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恋する留学日記(9)

3月にホルボンに引っ越してしばらくの間ネットに
接続が出来ず、4月に日本に帰ったときには
コンピューターが壊れ、5月には追い討ちをかける
ようにショックなことが重なり、私は2月末分以降
全く日記を書いていませんでした。

でも、6月の時点で日本に帰ることに決めた途端に
自分の運命がまわり始め、同時にこの日記の
着地点も見えたので、このHPを完結させるため
私は8月の半ばから再び日記を書き始めました。

この留学日記を書き終えたら、
もう『恋する英会話』の更新は止めよう、
HPだけ残して、もう日記を書くのは止めよう、

そう思って私はこの日記をラストから書き始め
8月15日分の日記)、3月に戻り、最終的には
8月17日分の日記で終わらせるつもりでした。

ところがそんな予定調和が許される
わけがないのが私の人生。

コバチ先生を追いかけてバンコクに
行くところで終わるはずだった私のHPは
まだまだ二転三転して続いて行きます、、、。
もう少しお付き合い下さい。


8月18日(月)

朝の1時間目はポーランド人の彼女が
いる先生。(今日も)クラスに生徒は私だけ
だったので、マイク・リーやダニー・ボイル
とかのイギリス映画について話したり、
音楽について話したり。

このポーランド人の彼女がいる先生は最近
やっとコバチ先生が学校から逃げてしまった
ことを知ったらしく、かなりショックを受けてました。
学校の中で、コバチ先生が勝手に辞めたことは
タブーらしく誰も先生に教えてくれなかったそうです。

先生によると、コバチ先生はへたに外見が
カッコいいからその分正当に中身を評価
されてなくてかわいそうなんだそう。

実はすごくマジメで頭もいいのに、
外見が派手だから遊んでると思われて
女の人にもあんまり縁がないんだとか。

あんまり日記には出てきてませんが、
私とこのポーランド人の彼女がいる先生は
お互い好きなものがよく似ているので
何話しても盛り上がっちゃう仲良しです。

でもコバチ先生のことは話してません。
なんかこの先生を裏切った気がするんだよな、、、。


8月20日(水)

私と同じく9月で帰国するドンヒーが
ヨーロッパ旅行から帰って来たので今日は
ドン・ヒーのお家でランチを頂きました。

ドン・ヒーは韓国へ帰る際、成田で途中降機
して私の家に遊びに来る予定なのですが、
韓国人が、日本へ旅行社やホテルを通さず
個人旅行する際はものすごくたくさんの書類を
出してビザを取らなければなりません。

って、皆さん、知ってました?

旅行の予定表、帰りの航空券、身元引受人
からの手紙、それに銀行の残高証明書まで
出すんですよ!残高証明を出させるなんて
まるで不法労働者扱いですね。

日本へビザなしで渡航できる国は世界で
130ヶ国近くあるのにその中に韓国は
入ってないんだそうです。ちょっと意外。

なので今日は彼女の身元引受人である
私が日本大使館にお供してビザの申請に
行ってきました。

ドン・ヒーの外見は日本人と変わらないので
私と一緒にいるとドン・ヒーは日本語で
話しかけられてしまうことが多いです。

ドン・ヒーが、???という顔をするとみんな
すぐに英語で言い直してくれるのですが、
ドン・ヒーはリスニングがあまり得意ではない
のでその英語を聞き逃すことが多く、

そうすると周りの人は、ドン・ヒーが英語を
理解してないと思って困って私を見るので、
私が訳さなければならないのですが、

ここで私が求められているのはその英語を
より簡単な英語に言い変える、ということなの
ですが、私も普段はドン・ヒーを韓国人
だと特に意識してないので、

『あ、訳さなくちゃ!』と思うと、ついつい
日本のともだちにしてるみたいに
日本語に訳しちゃうんですよね。

そうすると、当然、ドン・ヒーは、???
となって、周りの人、私、ドン・ヒー、と、
誰もがお互いの言葉を理解していない
三すくみ状態になってしまいます。

話すのも聞くのも、もうほとんど無意識に
出来るようになって、最近では、英語の雑誌を
読みながら英語のニュースをながら聴き、
ってのも問題なく出来るのですが、

この英語→日本語、日本語→英語のスイッチを
切り替えるっていうのはちゃんと訓練しないと
無理ですね。


8月21日(木)

朝の授業のあとトゥーム・レイダー2を
観に行きました。

この映画が超ツマラナイということは知っていたの
ですが、それでも私はアンジェリーナ・ジョリーの
乗馬シーンを観るためだけに行ってきました。

なんたって、この映画の中でアンジェリーナ・
ジョリーはお姫様座りをしながら馬で大疾走して
なおかつ馬上で後ろ向きになって
猟銃を放つのです。すごーい!

留学もフェンシングも途中で挫折しちゃった
私だけど乗馬だけはがんばって続けるのだ!
めざせ!アンジェリーナ・ジョリー!おーっ!

