音楽配信サービスの現状と課題についてのメモ

 itunes Music Storeの成功をうけて、合法サービスとして生まれ変わったNapster2.0などが米国で登場し、日本でも2004年を目処にこのような音楽配信サービスが登場する予定です。 >

 そこで今回は、今まででの合法的な音楽配信サービスのこれまでの経緯と今後の課題を考えてみたいと思います。

 まず、今までのオンライン配信がどのような経緯をたどったか見てみましょう。Napster(と違法ファイル交換ソフト)の登場で、あわてたRIAAと5大レーベルは連合を組み「MusicNet」(1)と「Pressplay」(2)というサービスを開始しました。

 これらのサービスは、5大レーベルが持っている豊富な楽曲と一定料金で音楽が聞き放題になる「定額料金」を武器にサービスを開始しましたが、なかなかユーザには受け入れられませんでした。

 なぜならば、これらのサービスは規制された使い勝手の悪いサービスだったからです。確かにパソコンでは聞き放題かもしれませんが、これらの音楽をCDやipodのようなデジタル音楽プレーヤに移すことはできませんでした。つまり、これらのサービスは音楽を買うと言うよりも、有料で試聴するためのサービスだったといえるでしょう。

 一方のNapsterの後継であるKaZaAやWinMXは、合法ではないものの自由にダウンロードした音楽を自由にCDやデジタル音楽プレーヤに移動できます。「有料で使い勝手の悪いサービス」と「無料で使い勝手の良いサービス」ユーザがどちらを選ぶかは考えるまでもないと思います。そのため、このようなファイル交換サービスが無くならない限り有料でのコンテンツ配信は難しいと考えられていました。

 しかし、2003年4月に「事件」が起きました。AppleのCEO、Steve Jobsが音楽配信サービス「iTunes Music Store」を発表したのです。(3)このサービスは瞬く間に人気を集め、サービスが開始されてから1週間で100万曲のダウンロード、(4)17日で200万曲のダウンロードを達成し、(5)9月には1000万曲のダウンード、そして12月には2500万曲のダウンロードを達成しました。(6)

 iTunes Music Storeがこれほど人気があるのは以下の3つの理由があると考えられています。1つ目はダウンロードできる音楽ファイルの制限が非常に少ないことです。iTunes Music Storeでは、購入した楽曲は3台のコンピュータにコピーできるほか、Apple社のシリコンオーディオプレーヤ「iPod」への転送さらにCD-R/RWへの書き込みが無制限となっています。

 2つ目は1曲あたりの価格がCDなどに比べて非常に安いということです。iTunes Music Storeは1曲99セントで購入できます。この価格はレコード店で、販売されているCDと比べると非常に安いといえるでしょう。

 3つめは合法であることです。提供されるサービスが合法なのは当然のことと感じるかもしれませんが、これらのサービスの最大のライバルである違法ファイル交換には無い強みです。すばらしいことに、どれだけiTunes Music Storeを利用してもRIAAに訴えられることはありません(笑)。また、ファイル交換では不完全なデータやウィルスが流通されたり、ダウンロードに時間がかかったり、ダウンロードした曲のデータが壊れている場合もありますが、iTunes Music Storeではそのような心配はあまりありません。(7)このようにiTunes Music Storeは不完全な試聴サービスから数多くの制限を取り払うことに成功しました。

 また、iTunes Music Storeの成功を見て、数多くの企業が音楽配信サービスに参入しました。まずは、iTunes Music Storeよりも安い79セントという価格で参入した「BuyMusic.com」が、次にRealNetworks傘下のRhapsodyが、さらにDellとタッグを組んだMusicmatchがサービスを発表し、Microsoft、ソニー、Amazonなども音楽サービスに参入するという報道もあります。(8)このような状況でP2Pファイル交換ソフトの草分け的存在のNapsterも復活しました。Roxio社はNapsterを買収し、合法的なサービスを提供しています。 (9)

 iTunes Music StoreやNapster2.0のようなサービスの料金は、CDを買うより安く、CD-Rやシリコンオーディオプレーヤに移動できます。CCCDのように、高い料金を出してもシリコンオーディオプレーヤに移動できない物よりもずっと使い勝手が良いものになるでしょう。

 ただし、これらのサービスにはちょっとした問題が出てくるかもしれません。 まず、日本ではこのようなサービスが開始されるかは、なかなか微妙なところがあります。国内の著作権問題や各レーベルがレーベルの枠を越えて音楽配信ができるかまだわからないからです。NapsterやiTunes Music Storeは、来年(2004年)を目処にサービスを行いとしていますが、これらの問題が解決されないと音楽配信サービスの実現は難しいと思います。 (9)

 もう一つの問題は、これらのサービスで配信される音楽データや著作権技術は、各サービス独自なものが採用されるケースが出てくることです。楽曲を購入したパソコンでしかその楽曲を聴かない場合は、それでも良いと思いますが、購入した楽曲データは現在では、ipodなどのシリコンオーディオプレーヤやネット家電で再生するケースも今後も出てくると思います。 (10)

 実際にiTunes Music Storeのビジネスモデルは、iTunes Music Store単体というよりも、Apple社のipodの販促ツールとしての意味合いが強いようです。Appleの上級副社長フィル・シラー氏は、iTunes Music Storeは黒字に近づいているものの、まだ赤字の状態であることを明らかにした。同社は、このサービスが長期的に多額の利益を生み出す可能性を持っているとは考えていないと語っていますし(11)現在のデジタル音楽ダウンロードの価格の約3分の2は、レコード会社やその他の著作権保有者に支払われており、楽曲ストア自体の利幅は薄いかマイナスだという指摘もあります(12)

