2月

『阿修羅ガール』
  舞城王太郎著
 とりあえずこのタイトルに突っ込んでおけ。恋する女子高生(・・・)アイコの周りでは、行方不明者は出るわ殺人鬼はグルグル魔人だわ中学生狩りで調布市大混乱でもう大変。死人は出るけどミステリじゃない。ついでに恋愛小説でもない。あえていうなら片思い小説?にしても相変わらずテンション高いな舞城。でもこのノリでミステリなしで長篇は辛いんだよ舞城。つーか途中で書くの飽きたんじゃないの舞城。
 途中で挿入される「森」という部分が、「何これリンドグレーンのパクり?!」と思っていたら、巻末に「ラッセ・ハムストレム監督の『やかまし村の子供たち』にインスパイアされています」ってちゃんと書いてあった。まんまか。原作じゃなくて映画だけど。
 ・・・要するに、好きな人以外とはセックスしないほうがいいよって話ね。あら意外とコンサバ。

『グッドラックららばい』
  平安寿子著
 片岡家の母親は突然家出。父親は現実逃避的に「いいじゃないか」一点張り、長女は無関心でわが道を行く、怒り狂っていた次女も怒りをパワーにシフトして金持ちへの道を目指す。そんな一家の1983年〜2003年にわたるプチ大河ドラマ。とにかく面白い!可笑しさの中に時折物悲しさが滲む。特に次女は異様に頑張っていて、からかいたくなる長女の気持ちが良く分かった。「ガス抜きをしてあげるの」とは長女の言だが、この感じは分かるなぁ。頑張り方がちょっと見当外れで可笑しい。帯の「バラバラだって大丈夫。家族は他人の始まりだから」という言葉が素晴らしい(笑)。モラルを打ち破る家族、という紹介文をどこかで読んだのだが、それほどすっ飛んでいる感じは受けなかった。むしろある種の典型だと思うが。私の家族も似たノリだから?ちなみに、某書評サイトでの合同書評では、女性からの評価が高く、男性からはいまいちだったのが興味深い。

『殉教者ペテロの会』
  ジョン・ソール著、大瀧啓裕訳
 閉鎖的な村、前時代的な教会、自殺していく少女達、という日本なら横溝正史?的な要素を盛り込んだホラー(なのか?)。横溝ならば理論的なオチが付く所だが、この小説は理不尽な恐さというか、恐さの正体がよくわからない、うっすらとした恐さがあった。私はホラー小説はあまり面白いと思わなかったのだが、これは面白い。現代の感覚から見ると、ちょっと古臭い所も多いのだが、なぜ絶版なのか分からないくらいの面白さがある。

『ハリウッド・ノクターン』
  ジェイムズ・エルロイ著、田村義進訳

 「アメリカの狂犬」エルロイの短編集。『ブラックダアリア』のブランチャード刑事や、『ビッグノーウェア』のバズ・ミークスも顔を見せる。エルロイにしては珍しく、軽妙でオチがどれもいい。個人的には実在のアコーディオン奏者ディック・コンティーノを主人公とした、『ディック・コンティーノ・ブルース』がホラ話的なノリで楽しかった。また、『甘い汁』ではエルロイの犬に対する愛情が溢れている。エルロイの小説で、これだけ率直な愛情が表現されたものはないのでは。しかも異例のハッピーエンドだ。彼は女より犬を愛しているのでは。女は裏切るが、犬は裏切らないからか。

『飛蝗の農場』
  ジェレミー・ドロンフィールド著、越前敏弥訳
 すごく変。いきなりこんなコメントで何だが、変。一人で農場を営むキャロルの所に、記憶喪失だという男が転がり込む。果たして彼は何者なのか。様々な断片が繋ぎ合わされ真相が見えたと思いきや、フェイクがオチでオチがフェイクだったような。最後の最後まではぐらかされたような。’02年度「このミス」海外部門一位だが、正統派ミステリを期待すると肩透かしを食うかも。

