIDAY」。邦題の方が思わせぶりで魅力があると思う。内容にはあまり絡んでないけど・・・。ひょんなことから犯罪グループに身を寄せたハート。しかし、グループ内の女性と関係をもったことで、歯車が徐々に狂い、ある一点から一気に崩壊していく。ルネ・クレマン監督により映画化されているが、グループ内の緊迫した人間関係や、非常にストイックでクールな文体は、確かにフランス人好みかもしれない。心理劇的要素が大きいので、舞台劇にもできそうな感じ。ハートが関係をもってしまう女性というのが、太っているという設定なのだが、太っている女性に対する嫌悪感が結構具体的に描かれているのには、ちょっとむっとしてしまった(笑)。

『天国はまだ遠く』
  瀬尾まいこ著
 全てに疲れきって自殺を決心した「私」は山奥の民宿にたどり着くが、うっかり自殺に失敗してしまい、そのまま居着くことに。「私」は本物の天国には行き損ねたが、ある種のあの世とも言える、隔絶した環境でしばらく過ごす。リセットというほど極端なものではないが、仕切りなおしをするにはやはり、冷静になるための「休み時間」みたいなものが必要なのかもしれない。自然の中で人生を見つめなおす、というとすごく陳腐だが、「私」の心の動きが地に足の付いた身近な感じがすることと、宿の主の飄々とした(しかし彼にも彼なりの事情がある)キャラクターが、この小説を味わいのあるものにしていると思う。何より、「私」がここは心地いいけれど自分の居場所はない、ここにはここの人達の日常があり、自分は自分の日常に戻らなくてはならないとちゃんとわかっているところが良い。

『メルヘンの知恵 ただの人として生きる』
  宮田光雄著

 アンデルセンの『皇帝の新しい着物』、グリムの『いさましいちびの仕立て屋』『ふたりの兄弟』『死神の名づけ親』を題材に、人生を生きる上でのヒントや人生の上で克服していくべき課題を探る。馴染みのある語を扱っているのですんなりと読めた。物語の原型的なストーリーは色々と解釈が可能だが、いかんせん、一時期「メルヘン深層心理」本ブームがあったせいで、類似本がいっぱいあり、どこかで読んだなーこういうの、という印象が否めない。メルヘンから読み取る人生のヒントも、「今更そんなこと言われても・・・」という感じのもの。説教臭さが鼻につくのが最大の難点か。

『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末事情』
  磯田道史著
 お金勘定が苦手な私には想像も出来ない、几帳面な家計簿が、ある武家によって残されていた。こういった資料がまとまって発見されたのは初めてだとか。時代の動きが生活者としての武士の生活にどのような影響を与えていたのかが如実にわかって面白い。武士とはいっても家計は苦しかったのね・・・!と思わず共感。身分を保つ為にお金が必要だったというのだから、得しているんだか損しているんだか。

『みんな元気』
  舞城王太郎著
 結局家族小説に落ち着いてくるのかな・・・?今回の短編集はそれほどエキセントリックではないが、やはり表題作では妹が空飛ぶ家に攫われたりしている。最初は家族入れ替えが物語の主軸になっていたので家族小説なのかなと思ったのだが、終盤は普通に恋愛小説になっているよアレ?収録作品の中では「我が家のトトロ」が比較的まとまりが良いかなと思う。しかし、普通の純文系小説では明言しない所(トトロが何であるか、どういう役割だったのかとか)を話の中で逐一説明しちゃうあたり、何だかなー。ポイントポイントでは「あっわかる」と共感するのだが、全体的に冗長になってしまう傾向は相変わらず。点と点の間の線が長すぎるというか、刈り込みたくなってしまう。

『ぬしさまへ』
  畠中恵著

 『しゃばけ』続編。若旦那と手代のナイスなボケ・ツッコミは健在。大旦那と手代達は、相変わらず若旦那に対して大甘。今回は仁吉の過去が明かされるのだが、や、やっぱりそういう事情があったのねーっ。予想的中で(自分の中だけで)満足。短編集なのでちょっと物足りない話もあったのだが、コミカルな部分だけでなく、オーソドックスな人情話も挟んであるので、バランスは良いと思う。ちなみに表紙を外すと鳴家たちが頑張っている。かわいい・・・!

『ねこのばば』
  畠中恵著

 若旦那&妖怪手代シリーズ3作目。今回も短編集。「茶巾たまご」や「花かんざし」のような、人間のダークサイド、人の心の哀しさを垣間見させる話もあり、今までよりもしんみり度が高いと思う。とは言っても相変わらず妖怪たちは暢気でかわいい。今回は手代の佐助(実は犬神)視点の話もあるのだが、若旦那の周囲の人(妖怪)たちのエピソードへと今後話が広がっていくのか。幼馴染の菓子屋の息子・栄吉とその妹・お春には新展開がある。若旦那が今後どう成長していくのかが気になる所だ。

『不思議のひと触れ』
  シオドア・スタージョン著、大森望編

 スタージョンのファンになりました(いきなり)。表題作のタイトルは名訳だと思う。ジャンルとしてはSFらしいが、「サイエンスフィクション」というよりは、「少し不思議(@藤子不二雄)」の方のSFだと思う。孤独な少年の一人遊びが意外な結末を呼ぶ「影よ、影よ、影の国」(このタイトルも素敵だ!)は児童文学としてもいけそう。ジャズ小説「ぶわん・ばっ!」の日本語訳には唸らされた。そうそう、こういう感じ!と。スタージョン作品入門編とでも言うべきラインナップだそうだが、俄然他の作品が読みたくなった。どの話も「不思議のひと触れ」としか言いようがない、奇想天外ではなく「ちょっと不思議」な、地上15cmを浮遊しているような感触がある。病み付きになりそう。

『図書館の神様』
  瀬尾まいこ著
 主人公の清は高校の臨時教員。国語教師だが読書とは全く縁がない。そんな彼女が何故か文芸部の顧問になってしまった。この清という女性は、悪い人じゃないんだけど、視野が狭い所があって、「いや世の中それだけじゃないよー」と言いたくなってしまった。彼女自身もその性格故に辛い思いをしていたとは思うのだが。で、彼女はともかく、文芸部の唯一の部員である垣内君が良い。こんな男子が同級生だったら絶対お付き合いしたかった!という女性読者は多いのでは。清の辛さよりも、垣内君の辛さの方に共感した。同年代の子とは話が合わなくて、色んな年代の人がいる地域のバスケチームにいる時は楽しそうにしている所とか、わかるなぁと。読後感がとても良い小説だった。

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