意外と早く帰れたのでそのまま午後の
授業も出てみると、元クラスメイトのマユコ
ちゃんと帰りがけにばったり会ったので、
途中まで一緒に帰ることにしました。

マユコちゃんは、コバチ先生がいなくなって
最近学校に来る張り合いがなくなったんだそう。

げっ。
そんなことをマユコちゃんに先に言われて
しまうと、実は私、そのコバチ先生と付き合って
ます、なんてもう絶対に言えない、、、。


8月22日(金)
8月23日(土)
8月24日(日)

お腹の調子があんまり良くなかったこともあって
このレイト・サマー・バンクホリデーは、『明るい
引きこもり!』と称してずっとお家でたまりに
たまった留学日記をひたすら
書き続けてました。

なんたって半年分ためててその間なんの
メモも残してなかったから、日記を書く
唯一の手がかりはレシート!

私は買った物のレシートは捨てないので
そのレシートを手がかりに、この日はここで
これを買ったんだからこれをした日のはずだ!
なんて推理をしながら書いてます。
その姿は日記書きというよりはまるで
会計のおばさんよ。

でも、一度つらい想いをしたのを思い出しつつ
追体験してるので、書いてるだけで涙が
出てきます。特に5月、6月なんて号泣。

時が経てば癒されるって言う人もいるけど
私には無理。何度思い出してもそのときの
つらさがよみがえってきて涙が流れます。

でもこれを終わらせないことには
私は前に進めないのだ!


8月26日(火)

授業が始まる前、クリスティン・デイビス似の
先生に、帰国するまでに全部家財道具を
売らなくちゃいけないから大変だという話を
してたら、ちょうど最近先生もテレビとビデオを
買おうとしてたところだったらしく、先生が私の
テレビとビデオを買ってくれるということに。

わーい!
一番の大物のテレビとビデオが
売れちゃえばこっちのもの!

今週から私は

"Everything must go !
All my life in London for sale!"

と銘打ち、帰国までに全ての家財道具を
売り払うキャンペーン張ってまーす。


午後の授業に出たあと教室を出ると
なんと廊下でマグダとばったり!
『マグダ〜!』『まちゃみ〜!』

マグダは私が5月、6月にいたクラスの
同級生で、朝のクラスがなくなっちゃってから
彼女とは全く連絡が取れなくなってしまってた
のでした。

『わーん!ポーランドに帰っちゃって
たかと思ってたよう〜!』

私がこの学校に来るのもあと3日なので
今日マグダに会えて良かった。マグダとは
そのまま一緒にお茶して帰りました。
なんか神様がお別れを言うチャンスを
くれたよう。よかったよかった。


9月で帰ることにしたからもう厚い
冬服はいらないし、必要のないものから
どんどん日本に送り返すことにしました。

で、適当に荷物を詰めて、歩いて10分の
郵便局に持って行こうとするも、あまりの
小包の重さに全然進めず!

重い!重すぎるわ!
でももうある程度歩いて来ちゃったし
ここまで来たら戻るのも進むのも一緒。

意を決して進むことにするも、でも重〜い!
あまりの重さに進める速さは分速3メートル。
重い〜。ううう〜、もう嫌だ〜。
タクシー使っちゃおうかなあ。

あまりにも重い小包を抱きかかえたまま
地面にうずくまってタクシーを使おうか
考え込んでいると、通りすがりのお姉さんが
私を心配して、『大丈夫?どうしたの?』
と話しかけてきてくれました。

はっ、いかん!
はたから見ると今の私は、小包を持った
女の子が腰を抜かして倒れこんでるように
見えるはず、っていうかそのまんまだ!

でもそこはやはり人目を気にする日本人の私、
『何でもないですっ!大丈夫ですっ!』
と、シャキーっと立ち上がってお姉さんに
にっこり!(でももちろんやせ我慢!)

というわけで、再び荷物を抱きかかえて
歩き出しました。優しいお姉さんの
おかげでちょっとはやる気が出たものの
でもやっぱり一度に歩けるのは3メートル
が限度。うう〜、重い〜。

それでもなんとかセインズベリーまで
持って行って残りはあと30メートルちょっと。
ううう〜、でももういや〜、ここからでも
いいからタクシー使っちゃおう〜

と、私が道路にへたり込んでいると、
長髪のお兄さんが、『どこまで持ってくの?
一緒に運んであげようか?』って聞いて
きてくれました。

じわ〜ん。
こんなパンク兄ちゃんがそんな
優しいことを言ってくれるなんてー。

でもやはりそこは遠慮が美徳の日本人として
『いえ!すぐそこまでなので大丈夫です!』
と、一度は断ると、お兄さんはあっさり、

『そう?じゃ、がんばってね!』
って行ってしまいました。あ〜待って〜、
お兄さん、もう一回聞いてくれたら私は
イエスって言うわ〜!

しょうがないので再びよたよた歩き始めると
郵便局の前で、台車を持ったおば様が、
『私の台車に一緒に載せなさいよ』
と、声をかけてきてくれました。

でももうほんと郵便局の直前だったので、
『あ、結構です、でもありがとうございます。』
って断ったんですが、

たった10分間の距離の間に3人の優しい
イギリス人が私に手を差し伸べてきてくれました。

こんなに優しい人たちがいる国から
愚かにも私は立ち去ろうとしているのね、、、。


明日は火星が地球に大接近する日です。

大好きなイギリスの先生とは結局パリでは
会えず、15日にメールが来て以来
全く連絡がありません。

なので、『あなたとの距離に比べたら、火星の
方がよっぽど近く感じる。一体あなたは
今どこにいるの?』

"Can you blow me a kiss through space
at least? I need a sign so I can trust we will
see each other again. Give me a sign.
I swear I can feel it when you do."

