5月

『すぐそこの遠い場所』
  クラフト・エヴィング商会作
 謎の世界「アゾット」に関する、「見るたび中身が変わる」事典。実際にはないはずなのに、どこか懐かしさを感じさせる不思議な物事。彼方の世界にしばし思いを巡らしてみたい。エリア17「ホシボシ」やエリア8「テイルズ・テイル」には行ってみたいなぁ。同商会の本『クラウド・コレクター(手帖版)』と合わせて読むことをお勧めする。ちょっと『ダブ(エ)ストン街道』(朝暮三文)みたい。

『人間たちの絆』
  スチュアート・カミンスキー著、棚橋志行訳
 刑事リーバーマンシリーズ初の計画殺人事件。冒頭から犯人がわかる、「刑事コロンボ」タイプのドラマ。目撃者となってしまった泥棒や、慣れない町に怯えて思わぬ悲劇を起こしてしまう医者、そしてある決断に踏み切るリーバーマンの娘。事件の関係者だけでなく、その周囲の人間達もきちんと描かれているのが良い。この作家は本当に、どうということない人生の機微を描くのが上手い。それにしても、この娘はな〜・・・大丈夫かよ・・・。

『批評の事情 不良の為の論壇案内』
  永江朗著

 評論家に関する評論集。現在活躍している、比較的若い評論家44人を評する。「この人って名前はよく聞くけど、どんなことやってる人だったっけ?」という疑問を手っ取り早く解決してくれる便利な1冊。著者によれば、評論家には「それは何か」という問いの他、文章の芸も必要だというが、この著者自身は結構文章に芸のある人だと思う。取上げた評論家に対する好き嫌いが、結構如実に読み取れるのがまたおかしい。取上げられている評論家の著作をちゃんと読みたくなった。著者の以前の著作『不良の為の読書術』はさほど面白いと思わなかったのだが、今作で見直した。

『ある家族の会話』
  ナタリア・ギンズブルグ著、須賀敦子訳

 「それを聞けば、たとえ真っ暗な洞窟の中であろうと、何百万の人込みの中であろうと、ただちに相手がだれであるかわかる」というような(これ、すごくよくわかる)、家族間の暗号のような言葉を交えて語られる家族の記憶。ユダヤ系イタリア人である著者と家族は、ムッソリーニの台頭、第二次大戦という困難な時代を生き、家族や友人が度々投獄されたりするのだが、それらも日常生活を綴るのと同じ調子で語られる。非常に冷静で抑制のきいた文体だと思う。家族に対する愛情と辛辣さが入りまじっているが、基本的に両親から愛された人なのだろう。

『死のように静かな冬』
  P.J.パリッシュ著、長島水際訳
 何をもって正義と成すか。一つの正義を追求しすぎると、それはもはや正義ではなくなるのかもしれない。湖畔の田舎町・ルーンレイクに再就職した若い警官キンケイドは、自分の前任者が殺された事件を追う。しかし再び被害者が出、よそ者である彼への風当たりも強まる。田舎の、そして警察の閉鎖的な雰囲気に加え、上司である所長の厳格さ、冬の寒々しさが閉塞感を強める。キンケイドは熱意はあるが未熟だ。「最初のうちはここが自分の場所になるだろうと思っていた。だが、違った。いまは自分の場所がどこなのかわからなかった。」シリーズ化が決まっているそうなので、彼が自分の居場所を見つけていく話になるのだろうか。

『アンダー・キル』
  レナード・チャン著、三川基好訳

 「夜明けの挽歌」に続くアレン・チョイスシリーズ。前作より良い!今回はアレンの恋人(と言っても破局しかけ)リンダの弟の死の謎を追う。弟は麻薬関係のトラブルを起こしたのかもしれないのだ。リンダの家族の事情が今回のキモになるのだが、前作同様「知らなきゃ良かった」系のオチなあたり、著者の家族という形に対する拘りを感じる。アレンは決してスマートなキャラクターではない。30歳過ぎても周囲と(自分とも)上手く折り合えず、感情の機微に疎くて悩むあたり、他人事とは思えない。でもリンダのやり方は、ちょっと卑怯だと思う。別れる気なら頼るなよ〜。

『しゃばけ』
  畠中恵著

 か、かわいい・・・もののけ好きにはたまらんものがある。妖怪小説+なんちゃって時代劇=日本ファンタジーノベル大賞優秀賞作品。薬問屋の病弱な一人息子・一太が妖怪たちと協力して殺人事件に挑む。手代に化けた妖怪・佐助(実は犬神)と仁吉(実は白沢)が超過保護で、一太は一人での外出もままならないのだが。妖怪たちは独自のネットワークを持っているのだが、何分人間とは価値観がズレているので、結構すっとぼけた所がある。最後は手代もあんまり役に立ってないしね・・・。全体にほのぼのしていて楽しく読めた。

『DIVE!1』
  森絵都著

 飛び込みというマイナーなスポーツに打ち込む少年達の物語の、シリーズ1作目。各所で面白いと評判だが、うーん。今ひとつ突き抜けていないなー。面白いことは面白いんだけど、ちょっと期待しすぎちゃったかなー。この人の作品は、全般的にちょっとお行儀が良すぎる感じがする。こういう雰囲気のものは少年漫画で読み尽くしちゃったしね・・・という感じもしなくもない。続きを読むかどうかはかなり微妙。続き物というのもネックになったか。

『民主主義とは何なのか』
  長谷川三千子著

 民主主義イコール善というイメージは果して正しいのか。ちょっと論旨に乱暴な所があるのだが、考える材料として面白い。「デモクラシー」という言葉には、本来「いかがわしいもの」という意味合いがあったのだとか。それが何故肯定的な言葉となったのか。その変遷を辿る本にもなっている。デモクラシーとファシズムとは時に表裏一体なのだ。それにしてもこんなにホッブスが引き合いに出されている本は久久に読んだよ・・・教科書的なホッブス、ロックの解釈とはかなり違うはず。著者は別に民主主義に反対しているのではなく、元々闘争的な側面を持つだけに、それを維持するには多大な努力と冷静・理知的な話し合いが必要なのだが、現在の社会ではそれが不十分と言っている・・・のだと思います、多分。

『タオルを投げるな』
  
マーク・クリーゲル著、高野裕美子訳
 おおおお久々に腸が煮え繰り返ったよ。別にマズい小説だったわけではない。むしろ上手い。腹が立ったのはフランク・バタリアという男に対してだ。自分の父親がこんな人だったら、家庭内で血で血を洗う抗争が起きていたに違いないね。やたらと強さに拘る男なのだが、そんなの本当のタフさじゃねぇよ!とシメたくなった。男らしさ・強さを勘違いしている人って滑稽だし、それに一生を左右されるのは悲劇的だと思う。二男・ニッキーが非常に可哀相です。愛憎入り混じっている感じで。また「親の因果が子に報い」なのか・・・

『つむじ風食堂の夜』
  吉田篤弘著

 十字路の角にぽつんと立つ食堂。のれんに名前はない。メニューはオーソドックスな定食屋のものだけれど、「クロケット」「ポークジンジャー」などと書いているあたりに店主の拘りを感じる(絶対ナイフとフォーク使用だし)。そんな食堂を行き来する人達のささやかな日常。疲れた時、心がほっこりとするような、寒い日のスープのような、暑い日の瓶入り(もちろんビー玉入り)ラムネのような短編集だった。ちなみに著者は「クラフト・エヴィング商会」の片割れ。

 

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