9月

『人間の証明』
  森村誠一著
 竹内豊主演のTVドラマが面白いので、原作にも手を出してみた。文庫初版が昭和52年なので、流石に文章や風俗描写には古さを感じるが、全く関係がないように見えた黒人刺殺事件と女性失踪が意外な接点を見せるというプロットや、西条八十の詩の使い方は、今読んでも面白い。しかしドラマの方がより面白くなっていると思った。特に、失踪した女性の夫と愛人との奇妙な共闘関係は、ドラマの方が格段に面白い。小説の方は、著者が若かった為かまだ文章が硬く、演出が下手でもったいない感じがした。

『演劇入門』
  平田オリザ著

 題名通り、演劇の構造、戯曲の書き方のかなり実践的な入門書。戯曲ってこう書くのか!と新鮮だった。(少なくともこの著者の場合は)最初にストーリーがあるんじゃないのね。テーマが先行しては駄目だというのも、何故駄目か説明されると納得。理論的に説明しているので、演劇に疎い人でも読めるのでは。「日本には対話という概念がないので、西洋近代演劇が成立しにくい」という指摘にはなるほどと思った。また、演劇以外の表現にも応用できそうなものもたくさんあった。この著者はもっとクールな人なのかと思っていたが、実はすごく熱いものを内包しているのではないか。「世界をありのまま記述したい」という欲求はどこから来るのだろう。

『演技と演出』
  
平田オリザ著
 著者によれば、演出家は演劇を論理的に説明できなければならないと言う。「登場人物の気持ちになって!」なんて指導はダメなんです(笑)。「演出」「演技」という行為の具体的なプロセスが説明されており、『演劇入門』の姉妹編と言える。やはり論理的、実践的な内容で、実際に演劇をやろうという高校生などの参考になりそうだ。「コンテストをすり合わせる」という言葉が何度も出てくるのだが、これは演劇だけでなく、日常のコミュニケーションの中でも必要とされる技術だと思う。

『老人と犬』
  ジャック・ケッチャム著、金子浩訳

 愛犬を少年に殺された老人が、正義を求めてある行動を起こす。淡々としているのだが、理不尽な状況に対してまっとうなことを求めることで、冷静に考えると段々狂気じみてきているのだが、正義は老人の側にあるので読んでいると清清しいという不思議な小説だった。老人が自分の父親と話すシーンがとても良い。このシーンを始め、父性というものが色々な形で滲み出ていたと思う。自分で落とし前をつけようとする老人がかっこいい、が、若い女性とあっさりデキてしまうのはいかがなものかと(笑)。

『暗黒館の殺人』
  綾辻行人著
 や、やっと館シリーズが・・・!見取り図はなんと折込。涙が出そうだ。「第三の視点」とでもいうべきものが所々に挿入されており、ちょっとうっとおしい。ミステリ的には、これが読者のある程度トリックを示唆する(そしてその上でもう一回どんでん返す。読者がトリックをある域まで看破することを前提に書かれていると思う)機能を果たしているが、どうしても必要というほどではないのでは。本格ミステリとしてはもちろん水準以上だと思うが、それ以上に綾辻行人のテーマパーク的な旨みがあった。館シリーズの集大成的作品なので、シリーズ読破してから手にとることをお勧めする。

『逆さに咲いた薔薇』
  氷川透著
 探偵役の祐天寺美穂は殆ど登場せず、実際の調査は主人公である刑事・椎名梨枝が行う安楽探偵シリーズ。うーん、これはイマイチか。著者の作品の魅力は過剰なまでのロジカルさだと思うのだが、本作はちょっと甘い感じ。主人公が組織に属する警察官なのも、作風と合わなかったかもしれない。もっとも、軽く楽しむ分には問題ないので、好きな作家だけに期待しすぎたかもしれない。祐天寺のキャラがかなりスベり気味なのは痛いが。そういうのは西澤あたりに任せておきましょうよ。

『A piece of cake』
  吉田浩美作

 クラフト・エヴィング商会の店主による、小さな手作りの本。その写真と中身の抜粋による本が本作(や、ややこしい)。本という形に対する愛情とこだわりとセンスが感じられる、感じの良い1冊。ただ、私自身はやはり活字を読むことが最も好きで、本という形自体にはあまり関心はないんだなーと改めて認識させられる本でもあった。写真ばかりでちょっと物足りなかった。