とメールを送ると珍しく速攻で

エール・フランスに空席があれば土曜日に
ロンドンに帰れるかも、との返事が来ました。

土曜って今週の土曜?

地球の引力で火星も先生ももっと私に
近づきますように、、、、。がんばれ、引力。


8月27日(水)

今日は日本に送る小包をまとめました。

全部で5個ありました。
来るときにこっちに段ボールをたくさん送ったので
よっぽど荷物が多いんだと思われがちな私ですが、
違います。私は日本でも一人暮らしをしてたので
その荷物を全てロンドンに送っただけなのです。

つまり私の荷物は最初に送った1個と合わせても
全部で小包6個しかないということ。

自分の人生の全てが小包6個に入ってしまう
人生ってどうなのよ?

確かに私は引越しと旅行が多いので
自分でも意識してなるべく荷物を増やさない
ようにはしてたのですが、私の人生、終わって
みれば小包6個?

人間、数十年も生きてればもうちょっと
しがらみやら過去やらオトコの一人や二人、
ついてくるもんじゃないの?

世界中を旅する自由な人生を送ってきたけど、
終わってみればアルバムもなければ住所録も
ない人生。


やっぱり平凡でもいいから子どもを育てて
社会に貢献するとか、せめて海底トンネルを
掘って地図に残る仕事をするとか、地味だけど
将来に何かを残すべきだったのでは、、、

なーんちゃって。段ボールを前にちょっと
自分の人生、反省してみた。

火事のとき便利でいいよね。荷物少ないから。
アイ・ラブ・マイ・ライフ。


8月29日(金)

去年の7月15日から通い始めた学校も
ついに今日で終わりです。

ところが朝の授業も午後の授業も
生徒は私だけ。えっ!アナちゃんもセシルも
アニエシュカも休み?最後にみんなに
お別れを言いたかったのに!

昨日のうちに私は明日で最後だから必ず
学校に来てね!って言っておくんだった。
あ、それとも知ってたから来なかったのか?!

でもおかげで先生たちとはゆっくりお別れが
出来ました。先生たちと電話番号とメール
アドレスの交換をして最後にはハグの嵐。

ううう〜、いろいろあったけど、この学校は
ほんといい学校だった。6月からはほぼ毎回
マン・ツー・マンで、文法と発音を叩き込まれて、
最後には先生たちに、まちゃみはほんと英語が
上手くなったよ、って言われて

先生たちは、『でもそれはこの学校のおかげ
じゃなくてまちゃみの学外での努力だと思う』
とも言ってたけど、

もちろん私は自分でも英語の本を読んだり
ケンブリッジ英検を受けたりしてたけど、

でもやっぱりこの学校の先生たちが
私を飲みに連れ出してくれたり、個人的に
教えてくれたりしてなければ私の英語も
ここまでは絶対に伸びてなかった。

私はこの学校の先生たちがほんとに大好きで、
先生たちに好かれたい、先生たちに褒められたい、
その一心で必死に言葉を覚えたのです。

I was fortunate to have been your student.


学校から帰る途中、去年の夏に体験レッスンを
受けて、行くかどうかで悩んだ学校(7月16日の
日記参照)のサム・ニールに似た先生に
道端でばったり会いました。おおおー、1年も
経ってからこんなところで再会するとは。

これも地球の引力に違いない。

土曜日はもう明日なのにいまだに大好きな
イギリスの先生からはなんの連絡もありません。
今度もまたすっぽかされるのかなあ。
先生、早くしないと火星が離れてっちゃうよ、、、。


8月30日(土)

今日はアラン・リックマンの家で私のお別れ会が
あります。なので私は朝からせっせと釜飯やら
餃子やらいろいろ作ってました。

準備もほぼ終わって、さあ出かけようとしたとこに
メールをチェックしてみると、大好きなイギリスの
先生からメールが来てました。そこには一言、

『今日の2時、タワーヒルのローマ人の前で待つ。』

って、なんですか、これ決闘の申し込みですか?

信じられます?!当日ですよ!当日に
今から会いに来いだなんて!

私をなんだと思ってるんでしょうか?!
呼べばすぐ付いてくる犬とでも?

今日は私のお別れ会で、私は大好きな先生たちと
久しぶりに会えるのをずっと楽しみにしてました。

アラン・リックマンや生徒会長さん、レオ、早口の
先生、私がロンドンを離れる前にみんなに
お別れを言う、きっとこれが最後のチャンスです。

私はどっちに行くべき?お別れ会?
タワーヒル?どうしよう?!

なーんて、コンマ1秒くらい悩みましたが
もちろん私の心はタワーヒルで決まってます。
ほかの誰に会えなくたっていい。
先生に会いたい!

取り合えずアラン・リックマンの家に釜飯と
餃子を持って、『どうしても会いたい人が
パリからやってくるから私はその人に会いに
タワーヒルに行かなければならない。でも
なんとか夕方までには帰って来るから
ごめんね。』って言いに行きました。

アラン・リックマンは、まちゃみにそんな人が
いたなんて!とかなりショックを受けてた
ようでした。そう、ずっと隠してたの。

それで天罰が下ったのか、それとも運命は
あくまで私に先生を会わせたくないのか、
イーリングからホルボンまで帰るピカデリー・
ラインの途中で、どっかーんという大きな音ともに
電車が突然止まってしまいました。

しぇーっ!

