12月

『じつは、わたくしこういうものです』
  クラフト・エヴィング商会作
 様々な「わたくし」が写真付きで登場し、自分のお仕事を紹介してくれる。月光密売人、選択士、ひらめきランプ交換人など、ちょっと不思議な職業の数々。もちろん全てフィクションなのだが、「わたくし」として出演している人たちが、ごく普通の人たちなだけに妙な説得力があって、納得してしまう。よくこんなぴったりなキャスティングが出来たなぁ。シチュー当番なる職業は、全国の読書家の羨望の的になるに違いない。

『憤怒』
  G・M・フォード著、三川基好訳

 死刑執行までの限られた時間で、被疑者の疑いし真犯人を捜すというパターンはよくあるが、テンポが良くて飽きさせない。主人公の過去が思わせぶりなのでシリーズ化するのかなと思ったら、アメリカでは既に続編が出ているらしい。サクサク読めるエンターテイメントの王道。ところで、こういう小説に出てくる男女はなぜに必ずカップルにならなければならないのか。主人公の男はそう魅力的でもないと思うが(むしろ結構嫌な性格だ)。第一スティーブン・セガール似って、かなり微妙だと思うんだけど・・・

『グロテスク』
  桐野夏生著

 前作「ダーク」では、作者自身の主人公ミロに対する思い入れが出てしまった感じがした。それゆえ、特に男性読者に対してはとっつきにくい作品になっていたと思う。ところが今作ではそれが無い。メイン登場人物である3人の女性に対して、私は全く感情移入できなかったし理解もし難いのだが、それでも一気読みしてしまった。異生物を観察しているような面白さがあったが、これは著者の文章力の的確さによるものだろう。一人称小説でありながら、それが3人の女性それぞれのものとなっている為、ある「私」が隠していたものが他の「私」からは見え、徐々に全体像が浮かび上がる。一見まっとうな文章から、じわじわと歪んだものが滲み出てくるあたり、絶妙である。著者の、「いかに読ませるか」というスキルの高さ、職業作家としてのレベルの高さが感じられた。桐野夏生の集大成であり傑作である。ヘタなホラーより恐いぞ。

『シャッターアイランド』
  デニス・ルヘイン著、加賀山卓朗訳
 何と巻末袋綴じ。そのせいでつい購入してしまった。くっ。確かにネタバレ厳禁なラストなのだが、袋綴じする必要はなかったのでは?今までの作風とはがらりと異なり、孤島・密室・暗号と揃った本格ミステリの趣。が、ミステリを読みなれている人にはオチが半分くらいは読めてしまうかもしれずない。が、とにかく筆力があるので読ませる。レヘインならではの、男女の、親子の哀しみの描写が余韻を残す。映画化も決定している。

『夏の稲妻』
  キース・ピータースン著、芹澤恵訳

 昔気質の新聞記者ウェルズが、職業生命を賭けて情報屋殺害事件と消えたスクープ写真を追う。議員のゴシップ写真を買わないかと誘われて、「彼のプライベートだから(スクープにはしない)」と断ってしまう(その結果失業の危機に)所が彼の魅力であり甘さである。決してかっこいいばかりでなく、愚直さや救いがたさももっていてそれを自覚している、人間的な主人公だった。当時(’89)のアメリカの新聞社の雰囲気が面白い。

『ボストン 沈黙の街』
  ウィリアム・ランディ著、東野さやか訳

 だまされないぞだまされないぞと思っていたのに、まんまと騙されましたよ、もーう。何を書いてもネタバレになりそうなので詳しくは書けないのですが。反則的な展開ではあるが、全編に渡って伏線が張られていたことに驚愕。まさか本当のそのオチだとは・・・。警察小説としても面白い。世間知らずの青年警察署長の成長話でもあるが、成長するということは何かを失っていくことだということを切実に感じさせる。

『シカゴ育ち』
  スチュアート・ダイベック著、柴田元幸訳

 シカゴで生まれ育った著者による、シカゴの街とその住民の短編集。なんだか街の臭いが伝わってくる感じだ。それぞれの主人公は別人だが、全体の流れは少年→青年の話となっている。少年時代の祖父との思い出を描いた「冬の日」が、ややセンチメンタルであるものの良い。飄々としたユーモアがあり、時にファンタジックで瑞々しい。そして、やはり成長するということは何かを捨てていくことなのだと感じさせられた。

『地獄じゃどいつもタバコを吸う』
  ジョン・リドリー著、山田蘭訳
 愚かしい人々が麻薬と大物ミュージシャンのデモテープを巡って、勘違いすれ違いを繰り返し地獄へまっしぐら。特に主人公・パリスのヘタレさ、頭の悪さにはこめかみが痛くなりそう。もうちょっと考えなさい!ちなみに大物ミュージシャンのモデルってあの人?だとしたら随分な皮肉だが。

『GOTH リストカット事件』
  乙一著

 猟奇的な事件を描いても、語り口が妙に淡々としていてテンションが低いので、あまり陰惨な感じがしない。どの話でも展開が上手く、しっかりと騙された。が、トリックのパターンがほぼ毎回同じというのは、ミステリとしてはどうか。さらりと読めてしまうが、「犬」などは絵ヅラを考えると相当シュール。

『戦闘妖精雪風(改)』
  神林長平著

 実は多田真由美(本作がアニメ化される際に、多田がキャラクターデザインを手がけた)の漫画から入った邪道な読者です。戦闘機の動きやパーツの専門用語がちょっととっつきにくいが、面白い!戦闘機ものでありつつ、人間らしさとは何かという問いかけが描かれているSF。異生物(?)ジャムが敵とみなしているらしいのが、人間ではなく実は機械(コンピューター)なのではないか、では人間が戦うことに意味はあるのか?という視点が新鮮。主人公・零も愛機・雪風も魅力的。

『アヒルと鴨のコインロッカー』
  伊坂幸太郎著

 現在と2年前とが交互に語られ、やがて交差する。2つの話のそこかしこから、ある事件が起こる予感がして、もの悲しい。この取り返しのつかないこと、人の力ではどうやっても変えられないことの悲しみというものは、『重力ピエロ』でも感じられたし、テーマ的にも(例えばセックスの話とか、落とし前のつけ方とか)前作を引き継いでいる感じがする。しかし読後感は良い。それでも普通に生きていくのだなぁと。

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