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いつも笑顔で挨拶する人は、心に暗さがなく、相手に好感をもち、 相手や周囲を明るくしてくれる。挨拶一つにも、そういう人柄がよ く表れるものである。 |
人はだれでも自分が正しいと思っている。親から苦情を申し込まれ ると、多くの場合身構えて防衛的になりやすい。 時には、拒絶的、あるいは攻撃的にさえなることがある。 実は、この態度は独善的である。というのは、相手もまた自分が正 しいと思えばこそ苦情を伝え、抗議に及ぶのである。 「自分が正しく、相手が間違い」と思うのは実はお互い様なのであ る。 |
他者の喜び、他者の幸せを願う人は、自分の喜び、自分の幸せを手 に入れることができる。反対に自分の都合、自分の喜び、自分の幸 せばかり考えている人は、いかにも幸せになれそうに見えるがそう ではない。「自己中心」の心を反省し、誰からも愛される人になろ う。 |
伸びると思ったし、やっぱり伸びたなあと言う先生が私の身の回り にもたくさんいる。そういう素晴らしい人達に共通して言えること は、人間性、人間味の素晴らしさである。別の言い方をすれば、品 性ということになろう。 |
品性を磨くとはどういうようにすることだろうか。それは一言で言 えば、「己を省みる」ことによって己をより高く自ら導くように努 めることである。 |
人の子の師となる者は、自らもまた「師」を持つべきである。優れ た師について自らを磨きつつある日々は、つまりは自分が子供の師 として足りているかどうかを常に振り返る日々となる。 |
前進と向上を志す者は、常に「現状の否定と破壊」を自らに課さね ばならぬ。現状に甘んじて便々としていればいつまで経っても向上 はないし、進歩もない。 自重に努め、大器となる日を夢見よう。 |
私は集中力を「絶縁能力」と呼んでいる。一つのことをなそうと心 に決めたならば、それに直接関係ないことどもとは絶縁していくこ とが肝腎である。人はそうなんでもかんでもやれる秀才ではないの である。 |
ぽっかりと珍しく空いた時間が与えられたとき、雑談や休憩に費や してしまうのは愚かである。 雑談や休憩がいけないのではない。 「無自覚な時間の消費」がいけないのである。 |