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恋のゆくえ

2003年9月11日(木)

ロンドンから帰ってきたその日に、大好きなイギリスの
先生からの別れの手紙を受け取って私はその足で
もう一度ロンドンに帰ろうとパスポートを握りしめました。

忘れさせるためだけに先生はあの日私を抱こうとしてくれた。
すぐにでもロンドンに帰って、フランスまで追いかけて、
先生に会ってもう一度チャンスをくれって言わなくては。

先生は私が恋に恋してるだけだと思ってるから、
違う、私は本当にあなたが好きなのよ、って伝えたい。

でも出来なかった。

怖かったから。もし私の本当の気持ちをはっきり先生に
伝えたら、先生は私を拒絶するかもしれない。もし私の
本当の気持ちを先生が知ったら、もう二度と先生は
私を前と同じようには見てくれないかもしれない。

私は先生のことが好き過ぎてしまって、
そんなリスクは絶対に冒せなかった。

結局私はパスポートを握りしめたままどこにも行けず
ただただ先生からのメールの前で泣きました。

先生のことだから、二度と私と会わないって決めたら
本当に私に会うことは絶対にしないだろう。
もう二度とあの美しい、先生からのメールを
読むこともなくなるんだ。こんなに好きなのに
もう二度と先生とは会えない。

ロンドンから帰ってきたその日に、先生からこんな
メールが届くなんて、私はそのあまりの運命のいたずらに
泣きながらも思わず笑ってしまいました。
あははは、ありえねえよ、こんな偶然。

あこがれの人を追いかけて世界中を旅して周り、
最後の最後で落ちがつくという、こんな経験を
してしまって、私はもう誰かを好きになることは決して
ないだろう、これから二度と立ち直れないだろう、

そう思っていたのに、この後意外な展開で私は再び
ロンドンに行き、また激しく恋に落ちてしまうのでした、、、。


2003年9月12日(金)

既に寒かったロンドンから帰ってきた東京は猛烈な
残暑。それも聞いたら夏中寒くて9月に入るなり
いきなり暑くなったっていうじゃないですか!

異常な暑さのロンドンからやっと冷夏の日本に
帰れたと思ったら今度は日本が暑くなるなんて!
呪われてる、私は呪われてる、、、

で、5ヶ月ぶりに帰ってきた日本は、とにかくうるさい!
私はご存知のとおり、ロンドンに日本人のともだちが
一人もいなかったので全く日本語を話さない、聞かない
生活を5ヶ月間してました。

そんなところにいきなり日本に帰ってきたから、日本の
テレビのバラエティー番組の騒々しさとか、街を行く
女の子たちの話し声が異常に大きく聞こえて発狂
しそうになります。

耳が日本語耳になってないので何を聞いても
日本語がノイズとしか聞こえないんですね。
ロンドンにいたとき、みんなが日本語は早口で
音が高いって言ってたのを思い出しました。
ほんと、そう聞こえます。

家族が話しかけてくる声さえうるさくて、せっかく
帰ってきたのについつい自分の部屋に入って
一人英語の本を読んでました。

この英語の本を読むというのは、別に英語力を
落としたくないからとかではなく、単純に日本語が
読めなくなってしまったからです。

漢字が読めないとか日本語を忘れたとかじゃなく、
日本語が情報として入って来なくなっちゃった
んですね。一応読んでるんだけど字面しか追って
ないというか、読んでるんだけど理解してない
というか。

たった5ヶ月で?って言われそうだけど、私の場合
日本人のともだちがいないどころか、ノン・ネイティブ
とさえほとんど話さない、完全にネイティブ・スピーカー
のみに囲まれた生活だったから内容が濃かった
のかもしれません。


2003年9月13日(土)

今日は取り合えず近所のNOVAに行って
レベル・チェックを受けました。

ロンドンで色々考えたこと、どうして日本に
帰ることにしたのかということ、日本に帰って来て
どう思ったかなどを30分くらい話す。

このときの先生がとっても話しやすい
素敵な先生で、我ながら気持ちよく話せたなあ
なんて思ってたら、なんと!レベル2で全ての
評価に5が出てしまい、レベル1への推薦が
1枚出てしまいました。

レベル1ってそんな。これにはさすがの私もちょっと
びっくりよ。でもここのところ私は毎日のように
ロンドンにいるともだちたちにメールを書いてた
ので、完璧な英文がすらすら話せたんですね。
もう既に一度書いた文章だから。

みなさん!英語をマスターするにはライティングが
一番重要なんですよ!文章で英語が書けない人に
英語が話せるわけありません!

でもこの後テキトーにグループ・レッスンを
取っていたらあっという間にこの推薦状は
流れてしまいました。

ああ、幻のレベル1。でもヘタにレベル1になんか
なってウワサされるのも嫌だから別にいいかな。


2003年9月15日(月)

帰ってきてから早や4日。毎日NOVAに行ったりともだちと
会ったりの忙しい日々。こう書いてみるとまるで私が
あっという間に立ち直ったようですが、そんなことは
ありません。大好きなイギリスの先生への
かなわぬ思いに苦しむ日々でした。

大好きなイギリスの先生に再会したのもつかのま
ロンドンを離れ、先生とはもう二度と会うことが
できない。

日本に帰って来てしまった今、もうどうにもならないと
頭ではわかっていても、私にはあきらめることも
忘れることもできない。

なので先生に

Would it be such a crime if I kept liking you? Or if I stopped
liking you right now, would it end this sorrow?

とメールを書きました。


2003年9月19日(金)

仕事もまだ決まらないことだし、(って言うか自分が
どこに住むかさえ決めてなかった)この頃はたまった
半年分の日記(2003年3月から9月分)を延々と
書いてました。

メモも何も残してなかったので、ロンドンで使った
レシートをカレンダーと照合して自分の行動を推測。
1か月分を2、3日で書き上げ怒涛の更新祭りを
繰り広げてました。

我ながらよく覚えてるもんだと関心しつつ、当時は
そうでもしてないと悲しくて死にそうだったんですよね。
書くことによって自分の気持ちを整理しつつ
傷ついた気持ちを癒していたというか。

と言いつつ実際これを書いているのは2005年の
5月19日だったりするんですよ!1年と8ヵ月後!
夏休みの日記を8月31日にまとめて書くどころの
話じゃないですね。ちびっ子のみんな!日記は
真面目に毎日書こう!

でもさすがに当時通ってたNOVAのレッスンのことは
ほとんど覚えてません。レッスンの予約時間は
手帳に書いてあるんだけど、先生の名前も
何も書いてないのでさすがに思い出せず。

でも当時のレッスンは私がロンドンから帰ってきた
直後だったのでグループ・レッスンがほとんど
授業にならなかったのを覚えてます。

一緒になる人のほとんどがレベル3だったので、
先生が『こんなにレベルの差があって、どうやって
教えるんだ!』って授業中に言ってたほど。

でもこの頃通ってた実家の近所のNOVAは定員が
4人だったのでプライベートを取るなんて夢の
また夢でした。当時私はポイントを100ポイント
くらいつつ買ってたので、そうすると単価が40分で
1万円とかになっちゃうんですよね。というわけで
私はどこか3人定員のところに転校しようと
考え始めました。

大好きなイギリスの先生からは二度とメールは
もらえないだろうと思っていましたが、先日書いた
メールの返事がこの日来ました。


as for the course of action you should take; who knows?
あの日、俺がまちゃみの服を破いていたらまちゃみは
俺と寝ていたのか?それでまちゃみは俺をあきらめる
ことが出来たのか?


先生は臆病な私の気持ちを見抜いてる。
先生へのこの気持ちが尊敬なのか愛なのか
私自身わかっていないことも。

コバチ先生から何度も、いつバンコクに来るんだ
とのメールが来ていました。でもとてもじゃないけど
私にはこんな気持ちでバンコクに行く気には
なれませんでした。


2003年9月21日(日)

日本では台風が接近してて全国的に雨が降ってます。
でも私が住む関東にはまだ接近してないので
台風じゃなくてしとしと雨。もう2日間降り続いてます。

こっちに帰ってきてから初めての雨なので
ものすごくロンドンを思い出します。雨を見ていると
ロンドンに帰りたくなるな。

12月にケンブリッジ英検のプロフィシェンシーを
受けようかと思って今日はブリティッシュ・
カウンシルに行って来ました。

私は怠け者だからテストがないと勉強しない
んですよね。でもケンブリッジ英検、マイナー
だからな。大変な割りには努力が
報われないんだよな。


2003年9月29日(月)

今日はロンドンからドン・ヒーがやって来ました。
韓国に帰る前にわざわざ東京に寄ってくれたのです。
成田空港まで迎えに行って1ヶ月ぶりに感動の再会。
わーん!ドン・ヒー!元気だった〜?

