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恋する留学日記(10) 9月1日(月) 学校は先週で終わってしまったので 今日は朝から乗馬しに行ってきました。 この日はものすごく天気が良くて、黄色くなった 銀杏の並木道を馬で走り抜けたら風でザザザ ーっと葉っぱが舞って、そのあまりの美しさに 喪失感で胸がつぶれそうだった私の心も 少しだけ元気になりました。 何があっても絶対にへこたれないのが 私のいいところ。生きてさえいれば先生にも いつかきっと会えるはず。 フラットに帰るとポーランド人の彼女がいる 先生から電話がかかってきました。 まちゃみが日本に帰る前に一度会いたいから 明日一緒にお酒を飲みに行こう、とのお誘い。 あんまり日記には出てきてませんが、 実はこのポーランド人の彼女がいる先生は 私の大のお気に入りの先生でした。 全然カッコよくないし、英語の教え方も 特に上手いというわけではないけれど、 とにかく優しくて、私は毎日学校でこの人と 話すのがほんとに楽しみだったのです。 なのでもちろん大喜びでOKしました。 9月2日(火) この日の朝、洗い物をしているときに私は 心臓発作を起こしてしまいました。 私がロンドンにいられるのはあと1週間。 ロンドンにいても英語の勉強にならない、 そう思って帰ることにしたけど、じゃあ、 日本に帰って英語が上手くなって それでどうするの? 日本に帰って英語が上手くなっても そこに私が英語で話したい人はいない。 だって私が英語で話したい人はここにいるんだから。 ああ、私は何で日本に帰ろうなんて 思ったんだろう、こんな気持ちで日本に なんて帰れない、ロンドンから離れたくない。 キッチンから泡だらけの手のままベッドルームに 倒れこんで大声で泣いてしまいました。 まるで心臓を誰かに掴まれてるよう。息が出来ない。 帰りたくない。帰りたくない。 帰るまであと1週間。 7ヶ月で帰るなんていくらなんでも短すぎる。 やっぱり英語のためにもここに残るべきだ。 今ならまだ予定を変えられる。 電子レンジもテレビも売るのをキャンセルして 大家さんにやっぱり残ることに決めたって言おう。 そう思い詰めてアラン・リックマンに 電話しました。『私、ロンドンに残りたい。』 するとアラン・リックマンは、『まちゃみが ロンドンに残ってくれたら僕はうれしいけど、 これから寒くなるロンドンの冬は最悪だよ、 寒いし、真っ暗だし、僕にお金があったら 違う国に絶対行ってるね。』って言いました。 『でもクリスマスのロンドンが観たいの。』 クリスマスの時期のロンドン。 自分で無意識にそう言って、記憶が突然甦りました。 私がロンドンに残りたいのは、英語のためだとか、 留学を中途半端にさせないためだとか、ずっと ごちゃごちゃ言ってたけど、そうじゃなくてほんとは 大好きなイギリスの先生がそう言ったからなんだ。 土曜日のパブで、先生が私にいつ帰るのか 聞いてきて、私が9月10日だって言ったとき、 先生が、『残念だね、クリスマスの時期の ロンドンが一番きれいなのにね。』って言ったから 私はクリスマスのロンドンが観たいんだ。 アラン・リックマンは優しくて、たぶんロンドンで 一番私のことを気にかけてくれてる人だと 思うけど、彼には絶対に私の考え方は理解 できないし、私は彼の考え方が好きじゃない。 だって私はどんなに寒くてもロンドンは 素敵だと思うから。 夕方になって、ポーランド人の彼女がいる 先生とポエトリー・カフェに行きました。 ポエトリー・カフェは、コベント・ガーデンにある 私がよく行く詩人が集まるカフェで、毎週火曜は そこで各自、自作の詩を読むことができます。 私は以前からこのポーランド人の彼女がいる 先生の詩を読ませてもらっていて、それが なかなかいいので、ポエトリー・カフェで発表 しなよ、ってずっと勧めていたのですが、 今日は取りあえず下見ということで、聞くだけで 何もせず歩いてすぐの私のフラットで飲み 直すことにしました。 ワインを二本買って二人で豪快に飲みました。 ポーランド人の彼女がいる先生は、観光ビザで 滞在している彼女の分の生活費も面倒を見ている のでお金がありません。