3月

『なるほどの対話』
  
河合隼雄、吉本ばなな著
 タイトル通り、「なるほどー」な対話集。今の若者のことや日本や世界、それぞれの仕事のことなど。うんうん、とうなづける所がいくつもある、読みやすい1冊。吉本が自分の読者である若者たちについて、「みんなすごく素直で打たれ弱い」と言っていたのには、うーんそうかも、と思ってしまった。学校や周囲の人たちに上手く馴染めない中高生には特に薦めたい。吉本の学校が辛くて、という話には共感する人が結構いるのでは。

『夏と花火と私の死体』
  乙一著

 薄暗リリカル、はたまた灰色センチメンタル。この人の小説はそんな雰囲気だ。この作品で16歳でデビューしたというのだから、人生イヤになりますね(笑)。正直、文章は決して上手くはない。しかしインパクトは強烈。なにしろ「私」がいきなり死んでいるのだから。

『フィーバードリーム 上・下』
  ジョージ・R・R・マーティン著、増田まもる訳

 創元文庫の復刻版で、北上次郎が何ともキャッチーな帯文を書いていたので、つい購入。人間と吸血鬼の友情は成立するのか?異色の友情物語かつ吸血鬼小説の傑作との触込みだが、実際は友情が描かれるシーンは意外と少なかった。しかしそれでも十分。吸血鬼・ジョシュアと人間の船長・アブナーの友情は息がながーいのだ。正直、構成はあまり上手くなく、かなり間延びした感じもするのだが、この2人の関係がどうなっていくのかが気になって、一気に読みきってしまった。そしてもう一つの主役は、彼らが乗る蒸気船・フィーバードリーム号。汽船小説といってもいい位、描写に気合が入っている。

『浦賀和宏殺人事件』
  浦賀和宏著

 講談社の「密室本」シリーズ。本格ミステリの揶揄に満ちた本格ミステリ・・・なのだが、ミステリよりもYMOですよYMO。もうYMOまみれ。そんなに好きなのかYMOが。「こいつ絶対中谷美紀とか坂本美雨とか聞いてるよハハハー」とか思っていたら本当に出てきやがった。自転車に乗って15分(分かる人だけわかってください)のくだりではもう脱力。ミステリとしてはあからさまに伏線をひいたり何かを匂わせたりと、結構人をくった感じ。でも頭に残るのはやっぱりYMO。

『殺しのVTR』
  デヴィッド・リンジー著、入江良平訳

 「暴力の話をどう始めればいいだろう?」。人は何故暴力に惹かれるのか。なぜ暴力はなくならないのか。暴力に関する会話が哲学的ですらあり、引き込まれる自分にはっとする。『拷問と暗殺』の刑事ヘイドンシリーズ。時間軸的には今作の方が前の話になる。今作の方がミステリとしては読みやすかった。しかしヘイドンという主人公は、真実に辿り付くものの、最終的には何もできないという役どころなのだろうか。

『ボトムズ』
  ジョー・R・ランズデール著、大槻寿美枝訳

  著者の本気小説(いや今までも本気だったろうがいかんせん作風が)。ロバート・マキャモンの『少年時代』を彷彿とさせるが、もっと陰影が濃く、ファンタジー的要素はない。1933年テキサス東部。11歳のハリーは、有刺鉄線に縛られた黒人女性の死体を発見する。時代的にまだ黒人差別があからさまだ。ランズデールは常に人種差別問題を作品に織り交ぜているが、この作品でも人種差別による悲劇が起きる。自分の中に差別意識が残っているのが分かる、でもそれを消そうと努力しなくてはいけないんだというハリーの父の言葉が印象的。ハリーの両親と祖母が(弱い面も含め)理想的な保護者だ。寝たきり老人になったハリーが過去を回想するという形式なので、ふとした拍子に物悲しさが漂う。ハリーの大切だった人たちは皆去ってしまっているのだから。

『宮殿泥棒』
  イーサン・ケイニン著、柴田元幸訳

柴田訳に外れなし、と個人的に思っているのだが、この本にも裏切られなかった。優等生というのはある意味損なもので、親や異姓の注意を引くのは常識外れの天才や悪ガキと相場がきまっている。そんな優等生達、真面目にまっとうに、そしてあまりぱっとせずに生きていく人々の悲哀を描いた短編集。特に「バートルシャーグとセレレム」は、天才肌の兄に対する“手のかからない”弟の憧れや苛立ちや疎外感がみずみずしい。そしてラストがちょっと辛い。

『オタクの迷い道』
  岡田斗司夫著

 雑誌「TVブロス」に連載されていたコラム集。TVブロスって、TVとは名ばかりの雑誌だな・・・。内容はタイトルの通り。気軽に「私オタクだから」なんて言ってはいけませんね。オタクをやるのも覚悟が必要なんですね。濃ゆすぎる人たちの話がボロボロ出てくるが、特にセバスチャンが最強。文庫化の際にかなりの補足と対談が追加されており、お得。あ、海洋堂の大岡君が北海道まで解散ライブを見に行ったバンドは、ナンバーガールだと思う。

『スーパーカンヌ』
  J.G.バラード著、小山太一訳

 完全に管理されたハイテク都市、スーパーカンヌ。その中では暴力や狂気さえもコントロールされるのか?本の装丁に惹かれて手に取ってみたが、暴力やインモラルなセックスさえセラピーとして利用される近未来、という設定はちょっと新鮮味に欠けるのでは。第一部が全体の約5分の3の分量で、残りが2部と3部という妙な構成。訳者後書きに「サスペンス」と書いてあったが、いわゆるサスペンスではなく、これからイヤなことがおきるんだろうなぁという不安感に満ちた雰囲気があった。

『ボーイソプラノ』
  吉川良太郎著

 未来のフランス「パレ・フラノ」を舞台とした近未来SFノワール。著者のデビュー作『ペローザキャット全仕事』と同じ世界設定を持つ。時間軸は今作の方が後。主人公は時代遅れの探偵。フィリップ・マーロウへの供物と言える様なキャラクター造形だ。探偵自身も自分が滅び行く種族であると知っている。クサいセリフありアクションあり悪の親玉あり美少年ありの、コミックちっくな小説。雰囲気が好き。

『あれも嫌いこれも好き』
  佐野洋子著

 佐野洋子のエッセイが好きだ。この人の視点はクールだ。自分のみっともない所やかっこ悪い所をちゃんと把握していて、しかもそれをネタとして面白く書ける。いいなぁ。辛辣さや意地悪さを見せつつ、その意地悪さに対して更に距離感を持っているような。とにかくアンテナが鋭い人だと思う。ついでにこの本、挿絵も良い。動物たちの絵なのだが、単に可愛い絵ではなく、ちょっとひねた所がある(佐野さんの絵ではないのだけど)。
  

 

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