7月

『死を啼く鳥』
  モー・ベイダー著、小林宏明訳
 ロンドンで発見された娼婦の腐乱死体には、解剖された痕があり、心臓にはある物が縫い付けられていた。このある物を縫い付ける動機がちょっと弱い気がするが・・・。主人公の刑事・キャフェリーと、付き合っている女性・ヴェロニカとの関係はいかにもありそう。

『お姫様とジェンダー アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門』
  若桑みどり著
 著者が某女子大で行った、ジェンダー学の授業を本にまとめたもの。ディズニーの「プリンセスもの」アニメを題材に、その中での「男らしさ」「女らしさ」について考えてみる。学生が書いたアニメの感想が掲載されているのだが、未だに「結婚が女の幸せ」的な考え方をしている人が結構多くて、逆カルチャーショックを受けた。そ、それでいいのか皆さん!?結婚はゴールじゃないんだぞー。「やっぱりお姫様には憧れる」という感想も多かったが、そうなのかなぁ。ディズニーのお姫様は、男社会にとって都合の良い女性像なのに。著者の「エリートでない女性が、生き生きと仕事をして暮らすことができる社会にしなければなならない」という言葉には深く頷く。

『長田弘詩集』
  長田弘著
 角川のハルキ文庫から出ている、著者自選の一冊。全て自然な言葉で語られており、心地よい。初期のものはちょっと説教臭くもあるが。食べ物に関わる詩が多く、つい「美味しそう・・・」と唾を飲んだ。ピーナッツスープ(甘いらしい)やアップルバターってどんな味なんだろう。そしてもちろん、猫も登場する。

『平面いぬ』
  乙一著
 タイトルがすごい(笑)。4編から成る短編集。ホラーというかファンタジーというか、妙な味わいがある。表題作では自分以外の家族全員が末期がんという無茶な設定。にもかかわらず淡々と話をすすめてしまう所がこの著者らしい。「石ノ目」は怪談風。「はじめ」は漫画化もされており、好感度高。「BLUE」は寓話的だが、文体が作文レベルでちょっとキツかった。全般的にオチが読みやすいところが難点か。表題作は、着地点が意外と「ええ話」的だったので拍子抜けした。もっと気持ち悪い話かと思ったのに。

『溺れる魚』
  戸梶圭太著
 堤幸彦監督によって映画化もされた小説。映画とは後半部分がかなり違う。映画では女装趣味刑事・秋吉、押収金ネコババ刑事・白洲、アーティスト・岡部に焦点を合わせているが、小説はもっと多焦点的。ミステリともクライムノベルとも言えず、オチも「は?」と言いたくなる様なところが。文庫版巻末には、映画に本人役で出演した宍戸錠のエッセイが収録されている。これがちょっと面白い。

『料理人』
  ハリー・クレッシング著、一ノ瀬直ニ訳
 うーん、嫌な話だなぁ(笑)ホラーでも幻想でもなく、ハッピーともアンハッピーともつかない。ことが人間の基本的な欲求である、食の楽しみに関わっているので、嫌さに拍車がかかる。美味しすぎる食事も考え物かも・・・。滑稽でうっすら恐い。でもコンラッドって結局何がしたかったの?

『本格ミステリこれがベストだ!2003』
  探偵小説研究会編著

 探偵小説研究会が選んだ2002年の本格ミステリ10本の紹介など。正直、この10選はどうなんだろうという感じもするのだが・・・。今回は本格とはなんぞや、という趣旨。いわゆる正統派本格はジャンルとしては危機的状況だが、このさき何ができるのか。各批評は、ちょっと分量が短めで物足りない所が。今後のミステリ選びの参考にしたい所だ。とりあえず『奇遇』(山口雅也)は読むか・・。まあコアなミステリ読み以外には、全く無用な本ではある。西尾維新へのインタビューはなるほどという感じ。

『しゃべくり探偵』
  黒崎緑著
 全編、和戸君と保住君の会話で構成されている、漫才アームチェア・ディテクティブ小説。名前を見ればお分かりだろうが、和戸君はワトソン役、保住君はホームズ役だ。他にもホームズシリーズに登場する人物にちなんだ名前が色々出てくる。個人的にはマイク・クロフト氏の行方が気になる所だ。名前でその登場人物の役割が読めてしまう所が難だが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラする和戸君と保住君の会話が楽しい。短編集なのかと思いきや、最後には全編を通した謎解きが。一時期、こういうスタイルが流行ったなー。2人がFAXや速達でやりとりする所に時代を感じた。今ならメールでお手軽なものだが。

『ノヴァーリスの引用』
  奥泉光著
 10数年ぶりに再会した大学の同級生達が、在学当時、自殺した同級生の死の真相を推理する。というと、ミステリ小説のようだが、そうではない。これはミステリを装った小説、本格ミステリのパロディ、批評とも言える。「こんな仮説じゃ面白くない」とばかりに、過去の出来事をこねくり回して新しい物語を構築するが、それはどこまでいっても探偵役=作者の内面を反映したものであり、結局実際に何が起きたのかという真相にはたどり着かない。終盤は幻想小説の領域にまで突入していく。「探偵小説が面白いのものね、死に決して触れないからなんですよ。贋物の死を弄んで本物の死を回避するんです」。

『ヒトクイマジカル 殺戮奇術の匂宮兄妹』
  西尾維新著

 いの字は某シンジ君になりたいらしいよ・・・と思ってしまうほど、今回はうっとおしさマックス。頭ぐるぐるの大盤振る舞い。前回までとキャラ違ってませんか。この方向でいくと、玖渚との破局は免れないと思うのだが、どう話を落としていくのか。ミステリとしては、前回に引き続き、かなりどうでもいい感じに。いや、そのオチには何のひねりもないね・・・そのまんまだね・・・。とりあえず次作を待つ。ラスボス(らしい)も登場したことだし。あ、表紙を外してみるのをお忘れなく。

『チョコレートゲーム』
  岡嶋二人著
 現在でも名作と名高い、日本推理作家賞受賞作。死んだ息子は本当に殺人犯だったのか?「チョコレートゲーム」という言葉を手がかりに、父親が真相を探る。子供たちは愚かしく、親たちは愚かしくも哀しい。作品自体にそれほど古さは感じないが、文庫版後書きには時代を感じた。

『ダーク』
  桐野夏生著
 タイトル通り全編ダークサイドな、女探偵村野ミロの物語。桐野は元々作品コントロール力の高い作家で、キャラクターに対する思い入れも薄い(というより、キャラクターを変化させることを躊躇しない)。ただ、ミロに対しては結構思い入れがあるらしく、それがこの物語を逸脱させていると思う。あるインタビューで、村野はミロを「地獄巡りをするカメラ」と称していたが、カメラどころかミロ自身が地獄を作り出している気がするのだが・・・。『リアルワールド』では更に強化されていたが、登場人物同士の相手に対する見方がズレており、多視点構造にすることで一人の人物が浮かび上がってくる所が面白い。登場人物全てが悪意に駆られており、多分に暴力的ドロドロ的であるにもかかわらず、一気に読ませるのは作者の凄さだと思う。ただ、ミロが死のうと思うのも生きようと思うのも男がらみ(しかもなぜこいつ?という感じの)であるのは、ちょっと安易な気が。終盤でミロが下した決断も、「今更そのオチ?」と拍子抜けだった。
 

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