ドン・ヒーのリクエストで空港のお寿司屋さんに
行って私が帰ってからのロンドン話をいろいろ。
ドン・ヒーも色々苦労したんだねえ。

ドン・ヒーはこれから梨花女子大の大学院に
進学するそうです。すごーい。私なんて住むとこも
まだ決まっていないのに。(現在、両親の家に居候中)


2003年10月14日(火)

ロンドンに帰るかニューヨークに行くかずっと
ずるずる悩んでいましたが、働きもせず勉強も
しない私にいい加減親の堪忍袋も切れ今日から
再び東京で一人暮らしすることになりました。
(早い話が追い出された)


2003年10月29日(水)

バイトしたり乗馬したり。

そんな中、大好きなイギリスの先生からメールが
来ました。

この前先生から、お前は俺が何をしても俺のことを
あきらめられないだろうってメールをもらって以来、
私が珍しく返事を書いてなかったので先生は私が
ショックで自殺したんじゃないかって心配した
みたいです。

で、心配した先生が何をしたと思います?

私の日記を辞書を使って訳したんですよ!

そもそも何故先生が私のHPを知っているかというと
8月に先生と再会したときに私が教えたからなんですが

でも別に読んでね!ってメールで教えたわけじゃなくて、
飲んでる席でたまたま話題になったのでなにげに
言っただけなんですが、それを2ヶ月近くたった後でも
覚えてるなんてさすが頭のいい人は違う!

なーんて感心してる場合ではありません!
っていうかそもそも日本語だから先生が読める
はずはないって踏んだのもあって教えたのに、
まさか先生が辞書を使ってまで読むとは!

最初は写真と、(当時は先生の写真とかも載っけてた
んですねー。)ちょっと書いてある英語だけで内容を
想像してるのかなって思ったのですが、先生が一度も
会ったことのないKAORUさんのことまでわざわざ
『KAORUのことは気にするな』、と書いてあったので
ちゃんと読んでくれたみたいです。

あ、いけない、また感心しちゃった!
超やばいです。私、勝手に人の手紙公開しちゃってるし
後姿とはいえ写真まで載せちゃってるし。

先生は、あの写真じゃあ(僕がカッコよく写ってないから)
まちゃみがなぜ僕のことなんかを好きになるのかみんな
理解出来ないだろう。言ってくれればポーズしたのに。
なんて言ってましたが、怒っているのはバレバレです。
慌てて全てのリンクをはずしました。


ところで先生がしたみたいに、自分もオンライン翻訳で
私のサイトを英訳してみたら、オンライン翻訳が結構
詩的に訳してくれるので感動しちゃいました。あら?
英語にすると私の文章ってイケテル?なんてちょっと
自分でも思ちゃったくらい。

例えば、『先生にもう会えないという事実が心に
染み入ってきて』という文は、

"soaking also the fact that gradually in heart,"
になるんですよ!素敵じゃないですか!

というわけで、まさか先生本人に日記を読まれて
しまうという、私らしいと言えば私らしいマンガ
みたいな展開でリンクをはずすことになりました。

というわけで意外な展開で私の日記は終わってしまい、
なおかつ先生から1月ならお前を抱くヒマが出来るから
ロンドンに来い、と言われてしまい。

誰が行くかバカやろー!
なーんて、でも行ってしまいそうな自分が怖い。


2003年11月2日(日)

すっかり忘れていましたが今日はボランティア
通訳A級の一次試験の日です。全く勉強してませんが
満点で合格する自信あり。2次試験は12月14日なので
ロンドン行きは12月15日に決定!っておい!
やっぱり行くことに決めたのかよ!


2003年11月5日(水)

ロンドンに出発する日も決まり、先生との再会に向けて
私はせっせと公園を走り始めました。(少しでもキレイ
に見えるようにとのせつないオトメゴコロ。)

そんなときです。大好きなイギリスの先生から
再びメールが来たのは。


『環境が変わって否が応にも真実を見つめなければ
ならなくなった。』

I have led you a merry dance so far and realise
that what I have done is morally wrong.

『今まで気を持たせて悪かった。僕には君を幸せに
することは出来ない。僕が君に言ったことは
全て忘れて幸せになってくれ。』


お前を抱いてやるから帰って来い、ってメールが
来てからたった1週間。一体、その1週間に先生の
中で何があったって言うの?どうしてそんなに突然
変わってしまったの?


わからない。何度ももう駄目だと思ったけど
先生はいつでも私に手を差し伸べてくれた。
でもこれで本当にお別れなの?もう先生とは
会えないの?

でも先生と会えないという事実よりも、何より私が
傷ついて泣いたのは、先生の

"Sorry I cannot do this in Japanese."

という一文。

日本語で書かなきゃ私が理解出来ないとでも
思ったの?それともせめて最後だけでも私の
言葉で話そうとしてくれた先生の優しさ?

私が死ぬほど英語の勉強をしてきたのは
先生を理解するためだったのに、最後の
最後に先生がこんなことを言うなんて。

私が先生を理解出来ないのは私が英語が
出来ないからじゃない、先生が気持ちを
私に伝えようとしてくれないからなのよ。


I know you can't give me even friendship,
and I am so so sorry for making you such a big
part of my life when you don't want me to.

But I didn't expect anything from you. And I am
not asking you for anything now.

Break my heart, abuse me, manipulate me and
destroy me. But please do not, don't just disappear.

私は先生に何も求めてなんかいない。
私を傷つけて、苦しめて、壊して。でもお願いだから
私の前から消えることだけは絶対にしないで、って
メールしました。


2003年11月10日(月)

この頃私は狂ったようにバイトしてました。
家にいると先生のメールを待ってしまうからです。
そんなわけでこの日も狂ったようにマックでバイト
していると(そう、当時の私のバイト先はマックだった
んですね。)先生から携帯にメールが入りました。

『僕は君を傷つけたくないし、苦しめたくない。
それどころか全く逆に思っている。でも僕は
もう結婚して子どもを作って静かな生活を
送りたいんだ。』

静かな生活?大好きなイギリスの先生が結婚して
もう落ち着きたいですって?"That's bullshit!"
そんなたわごと私が信じるもんですか!
冗談じゃないわよ!と、早速先生に返事を書きました。
(真面目にバイトしろっちゅうの)

"A quiet life? Do you think you will be able to
live a quiet life? I always thought you were like
James Bond since you've been travelling around
the world and stealing girls' hearts. Only it lacks
the espionage thing."


2003年11月17日(月)

私のHPはなんたって『恋する英会話』なので、
外国人に恋する女の子たちからよくメールを
もらいます。先生と仲良くするにはどうしたら
いいんでしょう?的な相談メールとか、片想い
なんだけど好きなんです、とかそんなかんじの。

私も別に専門家というわけではないので
ほんとはよくわからないのですが出来る範囲で
アドバイスしたり相談に乗ってたりしてました。

そんなメールをくれる人の中に一人、とっても文章が
上手い人がいました。その人は私がロンドンに行く
前から掲示板に書き込んでくれたりしてたので
かれこれ知り合って(って言っても実際に会ったことは
ないんだけど)1年ぐらいになると思うんですが、

そのメールの中で描かれるその人の好きな先生が
とても素敵な人なので、(ほら、その人、文章が
上手いからさ。)会ったことはないけれど私もいつの
まにかその人を素敵な先生だなあと思うようになって

そのうち、その人がそんなに素敵な人なら
私も一度その先生に会ってみたいなあと思う
ようになり、考えてみればその先生はNOVAの
先生なんだから私もVOICEに行けばその先生に
会えるじゃん!という事実に今さらながら気付き、
その人にどこのブランチに行ってるのか聞いてました。

でもここのところ大好きなイギリスの先生のことで
私はずっとバタバタしていたので聞いたまんまその
ブランチには全く行ってなかったのですが、昨日
大好きなイギリスの先生から


『僕を追い続けることで君が幸せになれるなら
もう止めない。でも僕はもうすぐ結婚するから
何の約束も出来ないよ。』


との返事が来たので、私の心にもようやく決着が着き

今日そのうわさの先生がいるブランチに遊びに行く
ことにしました。いや、これでもかなり落ち込んだ
んですよ。でも、何事にもヘコたれないのが
私のいいところなので。


バスと電車を乗り継いで1時間弱。(遠いよ、、、)
取りあえず直接ブランチに行ってみて今日の
VOICEがノーマルVOICEか確認したところ、この日は
7時20分までがノーマルで、それ以降はミッドレベル
VOICE(?)とかいうビミョーなVOICEで、

げっ、マジ?って思ったものの、取り合えずお目当ての
素敵な先生は無事ノーマルVOICEの一番最後、
6時40分から担当だったので、結局2時15分から
7時20分までねばることにしました。

14:15

最初の先生は元々このブランチの先生だったけど、
夏前に違うブランチに転勤になったとかで、『でも
今日はヘルプでこのブランチに来てるんだよ』とか
なんだかの、初めてこのブランチに来た私にとっては
ここの先生なんだかヘルプなんだかよくわかんない
シチュエーションの先生でした。

生徒が私だけだったので、まずはどうして先生が
転勤したのかを聞く。すると、小さいブランチは居心地が
いいけど小さいだけに閉塞感を感じたからだそう。

あー、わかる。それ。学校が小さいと生徒を常に
満足させなくちゃいけないプレッシャーがそれぞれ
先生にかかってくるんだよね。と私が言うと先生は
そうなんだよ!どうしてわかるの?となかなか
盛り上がる。

いやー、私も前小さいブランチにいたから経験済み
だよ。自分が何か言うとすぐみんな筒抜けになって
嫌だったんだよねえ。

それからこの先生の名前がとっても変わった
名前だったので、もしかしてあなたのご両親、
ヒッピーだった?と聞くと、これがビンゴ!

