4月

『美しい映画になら微笑むがよい』
  川本三郎著
 思わず微笑んでしまう(笑)。主にミニシアター系映画のパンフレットに掲載された、映画評を集めたもの。全ての評が濃密なわけではないが、どれにも映画に対する著者の視点の優しさを感じる。「批評とは理解すること」という映画に対する誠実さが見える、読んでいて幸せな気持ちになる映画批評集だった。監督へのインタビューも収録されている。パンフレットを買い損ねた『ペパーミント・キャンディー』のイ・チャンドン監督へのインタビューを読めたのは収穫だった。

『マルドゥック・スクランブル』
  冲方丁著
 「The First Compression―圧縮」「The Secound Combustion―燃焼」「The Third Exhaust―排気」の3部から成る。「少女と敵と武器の物語」だというから、また美少女がドンパチやるありがちな話かな〜、安易なキャッチコピーだなーと思っていたら、そんなことなかった。確かにこれは「少女と敵と武器の物語」だ。少女娼婦バロットは、殺されかけたことへの復讐、そして生き残る為、ネズミ型万能武器ウフコックと共に戦いを挑む。冷徹(ハードボイルド)になりきれないウフコック(半熟)、その宿敵ボイルドなど、名前の付け方が凝っている。2巻から3巻にかけて延々とカードゲームの描写が続くのには驚いたが、それでも読ませる所はエライ。文章がやや説明的なところが気になったが、キャラクターが立っていて読みやすく、楽しい。

『幻獣遁走曲 猫丸先輩のアルバイト探偵ノート』
  倉知淳著

 小柄で童顔、猫似の30男、猫丸先輩が日常の中の「変な事件」の謎をズバリと解く。最新作『猫丸先輩の推測』よりはほのぼのとしていて、後味も良い。どうもこの著者、段々ブラックな方向へ進んでいる気がするのだが・・・。一番ウケたのは新薬モニター検査で起きた事件を推理する「寝ていてください」。特撮ショーが舞台となった「たたかえ、よりきり仮面」は、犯行の動機付けがちょっと苦しかった気がする。

『残虐記』
  桐野夏生著
 少女誘拐監禁というエグい素材を扱っているにも関わらず、全体の雰囲気は端正とはこれ如何に。著者の筆力を実感させられる。ある作家が残した実体験を綴った原稿と、その夫が編集者に宛てた手紙という形の作品なので、作品の中の小説がどこまで本当でどこまでが想像の産物なのかというボーダーラインが曖昧になり、夫の手紙すら作家の創作なのではとも思わせる。更にその両方が桐野夏生という作家の創作であるという入れ子構造。最後の数ページには戦慄した。ある事件、というよりもある事件が引きおこす人の想像(妄想)が人を縛り付ける恐ろしさ。「グロテスク」の黒い熱気に満ちた奔流とはまた違った、人の内面の更に底の方、見ることを躊躇うような領域に一歩踏み込んだ感がある。

『豪雨の前兆』
  関川夏生著

 漱石から西原理恵子まで、作家とその時代に目を向けた随筆集。著者自身の体験と引き合わせて語られることで、題材が身近なものに感じられる。過去に目を向けつつもノスタルジーには陥っていないのは、文体の硬質さゆえか。須賀敦子に関する章と、西原理恵子に関する章は、私が好きな作家だからということもあるが、深く頷きつつ読んだ。

『愚者たちの街』
  スチュアート・カミンスキー著、棚橋志行訳

 刑事エイブ・リーバーマンシリーズ第一作目(日本では邦訳2作目として出版)。これは良い!リーバーマンは相棒ハンラハンと娼婦殺し事件を追うのだが、一方で娘とその夫は不仲だし、ユダヤ教会(リーバーマンはユダヤ系)内のゴタゴタはあるし、孫達の相手もしなくてはならない。リーバーマンは事件にも日常生活にも、同じように淡々と、若干のユーモア(他人には分かりにくいが)を交えて対処していく。その淡々としている所が、煮詰まっている娘をイライラさせたりもするのだが。渋く味わい深い刑事小説。リーバーマンがユダヤ系、ハンラハンがアイルランド系というところも冗談のネタにもなっていて面白い。

『雲母の光る道』
  ウィリアム・エリオット・ヘイゼルグローブ著、原田勝訳

 離婚し職も失ったチャーリーは南部の祖父の元に戻り、以前から不審に思っていた母の死の真相を探る。しかし祖父は口を噤んだままだし、調査を始めたチャーリーの周囲では不審な事件が。アメリカの小説にはよくある「親の因果が子に報い」系の話。葬ったはずの過去が追いかけてきた時にどう落とし前を付けるのか。アメリカ南部に生まれなくってよかった・・・とつくづく思った。やはり、かなり独特な気風の地域らしい。これはちょっと耐えがたい(特に女性にとっては)なぁと。

『暗闇の終わり』
  キース・ピータースン著、芹澤恵訳

 新聞記者ウェルズシリーズ1作目。シリーズ内では一番情感があって良いかもしれない。ハイスクールの生徒が相次いで自殺する事件が起こり、ウェルズは単身、取材に赴く。しかし、彼自身も以前に娘を自殺で失っており、いまだに苦しんでいる。彼は娘が何故死んだかを理解したいという思いから、自らの傷を抉るような取材に挑む。理解できたとしても、平気になるということはないのだろうが。事件を追う過程も、その真相も哀しい。