『陽気なギャングが地球を回す』
  井坂幸太郎著
  発売→購入→読了→感想までの流れがこんなに早かったのは本当に久しぶり。この著者はデビュー当時から贔屓にしていたのだが、着実にレベルアップしているなぁ。金を横取りされた銀行強盗4人組が活躍するのだが、4人ともキャラが立っている。話のテンポが良く、ユーモアに溢れた楽しいクライムノヴェル。前作『ラッシュライフ』でもそうだったが、この著者、複数の視点+パーツ組み立てという手法が上手いらしい。装丁も祥伝社NONノベルらしからぬポップさ。

『アメリカン・ミステリの時代 終末の世界像を読む』
  野崎六助著

 現代のアメリカン・ミステリをアメリカという国が抱える問題と結びつけて論じた1冊。しかし、本著での著者の文体は、批評には激しく向いていない。良くも悪くもキザで修辞過剰で、かなりクセがある。また、著者の好みが強く反映されているので、批評としては?と感じる所もあった。章によって出来不出来の差が大きく、著者の立ち位置や論旨の軸がフラフラしている所も。その中では「カノン、終わりのないカノン」と称された『レッドドラゴン』と『羊たちの沈黙』論が良かった。レクターというキャラクターの性質を的確に解説していたと思う。この論に沿うなら、『ハンニンバル』はミステリとしては駄作ということになるのだが。

『猫丸先輩の推測』
  倉知淳著
 いわゆる「日常の謎」ミステリの短編集。探偵役の「猫丸先輩」は猫みたいに小柄童顔でちょっと可愛いのに、口を開けばご隠居言葉でマシンガントーク。ちょっとした謎が生じる度に、ふらりと現われて「僕の思いつきだけど」と解いてしまう。カラリとさっぱりしたユーモアミステリ。今回はちょっとミステリとしては弱い感じだが、楽しい。が、この謎の回等というのはあくまで猫丸先輩の解釈であって、真相かどうかは分からないのよね。謎に対して一つの論理的な回答があれば、真実なんてどうでもいいじゃないという、ある意味悪意のあるミステリ。

『QED 竹取伝説』
  高田崇史著
 著者流裏日本史とでも言うべき展開になってきたこのシリーズ。今回のテーマは「かぐや姫」。トンデモ本と紙一重のえらい展開になってきたが、「まあこんな考え方もできるよね」程度のクールさで、ミステリの範囲に留まっている。ただ、殺人事件解決という従来のミステリ要素は、申し訳程度にくっ付いている感じだが。歴史解釈ミステリ小説とでも言おうか。これだけ風呂敷を広げてもちゃんとたためるのがすごい。職人的に上手いなぁと思う。ちなみに前作『QED式の密室』とちょっと繋がっているので、続けて読むことをお勧めする。

『心臓を貫かれて 上・下』
  マイケル・ギルモア著、村上春樹訳

 この物語を読んだ後、何を言えばいいのかわからなくなる。何かとてつもなく暗い穴の淵にたたずんでいる様な、その中をうっかりのぞきこんでしまった様な感じだ。死刑にされた殺人犯マイケル・ギルモアの弟である著者が書いた、家族の救い無きクロニクル。両親や兄弟全員が、それぞれを愛し、愛されることを望んでいるのに、その愛によって更に事態が悪化していくのがやりきれない。癒えることなく、ただただ広がり続ける傷があるのだ。著者は兄弟内で唯一、父親からの暴力を受けず、可愛がられていた。だから何とか生き残ることが出来たのかもしれない。しかしそのことがまた、母や兄達に対する罪悪感をつのらせ、殴られてもいいから、家族と同じ場所にいきたい、一緒になりたいと切望していというのが更にやりきれない。読者に消えない一撃を与える本というのがたまにあるが、この本はその力を持っていると思う。吐きそうになるくらいに酷い話なのだが、否応なしに引き込まれる。

 

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