で、聞いてみた先生の名前の由来や家族の話が
めちゃくちゃ面白いので、大笑いしていると、そこに
新しい生徒さんが入ってきて、でもその生徒さんが
あんまり英語が話せなかったので話が途中に
なっちゃった。残念。


15:05

次の時間はここのヘッド・ティーチャーの先生。
さっき後から入ってきた生徒さんはどうやら
この先生が好きでわざわざここのVOICEに
やって来るそう。

今日は2時間この先生のVOICEが入ってるから
その時間までがんばるんだ!ってウキウキです。
かわいいなあ。

というわけでその女の子は先生が入ってくるなり
『きゃー!XXX、久しぶり!会えてうれしいわ!』
って大喜びで声をかけたんですが、当の先生は、
『、、、、。君、前にも会ったことあるよね。
名前なんだっけ?』

えええー!それってひどくないですか!
この子は先生目当てに通ってるというのに。

でもこの先生に悪気は全くないようで、『ごめんねえ、
僕、名前覚えるのニガテなんだよー。』なんて
言ってます。おおおー、見事な片想いだ。

でもその子は全くへこたれず、最近静岡に行った
とかで、うなぎパイを先生にあげてました。
さっきの先生にはあげなかったくせにー。きっと
この先生のために取っておいたのね。

その子は優しいことに私にもおこぼれをくれたので、
取り合えずこの子の気持ちをこの先生に伝えて
あげようと、(全く伝わっていないようなので)

うなぎパイは aphrodisiac なんだよ、とこっそり
先生に教えてあげると先生の顔は凍りついて
固まってしまいました。

次の時間は女の先生、でその次の先生はまた
このヘッド・ティーチャー、で、その次の先生がまた
同じ女の先生と、同じ先生が何度も重なるので
2時間飛ばしてお茶することにしました。そしたら
この女の子ももしかしてヘッド・ティーチャーと
二人きりになれるかもしれないしね!がんばって
名前を覚えてもらいなさい!


17:50

案の定、さっきまでいた女の子と他の生徒さん
たちは帰ってしまい、私一人で女の先生。

当時、東京で大規模な中央線の工事があったのですが、
この工事が予定していた深夜中に終わらず実際の
予定よりも7時間(!)遅れたためにこの頃の日本は
大騒ぎでした。

工事関係者はつるし上げを食らうわ、JRの関係者は
詰め腹を迫られるわ、電車が10分20分遅れるのは
当たり前のイギリスから帰ってきたばかりの私は
『7時間くらいでなんでそんなに怒ってるの?!』

と、ものすごく驚いた (だってロンドンのセントラル・
ラインが2003年の脱線事故から復旧したのはその
半年後ですよ!)って話をしたら

オーストラリア出身のこの先生は大笑いしながら、
そうよねえ、日本はちょっと異常よねえ、でも私は
もう日本に慣れちゃったからオーストラリアに
帰ったら絶対イライラしちゃうと思うわあ、と。

そのあとはオーストラリアの政治の話なんかをして
時間が来る。

まちゃみと話せて楽しかったわあ!
また絶対遊びに来てねえ!と先生は陽気に
手をひらひらさせて帰って行きました。

18:40

次はお目当ての素敵な先生。鐘が鳴ったので、
ドキドキしながら待っていると、素敵な先生が
『ハロウ!』と大きな声であいさつしながら
入ってきました。

!!!
きゃーっ!かわいいー!赤ちゃんみたい!
クルクル巻き毛にヒゲぼうぼう。ひょろひょろの
身体がエゴン・シーレの絵みたいです。

ずっとどんな人なんだろうと想像してたので
もう会うなり大笑いしちゃいました。想像以上に
かわいくって!かわいいー!

私があんまり笑ってるのに先生が不思議がったので、
『実は私のともだちがあなたのことを好きだと
言うのでわざわざあなたに会いに来たのよ!』
と思わず言っちゃう。もちろん名前は言わな
かったけど。って言うか私も名前知らないし。

もー、あんまりかわいくって、『ねえ!そんなに
かわいくって仕事に支障をきたさない?』
『あんまりかわいくって怖いくらいなんだけど!』

"Does it get in your way being a romantic figure?"

と私が聞くと、素敵な先生は自分の顔を指差して
『これでー?そんなことあるわけないよー。』
と、首をかしげてにっこり。きゃー!かわいいー!
タレ目が素敵!鼻血ぶー!

ふと見ると先生は朝日新聞を持っています。
なんとこの先生は日本語が読めるそう。
え〜、それってすごくないですか?

先生は大学で歴史と日本語を専攻したらしく
特に平安時代が好きなんだそう。その話から
文学の話になって、先生が将来作家になりたいと
思ってることを聞く。

じゃあ好きな作家は誰なの?と先生に聞くと
先生はケルアックが好きなんだそう。私は
ブコウスキーかな?と言うと先生は本当に
うれしそうにして、握手を求めてきました。

ビートニクが好きだったんならどうして大学を卒業
してからニューヨークやシカゴに行かなかったの?
なんで日本に来たの?と先生に聞くと、それは

『少年よ、西を目指せ』

という声が聞こえたからだそう。わー、素敵!
それ、絶対あなたが書く小説の題名にした
ほうがいいよ。

私も(駄文だけど)インターネットに文章を書いてる
んだ、と言うと先生が日本語で?英語で?と聞いて
きました。

ほとんど日本語だけど、ときどき英語のほうが
しっくり来るときがあるなあ。でも、日本語だと、
あえて全てを言わないことで続きの言葉を
読者に想像させることが出来るから好きかも。

あと、日本語だと文法がめちゃくちゃに
なっても話が通じるし、適当に言葉を
作っちゃえるし、、、。

とナニゲに言うと、先生は目をキラキラさせて
私をまぶしそうに見つめてきました。あらやだ、
この人感動してるみたい。もしかして今私が
言ったこと、ツボに入りました?

で、聞いたら、この先生は言葉の縛りが許せなくて
伝えたい気持ちにぴったり来る言葉がなかったら
そんなときは勝手に自分で言葉を作るそう。

すごい、そんなことしていいのか。
大好きなイギリスの先生の究極の反対ですね。

先生は『言葉で表せる価値のある感情なんてない』
って言ったけど、この先生は感情を表す言葉が
ないんなら作っちゃえばいいって思ってる。

そうか、どうして私は今までこんな簡単なことに
気が付かなかったんだろう。大好きなイギリスの
先生をあきらめることに決めたその日にこの人に
出会うなんて、ほんと神様はユーモアがあるよなあ。
もっと早くこの素敵な先生に出会っていたかった。


この頃はちょうどイラク戦争のせいでアメリカ、
というかブッシュさんが世界中で嫌われていた
時期でした。(それは今でもそうだと思うけど)

でも日本でもロンドンでも、アメリカもブッシュさんも
全部一緒くたになっているからあなたもつらい思いを
しているんじゃない?と先生に聞くと、

案の定、この先生のルームメイトはイギリス人で、
アパートに帰るとその人からやたらケンカをふっかけ
られるんだそう。自分だってほんとのアメリカを知らない
くせに、どうして彼が俺を批判出来るんだろう、俺は
そもそも気にしていないのに、と。

私がイギリスに住んでいて感じたことは、
イギリス人のアメリカ人に対する複雑な想い。

イギリス人はアメリカ人がめちゃくちゃ好きなんだけど、
イギリス人がアメリカ人を想うほどアメリカ人は
イギリス人を想ってくれない(って言うかアメリカ人、
アメリカ以外に興味ないですからね!)から
イギリス人はアメリカ人を嫌うんですね。
悔しいから。

イギリス人はほんとはアメリカ人が大好きなんだけど、
片想いをするにはプライドが高すぎるから、わざと
こっちからお前なんか嫌いだよ、ってフリをしてるんですね。

だからアメリカがイギリスのテレビ番組を輸入したり
イギリスの俳優がアメリカで人気が出たりすると
イギリス人はめちゃくちゃ喜びます。それも
今頃気付きやがったか、遅いんだよ、なんて
ポーズをつけながら。素直じゃないからね。

だからあなたのルームメイトも本当はあなたの
ことが大好きなんだけど、あなたが『そもそも
彼のことを気にしていない』から、彼は悔しくて
しょうがないのよ、あなたのことが好きだから。
だから今日アパートに帰って彼に会ったら
『俺はお前のことを愛してる。』
って言ってあげてね。