それで、 『少ない予算であっという間に酔っ払う方法!』 ということで、先生からお酒を飲んだ後すぐベッドに 倒れこむ、ってワザを教えてもらいました。 ベッドの端に立って、ドーンと倒れこむと お酒があっという間に頭に回って少ない 酒量でたくさん飲んだように酔えるのです。 で、二人で大笑いしながら何度もベッドに 倒れこみました。あははー、結構これ楽しいわ。 でも私が何度か目にベッドに仰向けに倒れこんだら、 覆いかぶさるように先生が私の上にドーン!と 倒れこんできました。 あ、これってちょっとやばいかも? 先生が上になって私を抱いています。 しかもベッドの上で。 でも人の身体の重みって気持ちいいなあ。 安心する。 しばらく何も言わずに抱き合っていると、 先生が私にキスしてくれました。 髪に顔に唇にとてもとても優しいキス。 『俺はまちゃみが好きな男がそんなにいい 男だとは絶対に思わないし、その程度の 男ならこの世にいくらでもいるんだから もうその男のことはあきらめろ。』 ポーランド人の彼女がいる先生はそう 言いながら私に何度もキスしてきました。 私はこのポーランド人の彼女がいる先生が 大好きで、先生も私のことを友達として 大切に思ってくれてる。 お互い他に好きな人がいるけれど、その気持ちを 伝えるのはやっぱり言葉ではなくキスなんだ。 先生は好きな人に冷たくされて傷ついてる私を 慰めようとしてくれてる。ともだちの私が心配だから。 好きという気持ちを言葉以外のことで表すのは こんなに自然なことだったのね。 どうして私は土曜日、大好きなイギリスの 先生と寝なかったんだろう。好きなら そういうことをして当然だったのに。 悔やんでもあの土曜日は戻ってこないし、 先生はここにはいない。 このまま先生に優しくキスされてたら 大好きなイギリスの先生のことも忘れられるかな そんなことを考えながら先生のキスに こたえていたら突然、先生の携帯電話が鳴りました。 先生の帰りが遅いので心配した彼女からの 電話です。思わず我に帰る二人。 ポーランド人の彼女がいる先生は確かに彼女と 同棲してるけど、でも結婚してるわけじゃないし、 でもこんな風に電話がかかってくるとまるで私が 不倫してるみたい。それで私が、 "I feel like having an affair." というと、先生は、 "Do you feel like having an affair with me? Or do you feel you are having an affair right now?" って聞いてきました。 あちゃー、私、いつもこの間違いやっちゃう んですよね。すいません、後者の方です。 そう言うと、先生はちょっとがっかりしてました。 9月3日(水) 今日は大好きなイギリスの先生と歩いた 土曜日の道のりを逆戻りでたどって来ました。 携帯電話の埋め場所を決めるためです。 月曜日に電子レンジを売ることに決めたあと 私はいきなりさびしくなりました。 レイトンまで苦労して買いに行った電子レンジも ベル・リビングの優しいお兄さんが届けてくれた 炊飯器も、ゆか坊さんが薦めてくれた水切り ラックも、これでもうみんなもらわれていってしまう。 ハビタで買ったストールも大好きだった。 変圧器は一度壊したのに優しいインパキ の店員さんがタダで交換してくれた。 食器となべはアラン・リックマンとアルゴスに 買いに行って、その日大喜びで二人で 料理を作ったんだった。 全てのものにこんなにも思い出が つまってるのに、私はそれを全部捨てて 日本に帰らなければならない。 コバチ先生からの素敵なメールも 携帯を売ったら誰かに消されてしまう。 買う人にとってはただの中古の携帯でも、 私にとってはいろんな思い出がつまった 大事な携帯なのに。 そう思ったら涙が出てきて止まらず、私は ベッドに突っ伏して泣きじゃくってしまいました。 でも泣いている間に、そういえば大好きなイギリスの 先生に、『大事なものを捨てられないなら埋めろ。』 って言われたことを思い出し、せめて携帯だけでも、 St Dunstan の教会に埋めることにしたのです。 