3月

『あたしのマブイ見ませんでしたか』
  池上永一著
 ジャンル=オバァとでも言いたくなるようなオバァまみれな、沖縄出身の著者の初短編集。沖縄を舞台にしたものはもちろん、都会を舞台にした「復活、へび女」でもおばあさんが出てくる。何か拘りでもあるのだろうか。シュールで可笑しい「マブイの行方」が一番気に入った。ちょっと文章が調子に乗りすぎな感があるが、あまり洗練されていない所が魅力でもあると思う。その一方で「木になる花」(乙一を彷彿とさせる)のような短編がある所が、作風の幅を感じさせる。

『贖罪』
  イアン・マキューアン著、小山太一訳
 物語を作ることが大好きな少女ブライオニーは、ある思い込みで、幼い正義感から他人の運命を大きく変えてしまう。ブライオニーの、世界は完璧な物語であるべきだという、熱っぽくも幼い思いが事態を悪化させていく様には、「あああ〜」と読んでいてやきもきしてしまった。読んでいるうちに、この小説が後に小説家となったブライオニーの手によるものだとわかるのだが、とすると、どこまでが実際にあったことなのか、少女の頃のように、また誰かを陥れる為のものではないのかと考えてしまう。またこの小説が「こうであれ」という贖罪として書かれたとしても、結局は書き手の自己満足に過ぎず事態は変わらないという、小説を書くってどういうことなの、と考えさせられた。

『魔法の石板 ジョルジュ・ペロスの方へ』
  堀江敏幸著
 ジョルジュ・ペロスというフランスの詩人については、私は全く知らなかったし、日本では彼の作品は翻訳されていないらしい。ひどく控えめで、能力がないわけではないのに(ピアノが上手で頭がよく、スポーツも得意)、「なんらかの技術の習得に還元されるようなことを受け入れられない性格だった」という所にはシンパシーを感じてしまう(私と一緒にしてはペロスに失礼だが)。その「資質を伸ばそうとしない」姿勢は、何となく分かる。別に怠けているわけではない。常に人生の傍観者であろうという彼の立ち位置は、傍から見ると何をやっているのかという感じだろうが、それはそれで(極めて個人的だが)一つの戦いであったと思う。彼の才能を認め、仕事を回してくれる人もいたが、作品出版の話は土壇場で断ってしまう。生活の為の仕事は書評やスポーツ評のみで、詩で食べようという気はなかったそうだ。そんな頑なとも言える態度から生まれた詩がどういうものなのか、ぜひ全文を読んでみたい。

『シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説』
 
 ローラ・ヒレンブランド著、奥田祐士訳
 
ノンフィクションだがドラマよりドラマチック。もしフィクションだったら出来すぎで面白くなかっただろう。世界恐慌に苦しむアメリカを沸かせた競走馬シービスケットと、そのオーナー・ハワード、調教師・スミス、騎手・ポラードらの物語。よくここまで取材したなという位のボリュームに驚かされた。当時の競馬界の状況や、シービスケットのライバルたちについても色々と触れられている。当時の騎手の雇用待遇の悪さにはびっくり。長生きは出来ない職種だったらしい。そんな中で2度の大怪我からカムバックし、成功できたポラードはすごい。「あいつは俺のために走っているんだ」と言わしめた、シービスケットとの信頼関係ゆえか。

『奇妙な新聞記事』
  ロバート・オレン・バトラー著、樋口真理訳

 ちょっと悪夢的な奇想短編集。シュユエーションはへんてこなのに、登場人物達が感じる苛立ちや悲しみはごく身近なもので共感を呼ぶ所も。特に「クッキー・コンテスト会場で自分に火をつけた女」あたりは、感情の現われ方は妙だけれど、ありそうな感じである。最初の一編と最後の一編が、共にタイタニック号に乗り合わせた男女の話で対になっている所が洒落ている。解説がスカしている(しかもそれがカラ回っている)のが残念。

『目には目を』
  カトリーヌ・アルレー著、安堂信也訳

 悪女小説とでも言えそうなサスペンス。破産目前の実業家ジャンとその妻アガットは、近く大金を入手する男マルセルとその姉マルトを屋敷へ招待する。それぞれの思惑が錯綜し、やがて事件が。章ごとにそれぞれの一人称で描かれており、お互いに噛み合っている部分と誤解している部分の対比が分かる。ラストのある計画は、その程度で成功するの?とちょっと疑問が残るが、シニカルで後味の嫌さは抜群。