と、言ったら先生が大爆笑。

話をしてるときにお互いに同じことを同時に
言うことが何度もあって、こんなに考え方が
自分に似てる人っているのね、って驚き。
何度も、『今僕も(私も)そう思ってたんだよ!』
なんて。

でも残念ながらここで時間が来てしまいました。
わー、ほんとに素敵な人だったなあ。

『あなたと話せてほんとに楽しかった。
私のともだちは男を見る目があるわね。』

と言って別れようとすると、先生は持っていた
朝日新聞にさらさらと自分のメールアドレスを
書いてそれを破いて私にくれました。

『君の書いた文章を読みたいから。じゃあね。』
と、シカゴ中が明るくなるような笑顔を
残して去って行き。

、、、。やっべえ。これってまずくないですか?
会ったことはないインターネット上のともだち
とはいえ私はともだちの好きな人を好きに
なってしまったような。そして向こうも私のことを
好きになってくれたような。やっべえ、どうするべかな。


2003年11月18日(火)

今行ってるNOVAでは満足行くレッスンが受け
られないので、私はこの日からシェーンに行く
ことにしました。

せっかくイギリスに行ってたことだし、このまま
ブリティッシュ・イングリッシュを極めるのも
いいかなあなんて。

生徒2人で、週1時間、月4回の月謝はなんと
5900円。驚きの安さ!NOVAのマン・ツー・マン
1回分以下の金額で月4回通えちゃうんですね。

私の担当の先生は、フィリップ・スチュワートという
王子様みたいな名前の王子様みたいな男の子。
ぴかぴか!ってかんじ。好みじゃないけど。


2003年11月25日(火)

シェーンでの英会話初レッスン。
私のクラスメイトは旦那様の駐在に伴って
アメリカに3年間滞在してたというおばさま。

このおばさまがキョーレツでとにかくしゃべるしゃべる。

確かに私もおしゃべりですが、これでも一応日本人
なので順番は守ります。Q&Aでもディスカッション
でも普通生徒が二人だったら順番に発言しますよね?

でもこのおばさまはとにかく自分がまず先で
なおかつ私が答えてても途中で割り込んで話を
取ってしまうのです。

例えば私の英語がへたくそとかしゃべるのが
遅いとか言うんならまだわかりますよ。
私もNOVAでレッスン・メイトが何も答えないで
黙ってたら代わりに答えますから。

でもそんなことないんです!私だって
一応レベル2で英検1級でTOEIC980点で
ケンブリッジ英検アドバンスですから
しゃべるのだって早いし英語だって
間違ってません。

それなのにこの婆ぁは(いきなり婆ぁ呼ばわり)人が
しゃべってるのに横から口を出すわ、問題の答え
合わせでは先に全て答えを言うわ。

『婆ぁ、少しは黙ってろ!』って怒鳴ろうにも
婆ぁがしゃべるのをやめないのでそれも出来ず。
おーまいがっ!


2003年11月27日(木)

先日会った素敵な先生から私がメールアドレスを
もらったことを、その先生のことを好きな、文章を書く
のが上手い人本人に報告するかどうかは正直私も
迷いました。

結局彼から返事が来なかったらそれまでの
話だし、彼女の話を聞いてると素敵な先生は
そんなに筆まめでもなさそうだからわざわざ
耳に入れるまでの話でもないかな?とも思って、

でもこういうことは隠しておくと後々言いづらくなるし、
後でわかったときに、きっともっとショックだから、
結局、先生がメールアドレスをくれたよ、って
正直に報告しました。そしたら彼女はショックで
泣いてしまったそうなんですね。

自分が2年がかりでゲットした先生のアドレスを
私がたったの40分でゲットしてしまったから。

それもそもそも先生のことを色々相談してた私に
ですよ!そりゃひどい!って普通思いますよね。
私に恋の相談をしようと思ってた人は止めた
ほうがいいですよ!好きな人取られちゃい
ますから!

で、私もなんだか申し訳ないと思ったのでちゃんと
会って説明をしようと、連絡してこの日この文章を
書くのが上手い人と初めて会うことになりました。

実際会ってみた文章が上手い人は可愛らしい
人で、でも彼女はヒトヅマだから素敵な先生に
対する気持ちは恋愛というよりは友情に
近いんだそうです。

だから、『素敵な先生が少しでも日本に長くいられる
ようにまちゃみさんが彼と付き合ってくれたら
私はうれしい!そしたら引き合わせた私に
感謝してよね!』

って、いやいやそんな。

でも残念ながら先生には小雪みたいなきれいな
彼女がいるんだそうです。そうだよねえ、あんな
素敵な人だもんねえ。

なんて話してたらものすごく素敵な先生に
会いたくなりました。また会いたいなあ。
でもこの前使ったVOICEチケットは実は
最後の一枚だったんだよなあ。
いつかまた会えるのかなあ。


2003年11月28日(金)

大好きなイギリスの先生に、『今どこにいるの。
いつロンドンに帰って来るの。』と、2行のみの
メールを書く。

2003年12月1日(月)

大好きなイギリスの先生から、『今ロンドンにいる。
今朝、血を吐いた。』と、2行のみの返事が来る。

2003年12月2日(火)

大好きなイギリスの先生に、『お願いだから
身体にだけは気を付けて。』と、返事を書く。

2003年12月2日(火)

大好きなイギリスの先生から、『心配しなくても
大丈夫だよ、ダーリン。』との返事が来て今度は
私が血を吐く。(鼻から)

2003年12月3日(水)

大好きなイギリスの先生に、I know flattery and boosting
is most definitely not the way to your heart nor your trousers.
とメールを出す。

2003年12月3日(水)

大好きなイギリスの先生から、hard cash is the way
to my trousers. as for my heart, God alone knows
との返事が来る。

2003年12月4日(木)

大好きなイギリスの先生に、『金ならいくらでも用意する。
15日に到着するから待っていろ。』とメールする。


2003年12月5日(金)

色々考えて、結局私はロンドンに行くまで通ってた元の
ブランチに戻ることにしました。今通ってるブランチでは
ラッキー・マン・ツー・マンになることはほとんどないし、
かといってプライベートを取ろうにも定員が4人だから
経済的に無理。だったら定員が3人の元のブランチに
戻ってプライベートを取ろうと思ったのです。

でも念には念を入れて転校手続き前に一応電話で
確認しておきました。すると、いつ定員が4人になるかは
わからないけれど今のところは3人ですとのこと。

で、今日初めてのレッスンを受けに久しぶりの
母校に行ってみると、なんと!かつてあったパーティ
ションが全て取り除かれて、ガランとしたフロアに机と
いすが置いてあるだけの状態になってるじゃないですか!

まさか、これは!と思い、受付のお姉さんに聞いて
みると案の定、来週から定員が4人になるとのこと。
そっそんな。じゃあ私は何のために転校してきたの?

レッスンはレベル3と3人レッスン。
生徒さんが単語を知らないのはもうどこでも一緒。
こうなっちゃうと、最終的に先生の差になるのかも。

つまんないので、ヒトヅマと一緒に、素敵な先生が
いるブランチのVOICEに行くことにする。

で、夕方行ってみるとラッキーなことに素敵な先生は
最後の時間の担当。それまでは4、5人いたVOICEの
生徒さんたちも、時間が経つにつれて一人減り二人減り、
なんと最後の時間にはヒトヅマと私の二人きりになって
しまいました。

私はここのブランチの生徒ではないので、っていうか、
実はこのヒトヅマと会うのだって今日でやっと二回目
だったりするので、もちろんヒトヅマと素敵な先生が
話すのを見るのは初めてです。

このヒトヅマは明るくて元気な人なので、よっぽど
素敵な先生と仲がいいのかと思ってたら意外にも
ヒトヅマの態度はぎこちなく、ロクに先生の顔も見れ
てないほどです。

あらまー。よっぽどこの先生のことが好きなのね。
ヒトヅマなのに。

なんだか可哀想になって、これから私たち、ご飯を
食べに行くんだけどあなたも一緒に行く?
と、ほんの軽い気持ちで素敵な先生を誘ってみました。
ほんとに軽い気持ちで、ヒトヅマに相談もなく
私がその場の思いつきで勝手に誘ったのですが、

すると先生の答えは意外にもイエス!
隣のヒトヅマは先生の顔も見れずに下を向いて
震えています。

先生と一緒に飲んでいる間、ヒトヅマは興奮しまくって
ました。そりゃそうだよねえ。ずっと好きだった人と、
やっと外で会えたんだものねえ。

『全部まちゃみのおかげだよ!本当にどうもありがとう!』
ってヒトヅマから何度も何度も感謝されました。泣きながら。
そんなに喜んでもらえたら私もうれしいけど

でもごめんね、実は私、いけないとは思いつつも
このとき私もこの素敵な先生に恋をしてしまったの。


2003年12月9日(火)