お花が埋まってるようなところは柔らかいから 埋めやすいけど、再び掘り起こされる可能性も高い から避けて、どこかに良さそうなところはないかと 探したらありました。帰る直前に埋めにまた戻って来よう。 これは私にとっての喪の仕事。 9月4日(木) 今日は私がロンドン滞在中にできる最後の乗馬です。 いつもどおりステイブルに行くと、厩舎のみんなが オハヨウ、まちゃみ、元気?まちゃみ、なんて いろいろ声をかけてきてくれました。 さすがに半年通っただけあって気が付いたら こんなにも知り合いが増えてました。 一度フラットに戻って、ポーランド人の彼女が いる先生と一緒にコベント・ガーデンの セブン・ダイアルズでランチを食べました。 この日はとても天気が良くて、カフェ・ネロの サンドイッチを二人で食べながら、映画の話を したり、美術の話をしたり。 先生に、もうすぐ帰る気分はどう? と聞かれたので、 『3ヶ月前、自殺したかった自分が雇った 暗殺者に、幸せを見つけた今になって 付狙われてる気分だよ。』って言ったら 大笑いしてました。 9月5日(金) 『やっぱり帰ろう』、いや、『やっぱり帰りたくない』、 が一日置きにやってきます。ちなみに今日は 『やっぱり帰りたくない』の日で一日中泣きっぱなし。 心臓が止まりそうなくらい。 でも結局あれから大好きなイギリスの先生 からは一度も連絡はないし、たとえこのまま 私が1ヶ月滞在を延ばしたとしてもその間に 先生から連絡が来なかったら残る意味がない。 でもきっと私と先生のことだから、私が日本に 帰った途端、ロンドンに帰ってきたから会おう、 って先生から連絡が来るんだろうな。そのときの 私の衝撃が今から目に見えるようだ、、、。 9月6日(土) ここ数日、私はずっとセント・ジョージ・パリッシュ 教会に通い詰めでした。大好きなイギリスの 先生がここで洗礼を受けたというので、私は どうしても中が観たいのですが、いつ行っても 教会は工事中で中に入れないのです。 土曜の今日ならさすがに入れるかと思ったのに 今日もやっぱり扉は閉まったままで、工事の人が 中を覗き込む私を不審そうに見ています。 もし明日も入れなかったら、『大好きな人が ここで洗礼を受けたんです!一目でいいから 教会の中を見せて下さい!』って建設作業員の 人に頼もう。(←私、お得意の泣き落とし。) 先週の日曜以来、私はインターナショナルの ニュースエージェントを見つけるたびに大好きな イギリスの先生が編集しているル・モンドの サプリメントが入ってないかチェックしていたの ですが、相変わらずどこにもありません。 それで今日は一縷の望みをかけてフランス人が 多く住む、サウスケンジントンの図書館に サプリメントが置いてないか聞きに行ってみました。 最初に行ったチェルシーの図書館では置いてなく でもそこの図書館司書に、セントラルの図書館になら あるかも、という情報を聞き、行き方を教えてもらって その図書館に行ってみました。 でもそこの図書館に行ってみると、なんと先月 一杯でル・モンドの購読は中止になり、アーカイブ として残していたCD−ROMもまとめて破棄したと いうことが発覚! えええーっ! 先月一杯?そっそんなバカな! たった1週間の差でル・モンドが読めないなんて! それもただ購読を中止するのならまだわかるけど、 たいして場所も取らないCD−ROMのアーカイブを わざわざ破棄するのは何故?! 運命が私にル・モンドを読ませないように してるとしか思えない、、、。 そんな、そんな、、、。 でもここで諦めたらもう一生、先生が編集した ル・モンドは読めません。だって来月には先生は ロンドンに帰って来てしまうから先生が携わった ル・モンドを読めるのは今だけなのです。 それで司書の人に、なんとかル・モンドを読む 方法はないかと聞いてみたら、新しいル・モンドは もう取ってないけれど、バック・ナンバーの分なら まだ焼却前のが残っているから自分で倉庫で 探して読むんだったら勝手に読んでいいわよ、 とのこと。 やったー!それで充分です! というわけで念願かなって先生が編集した ル・モンドのサプリメントが読めました。 