『幻の終わり』
  キース・ピータースン著、芹澤恵訳
 新聞記者ウェルズシリーズの第2作。ウェルズと一緒に飲んでいた著名な戦場ジャーナリストが、ホテルで闖入者に殺された。手がかりは彼の過去と、残されたエレノアという女性の名前。過去を探るミステリだが、人物の造型がどれも上手く、人間の弱さ故の哀しさが漂っている。話でしか聞いたことのない女性にこんなに夢中になれるだろうかという疑問があるものの、作品の雰囲気に陰影があって良い。前作でもそうだったが、主人公ウェルズのジャーナリストとしての矜持が感じられる。

『ハードフェアリーズ』
  生垣真太郎著

 メフィスト賞を受賞した「フレームアウト」に続く著者の2作目。取り憑かれてしまった人たちの物語。今回も映画(コンペ用の投稿作品)がからんだミステリーだ。前作よりも映画の持つ性質がミステリー部分に活かされているが、それでも惜しいなという感じが拭えない。映画と謎とがもっと有機的に絡み合っていれば・・・と映画好きとしては思ってしまう。出てくる映画のタイトルがとりとめもないのも何だかなー。ミステリとしては悪くはないので、勿体無い。

『ギャングスターウォーカーズ』
  吉川良太郎著
 これまでの作品では未来のフランス暗黒社会を舞台としていた著者だが、今回のステージは上海。旧作でお馴染みの人たちも登場する。この著者は「この組織がこう動いたらあっちの組織はこう〜」というシュミレーション的なことが好きみたいで、今作では複数の組織が上海の利権を巡って画策をめぐらしている。クロニクル的な作品になるらしく、今作はシリーズ1作目らしい。だが、視点があっちこっちに行くのと、正直色々詰め込みすぎた感じがあって、ちょっと読みにくかった。特に新鮮味がある設定ではないので、もうちょっと構成は整理された方がよかったと思う。

『あなたの人生の物語』
  テッド・チャン著、浅倉久志他訳
 ザ・SF的な中短編集。なもので、残念ながらSF読みでない私は、どのあたりを面白がればいいのか困惑してしまった・・・。各話は結構あっさり終わってしまって、ネタの使い方がもったいない(長篇で使えるネタなのに!)気がしてしまう。「バビロンの塔」のオチはちょっと落語的な気がする。表題作は感動作らしいが、ピンと来ず。切なさ度なら、相手を理解することの不可能性を数式とリンクさせた「ゼロで割る」が一番高いと思う。

『霊峰の血 上下』
  エリオット・パティスン著、三川基好訳

 チベットを舞台としたミステリー、元中国調査官・単シリーズ3作目。相変わらず超苦労人な主人公だ。今作は山岳冒険小説としての味わいもある。私は宗教に対して無条件に肯定的なわけではないが、中国政府から信仰の弾圧を受けながらも、自分の信じるものを守ろうとする人々のひたむきさに打たれる。信仰を、故郷を奪われるということはこんなにも残酷なことなのか。チベットの人々の未来、そして主人公・単と老僧ローケシュの不確かさに暗鬱となるが、ラストには中国人、アメリカ人も交えてわずかな希望が見える。単がいわゆる探偵役なのだが、彼の謎も明らかにしたいという性が、チベット仏教の教えとは相反してしまうという僧の言葉が興味深い。

『ボーイズ・ビー』
  桂望実著

 幼い弟に母の死を理解させようと一生懸命な小学生・隼人と、頑固な靴職人の老人・営造。2人ともそんなに頑張らなくても、突っ張らなくてもいいのにと思ってしまうような人たちで、その2人が徐々に距離を縮めていく様子は微笑ましい。子供には、親以外にもこういう存在の人が必要なんだよね。隼人の父親は消防士で、良い父親ではあるのだが、息子達の母親に対する思いや、隼人が相当無理していることには思いが至らない。このわかっていない感じが上手く書けていたと思う。かなり良く出来た少年(と老人)小説だと思う。いやー、よく分かってるなーと思う所が多々あった。

 

 

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