『好き好き大好き超愛してる』
  舞城王太郎著

 目出度く(嫌味じゃないですよ)芥川賞落選となった表題作は、1行目でいきなり読者をひかせるテクといいヒロイン死亡ストーリーといい、あのセカチューへの対抗意識満々な内容なのだが、セカチューよりは面白いんじゃないかと思う。実は本筋よりも、柿緒の弟が「学校の友達は「友達」としてメタ化されていて俺のことを救えない」とか言うあたりに、あー何かわかるなーと思った。局地的にああわかる、と共感するのだが、全体的には印象が散漫。構成はもうちょっと何とかなったんじゃないだろうか。こういう路線を続けるよりは、ミステリの方に戻ってきて欲しい。

『虜囚の都 巴里1942』
  J・D・ロバート・ジェインズ著、石田善彦訳
 1942年、ナチ占領下のパリ。フランス国家治安警察の警部サンシールと、ゲシュタポの捜査官コーラーが、若い男の変死事件を追う。しかしナチ上層部の介入やレジスタンスのテロにより、捜査はままならない。事件自体は単純なものでも、特異なシュチュエーションにより、ことがややこしくなり、真実が見えなくなる。戦時下でも普通に犯罪が起きるが、状況ゆえ捜査が難航するという面白さと、サンシールとコーラの敵同士でありながら相棒であるという微妙な関係の面白さがあった。場面や視点がいきなり変わって、文章がかなり読みづらかったのが難点。

『磔刑の木馬』
  
J・D・ロバート・ジェインズ著、石田善彦訳
 サンシール&コーラーシリーズ2作目。今回は猟奇殺人事件を追う2人だが、被害者の1人が占領軍の伍長だった為、市民を人質にとられ、プレッシャーをかけられる。サンシールとコーラーとの間には、占領者と被占領者でありながら、相棒としてある種の絆がある。悲劇にみまわれたサンシールをコーラーが気遣ったりもする。しかし、その友情はお互いの命取りになりかねない。「いつか、彼とフランスのどちらかをえらぶ日がくるわ」「彼が、おれと第三帝国のどちらかをえらぶ日も」。シリーズのラストが気になってしまう。

『虚飾の果てに』
  ジョン・モーガン・ウィルソン著、岩瀬孝雄訳
 元新聞記者ベンジャミン・ジャスティスシリーズ第二作。ハリウッドの有名脚本執筆法教師が自宅で開いたパーティーで、一人の青年が死んだ。彼がHIVに感染していた為、警察は病死と判断する。取材に訪れていたジェスティスは違和感を感じ、調査を開始する。ジャスティスは過去にピリッツアー賞候補になるが、ある事情により取り下げられた。またゲイである彼は、パートナーをエイズで亡くしており、自暴自棄でアル中寸前、無職の日々を送っていた。そんな彼が誇りを取り戻し立ち直っていく過程のシリーズであると思う。今回はエイズ患者である青年との出会いを通して、パートナーを亡くした時には逃げていた問題と直面していく。寂しい人達ばかり登場していて、僅かな交情が切ない。

『青春デンデケデケデケ』
  芦原すなお著

 1965年四国の田舎町。ベンチャーズに憧れロックバンドに明け暮れる男子高校生達。こんな高校時代があったな〜、というよりは、こんな高校時代だったらよかったな〜、という著者の視線を感じた。語りが中年になった主人公の一人称になっているせいもあるか。少年達の悪戦苦闘がカラリと爽やかで、とても楽しく読んだ。各章のタイトルが名曲の歌詞をモチーフにしているのも楽しい。当時流行っていた音楽をもっと知っていれば、より楽しかったと思う。

『ゼラニウム』
  堀江敏幸著

 淡々とした日常の情景を綴った短編小説集だが、現実的な日常という感じが薄く、距離感があるような、どこか不穏な空気が漂うような、独特な雰囲気がある。著者の視線のフィルターの独自性を感じた。クールで控えめなユーモアがあるところが好ましい。特に「私」がいったい何の片棒をかついだのかよくわからない「アメリカの晩餐」は愉快。わからない状況をわからないままに提示してしまう所が面白いと思う。

『その名にちなんで』
  ジュンパ・ラリヒ著、小川高義訳

 父親が好きな(そして大事故に遭った時手にしていた本の)作家の生映にちなんで「ゴーゴリ」と名づけられた青年。インド系で「ゴーゴリ」はあんまりだろうと思うが・・・。両親がインドからの移民であるインド系アメリカ人である彼は、両親のルーツであるインドには馴染めないし、かといってアメリカ社会にも違和感ないわけではない。移民2世の「自分が何者であるのか」という問題は著者が前作から一貫して描いてきた要素だが、それ以上に、垢抜けない両親にうんざりとするとか、セレブな恋人の両親に憧れちゃう所とかが、上手く欠けているなぁと思った。ささいなこと、「よくあるよなぁ」というようなことを描くのが抜群に上手い。そして、青年の視点だけではなく、その両親の視点からも公平に描いている所に、著者の優しさを感じた。

 

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