9月7日(日) いろいろ調べた結果、セント・ジョージは 日曜日の10時半と水曜の1時半なら中に 入れることがわかって早速この日行ってきました。 水曜には私はもう日本に帰らなければならない から、中に入るのは今日がラスト・チャンス。 良かった、間に合って。 何度も通ってやっとついに中に入れるんだ って思ったら私は思わず感激してすぐには 中には入れず、ちょっと外でうるうるしてたら、 教会の前の通りすがりの人に話しかけられて、 どうしたの?って聞かれました。 『実は私の大好きな人がここで洗礼を受けた と聞いて、私はどうしても中が見たくなって 何度も通ってたのにずっと工事中で入れなくて、 それでついに今日、私が日本に帰る3日前に なってやっと中に入れるんだと思ったら 感激しちゃって、、、』って説明したら 逆にその人が、 『すごい!その人のために日本からやって きたの!』って感激してしまい、で、なおかつ この人は実は通りすがりの人じゃなくて、 この教会の熱心な信者さんだったものだから、 『この子はこの教会を見るために日本から やって来たんだよ!』(←ちょっと誤解されてる) って神父さんに紹介されてしまい、ほかの信者さん からも大歓迎を受けて、あれよあれよといううちに、 一緒にミサに出席することになって最終的には パンとぶどう酒まで頂いちゃいました。 で、実際入ってみた教会はウェッジウッドの ジャスパー風のブルーとホワイトの内装で、 とってもきれい。 26年前、この教会で、赤ちゃんだった先生が ご両親と洗礼を受けてるところを想像する。 先生は私のことを振り回すひどい人だけど、 先生に会ってなかったら自分がここまで 英語がしゃべれるようになってたとは思わないし、 きっと『失楽園』も『リバイアサン』も読んでなかった。 先生のことがなかったら、私が図書館の倉庫で ほこりにまみれてル・モンドを読むこともなかった だろうし、ロンドンのカソリック教会でぶどう酒を 飲むこともきっとなかったはず。先生に会えて 本当に良かった。 9月8日(月) 天気がいいのに朝からそうじ。 なんたって日本にいたときは2年に一度は 引っ越していた引越し魔の私、退室時の掃除は おまかせ!入居したときよりもピカピカになってます。 夕方、ロンドン大学に私費留学してるおじさんに アイロンと食器となべセットを売りました。 このおじさんは公衆衛生を研究するために ロンドンに来たものの、とにかくロンドンの 物価の高さにまいっているんだそうです。 でも以前、モザンビーク(!)のNGOで働いていた ときにフラットシェアをして、フラットメイトのアメリカ人に 苦労させられたから今回は絶対に一人暮らし! ということでなんと今はケンティシュ・タウンの週 125ポンドのフラットに住んでいるんだそうです。 ケンティッシュタウンなんかに月10万円! 久々に自分が日本に帰ろうと思った理由を 思い出しました。で、おじさんとしばしロンドンの 物価の高さの愚痴を言い合い、申し訳ないと 思いつつ自分が日本に帰る幸せを実感しました。 おじさんは来て10日でもう日本に帰りたい んだそう。そうだよねー。日本が一番だよ。 で、同情した私は余った日本食をおじさんに 全て寄付。しょう油もお米も梅干しも全ておじさんに 持って帰ってもらいました。 で、それから近所の豪華ホテル、私が前から 泊まってみたかった1泊5万円するルネッサンス・ チャンセリー・コートに移動しました。今日から 3日間、日本に帰るまでホテル暮らしです。 9月9日(火) 朝イチで起きて、ホテルから歩いて2分の フラットに戻ってお掃除パート2。 3時にはこのフラットを引き払わなくちゃ いけないから大変。大慌てで掃除して、日本に送る 小包40キロを2度にわけて郵便局に持ってったら、 郵便局の人たちに、すごい!君は力持ちだ!って 拍手してもらいました。20キロの荷物を結局 5回にわけて運びもすればそりゃ顔見知りにも なるってものですね。 フラットに戻って鍵を返してデポジットを返してもらう。 『鍵は持ってくけどまちゃみが残りたかったら しばらく一人でフラットに残っててもいいよ。』 