シェーンのレッスンの3回目。
おばさんは相変わらず一人しゃべりまくっているので
私は授業中いろんなことを考えていました。

15日に到着する旨のメールを出した後、
大好きなイギリスの先生からは返事がありません。

私の気持ちに答えられないからメールに
返事が出来ないんだろうな。先生も今頃
悩んでるはず。

素敵な先生にまた会いたいな。先生のいる
ブランチに転校しようかな。

ヒトヅマは私の存在をめちゃくちゃ不安に感じてる。
彼女が素敵な先生に近づくには私が必要不可欠、と
思ってるのは自分の英語力に不安があるからなのか
それとも結婚しているからカモフラージュに私が必要なのか。

どっちにしても私に先生を取られそうで怖いんだけど、
でも私に頼らずにはいられない、というジレンマに
彼女は陥ってる。

こんなんで私が転校してきたら、マジでびびるだろうな。
『私は素敵な先生に興味ないから心配しなくても
大丈夫。』って安心させてあげたいけど、、、。

ロンドンに行くまで後6日。もう一度大好きな
イギリスの先生に会えるのかな。素敵な先生に
また会いたいな。

***

夜にヒトヅマからメールが入る。

『今日、VOICEで素敵な先生に会えたから彼に
「まちゃみが転校してくるみたいよ」って言ったら
返事は "move? we try" って聞こえたんだけど
どういうこと?』

あちゃー、、、。

ヒトヅマはレベル3なのですが、レベル3って言っても
やっぱり口語はわからないことが多いです。

『転校する』は、通常英語では、"transfer"か、
"change schools" と言います。"move" は使いません。
ではヒトヅマが『転校してくる』って意味で使った "move" は
ここでどういう意味になるかと言うと、"make a move" で
『口説く』という意味になるんですね。

つまり、ヒトヅマは図らずも素敵な先生に、『まちゃみと
先生は何かあったんだよね?』って聞いて、先生は
それにばか正直に、『しようとしたんだけど、、、』、と、
ヒトヅマに答えたってわけですね。

げー。結果的にヒトヅマは理解出来なかったとはいえ
先生は何でそんなことを正直に言っちゃうの?
ヒトヅマはあんなに先生のことが好きなのに
私はどうしたらいいの、、、。


2003年12月13日(土)

色々悩んだ挙句、結局私は素敵な先生がいる
ブランチに転校しました。我ながら恥知らずだと思う。

ヒトヅマは今頃私に先生を紹介したことを後悔してる
だろうし、素敵な先生も私が先生にもう一度会いたくて
転校してきたのを知ったら相当びびるだろう。

レッスンは16:05から2レッスン。
たまたま二人ともイギリスの先生。

最初の先生は女の先生で、この先生も来週から
イギリスに帰るんだそう。

次の先生は男の先生で、この先生はクリスマスも
帰らないそうなので私が代わりに地面にキスして
きてあげるというと、『そんなことしなくていい』だって。

帰りに受付で次の予約を取っていると、コピー機の
前にいる素敵な先生と目が合う。あ、素敵な先生だ!

先生に最後に会ったのは1週間前。先生はあのとき私に
優しかったけど、酔っ払った勢いだったのかもしれないし
今どう思ってるかはわからない。その距離6メートル。
先生は何も言わずに私をじーっとを見てる。

もし先生が目をそらしたら私は耐えられない。
この場で違う学校に転校しよう。

お願い。目をそらさないで。私を拒否しないで。

身構えて先生を見返すと、素敵な先生はちょっと
考えた後、誰にも見られないように私に小さく
手を振って微笑んでくれました。


2003年12月14日(日)

朝、美容院に行った後、午後から日米会話で
ボランティア通検の2次試験。

通訳検定といっても、そこはボランティア通訳なので
2次試験でも試験はテープを聴いてペーパー上に
その訳を書くだけ。実際に通訳するわけではありません。

リスニングが完璧な私にとって、テープを聴いて
その訳を書くだけなら超簡単!そんなわけで
何の準備もなしに試験に挑んだわけですが、
これがやってみると意外に難しいことが判明しました。

なぜなら、例えば、"alternative"なんて言葉が
出てくるとしますね、もちろん私、意味わかってますよ。
普段からよく使ってる単語だし。でもね、その日本語訳が
出てこないわけですよ。 考えても全く出てこない。

何故なら私にとって、"alternative" は"alternative"
だから。わざわざ日本語に訳してないんですね。

考えてみたら私は実際英語を話すとき、日本語で一度
考えてからその日本語を英語に訳す、なんてことは
もうしてないんですね。そんなことしてたら話すのに2倍
時間かかっちゃうし、かえってヘンな英語になります。

今まで特に意識してなかったけど、この試験を受けて
初めて自分がもう英語を日本語に訳さないで理解
しているということに気が付きました。

あとついでに、英検1級を既に持っている人は
ボランティア通検の1次試験は免除されるということも
二次試験会場に行って初めて知りました。

なんだよー、じゃあ私は1次試験受ける必要なかった
んじゃんかよー。ちっ。知らないで受けちゃったよ。

1次試験も2次試験も全く勉強しなかったけど、でも
合格する自信あり。なんかちょろい資格だったなー。
でも合格率は20%なんだってさ。


2003年12月15日(月)

一生帰ってこないつもりだったロンドンにたった
3ヶ月あまりで再び帰って来てしまいました。

一応親に言った再渡英の理由は銀行口座の精算。

なんといっても開設するのが異常なまでに難しい
イギリスの銀行口座。できれば口座の解約は
したくありません。でもそこは何事においてもいい加減な
イギリスでもあるから口座のお金をそのままなんかに
してたらいつなんどきそのお金が突然引き落とされるか
わかったもんじゃありません。

なので、9月分の引き落としが完全に終わってるのを
確認した後、用心のために口座のお金を全額引き出す
というのが今回の旅行の目的です。

とか言って、ほんとは大好きなイギリスの先生に
会うためだけにイギリスに来たんですけどね。

では、先生がヒマだから抱いてやるって言ったのは
1月なのに何故私が12月に来たかというと、まずは
いい加減私も働きたかったので出発を1月にして
これ以上働くのを先延ばしにしたくなかったというのと、

いくら先生が1月ならヒマだよと言ったとしても、そこは
先生のことだから再びすっぽかされる可能性は大。

だったらクリスマス時期のロンドンに行ってたとえ
先生に会えなくてもせめてクリスマスのロンドンを
見られるように12月に来ることにしたのです。

先生には過去、6回すっぽかされてますからね。
バカな私もいい加減、学んだってヤツですよ。

そんなわけで再びやって来た12月のロンドン。
アラン・リックマンが早速ホテルに会いに来てくれました。
でもあまりにも眠かったのでほとんど相手もせず帰って
もらいました。アラン・リックマンはかなり不服そうだった
けど、もう疲れちゃってそんな気にもなれませんよ。


2003年12月16日(火)

大好きなイギリスの先生に早速着いたとメールを書き、
返事が来ることを祈りつつ、前に通ってた学校まで
ポーランド人の彼女がいる先生に会いに行く。

前からランチを一緒に食べようと言われていたので
お昼ごろに行くと先生は既に1階でたばこを吸って
いました。わー、変わんないなあ。私がいつも
この人を思い出すときのイメージのまま。

この世の中で私が好きな人のランキングをつけたら
この先生はダントツでトップ10の中に入ります。
私、ほんとこの人が好きなんですよね。

近くのカフェでお茶を飲みつつお互いの近況報告。

この先生は、私が常に大好きなイギリスの先生に振り
回されてることを知っているので、日本に帰ってから
どうなったの?少しは落ち着いた?と優しいことに
早速聞いてきてくれたんですが、

『いやーそれが、ともだちに好きな人を紹介されたら
その場で私がその人を好きになっちゃってねー、どうやら
その人と恋に落ちてしまったようなんだよ。』と言うと
先生は、

"Bitch."

