6月
『殺し屋とポストマン』
マシュー・ブラントン著、佐和誠訳
プロの殺し屋への伝達係を「ポストマン」と呼ぶ。こういう基本設定や用語の使い方を、説明しないまま話が進むので、最初は分かりにくいの何の。私だけか?ベテラン・デッカーとルーキー・オルセンの、お互いにイライラしつつ協力し合うやりとりが微笑ましい。殺し屋界にもジェネレーションギャップはあるのか。『アシッド・カジュアルズ』
ニコラス・ブリンコウ著、玉木亨訳
「マンチェスター・フラッシュバック」で英国推理作家賞を受賞した著者の、邦訳2作目。実はこちらの方が先に書かれたものなので、完成度は正直イマイチ。しかし性転換したクールな「美女」エステラと、その過去に関わる人々の、ねじくれた絆のようなものが、ちょっぴり切ない。舞台がマンチェスターで音楽とドラッグというと、映画「24hours party people」を思い出す。時代背景もだいたい同じ。あのムーブメントはやはりドラッグとは切っても切れない関係だったことが分かる。『本格ミステリ03』
本格ミステリ作家クラブ編
’01から始まったこのシリーズ、今回はややボリュームダウン。内容も単行本からの抜粋があるというのがちょっと淋しい。特に評論は分量、内容ともに中途半端で、入れなくてもよかった気が。収録作の中では、貫井徳郎「目撃者は誰?」が単品としての完成度が高かったと思う。『ナショナリズムの克服』
姜尚中、森巣博著
在日の立場から「日本」について批評、研究を続けてきた東大教授・姜尚中と、ギャンブル関係ではお馴染みの、オーストラリア在住の作家・森巣博の異色の対談集。近年、国内の妙に閉鎖的な雰囲気には、個人的には違和感を感じていたのだが、そういうことだったのか。硬派な題材だが、著者2人のユーモアとクレバーさで、滅法面白い読み物になっている。森巣の国際感覚の自由さはちょっとイレギュラーなものだろうが、羨ましい所。某都知事(某の意味ないしな)にも読んでいただきたい。『壷中の天国』
倉知淳著
第一回本格ミステリー大賞受賞作。受賞には文句なしの出来だと思う。連続殺人事件のミッシングリンクに関しては、おとりにまんまと引っかかってしまった。くっ。キーポイントとなっているオタク系カルチャーに関しては、まあよくお勉強してますねぇという感じで、結構ライト。外から見たらこんな感じかなーという程度。この著者自身は、あまりオタクな人ではないんだろうだなぁ。描写に思い入れないもんなぁ(笑)。所でこのタイトル、私もまだ壷の中に入りっぱなしではないかと、ちょっと痛いものがあった。『風の向くまま』
ジル・チャーチル著、戸田早紀訳
1931年、ニューヨーク。元上流階級、現超貧乏なロバート&リリー兄妹に、大伯父の遺産相続の話が舞い込む。ただし、大伯父が残した屋敷に10年間住み続けなければならないという、妙な条件付き。かくして2人は田舎へ引っ越すのだが・・・。ベテラン作家らしく、危なげないユーモア・ミステリ作品。陽気な兄にしっかりものな妹という、主人公2人に好感が持てる。特に兄。一見遊び好きで能天気なのだが、実は切れ者?「お兄様!」と呼びかけたくなるいいキャラをしている(笑)。今回は、2人が大伯父の死の真相を探るのだが、シリーズ化するそうで今後の展開が楽しみ。時代背景がきちんと描かれており(ルーズヴェルトが大統領選に出馬しようとしていたりする)、ミニ知識的にも楽しい。『密室本 メフィスト巻末編集者座談会』
講談社ノベルズ編集部編
講談社ノベルズの「密室本」についていた応募券でもれなく貰える、非売品。内容はサブタイトルのまんま。つまり「メフィスト」本誌を読んでいた人にはあまり美味しくない(笑)。編集者達が投稿作品を評するのだが、現在デビューしている作家のものも、もちろん含まれている。ただ、全部仮名なので、誰のことだかさっぱり。自分、あんまり講談社ノベルズ読んでいなかったんだな・・・。その年によって傾向やレベルがバラバラなのだが、選考過程から、メフィスト賞という賞のスタンスはなんとなく伝わる。巻末にこれまでの受賞作一覧を付けてくれると親切だったのだが。『愛について』
谷川俊太郎著
著者の初期詩集の、何と50年ぶりの復刊。装丁にも気合が入っている、というかちょっと入りすぎ。若い読者を想定しているのだろう。相当若い頃のものなので最近のものと比べると、こっ恥かしいというか、青々しいというか、読んでいてうひゃーと思ったりもするが、やはりこの人の詩は良い。英語訳も載っているので、合わせて読んでみても面白い。『西荻窪キネマ銀光座』
角田光代、三好銀共著
映画にまつわる角田のエッセイと、三好のマンガのコラボレーション。映画館の場所を西荻にしたのには、なるほどなーとにやりとさせられた。映画を題材とした時の、2人のアプローチの仕方が全く違う。角田は映画の内容に触れたエッセイという形だが、三好は映画から連想された短編マンガで、映画自体の話は出てこない。もちろん、共著ということで前もって打ち合わせたのだろうが、資質の違いが見えて面白い。ちなみに、「ダンサ−インザダーク」に対する角田の感想には、そうなんだよなーと苦笑い。『菊葉荘の幽霊たち』
角田光代著
友人・吉元の家探しを手伝う「私」は、吉元が妙に気に入ったアパート(でも満室)の住民を一人、追い出そうとする。アパート住民の男子学生に近づいて、彼の部屋に上がりこんで半同棲状態にまでなってしまう。アパート住民の動向を探る「私」だが、結局何がしたいのだろう。何かの周りをぐるぐるしているだけのような、自分が何をしているのかも分からなくなる様な、居たたまれなさを感じた。ちなみに「私」が半同棲する学生・蓼科には最高にイライラする。何を言っても自分が都合の良いように解釈して、さっぱりかみ合わない。いるんだよなぁ、こういう人。『日朝関係の克服』
姜尚中著
私は朝鮮半島事情については、勉強不足でお恥ずかしい限り。関わらずには済まされない問題なので、ちょっとは勉強しようと思って購入。著者の視点がクールなので読みやすい。日朝関係には当然アメリカがかかわってくるわけだが、ここ最近の事情については、アメリカでクリントン政権が続いていたら、もしくはゴアが大統領に就任していたら、ちょっとは好転していたのではという指摘には納得。『神のロジック人間のマジック』
西澤保彦著
人里はなれた奇妙な施設で暮す、6人の少年少女。果たしてこの施設は何なのか・・・。これ、ネタバレせずに感想を書くのが難しいなぁ(笑)。読み始めた時に「〜だったりしてー(笑)」と思っていたら、本当に「〜」だったので逆にびっくり。しかしそこにいきつくまでのプロセスが綿密で、正に捨て文なし・全て伏線状態。単純にサイコ、SF方面に行ってしまいがちなネタだが、あくまで本格ミステリに留まっている所に、著者の心意気を感じる。そして、愛と妄想(もしくは愛による妄想)は西澤作品によく出てくるモチーフだ。愛は妄想を許容するか。巻末に収録されている著者へのインタビューも興味深い。自分が抱える問題を、モロに作品に反映させてくる作家なのか。森奈津子師匠に関する話は、いやあ、すばらしいなぁ(笑)。