と、大家さん。 夏時間のピークも過ぎて、3時半ともなると既に日差しも 翳ってきます。荷物が全てなくなったフラットで、 しばらく想い出に浸りたい気もしたけど、 でもこれから銀行に行って住所変更をお願いして、 ホテルに戻ってお風呂に入って、インターネット・ カフェでメールをチェックして、5時になったら ポーランド人の彼女がいる先生に会いに 行かなくちゃいけないからそんな時間は ありません!感傷に浸る間もなく大慌てで 愛するフラットともさようなら。 ところが銀行に行ったら1時間も待たされ しょうがなくお風呂とメール・チェックは断念。 でも今日は忙しくて朝から何にも食べてなかったから 先生と会う前になんか食べとかないと。 で、しょうがないので銀行で順番待ちの列に 並びながらさっき買っておいたプレタ・マンジェの オール・デイ・ブレックファースト(ベーコンと スクランブル・エッグとトマトとカイワレが入っている、 幅が4センチもある特大サンドイッチ←激うま)を 食べるという暴挙に出る私。ロンドンに来て一つ 言えることは私が確実に行儀が悪くなったということだな。 で、大慌てで銀行の用事を済まし、学校に行ってみると そこになんとなく見覚えのある女の子が。 あ!ポーランド人の彼女がいる先生の 彼女のシルヴィアだ!(←ややこしい) 会ったことはないけど写真で見てたので 顔だけは知ってました。 で、話しかけるとやっぱり本人で、今日は先生が 家にジャケットを忘れた出たので夜寒くなると いけないから、約束したわけでもないのにわざわざ 持って来たんだそう。優しー。 ほんとだったら今日は私と先生の二人で飲みに 行く予定で、前回のこともあるし、私はもしかして そういうことになっちゃってもおかしくないなー、 という予感がしてました。 でも、女の直感が働いたのか、そもそも幸せに なる人は、こういう危機を回避できる運命にあるのか、 結局そのまま3人で飲みに行くことになり、先生と 私は無事、過ちを冒すことなく終わりました。 よかった、よかった。 ポエトリー・カフェに再び行って 今日は先生が自分の詩を読みました。 するとカフェの人たちから大拍手。 その場にいた人たちがみんな先生に 駆け寄ってきて口々に先生の詩を褒め称えます。 自分の詩を自主発行をしてる人は先生に自分と 一緒に書いてみないかなんてスカウトするし、 近所でジャズカフェをやってる人は自分の店に ぜひ来てくれって連絡先を聞いてくるし、すごーい! 思った以上の反響に、興奮して3人で私のホテル まで戻り夜中の2時まで飲み明かしたのでした。 ところで、初めて会ったシルヴィアは 私の想像とは違ってちょっと意外な人でした。 マユコちゃんからシルヴィアは先生にとっても お似合いの人だよーってのを聞いてたので シルヴィアも先生みたいにアーティストっぽい 人なのかなーと思ってたら、実は彼女はとっても 地に足がついた人で、 たばこはやめて、とか、ともだちに笑われる ようなことはもうしないで、とか色々先生に頼んで 飲んでる間、何度も先生と口論してました。 でもシルヴィアくらい英語が上手いと、(ほぼ ネイティブって言ってもいいくらい)もう ポーランド人と付き合ってるというよりは、 イギリスの女の人と付き合ってるのと一緒だろう から、そうなると彼女そのものが好きでないと やってられないだろうなあって思いました。 変な話、私はいろいろ国際カップルを見てきた けど、たいてい日本人の彼女はあんまり英語が 上手くなくて、でもみんなラブラブで、それで私は 『結局愛に言葉なんて必要ないのねー』、なんて 思ってたけど、でも私はそれでも好きな人のことは ちゃんと理解したかったから一生懸命英語の 勉強をしてて、 でも実際、シルヴィアみたいに英語が完璧に なった人を見ちゃうと、英語が拙い日本人の彼女や 日本人妻を持ちたくなる人の気持ちがわかるような 気もしてきました。 シルヴィア本人の性格ももちろんあるだろうけど、 言葉がわかるだけに絶対言い負かされないし、 隠そうとしても自分の本心は言葉じりですぐばれるし、 それって恐ろしいことですよね。 