と、一言。

あははー、そうだよねえ!私、つくづくビッチだよねえ!
本場の英語で言われるとなんか感動するわ。

でもこんな話をしてもやっぱり私はこの人が好きなので
ついつい好かれようとしちゃいます。対する先生も、
愛するポーランド人の彼女はいるけれど、やっぱり
誰だって誘惑したり誘惑されたりするのは楽しいので
話はどんどんそっちの方向に進んでいきます。

わあ、なんかドキドキしてきたな。先生は一体どこまで
ふざけるつもりなんだろう?うーん。なんかすごく高等な
駆け引きテクになってきたぞ。え?そんなこと言っちゃう?
わあ、それそのままどこかのドラマのセリフに使えそう。
こんな思わせぶりな会話なんかしちゃうなんて、私、
ドラマの主人公にでもなった気分だわー。そしてここは
おしゃれなロンドンのカフェ。夢みたーい。

そんなこんなで会話が盛り上がり、お互い
見つめ合ったところで、あら?もしかしてキスなんか
しちゃうのかしら?と思ったらなんと!先生の携帯が
鳴りました。先生の彼女からです。

彼女は私がロンドンに帰って来たのを知っているので
『きっと二人は今頃ランチを一緒に食べているに違いない』
なんて、探りを入れてきたんでしょう。

というわけで彼女の目論見どおりナイス・タイミングで
盛り上がった気持ちも一挙に盛り下がり、何事もなく
ランチが終わりました。

夜はアラン・リックマンの家で、ちょっと早い
クリスマス・ディナー。ヴィヴィアンや、アンドレア、
懐かしいハウス・メイトたちに再会しました。

ホテルに帰って来てメールをチェックするも
大好きなイギリスの先生からのメールは来てません。
電話もなし。

万が一のことを考えてホテルも五つ星にしたのになあ。
天蓋つきのベッドが泣かせるぜ、、、。


2003年12月17日(水)

今日は朝からハイド・パークで乗馬。
東京に帰って私がまず何をしたかっていうとそれは乗馬
クラブに入ること。偶然にも私が住む家から3分のところに
乗馬クラブはあって、それは便利でいいんですけど、でも
なんといってもやっぱりそこは渋谷の都心なのでとにかく
狭いのです。

なので私はロンドンに帰ったら絶対に乗馬をしようと
思っていました。

上にも書いたとおり、私の東京の家は乗馬クラブから
歩いて3分のところにあります。でも、私はクラブまでは
普通の洋服で行ってます。なぜなら、たとえクラブが歩いて
3分の場所にあったにしても、もし東京の街を乗馬服着て
歩いたりしたらめちゃくちゃ目立ってしまうからです!

もし渋谷でベルベットの帽子かぶって乗馬服を着た人が
ニーブーツはいて街を歩いてたらギョッとしますよね。
でもここは乗馬文化が根付いたイギリス。人が乗馬ブーツ
はいてようが帽子かぶってようが誰も気にしません。
ラクちん!乗馬のカッコって実は脱ぎ着がめんどくさい
んですよー。

そんなわけで今日は朝から乗馬をしてきました。
やっぱり広いとこ走るのはいいなあ。そしてここは
ハイド・パーク!ああ、乗馬をするためだけにでも
またロンドンに住みたい。


乗馬の後はコベント・ガーデンに戻ってポーランド人の
彼女がいる先生とランチ。午前中に乗馬をしてきたことを
言ったら、今度私が乗馬服を着てるところ見たいとのこと。
『じゃあついでにムチでぶってあげるね』と言ったら先生は
うひゃうひゃ言って大喜び。でもこの後再びナイス・
タイミングで彼女から電話が入りました。

別にいいんだけどさー、浮気されたら困るという彼女の
気持ちもわかるんだけどさー、こっちはそんな気ない
のにこれだけチェックされていかにも私が彼を
狙ってるかのような扱いを受けるとさすがの私も
ムッとも来るってもんですよ。 

何にもしてないのにどうせ疑われるんなら
じゃあくやしいからしちゃうわよ!とまで
思っちゃいますね。


そんなこんなでホテルに帰ると大好きなイギリスの
先生からメールが来てました。

『今ロンドンにいるけれど、バーでケンカしたり
女の人を口説いたりするのに忙しいから日本から
やってきた変わってる女の子なんか会ってるヒマ
なんてないよ。』

これを書いている今(2005年8月7日)なら、先生は
このとき実際に忙しくて私に会うヒマがなかったんだろう
なあってことがわかります。前から先生は私に12月は
忙しくてロンドンの家にはいない、そもそもだから1月に
来いって言ってたんだし、だから今回会えなくて当然
なんですが、

でもやっぱり私はクリスマス前なら誰だってお休みだろう
って思ってたし、ロンドンにいて女の人を口説くヒマが
あるならどうしてちょっとでも私に会ってくれないの?
って本当にショックでした。

でも先生はもちろんバーでケンカしたり女の人を
口説いてたわけではありません。ただ単に先生は
『忙しいから会えないよ。ごめんね』なんてそんな
ツマンないメールを書く人じゃないってこと。

当時と比べて私の英語力も格段に伸びたから今読むと
当たり前のようにこれは全くのユーモアだってわかる
んですが、
その当時はわからなかったんですよねえ。
なのでものすごく頭にきました。先生なんて大キライ!
なんて。

でもメールの最後には
"When do you depart these shores?"
『ロンドンにはいつまでいるの?』って一言が
書いてあって、こういうとこが先生の女たらしである
ユエンというか、私が先生を嫌えない理由というか。

こんなこと書かれちゃったらじゃあもう少しロンドンで
待ってれば先生に会えるのかなって思っちゃいますよね。
だから先生は腐れ外道だっつうの。


2003年12月18日(木)

乗馬した後マユコちゃんに会うためにカムデンへ。

マユコちゃんとは私が2002年の夏に初めて
ロンドンに来たときからの知り合いなのですが、
クラスが違ったり私が日本人のグループに入って
なかったりで、実際に一緒に遊んだことはほとんど
ありませんでした。

でもマユコちゃんと私は年が近いこともあって
ロンドンと東京に離れてしまった後も何かと
メール交換をしてました。

私が帰国前に一度お茶をしたことがあったけど、
マユコちゃんと二人でゆっくり話すのは実質今日が
初めて。というわけで今日はホロウェイにあるマユコ
ちゃんのおうちにお邪魔しました。

マユコちゃんは、いわゆるお勉強系の英語はニガテ
みたいだけどとにかく優しくてかわいいので学校で
みんなの人気者です。

実際英語はそんなにしゃべれないのにマユコちゃんは
相手の気持ちを思いやることが出来るから不思議と
会話は成立します。立派な文章は作れなくても
相手の一番言って欲しいことをバツグンのタイミングで
言えるからマユコちゃんは人気者なんですね。

でもそんな人の気持ちを思いやるマユコちゃんだから
こそ悲しい思いをしなければならないというのは
一体どういうことなのか。

マユコちゃんはお互い好きなのにどうにもならない
悲しい恋をずっとしていて、それはB型で獅子座の、
何事に置いてもストレートな私からしたらなんで
そんな恋愛するんだ!ってじれったくてしょうがない
話なんだけど、

でも好きになってしまったらもうどうしようもないよね。
ずるい相手の弱さまで含めて好きなのだし。

いつもは人の話を聞いてばっかのマユコちゃんだから
今まで周りの誰にも話せなかったことを少しでも
私に話したことでマユコちゃんの気が晴れれば
いいんだけど。

午後はブルームスベリーの St. George's 教会で
礼拝。

ここは大好きなイギリスの先生が洗礼を受けた
場所で私が先生と最後に別れた場所でも
あります。

私はロンドンから帰ってきた後も、東京で聖公会
(アングリカン・チャーチ)の教会に大した意味もなく
通っているのですが、こういうのは一度途切れると
二度と行かなくなるものなのでロンドン滞在中も
無理して出席。

教会からの帰り道、昔住んでいた懐かしいブルームス
ベリーの街を歩く。

ロンドンはなんて美しいんだろう。
白い重厚な石の建物。どこまでも続く緑の並木道。
ここはオスカー・ワイルド、サミュエル・ペピス、
トム・ペインが歩いた街。

当時と全く変わらない街並みを歩きながら
そんなことを考えて偶然にでも先生に会えないかと
思っている自分に気が付き情けなくなる。

1時間とか2時間とか、5分でさえもなくて、一瞬でも
いいから私は先生に会いたくてバスに乗っているときも
必ず外を見て道を歩いている人を探してしまうのに、
先生は1秒だって私に時間をくれない。

先生が今いる場所さえ教えてくれれば会える
時間が1秒でもあるなら私はたとえ何時間かかったって
そこに行くのに。東京からロンドンまでやってきた
私なのだからそこがパリだってオスロだって
先生がいるならどこまでだって行けるのに。


2003年12月19日(金)

午前中乗馬してから学校に戻ってポーランド人の
彼女がいる先生とランチ。

彼女は先生とすぐにでも結婚をしたがってて、
先生ももちろん結婚する気はあるそうなんですが
なんだかんだ言って結婚をずっと先延ばしにしています。
で、その理由が『結婚したい教会がない』から。

リバプール出身の先生にはロンドンの教会は
汚くて結婚する気になれないんだそうです。
『俺は心からそう思ってるのにそんなのウソだって
彼女が怒っちゃって大変なんだよー』と、先生。

昨日私が行った St. George's の教会は以前からの
内装工事が佳境に入ってて、もはや教会内でミサを行う
ことが出来ずに昨日は近くの集会所でやりました。

それで私が思ったのはここには神がいないってこと。

プロテスタントの学校にずっと通ってた私にとって
教会とは常に質素であるべきものだったのですが、
最近カソリックの教会に通うようになって実は華美な
教会そのものが神の具体化でもあるんだなあって
ことに気が付きました。