『猿来たりなば』
  エリザベス・フェラーズ著、中村有希訳

 著者はクリスティと並ぶイギリス・ミステリ界の重鎮。さすがに古さは感じるが、本格ミステリの傑作と呼ばれるのには納得。被害者がチンパンジーという奇妙さはもちろん、探偵役のトビーはワトソン役のジョージがいないと全く役に立たない、ワトソン役の方が的を得たことを言っているあたりが、掛け合い漫才的な面白さを感じさせた。

『くまのプーさん 英国文学の想像力』
  安達まみ著

 世界中で愛されている「プーさん」は、作者ミルンが息子クリストファーとそのおもちゃたちをモデルに作られたというのは有名な話だ。しかし、ミルンにとっては、この作品は自分の本分ではなく、「プーさん」でばかり評価されるのは不本意だったらしい。そして子供時代にはとても仲のよかった息子とも、作品が原因で訣別してしまったというのは皮肉だ。それでもやっぱり「プーさん」は楽しい。詩集「クリストファーロビンのうた」をまた読みたくなった。ちなみに挿絵を描いたシェパードの娘は、後にメアリー・ポピンズの挿絵を手がけたそうだ。

『裏切りの銃弾』
  スチュアート・カミンスキー著、棚橋志行訳
 「父さんは幸せ?」「まあな・・・深いよどみとうずたかい注釈付きではあるが」彼は言った。「不幸ではない」”。刑事リーバーマンシリーズ第二作(邦訳としては3作目。ああややこしい)。リーバーマンの同僚の刑事シェパードが、自分の妻とその不倫相手を射殺、爆弾を抱えてビルの屋上に立て篭もってしまう。シェパードにしろ、その相棒だった(そしてシェパードに逆恨みされている)刑事にしろ、不倫したシェパードの妻にしろ、また離婚問題でゴタゴタしているリーバーマンの娘夫婦にしろ、皆それぞれの事情を抱えており、決して悪人ではない。しかしどこかで何かがずれてしまったのだ。

『冬の裁き』
  スチュアート・カミンスキー著
棚橋志行訳
 リーバーマンの甥が路上で殺害され、妊娠中の妻も重傷を負う。リーバーマンは初めて事件の当事者になり、刑事としての自分と被害者の家族としての自分の間で揺れる。彼のある決断が果たして正しいことなのかは分からないが、冷静に犯人を追いつつも、ふとした拍子に悲しみが吹き出る様子が辛い。そしてラストの一つの真相には人間の弱さ、愚かしさが感じられて更に辛い。リーバーマンがもっと若かったら耐え切れなかったかもしれないが、彼はそれを飲み込める位に年齢を重ねている。そしてそれが、このシリーズを味わい深いものにしていると思う。これまでのシリーズ3作の中では、一番渋い名作では。

『黒い犬』
  スティーヴン・ブース著、宮脇裕子訳

 少女殺人事件を追う、地元の刑事クーパーと都会から転勤してきた女性刑事フライ。クーパーは母親の難病に悩み、名刑事だった亡き父親の存在がプレッシャーになったり、性格が優しすぎたりで実力を発揮できない。対するフライは野心に燃える優秀な刑事だが、過去のトラウマを抱えている。2人は仕事上は相棒であり出世のライバルでもあり、お互いに反感を感じている。しかし同時に惹かれあってもいる。謎解き部分よりも、この2人がどんな人間であるかという描写が上手く、人間関係で読ませる。タフになりきれないクーパーにはしっかりしろ!と言いたくなるし、キャリア指向で計算ずくのフライにはそんなに頑張らなくても・・・と言いたくなる。舞台はイギリスの田舎なのだが、ちょっと読んだ感じだとアメリカの排他的な田舎のような雰囲気だった。田舎はどこも似たり寄ったりなのか。

『殺人者の顔』
  ヘニング・マンケル著、柳沢由美子訳

 スウェーデンの田舎町イースタ。バルト海に面した港町なので、亡命者や難民が多い。こういった背景のある警察小説シリーズ。老夫婦が無残に殺され、残された言葉は「外国の」という一言。かといって外国人を容疑者にしてしまうと外国人排斥運動団体を刺激してしまう・・・。スウェーデンは外国人の入国に対して寛容な国だが、経済状態が不安定だった’90年代初頭には、強い反感運動もあったとか。主人公であるヴァランダーは、離婚して太ってしまい、美人検察官に一目ぼれした挙句醜態をさらして振られるし、部下に飲酒運転の現場を押さえられるし、さっぱりかっこ良くない。しかし仕事は仕事として(自分は時代遅れなんじゃないかと感じつつも)ベストを尽くそうと努力する姿は良い。

『リガの犬たち』
  
ヘニング・マンケル著、柳沢由美子訳
 
刑事ヴァランダーシリーズ2作目。このシリーズはスウェーデンとその周辺諸国(特に亡命者、密入国者が来る東欧・ロシア圏)との関わりが背景にあるようなのだが、今回ヴァランダーは、正に海外の事件に巻き込まれてしまう。話の展開はちょっと強引。もっと派手にも出来そうな内容なのだが、妙に地味なのはお国柄か主人公のキャラクター故か。ヴァランダーは他国の事情に無関心ではいられない時代が来たのだと呟く。彼や同僚はしきりに自分達は時代遅れなのではないか、新しい警察が必要なのではないかと自問する。この作品が書かれたのは’92年なのだが、当時の国内が急激に変化していた雰囲気が感じられる。 

 

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