言葉が多少不自由だと、お互い理解しあおうと かえって努力するだろうし、ちょっとくらいの言い 間違えは愛嬌で済んじゃうわけで。 私の元彼に似てる先生の奥さんなんて、 びっくりするほど英語が話せないのですが、 それでも先生はめちゃくちゃ幸せそうだし、 奥さんのこと愛してます。 こうなってみると、私の英語はどうなんだろう? 私もそろそろ英語じゃなくて私本人の中身が 問われてる気がする。 でも逆にコバチ先生が私を誘ってきたのは 私の英語がまあまあ理解できるから。 コバチ先生は言葉が出来ない人と付き合うタイプ ではないから、きっと学校に私より英語の上手い 日本人がいたらきっとその人を誘っていたに 違いない、、、。 私が英語がしゃべれても、英語がしゃべれ なくても、俺はまちゃみのことが好きだって 言ってくれる人はどこかにいないのかな、、、。 9月10日(水) とうとう私のロンドン生活も今日でおしまいです。 今日のロンドンは、最後に一番ロンドンらしいところを まちゃみに見せてあげるよってまるでロンドンが言ってる みたいにしとしと雨が降ってます。きれい。 8時10分発のエアバスは、ラッセル・スクウェア、 ユーストン、マーブル・アーチを通って ベイズ・ウォーターロードを走っていきます。 この半年、毎週飽きずに乗馬に通った道。 枯葉で覆われたハイド・パークはすっかり秋色。 7ヶ月で終わっちゃった留学だけど、ケンブリッジ英検に 2つ合格して、乗馬とアーチェリーとフェンシングが 出来るようになったんだから悪くないかな。 ノッティング・ヒル・ゲートにさようなら。 シェパーズ・ブッシュもさようなら。 ハマースミス、アクトン・タウン、さようならさようなら。 ロクに知らない人をロンドンまで追いかけて来て、 何度も東京とロンドンを往復して、いろんな人と出会って、 やっとわかったことは、私は先生が心から好きだということ。 いつかまた大好きなイギリスの先生に会えることが 出来たら、『私はあなたが好きだ』って正直に言うんだ。 この留学で私が得られたものはきっとこの素直な気持ち。 13時発のヴァージン・アトランティックに乗り込んで そんなことを考えながらぼんやり外を眺めていると、 隣にジャン・マルク・バール似の超かっこいい お兄さんが乗ってきました。 お兄さんは席に着くなり私に話しかけてきて、 "Let me guess, you are going to Japan, right?" お兄さんはブリストルに住むポルトガル人で、 なんと英独仏西ポの5ヶ国語がしゃべれるんだそう。 私が持ってる朝日新聞を読んで、Is that so? なんて言ってる。でもお兄さん、上下がさかさまだよ。 私がオレンジ・ジュースを飲んでいたら、 『まちゃみもシャンペン飲みなよ、僕がおごるから!』 これって、ビジネスクラスに乗る人たちお決まりの おやじギャグなんですが、(言われる度にむかつく私) でも今回はお兄さんがかわいいので笑ってあげる。 お兄さんは、なんとおととい突然思い立って、 今日の日本行きの飛行機に飛び乗ったんだそう。 『日本に行くのは初めてなんだ、スポーツ、文化、 芸術、日本について僕に何でも教えてよ! え?渋谷に住んでるの?案内してくれる?明日ヒマ?』 ってキラキラした眼で私を見つめてくる。 この人は7ヶ月前の私。 私も7ヶ月前、こんな希望に満ち溢れた眼をして 飛行機に乗ってたんだろうな。 3ヵ月後、私はどこに住んでるんだろう? コバチ先生の住むバンコクかもしれないし、 ロンドンかもしれないし、ニューヨーク?東京? ひょっとするとジャン・マルク・バールを追いかけて ポルトガルに行っているのかも。 ジャン・マルク・バールにおそばの食べ方を 教えたり、日本の礼儀作法を教えてるうち、 飛行機はあっという間に着陸体制に入って 眼下に日本が見えてきました。 『君の国は素敵なところなんだろうね』 隣のジャン・マルク・バールが言ってきました。 そうね、日本は素敵なところよ。 家族がいて、ともだちがいて、私を愛してくれる ひとたちがいる。わざわざ言葉にしなくても 私の気持ちをわかってくれる人たち。 