7月
『本格ミステリこれがベストだ!2004』
探偵小説研究会編著
今回掲載の評論はネタバレなものが多くて、完読できなかったのが残念。また読まねばならないミステリが増えてしまったなぁ。もっとも、今回の目玉は伊坂幸太郎へのインタビューと、宇山日出臣(講談社の編集者。新本格の仕掛け人)へのインタビューだろう。伊坂が「(文章は)グルーヴ感を楽しむものだと思うんです」「(登場人物には)リアルでなくてもいいから存在感がほしい」と言うのは非常によくわかる。『ダークライン』
ジョー・R・ランズデール著、匝瑳玲子訳
1958年、テキサスの田舎町に引っ越してきた少年スタンリーと家族。家の裏手に古い手紙と日記の断片が埋められているのを発券し、使用人の黒人バスターと一緒に過去の事件を掘り起こそうとするのだが・・・。スタンリーは年齢の割に奥手で、世間擦れしていない。そんな少年が自分を取り巻く社会の矛盾(例えば黒人差別であったり、貧富の差であったり)に気づいていく過程の物語でもある。世界が広がるというのは、世界の醜さをも目にすることでもある。が、スタンリーは無力ではあるものの、それに対して疑問を持つことを忘れはしない。ミステリであると同時に少年の成長ものであるという点では『ボトムズ』と共通する。スタンリーとバスターとの、人種や身分の差を越えた友情が良い。バスターがシャーロック・ホームズを愛読しているあたりにはニヤリとさせられた。『ふたりジャネット』
テリー・ビッスン著、中村融編・訳
何だこりゃー的奇天烈話(でも地味)集。表題作は、田舎町に著名な作家が続々と越してくるという話なのだが、確かに2人のジャネットは出てくるけど本筋とは全然関係ないしな。『熊が火を発見する』では、熊が火を使えるというエピソードが出てくるものの、やっぱりあっさりスルー。個人的には万能中国人ウィルスン・ウーシリーズが好み。特に「穴のなかの穴」は男子的な熱っぽさ(ヴォルボ!)に満ちていて、読んでいてにやにやしっぱなしだった。語り口の軽妙さとホラ話を真顔でするような所が相俟って、珍妙な味わいを醸し出している。『編集狂時代』
松田哲夫著
筑摩書房の名物編集者であった著者の半生記。路上観察も老人力もクラフト・エヴィング商会も何よりちくま文庫もこの人が世に出したのね〜、とびっくり。読んだことのある名著が続々登場する。しかし自分が好きな本を手がけた編集者も好きかというと微妙な所で、こういうタイプの編集者に対しては、ちょっと同意しかねる所も。自分が「面白い!」と思ったものを出版したいと突っ走るタイプの人みたいだが、仕事に対してはもっと冷めた(距離感のある)編集者の方が好感が持てるかも。まあ、それでベストセラーを出してるから偉いんだけど。『極限推理コロシアム』
矢野龍王著
第30回メフィスト賞受賞作。2つの館に閉じ込められた、それぞれ7人のプレイヤーによる殺人犯当てゲーム。が、殺人は実際に起きるものだし不正解の代償は死、と、完全にゲーム的なミステリ。互いに自分達がいる塔での殺人犯を当てるのと同時に、もう一つの塔で起きた事件の犯人も当てなくてはならない(そして相手の塔に先行して謎を解かなければならない)ので、腹の探り合いと先読みが繰り返され、探偵役の身動きが取れない。まあ悪くはないのだが、このオチだったらこんなに人数いらないような。更に館の謎はともかく、石像の謎はちょっと・・・最後に明かすようなスケールのネタではなかったのではないかなー。『触身仏 蓮丈那智フィールドノートU』
北村鴻著
那智先生、諸星大二郎まで読んでいたんですか・・・。民俗学ミステリ第2弾。なのだが、1作目ほどの推理のスリリングさはなかった。民俗学的考察も犯人当て部分も、ちょっと無理があった気がする。ネタがネタだけにシリーズを続けていくのは難しいのか。キツネ目の男や与弧由美子らの新キャラが登場したのも、那智と内藤の2人だけではストーリーを引っ張っていくのが苦しくなったからか。それにしても、内藤がいよいよ不憫な子になっていきていているよ・・・(今回はちょっとだけラッキーなこともあるんだけど)幸薄いな・・・。『甘美なる来世へ』
T.R.ピアソン著、柴田元幸訳
ノースキャロライナを舞台に繰り広げられる何とも形容しがたい物語。翻訳は困難だったと思う。なぜなら句読点が極端に少なく(1ページ目最初のセンテンスは何と1238字)バカ丁寧な言い回しを織り交ぜ葬式・結婚・出産はたまた家出失踪・強盗・殺人等やたらスケールが大きくなっていく気がしなくもないがよくよく考えてみるとミニマムなのかもしれずまあとにかく脱線に脱線を重ねてぐるっと一周しいつの間にやら本筋に戻る文体は読むのにある程度の労力は要するものの魅力的ではある。『灰色の輝ける贈り物』