私は先生の電話番号を知らないので
もしこのまま電車が動かなかったら
先生は『私が来なかった』と思ったまま
帰ってしまいます。

ひえ〜。頼む。動いてくれ。
私の運命がタワーヒルで私を待っているのよ!

結局電車は20分くらい止まった後再び
動き出したのですが、もうあと10分電車が
止まってたらきっと私は扉を蹴り破って
線路を歩いてたと思います。

そんなわけで待ち合わせ場所に着いたのは
約束の時間の1分前。

駅を出て、ドキドキしながら先生を探しました。
実はもしかして私には先生を見つけられないかも
って私はひそかに心配してたのです。

なんたって先生に会うのは14ヶ月ぶり。
それにずっと先生が会ってくれなかったのは
もしかして先生が思いっきり太ったからでは?!
なーんてちょっと私は疑ってたのでした。

いや、それは冗談にしても、
あまりにも長いこと会っていないから先生が
変わっちゃっててもおかしくありません。

でもそんな心配をするまでもなく、観光客で
ごった返すタワーヒルででさえ、私には先生しか
目に入りませんでした。

先生は柵に寄りかかってロンドン塔を
見ています。

ああ、なんて素敵なの。
イギリスにいる大好きなイギリスの先生。
心臓が止まりそう。

先生のことを考えるだけで居ても立っても
いられないくらい会いたかったのに
私はあまりの素敵さに声もかけられず、

ロンドン塔を見ている先生にしばらくみとれて
いました。ああ、このまま空気になってずっと
先生を見ていたい。(後ろから、、、←変態。)

で、思わずその先生の姿を写真に取った後
(我ながら見事なストーカーぶりだ!)
勇気を出して先生に声をかけました。

ここはすっかりブリティッシュナイズドされた
フリして先生に抱きついてどさくさに紛れて
キスして挨拶しようかと思ったのですが、

でもなんたってハグとキスのでたらめさ加減
にはいつも外人に笑われてる私、ヘタにキス
しようとして先生のアゴに頭突きしても
困るので(←しょっちゅうやってしまう)

ロクに顔も見ないで、"Hey" と声を
かけました。(名前さえも呼んでない)
恥ずかぴー。

そしたら先生は、『ずっと逃げ回ってたのに
ついに捕まっちゃったよ』って顔して
"Hello, Masami" って笑ってくれました。

先生が15分だけ用があるというので
タワーヒルの駅からロンドン塔を過ぎて、
一緒にローワー・テムズ・ストリートまで
出ました。

ローワー・テムズ・ストリートは文字通り、
テムズ川沿いの、使われてない倉庫が
何軒かあるだけの道で、こんなところで
何をするのかと思ったら、先生はそこの
倉庫に書かれてあったいたずら書きを
ノートに書きとめてます。

聞いたらなんと、先生は今フランスの高級紙、
ル・モンドの編集者として働いててこれも
その取材の一つなんだそう。

そうか、それでずっとパリにいたのか。
くそ、ルモンドめ。一生恨んでやる。
先生はそこで、毎週土曜日にル・モンドに
付いてくる英紙の編集をしているんだそう。

『でもそれも9月までで10月からはオックス
フォード大学に戻るんだ。』

えええーっつ!!!
そっそんな、、、。じゃああと1ヶ月待てば
先生はロンドンに帰ってきたの?!

たったの1ヶ月、、、。
そんなバカな、、、。
あとたった1ヶ月待ちさえすれば
私がロンドンを離れることもなかったなんて、、、。

一体運命はどこまで私を苦しめれば
気が済むの、、、。


衝撃を受ける私を気にも留めず先生は
ずんずん西に向かって歩き出しました。
着いた先はSt. Dunstan's Hill 。

タワー・ヒルからつながる大きな道がすぐ
そばを通っているのにここは大きな木が
生い茂ってるので騒音は全く聞こえません。

ツタがからまった背の高い石壁が丘全体を
囲っていて外側からは中が見えないのですが、
門をくぐると、なんと中には噴水とお花畑と
小さな教会が。

わー。素敵!
こんなところにこんな素敵な教会が
あったのね!

この教会は、St. Dunstan in the East
と言って、ロンドン大火の後にクリストファー・
レンが補修して、今はクリニックとして
使われてるそうです。


『ここが僕の一番好きな場所なんだよ』

!!!
覚えててくれたんだ。

どこにいるの?って何度聞いても絶対に
居場所を教えてくれないし、返ってくるのは
いつも難解なメールばかりで一体先生が
私のメールを読んでるのか読んでないのか
ずっと疑問に思ってたけど、

私が前に送った、『できれば先生の好きな
場所で会いたい』ってメールをちゃんと
覚えててくれたんだ。(4月26日の日記参照)

"I told you I'd show you my favourite place." 