ジャン・マルク・バールと再会を約束して両親の 住む東京の家に帰り、早速メールをチェックすると 大好きなイギリスの先生からメールが来てました。 ロンドンを出発する1週間前私は先生に 『どんなに遠い国でも街へでも、あなたがいるなら 私はそこに行く。それがたとえ恐ろしい道になる としても私は行く。』 ってメールを出していました。 その返事が私が日本に到着した当日に 届いたのです。先生がメールを出した時間を 見ると私の飛行機が出発してすぐ。わざわざ 私の出発時間に合わせてメールを書いてくれたのかな。 わくわくしながらメールを開けるとそこには一言、 『君と僕が会うことは、もう二度とない。 暗闇の中で自分さえも見つけられないのに どこに君を見つける希望がある? 僕たちは終わった。』 "we will never see one another again" 、、、、。 私がロンドンでじたばたしないよう、 確実に私がロンドンを離れてから こんなメールを出してくるなんて。 残酷な人。 私の旅は始まったときには既に終わっていたのね。 ロンドン、ニュージーランド、東京、パリ、マドリッド。 何度もすれ違った後にようやく巡り会って、 やっと自分の気持ちに気がついたのに 私が先生に会うことはもう二度とない。 先生の顔も、声も、あと私に出来るのは 忘れていくことだけ。 先生のことを忘れる? そのうち先生の名前さえも思い出せなくなり、 タワーヒルでたたずんでた先生を見て心臓が 止まるくらい感動したことも忘れてしまうんだろう。 そんなのは耐えられなかった。 荷ほどきも済んでないかばんから 思わずパスポートを取り出す。 ロンドンに行かなければ。 フランスに行って先生に会ってそんなのは イヤだって言わなければ。 ずっと追いかけたいだけなんだと思ってた。 手に入らないから欲しいだけだと。 先生に一度でも会えれば気が済むと思ってた。 でも14ヶ月ぶりに先生に会って私は 心から先生が好きだと気がついてしまった。 コンピューターの前で立ちつくす。 音もなく涙が流れ落ちる。 先生を探し続けた私の旅が まさかこんな形で終わるなんて思いもしなかった。 まさかこんな風に終わるなんて、、、。 "faith is one thing; blind faith quite another. " 先生は私が先生という幻想に恋してるだけだと思ってる。 違う。 私は先生が先生である限り先生が好きなのだ。 オックスフォードに行ってなくても、髪が金色 じゃなくても、先生が先生である限り。 先生が暗闇の中で私を見つけられないのなら 私が先生を見つけてあげたかった。 先生とならどんな暗闇の中だって 私は歩いて行けたのに。 I gave you your chance. In fact, I gave it to you a number of times. I offered you a way out, the only one I could think of. You could have fucked me there and then, Saturday night. The church would have waited whereas I do not. 優しい人。 忘れさせるために私を抱いてくれようと したなんて。 先生はこう言えば私があきらめると思ってる。 でも私には先生を忘れることなんてできない。 私には出口なんてない。 live your life Masami and thank the gods of probability and chance that you have one to waste on the likes on me. 去年の夏、雨の中ジョン・ソーン博物館まで車を 走らせたことも言ってない。ル・モンドのサプリメントを いかに苦労して読んだかってこともまだ話してない。 先生に話したいことがたくさんあるのに 私が先生に会うことはもう二度とない。 やっと自分の気持ちに気づいたのに。 まだ先生に『あなたが好きだ』とも言っていないのに。 |
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