『理想の世界であるべきだから教会はきれい
じゃないと駄目なんだよね。』と、私が言うと、先生は、

『そうなんだよ!きれいじゃないと駄目なんだよ!
絶対まちゃみならわかってくれると思ってたよ!』
って私にプロポーズしそうな勢いで感動してました。

そうは言ったものの、でも実際、自分の彼氏がそんな
理由で結婚を先延ばしにしようもんなら私はその場で
椅子ごと蹴飛ばしてると思いますけどね。


日本にいるヒトヅマは毎日のようにメールを
くれました。わざわざロンドンに来たというのに
大好きなイギリスの先生に会えない私を
心配して。

メールには、NOVAで彼女が素敵な先生に会えたり
会えなかったり、一喜一憂する日々が書かれて
いました。

『大丈夫だよ!きっと明日は先生に会えるよ!』
なんて彼女を励ましつつ、本当は当の自分が
一番素敵な先生に会いたかったりするんだから
私は最低な女だ。

素敵な先生に会いたいな。もう日本に帰りたい。
東京に帰りたい。こんなところにはもういたくない。
早く日本に帰りたい。イギリスの先生なんて
大嫌い。私はなんでこんなとこにいるんだろう?
早く日本に帰りたい。すぐにでも日本に帰りたい。



2003年12月20日(土)

午前中乗馬した後、午後にマユコちゃんが
私のホテルまで遊びに来てくれました。

しばらくお茶した後、マユコちゃんと仲のいい
ポーランド人のマルタのおうちへ。

マルタは私が2002年の秋に学校に通ってた頃
同じクラスで、ポーランド人にしてはめずらしく(?)
控えめで優しくて、私の大好きなクラスメイトでした。

マルタのおうちはウッド・グリーンにあるのですが
マユコちゃんとたらたら手土産を買ったりしてたら
遅くなってしまって駅に着いたらもう辺りは真っ暗に
なってました。

え。ちょっと怖いかも。
私はニューヨークだろうがロンドンだろうがどこでも
一人で行っちゃいます。基本的に言葉がわかるのと
旅慣れてるのとで、どこでもそんなに怖くないのです。

そんな私がちょっとぎょっとしてしまうウッド・グリーン。
ホルボンのあんな広いアパートに一人で住んでた私が
いかに恵まれてたかがわかる一瞬ですね。

マルタに彼がいるのは前から聞いてて、その彼と
一緒に住んでるってのも知ってたんだけど、彼本人
には私は会ったことはありませんでした。

学校のみんなには、『え?ピーターだよ?
まちゃみ、知らないの?超有名なのに?』なんて
ずっと言われてたんですが、知らないもんは知りません。
そのうちマルタも学校に来なくなっちゃったし。

なのでひそかにワクワクしつつ、でもマルタのこと
だからきっと彼も堅実な地味な人なんだろなー、
なんて思いつつ家にお邪魔すると、迎えてくれた
のがそのピーター。えっ!この人?!

この人は、私がひそかに学校で、『ポーランドの
ジュード・ロウ』、と呼んでいた、めちゃくちゃカッコいい
ピョートルではありませんか!え〜!マルタの彼の
ピーターってピョートルのことだったの〜?!

えええ〜!いいなーっ!彼氏がジュード・ロウ似だ
なんて!すごい!信じられない!うらやましい!

私とマルタが会うのは1年ぶりくらいだったのに
あいさつもそこそこ、私はマルタにすがりついて
『彼氏、カッコいいじゃん!ちきしょー!』
って言っちゃいました。

でもそんなカッコいい彼氏を持つマルタも、彼が
なかなか結婚してくれないので最近は悩んでる
んだそう。(どっかで聞いた話だな。)

それで今日は、ピーターが結婚について一体どう
思ってるのかマユコちゃんに直接聞いてもらうのが
この会の趣旨なんだそう。

えー?本人に直接聞いちゃうわけ?それもマユコ
ちゃんが?自分の目の前で?えええ〜?

マルタの作ってくれたポーランド料理を食べながら
会はなごやかに進みます。(哀れ、ピーター。
女たちの企みも知らずに、、、泣。)

ピーターはロンドンでは内装工事の仕事をしてて、
今はステンドグラスを作ることに夢中だそう。
マユコちゃんが、結婚はどうするのー?なんて聞くと
『いやいやいやそのうちねー。はっはっは!』なんて
はぐらかしてしまいます。

子どもが出来たらどうするのー?とか、将来
子どもは何人欲しいのー?とか、そんな質問にも
のらりくらり。

結局、ピーターの口から結婚するって言葉は
聞けませんでした。当たり前か?

マルタもピーターも、国に帰ればめちゃくちゃ
高学歴のお似合いカップルなのでこの二人には
ぜひ幸せになって欲しいなあ。

マルタは焦ってるみたいだけど、でもきっと
ピーターはマルタと結婚するはず!

ポーランド人の彼女がいる先生が私の彼だったら
早く結婚しろ!バカ!と椅子ごと蹴飛ばしますが、
ピーターが自分の彼だったらきっといつまででも
待っちゃうな。だってジュード・ロウよ、ジュード・
ロウ。絶対放すな!


2003年12月21日(日)

ほぼ毎日午前中は乗馬をして、ランチはポーランド人の
彼女がいる先生と食べてるのでなんだかんだと毎日
忙しく、気が付いたらあっという間に1週間が過ぎて
いました。

今日は乗馬はお休みで、先生とのランチデートも
ないからのんびりテイト・モダンで美術鑑賞をする
ことにしました。

テイト・モダンは元々発電所だった建物にテイト・
ギャラリー(現・テイト・ブリテン)からモダン・アートを
ごっそり移植して作った美術館です。

テイト・モダンのエントランスホールは発電所だった
当時の空間をそのまま残してものすごく大きな
がらんどうになっています。

テイト・モダンが出来て以来、多くのアーティストがこの
空間を埋めようといろんな展示をしてきたのですが、
とにかくホールがでかすぎて(5階建て部分が全て
吹き抜けになってます)ことごとく玉砕しています。

で、今はOlafur Eliasson による"The Weather
Project"というのをやっていて、これがかなり
話題になっていたので観に来てみました。

この"The Weather Project" というのは、タービン
ホールの正面の壁を鏡張りにして、そこを半円の
ライトで照らし、鏡で反射した影が太陽のように
光る、という作品。

なんたって5階建て分の太陽ですからね。そりゃ
迫力あるし、テイト・モダン初の、まともにタービン・
ホールを活用できたアートだからそういう意味では
すごいとは思うけどでも私は『こんなの、大きいって
だけで意味がないじゃん!』って思いました。

大好きなイギリスの先生が、テイト・モダンは建物が
一番美しくて中の美術品はたいしたことない、って
言ってたのを思い出しました。

確かにこの建物を超える美術品はなかなか
有り得ないですよね。


メイン・ホールでは "Common Wealth"という
イベントが行われていて、その中にCarsten Holler の
"Sliding Doors" がありました。

これは、なんでもない廊下に全面鏡で出来た
自動扉が何枚も続く、という作品なのですが、

鏡で出来た自動扉の向こうはまた鏡で出来た
自動扉で、一つの扉が閉まらない限り次の扉は
開きません。

なので鏡の扉が開いて進むと、一瞬ですが全面
鏡で出来た小部屋に閉じ込められることになります。

一つ一つの鏡は4メートルX3メートルくらい。
実際にはこの鏡の自動扉は5枚しかないのですが
自分が中に入ってみると前も後ろも全身鏡で、
扉が開くとその先にも鏡があるから、まるで永遠に
続く鏡の国に迷い込んだような気持ちになります。

ポイントなのが、この自動扉は入り口は一つでは
ないということ。

考えてみれば扉なのだからどちらからも入れて
当たり前なのですが、基本的に片方が閉まらないと
次の扉は開かないのに、反対側から誰かが入って
来ようとすると、

今まで自分にとってただの鏡の壁だったものが突然
開いて、それまで自分一人しかいなかった鏡の
小部屋に見知らぬ人が突然入ってくるのです。

言ってる意味わかります?実際体験するとこれは
かなり衝撃的なのですが。

鏡の自動扉は自分で先へ進まない限り次の扉は
開かないし、全身鏡だから鏡に映った自分から
目を背けるわけにもいきません。全面鏡の小さな
空間に閉じ込められて、見えるのは前、後ろ、横、
全て自分の姿のみ。

結局、この鏡は人生であり自分自身なのです。

人生に立ち向かうのは難しい。でもこのまま
立ち止まって醜い自分自身を見つめ続けるのも
耐えられない。逃げようにも自分で先に進まない
ことには決して次の扉は開かない。

そして時には反対側の扉から予期せぬ人が現れる。
それは衝撃でもあるけれど助けでもある、、、。


テイト・モダンのギャラリーからテムズ川をへだてた
向こうにセント・ポール寺院が見えます。4ヶ月前
タワーヒルで再会した先生と一緒にブラック・
フライアーまで歩いた道。たった4ヶ月前のこと
なのにものすごく昔のことのような気がする。