感激でちょっと泣きそうになる私。

それから Eastcheapside に出て先生は
さらに西に向かいます。ずんずんずんずん、
ものすごい速さで歩いていくので足の短い
私は先生に付いて行くだけで精一杯。

モニュメント駅を過ぎ、キャノン・ストリート駅を超え、
マンション・ハウス、セント・ポール大聖堂もとうに
過ぎました。一体どこまで歩くつもりなのか?
まさか歩いてフランスに帰るつもりなんじゃ?!
と思って先生に聞いてみると、『決めてない。』

そっそんな。もう既に駅4駅分、距離にして
3キロ以上歩いてます。
ついにブラック・
フライアーズ駅まで着いてしまいました。

さすがに私もぜえぜえ言ってきたところに先生が
『なんか飲む?』と聞いてきてくれたので
近くのパブに入りました。

パブの名前は The Black Friar。
『黒い修道士』、という名前なだけあって、
パブの中には修道士のレリーフが飾ってあり、
パブというよりは教会の中みたいです。
素敵〜。

でも偶然この店に入ったのかと思ったら
先生は昔この辺に住んでてこのパブにも
よく来てたんだそう。じゃあきっとここも先生の
好きな場所の一つなのね。

土曜日のシティは閑散としていて
お客さんは先生と私だけ。奥のソファ席に
向かい合って座りました。

再会してから裕に1時間は経ってるのに
その間ずっと歩き続けだったため、話すどころか
私はロクに先生の顔も見てません。

かなり恥ずかしいので早速先生にプレゼントを
渡して照れをごまかすことにしました。

先生の誕生日は5月13日なのですが、
すれ違いが続いてたのでプレゼントを渡すのが
こんな時期になってしまいました。確か去年
最後に会ったときもプレゼントあげたんだよなあ。
(7月3日の日記参照)

今年のプレゼントはメタリックの地球儀のパズル。

ほんとは私は先生に火星儀を上げたかった
のですがロンドン中、どこを探しても火星儀は
売ってませんでした。

『なので、代わりにこれを、、、』
と言いながら地球儀のほかに私がチョコレートの
Mars バーを差し出したら先生が大爆笑。



(↑地球に火星が大接近中)

『この地球が私で、先生は火星で、地球と
火星は6万年ぶりにやっと接近出来て、、、』

なんて私は続けてロマンチックなくどき文句を
言ってたのですが、先生がとにかくマーズ・バーに
大ウケしてしまったのでせっかくの私のくどき文句も
先生の笑い声で全てかき消されてしまいました。
Damn!

ついでにスペインみやげの生ハムも渡して、
ずっとしつこくしてごめんなさい。おかげでやっと
プレゼントが渡せました。チャリティでもなんでも
会ってくれてありがとう、と私が言うと、

『違うよ、まちゃみに会いたかったから
会いに来たんだよ。』

"I wanted to see you."

私がずっと聞きたかった言葉。
アラン・リックマンや先生たち、KAORUさんに
私がずっと言って欲しかった言葉。
それを大好きなイギリスの先生から聞けるなんて。


私はとにかく緊張するとお酒をがぶ飲みして
しまうので今回も狂ったように飲みました。

パブで1時間くらい飲んで、先生が
歩こうと言うのでお店を後にしました。

去年7月に会ったときも2時間くらいで先生は
帰ってしまったので今回もこれでお開きなのかなあ
なんて思いつつ、私はしこたま酔ってたので
あんまりショックでもありませんでした。

先生はあいかわらず何も言わずにずんずん
歩いていきます。酔っ払ってた私は街灯に何度も
頭をぶつけながらあわてて先生を
追いかけて行きました。

ニュー・ブリッジ・ストリートを北上してフリート・
ストリートを抜けチャンセリー・レーンを過ぎると
そこはもう私の住むホルボンです。

『最初はチェルシーに住もうと思ってたけど、
結局チェルシーでは予算が合わなくてエンジェル、
セント・ジョンズ・ウッドの物件を見たものの、

やっぱりどうせ住むならロンドンらしいところに
住まなきゃダメだと思って、ホルボンにした。』
と私が言ったら、先生は本当にうれしそうな
顔をしてました。

でも本当は、私がホルボンに住むことに
したのは先生のことが頭にあったから。

先生がホルボンやブルームスベリーの
辺りが好きなのは知っていたし、ホルボン
だったら先生の実家があるホワイト・チャペル
からも1本で来れる。例え私がチェルシーや
ナイツブリッジの、どんなに素敵なところに
住んだって、先生は絶対にわざわざサウス
ウェストの私の家になんかに来ないだろう。

そう、私は、もしかしたら先生が自分の家に
遊びに来るかもしれないという百万分の一
の確率に賭けてフラットを決めてたのです。

でも先生に会える可能性は限りなく低かったし、
実際まさか先生が自分ちに来るとは夢にも
思ってもいなくて、そう仕向けようとしてた
わけでもありませんでした。

ところが、リンカーンズ・インを過ぎた辺りで
先生が今すぐトイレに行きたいというので
急遽私のフラットに行くことになりました。

リンカーンズ・インからうちは3分くらいです。
フラットに着くと先生はダッシュでトイレに入って
行きました。ものすごく行きたかったのね、、、。

トイレから出た先生はそのまま帰るのか
と思ったら部屋でたばこを吸い始めました。
すると、部屋においてあった私のゆうパックの
小包を見つけて、『ゆうパックだ!』って異常に
感激し始めました。