アリステア・マクラウド著、中野恵美子訳
渋い。渋すぎる。カナダのケープ・ブレントン島を舞台とした短編小説集。故郷に残った両親と出て行った子供との間のわだかまりのようなものは、万国共通なのかもしれないと思わされた。「船」の本当は漁師に向いていなかったのかもしれない父、夫や子供の読書好きを理解できなかった母・父親の為に進学を諦め漁師となった息子の関係にはしみじみ。全編通して親が完璧な人間ではないと気づく瞬間がいくつか出てきたのだが、こういう話には特に苦味を感じる。しかし個人的にはこんな環境は耐えがたいなー。『四月は霧の00(ラブラブ)密室』
霧舎功著
トミーとタペンスはともかく、「金曜日ボクは遅刻した」は渋すぎます先輩。学園ラブコメミステリを堂々と打ち出した「私立霧舎学園ミステリ白書」第一弾。確かにヒロインが転校初日に遅刻して塀を乗り越えたり男の子とぶつかった勢いでキスしちゃったり何より表紙がアレだったりとベタはベタなのだが、本格ミステリとしては意外にも真っ当。いや真っ当どころか志は高いぞ。付録まで伏線にしている所にはやられた。そしてあとがきが熱い。霧舎は本気だよ!やる気だよ!本格ミステリ作家としての矜持を感じまて好感を持った。ただ一つ残念なのは、ラブコメとしては色気にかける所。文章でサービスショット(パンチラ)を描写されてもね・・・。美雪ちゃん(「金田一少年の事件簿」)の太もも一コマには負けるでしょう。『夏のロケット』
川端裕人著
うーん、男性って皆こんなに子供っぽいんでしょうか・・・。ロケット好きだった高校の同級生が30歳すぎて再終結、再びロケット造りを目指すという話なのだが、主人公以外の4人が突出した才能を持っている非一般人なので、まあそれだけ才能あれば出来るんじゃないの?という感じがしてあまりドキドキはしない。ミサイル密造疑惑というミステリ要素との絡みも申し訳程度だったし、ちょっと残念。何より何でそんなに宇宙に行きたいのかがピンとこなかった。所詮空の延長じゃん・・・なんて思っちゃうよ・・・。『「おたく」の精神史 1980年代論』
大塚英志著
80年代というと私は小学生で、「こんなんだったかなー」という程度の感慨しかないのだが、この本は80年代論というよりも著者の個人史的な側面が強く、興味深い。そういうわけなので、題名と内容は必ずしも一致していないのだが・・・。80年代というとバブル最中で軽薄な時代で、というイメージがあるが、著者にとっては(宮崎事件との関わりもあることも加え)重要な時代だったということか。巻末の年表は力作だと思う。当時の雰囲気を思い出しやすかった。『月の扉』
石持浅海著
ハイジャックされた飛行機内で起きた殺人事件。機内のトイレの中という二重の密室状態だ。ロジックの検証と積み重ねによって導き出される結論にはああそうか!という快感が。殺人事件が解明されていく過程と、何故ハイジャックを起こさねばならなかったかという事情が平行して明かされていき、ぐいぐい引き込まれて一気読みした。が、どちらの真相も結構気色悪いー。『百器徒然袋 風』
京極夏彦著
薔薇十字探偵社シリーズ第二弾。今回も遊び心に溢れている。にゃ、にゃんこ・・・30過ぎたおっさんがにゃんこって・・・。・・・ファンサービスを常に忘れない京極先生はえらいなぁと思うね(棒読み)!ともかく、京極シリーズでキャラ萌する方の心理がやっと分かった気がします・・・。ちなみに短編だと中禅寺のキャラが長篇の時より微妙にかわいくなっている気がするのだが。『暗黒童話』
乙一著
タイトルがすごい。中身はえぐい。ホラー方向へ行くのかと思ったら意外につじつまがあっていた。やはりベースはミステリの人なんだろうか。作中作の童話がなかなかにエグくて良い感じだった。そして文庫版あとがきがとってもイタくて良い味出している。作品と全然キャラクターが違うよ・・・。『新本格魔法少女りすか』
西尾維新著
好まれるか忌み嫌われるかがすっぱり別れているらしい西尾。私は嫌いじゃないですよ。今作は著者が楽しんでいる感じが出ていていいんじゃないかと。男子小学生創貴と少女魔女りすかが悪の魔法使いと戦うアクション・ファンタジー!なのだが、西尾小説の男子主人公は何故皆こういうキャラなんだろう。いやいいんですけど。りすかは魔法少女なだけあって、魔法で大人に変身、というフォーマットはきちんと踏まえている。が、魔法少女ならペットを連れてないと!次回は出してください。『日日雑記』
武田百合子著
なんでもないようなことを書いてあるのに、何で妙に面白いんだろう。著者は、対象も自分自身も、かなり突き放して見ている感がある。きっとセルフ突っ込みが上手い人なんだろう。文壇の大御所がちょろちょろ出てきているのだが、意外な一面が見えておかしかった。