 このように、現状ではiTunes Music Storeのような音楽配信サービスはシリコンオーディオプレーヤの販売が重要になっています。(13)そして、このことが今後問題を引き起こすことになるかもしれません。例えば、Apple社のiTunes Music Storeで購入した音楽データは、Apple社のipodでしか再生できません。現在の音楽配信サービスはほとんど利益にならず、デジタル音楽プレーヤの利益が大きいのですから、iTunes Music Storeで購入した楽曲を他社のデジタル音楽プレーヤで聴かれては利益が少なくなってしまうからでしょう。

 まだ、iTunes Music Storeのような音楽配信サービスは普及していないが、音楽配信サービスによって音楽データの形式が異なったり、デジタル音楽プレーヤに転送できなくなるかもしれません。そうなれば、ある音楽配信サービスで音楽データを大量に購入した場合、その音楽配信サービスや音楽プレーヤから他のサービスに乗り換えるのが難しくなるでしょう。

 また、現在では音楽配信サービスはとそれほど普及していませんが、これらのサービスが普及した時に、ある一社の音楽フォーマットが「公平な競争な結果、圧倒的なシェアを取った」場合、その音楽フォーマットが足かせとなり、ユーザが自由にサービスを選べなくなったり、オンライン上で自分の作品の公開が難しくなる場合があるからです。

 なぜならば、その会社のテジタル音楽プレーヤがその会社のフォーマットや、DRM技術で守られた音楽データしか再生できなくなった場合、インディーズ系のミュージシャンが発表する音楽データは、その会社のデジタル音楽プレーヤやその会社が提供する音楽ソフトでは再生できなくなる可能性があるからです。

 今のところ、音楽配信サービスはインディーズミュージシャンと協調しようとしています。例えばAppleは、iTunes Music Storeで音楽を販売したいミュージシャン、独立系レーベルを対象にしたKnowledge Base文書を公開しているし(14)CEOのSteve Jobsが「レコード会社の扱いに不満を抱いているアーティストがたくさんいて、彼等とどう対話していくのかに興味をもっている」という趣旨のコメントを発表しています。(15)  ただし現在の他の音楽配信サービスが独立系のミュージシャンとの関係をどのようにしていくのか、まだわからない点があります。  このように、音楽配信サービスは非常に大きな可能性があると同時に、これから考えていく必要のあるいくつかの問題があります。仮にオープンではないフォーマットが主流になった場合、ある特定の集団が強い権限を持つ可能性が出てきます。これらの事に注意しながら次世代の音楽を楽しんでいく必要があるでしょう。


(1)MusicNetはRealNetworks社が音楽配信サービス。当初はTime Warner,Bertelsmann,EMIの3社が楽曲を提供していたが、その後5大レーベルの全てが提供することになった。サービス開始時はコンテンツ配信にP2P技術(Napsterのような非合法なファイル交換ではない)を採用をして話題になった。また、2003年5月にはサービスを立ち上げたRealNetworksが離脱している。

RealNetworksと大手レーベル3社が「MusicNet」で合意
レーベル主導の音楽ファイル交換サービス,合法でも搾取?
RealNetworks、MusicNetからRHAPSODYに乗り換え

(2)Pressplayは、Vivendi UniversalとSony Music Entertainmentの合併事業として立ち上がった「Duet」というサービスが名称変更したもの。当初は、2社だけの事業だったが、MusicNetと同様に5大レーベル全ての楽曲を配信するようになった。その後、PressplayはNapsterを買収したRoxio社に買収された。
Sony MusicとVivendi,オンライン音楽事業で合弁

大手レーベル、オンライン音楽配信契約拡大


Napster復活に向けて、RoxioがPressPlay買収

(3)Apple、1曲99セントのネット音楽販売店とiPod新モデル発表

(4)米Apple、iTunes Music Storeでの販売曲数が100万件を突破

(5)iTunes Music Storeが開始16日で200万曲を販売

(6)「『iTunes Music Store』のダウンロード数が2500万曲を突破」,米Apple

(7)iTunes Music Storeを発表した時にSteve Jobs氏はKaZaAなどのファイル交換と自社のiTunes Music Storeを比較して「(KaZaAなどのファイル交換では)1時間かけて、せいぜい4曲ぐらいしか手に入れられないのが現状だ。iTunes Music Storeでは4曲が4ドル以下。4ドル分の楽曲を手に入れるために1時間を費やしていたら、最低賃金以下で働いているようなものだ」と述べている
米Apple音楽製品発表会(2) --- WindowsにもiTunes登場の予感

(8) iTunes Music Storeに限らず、様々な企業が音楽配信サービスを計画している。

とうとう動き出した米マイクロソフト-音楽ダウンロードサービスを検討

米RealNetworksの新たな有料音楽配信サービス,「1曲79セントでCD保存が可能」

Amazon、店舗拡大へ。オンライン音楽サービスも?


MusicMatchとDell、音楽配信サービス立ち上げへ

 

(9) 「ライバルはいない」:ナップスター、2004年に日本上陸へ

米アップル、「2004年に日本で音楽配信」――CEOが表明

(10)このような問題を回避するためにコンテンツの「ファイル」ではなく、再生する「権利」を流通するなどの動きがある。
ファイルではなく権利を流通--新団体からコンテンツ課金の新機軸

(11)Apple、Windows版iTunesに「トロイの木馬」効果を期待

(12)音楽ダウンロードの“適正価格”とは?

(13)ただしNapsterは音楽配信単体で確実に利益をあげられるとしている。
 またDellはシリコンオーディオプレーヤは自分たちで販売し、連携する音楽サービスは他社のものを使うというところもある。
Dell、iPod対抗の音楽プレーヤー発表

(14)ミュージシャンがiTunes Music Storeで音楽を販売するには

(15)ミュージックストアの次は

 

 

03/12/28

作成 横田真俊

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