さっきは日本なんてなつかしくない、って
言ってたくせに、と私が言うと、『僕だって
ちょっとはセンチメンタルになるよ!』

実は先生が東京で働いてた学校の前には
郵便局があったのです。で、その話から
私が毎朝、先生をストーカーしてた話になり、

(っていうか、私の職場は先生の学校の
そばにあって、勤務開始時間も一緒だった
のでしょっちゅう見かけてただけなんですが)

いつのまにか私がいかに先生を好きだったか
っていう話になってしまい、先生は、ハッピー
デイズだったよねえ、なんて言ってくれたけど、
こういうことを面と向かって本人にせっせと話してる
のも恥ずかしくなり

『ちょっと私、会話の中に、Sexual
connotation が多すぎかも。もうちょっと
控えめに洗練された形で話さないと、、、』
と私が言うと、先生は

『そんなことない、もっとはっきり言え』
って言ってきました。

えっ?もっとはっきり言う?
でもこれ以上何をはっきり言えと
言うんでしょう?

恥ずかしくなった私は突然話題を変えて、
よりにもよって、トニー・ブレアとWar Crimes
についてなんか話しちゃいました。
ああ、あたしって何てバカなの。


私の部屋には、トム・クルーズの映画、
『バニラ・スカイ』のスチールが置いてあります。

先生がそれを見て、まちゃみってトム・
クルーズが好きなの?って聞いてきました。

いや、トム・クルーズはそんなに好きじゃないけど、
『バニラ・スカイ』と、『アイズ・ワイド・シャット』は
私のベスト映画の2位と3位だから、、、

と言うと、先生が、『バニラ・スカイ』は好きだけど、
『アイズ・ワイド・シャット』はあんまり、と言うので

『「アイズ・ワイド・シャット」のテーマは、自分では
わかっているつもりでも、実際は自分が思うほど
自分は他人のことを理解していない、もし本当に
その人を理解したいなら、言葉じゃなくてセックス
しないと駄目なんだってことだと私は思う、、、』

ってとこまで言ったところではっと我に返り、
マズイ、これでは私が先生を誘っているのも
同じ、と言ってて気が遠くなりました。

すると先生は、『僕にとってセックスはそんなに
重要じゃない。』って言ってきました。

『でも、まちゃみはもっとはっきり態度に
表さなきゃ駄目だ。』

、、、、?
はっきり言えとか態度に表せとか、
一体先生は私に何をしてもらいたいんでしょう?

『えー?態度に表す、って例えば
自分の洋服を破るとか?えへへへ。』

ってちょっとびびった私がふざけると
先生は、

"Yes."

えっ。

冗談でしょ?
って言おうと思ったけど、先生が
思いっきりまじめな顔して私を見てたので
言えませんでした。

先生の前で洋服を破る?


もし先生の前で服を脱いだら先生は
私を愛してくれるのかな?

ここで洋服を脱げば、先生をもっとよく
知りたい、っていう私の長年の願いが
かなえられるの?

でも先生と寝たからって何が
変わるっていうんだろう?

先生がもうちょっと私に優しくなるとか?
メールの返事がもっと頻繁に来るとか?

どうしたらいいのかわからなくて
先生の顔を見る。すると先生は私の顔を
まっすぐに見てる。きれいな顔。

首の右側のところにあざがある。
そういえば昔、昼間行ってた学校でクラス
メイトのカヨコが先生の首のあざがセクシー
だって言ってたな。このことだったんだ。
全然気がつかなかった。

先生を追いかけることばかりに夢中で、
先生の顔なんて見ていなかった。
先生に会ったらどうするのかさえ、
考えていなかった。

私はどうしてあんなにも
先生に会いたかったんだろう?
先生に抱いてもらいたかったのかな。

違う、私が欲しかったのは、、、。

耐え切れなくなって思わず先生から目をそらす。
それでも先生が私を見ているのがわかる。
宙に浮いた私の目線に、先生の視線が重なる。

神秘的な、青い瞳。
魂まで吸い込まれそうな、海の色―

早くブラウスのボタンを引きちぎって
スカートを切り裂かなければ、、、。
先生の前で、、、。


夏時間中のロンドンもさすがに8月末
ともなると7時半には暗くなってきます。
先生と再会してからもう5時間も経ってました。

先生が、『そろそろ教会に行かないと、、、』
と言って立ち上がりました。

先生のパリのおともだちがブルームスベリーの
教会でもうすぐ結婚式を挙げるとかで、先生が
ロンドンに行くならその教会の写真を取って来て
ほしいとおともだちに頼まれてたんだそうです。
だから日が沈む前に教会へ行かなければならないと。

ああ、これでもう先生ともお別れなのね。
次に会えるまでまた長い長いときを
待たなければならない。あと1年?
それとも今度は2年?
ああ、気が遠くなりそう、、、。

少しでも一緒にいたい私は

『じゃあ教会まで送って行くね』と先生と
一緒に立ち上がりました。すると先生が、

『なんだ、まちゃみにキスしてここで
お別れを言おうと思ったのに。』

えっ?

『えええ?それって私がここに残ればキスしてくれる
ってこと?!教会まで一緒に行く5分を選ぶか、
それともここでお別れになる代わりにキスしてもらうか
のどっちかを選べってこと?!』

と言うと先生は、
『そういう風には言ってないけど、そうとも取れるね』
なんて妙に納得してます。

えええ!
それって究極の選択!

