1月

『前日島 上、下』
  ウンベルト・エーコ著、藤村昌昭訳
 タイトルは前日島なのだが、主人公のロベルトは結局島には上陸しませんでしたとさ。航海中に難破したロベルトは無人船にたどり着く。で、彼が何をしていたかというと、妄想するばっかりであまり役に立ちそうなことをしない(笑)。彼の過去と現在と妄想が入りまじって同時進行されるので、読んでいる方も混乱してくる。更に語り手「私」が何者なのか分からないので、語りをどこまで信用していいのかわからない。そしてもちろん「バロックの迷宮」と称されるだけあって、あらゆる知識が詰め込まれている。特に当時の怪しい科学関係は面白い。微妙なギャグに翻訳者の苦労がしのばれます。

『バッテリー』
  あさのあつこ著

 噂の人気児童文学にとうとう手を出してしまった。シリーズ1作目。少年野球漫画を小説でやったようなとっつきやすさだが、主人公・巧は少年漫画の主人公にはあまりならなさそうな、才能はあるがそれ故視野が狭く、実際に身近にいたらちょっと迷惑(笑)なタイプ。その彼が今後どう変わっていくのか、変わらざるを得ない(何せ日本の学校環境は天才には生き難い)のか、続きが楽しみ。少年達の関係だけでなく、家族間の(仲が悪いわけではないが)齟齬とか、親兄弟に対するイライラ感とか、上手い所をつまんでくるなという感じ。正直、文章はそれほど上手くない(文章の視点がいきなり変わったりして、整理されていない所が)が、面白い。

『心地よく秘密めいたところ』
  ピーター・S・ビーグル著、山崎淳訳

 墓地に住み、幽霊達の話し相手をする男と、若い男女の幽霊、夫の墓に通う未亡人、そして鴉の物語。登場人物たちの会話が妙に哲学的で青臭い(主人公・レベック氏など50代なのに!)なーと思ったら、著者19歳の時の作品だとか。映像化したら雰囲気の出そうなファンタジーなのだが、人間(と幽霊)たちのうだうだした会話にはイラつかされた。鴉はいいやつなんだけど。

『密室ロジック』
  氷川透著
 密な室はないのに密室。後半の推理部分の為だけに前半があるような論理性に特化したミステリ。しつこい位に緻密な論理は、好き人にはたまらないが興味のない人には退屈だろう。正直、文章がいつになく荒れていて気になった。もうちょっと何とかならなかったのかなー。普通の小説としては全く面白くないのでコアな本格ミステリ読み以外には勧めないが、個人的にはミステリとしては好きな部類。

『QED 龍馬暗殺』
  高田崇史著

 今回の殺人事件はちょっと京極夏彦っぽい・・・と思ったのは私だけか。そして今回のQEDはタイムリーに(今年の大河ドラマは『新撰組』だし)坂本龍馬。一気に近代に突入だ。奈々ちゃんの妹(幕末マニア)も登場し、相変わらず酒の与太話(今回、いつも以上に全員飲んでいます。珍しく日本酒。)でえらい新説を展開している。そして相変わらず作品の質は安定しているが、難を言うと、殺人事件解明とQEDの間の関連がかなり弱い。それぞれ単体で面白いのだが。

『25時』
  
デイヴィッド・ベニオフ著、田中俊樹訳
 青年モンティが収監されるまでの24時間。彼は恋人に会い、父親と食事をし、友人達と飲み明かす。モンティと友人2人の、嫉妬や劣等感をも孕んだ友情の描き方は上手い。が、彼が収監されるのは全くの自業自得なので、彼の葛藤はわかるものの、あまり同情する気にはならないのだ。更に、刑務所のあり方がアメリカと違う日本では、彼が何故そんなに刑務所を恐れるのかピンとこないと思う。ラストのまとめ方は上手い。

『異形の花嫁』
  ブリジット・オベール著、藤本優子訳
 身体は男だが心は女なトランスセクシュアルのボーは、たちの悪い男にほれていて生傷が絶えない。更に彼らの周囲では娼婦連続殺害事件が・・・。何でまた、ボーはこんな男が好きなのか。周囲からもあの男は止めろといわれるのだが、それでもとにかく好き、というストーカー一派手前な恋愛っぷりに押されて読み進んだ。この著者にしては結構直球な、ミステリかつ恋愛小説。

『僧正殺人事件』
 ヴァン・ダイン著、井上勇訳

 正に古きよき時代の本格推理小説。かっこいい探偵がマザーグースの唄に見立てた連続殺人事件にかっこよく挑む。名探偵はやはり博識でリッチでキザなくてはいけないのね。謎解きは端正だが、犯人の心理分析は現在では通用しないのでは。探偵・ヴァンスの最後の行動もいいの?って感じではある。注が面白く、ヴァンスの友人かつ弁護士であり事件記録者であるダインが付けた物として、フィクションで書かれている(その他に訳者注あり)。

『シカゴ・ブルース』
  フレドリック・ブラウン著、青田勝訳
 「ぼくは永久に、父のほんとうのことがわからないだろう」。父親を殺された青年エドが、伯父と共に真相を探る。’71年の作品なので訳文がかなり古めかしいが、擦れていないエドが瑞々しく、爽やかな味わい。子供にとって親がどういう人間かということは、結局わからないのだろうか。エドと伯父であるハンターとの関係は、ドン・ウィンズロウのニール・ケアリーシリーズを彷彿とさせる。ハンターの、父親ではないが父親的なものであるという存在感が良い。

『三人のこびと』
  フレドリック・ブラウン著、井上勇訳

 エド・ハンターシリーズ2作目。伯父ハンターと共にサーカス一座に加わったエド。しかしテント内で見知らぬこびとの死体が発券されるという事件が。ミステリ的には「いやそれは無理だろ」というトリックが。しかし何より残念なのは、訳文が作品の持ち味と合っていなかった所。もっと柔らかさというか、エドの初々しさを出して欲しかった。ハンターが保護者として、エドとの距離感が理想的だと思う。

 

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