2年間、自分を見失うほど好きだった大好きな
イギリスの先生を失って、これから一体自分は
何を目的に生きていけばいいのかと思っていた
ところに突然素敵な先生が現れた。

もしかしたらただ単に大好きなイギリスの先生を
忘れたいから素敵な先生に夢中になったのかも
しれない。


大好きなイギリスの先生に会いたかった。
会ってやっぱり先生が好きだと思いたかった。
先生のことがあんなにも好きだったのに、今、
こんなにも素敵な先生に惹かれている自分が
許せない。


2003年12月21日(日)

続き。

甥っ子のクリスマス・プレゼントを買いに
オックスフォード・ストリートに行く。

クリスマス前の日曜日だというのに、ロンドン一の
ショッピング街はあんまりきれいじゃありませんでした。

もちろんお店の中はきれいにクリスマスデコレー
ションされてたりするんですが、街そのものには
チンケなイルミネーションがちょぼちょぼあるだけで
全然素敵じゃない。

っていうか、オックスフォード・ストリートってそもそも
汚いんですよね。道端にチラシが散乱してたり汚い
看板が立ってて秩序がないから。

ここが日本だったらトラファルガー広場なんて
めちゃくちゃきれいにライトアップされてるだろう
になあ。

ロンドンより私が住む渋谷の方が100倍きれい。

夜ホテルに帰ってテレビで『ポップ・アイドル』を
観ているとポーランド人の彼女がいる先生から
メールが入りました。

何をしているのかと聞かれたので正直に、『今一人で
「ポップ・アイドル」を観ているよ』と答えると、先生は
『一人でそんなの観てるなんて!』と可哀想がって
ホテルまで会いに来てくれました。

1時間後に現れた先生の後ろにはもちろん彼女が。
なんでこんな夜にまちゃみのホテルに来なくちゃ
いけないのさー、とでも言いたげな思いっきり
不満そうな顔。

私が来てくれって頼んだわけじゃないのに、、、。

でも私は先生と二人きりになってどうこうしようと
してたわけじゃないので彼女がいてもいなくても
どうでもいいです。へこたれずに先生に日本から
持ってきてたおみやげを渡す。

先生へのおみやげは浴衣。
先生はわりとどっしりとした体型なので浴衣を
着させてみると意外や意外、めちゃくちゃ似合う!

あまりにも似合ってまるで日本人みたい。
先生もまんざらでもなさそう。

彼女へのおみやげはきものの生地で出来た
バレッタ。私に対する度重なる威嚇攻撃はさておき
彼女はとってもラブリーな人なのでこれまた
よく似合ってました。

『いいなあ。日本に行きたいなあ。』って先生が
言ってて、私ももしこの先生が日本に来たら
きっとみんなに愛されてめちゃくちゃ楽しめる
だろうなあってちょっと想像したけど、横にいる
彼女を見てそんなことは絶対にありえないと
我に返りました。

その後はビールを飲んだりお菓子をつまんだり。
途中で早く帰りたがった彼女と先生がケンカを
始めました。この二人ってよくケンカするよなあ。

先生は、私が知る外人の中で一番ケンカを
しそうにない人物なんですが不思議と私の前
ではよく彼女とケンカしてます。

日本人だったら絶対人前でケンカするような
ことはしないよね。そんな人前で彼氏に恥を
かかせるようなこと。

そんなわけで二人は帰ることになりました。
よくわからん。これってなんかのプレイなの?
羞恥かなんか?


2003年12月22日(月)

午前中乗馬したあと、アラン・リックマンとランチ。

アラン・リックマンに、『東京で好きな人が出来たの。
その人はアメリカ人の英会話の先生なの。』って
言ったらものすごく怒ったので、

『私に他に好きな人が出来た事実に怒っているの?
それとも私がアメリカ人なんかを好きになったから
怒っているの?』と、聞いたら、『両方だよ!』


夜はポーランド人の彼女がいる先生と飲む約束。

ハンドベル・クワイヤーと聖歌隊が賛美歌を合唱する
ロマンチックなトラファルガー広場で待っていると、
少し遅れて先生が来て、これから彼女も来るからと。

えええ!また?!

いや、いいんですけどね。別に私は彼女が一緒
でもいいんだけど、彼女側に私とともだちになる気が
全くなくて、先生を私に取られないように監視する
ためだけに来られるってのもね、ちょっとね。
ロンドン最後の夜なんだし出来ればもうちょっと
楽しく飲みたいじゃないですか。

なのでメールでマユコちゃんを誘うも残念ながら
マユコちゃんは英会話のプライベートレッスンが
入ってて来られず。残念。

というわけで昨日に続いて3人で飲む。

私が昨日観たテイト・モダンの話や、先生が観たポール・
マッカーシーのインスタレーションを私もたまたま観て
いたのでその話で盛り上がる。でも彼女は美術に
全く興味がないらしくてものすごくつまんなさそう。

で、またケンカ。

先生はものすごく彼女のことが好きなんだと思う。
でも、心配しているからこそとはいえ自分でも
悩んでいる自分の将来に彼女があれこれ口を
出して来たり、かと思えば自分の好きな美術には
全く興味を示さなかったり、そういうのがちょっと
だけ不満で、

そんなところに趣味も興味も似ている私が
自分のことを束縛もせずに、『夢を追いなよ!』
なんて励ましてくれるからついつい話したく
なっちゃうんだと思う。

でも愛しているのは彼女の方だから私は勘違い
したりしない。先生は純粋に私のことをともだち
として好きでいてくれてる。そしてこの人は私の
大事な大事なともだち。


そんなこんなで夜は更けて、帰る前に彼女が
トイレに立ちました。

結局これが1週間滞在してたうち唯一先生と二人
きりになった瞬間でした。そのことにお互い同時に
気が付き、目が合って、

『きっとこれが最初で最後のチャンスだね。』
と言って、映画みたいな長い長いキスをしました。


2003年12月23日(火)

ロンドン最終日。長いようでいて短い10日間の旅行が
あっという間に終わってしまいました。いつもの8時10分
発ヒースロー行きのバスに乗るために朝早くから準備。

ところでみなさん、私が何か忘れていてることに
気が付きませんか?

そうです。私は銀行に行ってないのです!

そもそも銀行からお金を下ろすことがこの旅行の
目的ということになっていたのになんだかんだ
忙しくて今日の朝までそんなことすっかり
忘れていました。

もし空港にATMがなかったら大変なので朝から
あわててホルボンまで行きATMでお金を下ろし
ました。ATMだからお札しか下ろせず結局
小銭が残ることになり。

バス停に着いたのは出発の5分前。良かった
間に合った。ドキドキしながらダブルデッカーの
2階の1番前に乗る。

ユーストンを過ぎ、マーブル・アーチを抜けた
辺りで朝からあわてていた私の気持ちもやっと
落ち着きました。

ハイド・パークが左手に見える。ノッティング・ヒル
の街並み。フラットを探していたときに下見に行った
アパート。アラン・リックマンと飲んだパブ。
みんなあっという間に後ろに消えて行く。


結局大好きなイギリスの先生からはあれから
一度も連絡が来ませんでした。ホテルの部屋番号も
知っているのに電話さえかかってこなかった。

でももういい。きっとそれが先生の答えなんだろう。

マユコちゃんは、まさみちゃんはいい人だから絶対
幸せになれると言った。だからこれ以上心が傷つかない
よう自分を大切にしなければいけないと。

でも心が傷ついたからって何だって言うの?
生きてたらどうしたって傷つく。そんなの恐れてたら
何も出来ない。私は傷つくのなんて怖くない。

でも私には私のことを心配してくれるともだちがいる。
だからこれからは自分を愛してくれる人を大事にする
んだ。東京に帰って落ち着こう。もうここには
二度と戻ってこない。絶対に戻らない。

私はもう先生の言葉に振り回されて泣くことは
絶対にしない。そんなことを考えてバスの中から
ポーランド人の彼女がいる先生にいろいろ
ありがとうのメールを出すと先生から、

"Come back here and kiss me again"

とのメールが入りました。

『戻って俺にキスをしろ。』

涙が止まらなくなりました。

ポーランド人の彼女がいる先生からこんなに
素敵なメールをもらったというのに私はこの後に
及んでもしこのメールが大好きなイギリスの先生
からだったらどんなにうれしかっただろうと
考えてしまう。

もし大好きなイギリスの先生から、『今すぐバスから
飛び降りて戻って来い。』ってメールが来たら、
走ってるバスからでも私は迷うことなく
飛び降りていた。

大好きなイギリスの先生から『戻って俺に
キスをしろ。』、と言われたら、私の心は
喜びできっと震えたはず。

5分前にした決意だって先生の前では
吹き飛んでしまう。どんなに否定しようとしても
私は先生のことが好きなのだ。

でも私はもう絶対に戻らない。

"Don't look back, you can never come back."

そう自分につぶやいた。