でももちろん私は、たとえそれがあと5分でも
先生と一緒にいられるほうを選ぶつもりでした。

聞いたら、先生は絶対に公衆の面前では
キスをしないんだそうです。『だからまちゃみに
キスするとしたらこれが最後のチャンスだよ。』
と、私を悩ませることのダメ押し。

『ジレンマだなー。』なんて言いつつもすっかり
酔っ払ってた私は先生が言ってることもあまり気にせず
さっさとフラットから出ちゃいました。それも自分から。
(今思うとなんともったいないことを。)

でも、私のフラットはフラットを出てから内階段があって
そこを下りて外玄関、という作りになってるので
廊下は電気をつけないと真っ暗になります。

それを扉を開けてから思い出したので
後ろからついてくる先生に、

『あ、真っ暗だからここで私にキスできるよー!
なんだったら強盗も出来るよー!』
と言うと先生が、

『選ぶ権利は僕にあるの?』
と聞いてきたので、

『もちろん!私とサイフ、どっちにするー?』
なんてフザけると先生は何も言わずにいきなり

階段の壁に私を押し付けてキスしてきました。

キスしてくれるって言っても私はほほに
キスされるだけだとばかり思ってたら
あっという間に先生の舌が入ってきて

その衝撃を受ける間もなくまたあっという間に
先生は体を私から離して行きました。


先生が行かなければいけない教会はうちから
歩いて5分です。ロンドンならどこでも知ってる
と豪語する先生も、私のフラットから出て一瞬
方向感覚を失ったみたいだったので、

『こっちだよ』
って言うと先生はいきなり笑い出しました。

"This way" とだけ言って私が please も何も
つけなかったので、何?もしかして今の言い方が
失礼だったから笑ってるの?と聞くと、

『失礼だし、子ども扱いしてるし、
恩着せがましい』って言いながら先生は
ものすごく笑ってます。

なんかこれって如実に私たちの
関係を象徴しているような。

私の方が実際年上なんだし、
そもそもこのフラットに住んでるのは
私なんだから私の方が道案内して当然なのに、

先生は自分の方が常に偉くて、
なんでも知ってるのは自分じゃないと
ダメだと思ってるんだろうな。

ま、実際向こうの方が偉くて
頭がいいのは本当なので私は
どうでもいいんですが。


私がいつも通る道を先生と一緒に歩いて
セント・ジョージの教会まで行きました。

セント・ジョージはここ3年くらいずっと
工事をしててこの日も当然、中には
入れませんでした。

『中に入れないね』と私が言うと、
先生は『僕はここで洗礼を受けたんだよ』
って言いました。

知らなかった。自分が毎日前を通ってた
教会で先生が洗礼を受けてたなんて。


ホワイト・チャペルに住む先生は
教会の前から出てる8番のバスで
家に帰ります。

普段は全然来ない8番のバスが
こんなときに限ってあっという間に来ました。

"Stay with me tonight. Save yourself a call."
と捨て身の私がそう言うと、先生は私を
かわいそうに思ったのか、

『電話するよ、明日の予定は?』
と聞いてきたので、

"I am wide open."

って言ったら先生は真っ赤になりました。

先生が、『まちゃみ、その言い方だと、、、』
って説明しようとしたので、『もちろん別の
意味も知ってるし私はそのつもりで言った。』

と言うと先生が私を抱きしめてくれました。


これでお別れなのに何故か涙は出ず、
8番のバスに飛び乗る先生を
歩道から呆然と見送ると

"The voice said Cry."
"He said what shall I cry?"

突然イザヤ書の一節が頭に
思い浮かびました。

泣かなければ。
でも何について泣けばいいのか。


教会の前で立ちすくむ私に、先生は
バスの2階に駆け上がったあと、
振り向いて私に手を振ってくれました。


先生が振り向いてくれた。


言葉なんかいらない。
私は先生に何も求めてなんかいない。
先生が振り向いてくれた、それだけで充分だった。

死んでもいい。このままここで死にたい。


8月30日(土) 続き

先生にやっと会えたショックと、先生と再び別れた
ショックで呆然となりながらもなんとか私は
ピカデリーラインに乗り、アラン・リックマンの
家まで辿り着きました。

でも着いたときにはもう9時になってたので
ジェロームや早口の先生は既に帰った後でした。

私が主賓なのに到着9時じゃ確かに
帰られてもしょうがないですよね。
そもそもこのパーティーの開始時間は
昼の3時なのです。

でも、レオとレオの奥さんのかよちゃん、
それに生徒会長さんは残っててくれました。
私はそれがうれしくてうれしくて、もう飲むは
打つは女は買うはの大暴れ。

そんなわけで楽しく一晩を過ごし、イーリング
駅までみんなで帰りました。

生徒会長さんも、レオとかよちゃんも
ノッティングヒルに住んでいるので、
ハマースミスで乗り換えです。

ということは私が先生たちと一緒にいられる
のはもうあとたったの一駅だけ。(といっても
イーリングーハマースミス間は10分くらい
あるんですが)

それで私が、『イギリスの交通はいつも遅れて嫌だけど、
今だけは電車がずうっと来ないといいな。大好きな
あなたたちと少しでも一緒にいたいから。』、と、珍しく
素直に言うと、生徒会長さんとレオが私を見て
にっこり笑ってくれました。

ああ、感動のお別れだわ。これが映画だったら
絶対このシーンが予告編に使われるはず。

とみんなで目を潤ませた瞬間、ゴーッという
爆音と共に電車が入ってきました。

えええ?!
そのタイミングの良さ(悪さ?)に
生徒会長さんが大爆笑。
『最高に笑えるタイミングで電車が来たね!』

きーっ。せっかくいいムードになったのに!

電車の中で、生徒会長さんにこれから
どうするのかと聞かれました。

カレシを追ってバンコクに行く、と言ったら
生徒会長さんは、えっ?まちゃみにそんな人
いたの?!日本人?と聞いてきたので、ううん、
ニュージーランド人、って言ったら生徒会長さんは
さらに驚いてました。

『アメリカ人にオーストラリア人、イギリス人に
ニュージーランド人、私があと付き合ってない
のはカナダ人だけなんだけど?』と、生徒会長
さんに言うと、(注:生徒会長さんはカナダ人)

生徒会長さんが、いや、ごめん、まちゃみ、俺は
"I am terrible in bed." なんだよ!って言うので
二人で大笑い。するとそれを横で聞いてたレオが、
まちゃみはイギリスとブラジルのハーフとは
付き合ったことある?"I am great in bed!"なんだよ
って言うので笑ったら、横のかよちゃんから
"Who is great in bed?!"とのナイス・つっこみが入り
みんなで大爆笑。あははは!

冗談はさておき、
『私は本当にあなたの授業が好きだった、
私はあなたが先生として大好きだった。』
と生徒会長さんに言うと、生徒会長さんも、

『僕もまちゃみが生徒として大好きだった。
君を教えるのは本当に楽しかったよ。』って、
言ってくれたので、最後の最後で自分の気持ちが
報われたような気がしました。そう、生徒会長さんから
私がずっと聞きたかったのはその一言だったの。

電車がハマースミスに着いて、生徒会長さんと、
レオとかよちゃんが立ち上がりました。
これでもう一生のお別れです。

でも生徒会長さんたちは、じゃあねえ!なんて
妙に明るい。『えええ?これで私と一生のお別れ
なんだよ!』って言っても、生徒会長さんたちは、
『どうせまちゃみのことだからすぐ帰って来るよー』
って、まるで明日も会えるみたいに大笑いしながら
帰って行きました。

そっそんな。もう一生帰ってこないつもりなのに。

先生たちが帰って、やっと一人になりました。
他に誰も乗っていない車両の中では、今までの
賑やかさが逆に際立って、その静けさが一人
残された私には一層こたえました。

なんで私は日本に帰ろうなんて思ったんだろう。
生徒会長さん、レオ、かよちゃん、ヴィヴィアン、
アンドレア、クリスチャン、アラン・リックマン、
会えなかったけど、早口の先生、ジェローム。
私にはこんなにも私に優しくしてくれる人たちが
いたのに、どうして自分は孤独だなんて
思ったんだろう?

自分が放りだしてしまったものの大きさに私は
やっと気が付いて、電車の中で号泣してしまいました。


8月31日(日)

私の人生の中で、きっとこれから何度も
想い返すであろう長い長い一日が
終わりました。

朝起きて、翌日の今でも夢のよう。
やっと大好きなイギリスの先生に会えたのに、
会えた気がしない。

その後カランの先生たちと会ったのも、全部、
こっちに来てずっとさみしかった私の作った
悲しい想像のような気がする。


窓辺には先生が吸ったたばこの吸殻が
残ってるけど、これももしかしたら
私が吸ったのかも、、、。

今すぐ日本に帰りたい。

先生が座ったソファも先生が寝転んでたベッドも
部屋にあるもの全てが先生を思い出させて
私は息が出来ない。ここにある全てのものが
先生がいないという事実を見せ付けるから
もうここにはいられない。

それで先生が土曜日のル・モンドの編集をしている
と言ってたことを思い出し、ル・モンドを買いに
行くことにしました。

私の住むホルボンではほとんどのニュース
エージェントに海外の新聞が置いてあります。
日曜日はル・モンドの発行がないので今日も
土曜版を売っているはず。

が、探してみるとロンドンで売ってるル・モンドには
土曜日の付録、先生が編集している英語版が
ついてないということがわかりました

考えてみればル・モンドの英語のサプリメントは
そもそもフランスに住むイングリッシュ・
スピーカーのために付いてるので、英語圏で、
いくらでも英字新聞が読めるイギリスにわざわざ
ル・モンド編集の英字新聞を付ける必要は
ないんですよね。

でも売ってるル・モンド自体は全くフランスで
売られてるものと一緒だったので、どこかに
サプリメントも一緒に売ってるところはないかと
ブルームスベリー中を探し回りました。

イギリスでは日曜はたいていのお店は閉まってます。
人けの無い街を、あるのかないのかわからない
新聞を求めていつまでもふらふらとさまよい歩き

歩いてるうち、ずっと先生に言おうと思ってたのに、
話し忘れたことを次々と思いだして、
でも自分は
もう二度と先生に会えないんだという事実も
じわじわと心の中に染み入って氾濫し、
そこに大きな穴が開きました。


結局、先生から電話はかかってこなかった。
今頃先生は私にキスしたことを後悔しているんだろう、、、。