見たこともないのに、どこか懐かしいものを感じさせる優しい情景と、たわいない出来事が
つむぎあげていく不可思議な世界。このセンスが作者の持ち味なんでしょうが、もう心地よくて
気に入っています。
書かれている変化や人のほんとうの気持ちはある意味シビアなんですが、それを包むものや
主人公の純粋さが作品を柔らかくしているように思います。登場する高校生のさわやかさがまた、
「いるわけないじゃん」とか思いつつも、仲間に入りたいくらいに羨ましい楽しげな感じでした。
無人島に持っていく一冊。いや、私的すぎですか。
穏やかで知的な、超能力者の一族「常野」のひとたちをさまざまなかたちでつづった短編集なんですが、
この「常野」、という設定。能力者の能力の表現の仕方、能力者であることの辛さや喜び……の描き方。
それ自体が穏やかで、知的です。とても上品で織物ならば細かく織目の整った柔らかく、色鮮やかな
織物とたとえたい。長編の物語が背景にあるそうで、それゆえの壮大さを小出し小出しに見せられてて、
それも心憎いばかり、贅沢なやりかただとも思えます。
結論が見えていない話がいくつかあります。それのエンドをつけられるとそれはそれできっと
終わってしまったな、という寂しさが出てくるとは思うんですが、今のままではよくできた予告編状態
っぽいんで、早く続きが読みたいです、やっぱり。
人が消える壁だけの「迷路」のような建物。なぜ消えるのか? という命題が
わかりやすくミステリアスで、興味を惹かれて思わずすぐに読みきってしまっ
たけど…なんか勿体ないことをしたというか。じっくり読んだらもうちょっと、
違う感じだったかなあと。
(以下ネタバレで隠し)
結局もとからあったものに手を加えて地下基地を
作った、けれどそこには確かに常識とはかけ離れたなにかがあった、という
その「不思議なもの」をあくまでちゃんと残してあるところ、その描写について
はとてもらしいな、と思う。けど地下基地って……選択肢はそれくらいしかない
のだろうけれど。なんか一応は腑におちるのが悔しい。全部嘘でした、演技してました、
っていうパターンが個人的に嫌いなだけかもしれない。
プロセスはすごくひきこまれます。それぞれの章でジャンルを変えてみたと作者の言ってるとおり、
安楽椅子探偵やホラーっぽい描写など雰囲気を微妙に変えた場面があり、それが建物とそれを取り巻く風景をより盛り立ててる効果を出していると思いました。
四人の少年たちが、表面的にはそう問題なく仲良さげでそれぞれ上手くやって
いるように見えるけれど、実際は複雑な過去や秘密を持っている。その
微妙なバランスが本当にギリギリで、思いがけず不意に露見すれば
方向性のないエネルギーになってしまう。
そしてそれをみんなが知ってわかることで、すべて霧散するわけではないけれど、
確実になにか変化していく。
そんな過程が、上手く描かれていたな、と思いました。雰囲気づくりの上手さと、
こういう世界なのだという設定の確かさが土台としてなによりできてるから、
すんなりと受け止められ、どこにもないだろうと思う一方、懐かしさすらも感じられる。
とはいえ、あとがきにもあったけど、ひとりの少年の過去だけちょっと過酷すぎの
ように思えましたが。
得体の知れないなにかが侵入してくるさまの描写が上手い。静かで、どこと
なく知性すらも感じられるような侵略で、読んだときそのときのぱっとした印象ではな
く、何気ない文章のなかでじわりと浮きあがってくるようだった。
穏やかな侵略だから、なかなかだれも気づかない。気づいても、反抗を続けることが
難しい。気づいて相談する相手が本当のそのヒト自身であるとも限らない。
そういうある意味地味なのに、実態はすさまじく恐ろしい異質のモノの存在を感じさせられた。
最後の嫌な具合の後を引く終わらせ方も、作者らしくなく珍しく思えた。話としてはそれなりに
面白かったけれど作者の作品としては違う風味のが個人的には好きだ。
すれ違いを繰り返す男女の、ラブストーリー。
ほんのひととき出会っては別れる、その切ないくり返しの輪廻にとらわれてしまった
ふたつの魂のさまざまなかたちを、どちらかといえば淡々とした印象の文章で描いています。
魂がひかれ合っている、というのが前提で、そこにはなんの理由も根拠もなく、その魂を
生まれもった人たちですらとにかく会えるのがただ無上の喜びだという。それはとても
ロマンティックで、その切ないけれど甘い邂逅はSFというよりファンタジックな印象でした。
文章があっさりしてるから(セリフはわりに甘甘なんだけど)かどうか、または作者の作風か、
このすれ違いのくり返しという書き手によってはめちゃくちゃに情熱的になりえる素材も、
青春の若若しさというか、そういう爽やかなものを感じた。だから甘いなあと、いろいろな
意味で思いました。
苦節一年、と作者の言葉にありましたが、たった一年しか経ってないのか、という気持ちと
もう一年経ったのか、っていう気持ちが相反してます。とにかくも、完結、めでたいことです。
久しぶりに集まった「元」家族。実はさまざまな問題を抱えていた彼らに、突然の災難が襲い掛かり、
子供たちふたりと両親は離れ離れになってしまう。……というあたりが1巻あたりのあらすじなんですが、
これ以降の展開が、ハリウッド冒険ものバリな大活劇(大げさかも)、当然千々に乱れるそれぞれの
心情の移り変わり、成長ぶりも織り込めながら、といった感じで、なかなかに起伏に富んでいて
「楽しい」物語になっていたと思います。一冊あたりは薄いんですが、そのなかでの娯楽性(登場人物
は死活問題なんでそう言いきってしまうとあれですが)はとても濃かったです。
そうして、今月出た6巻にて終幕となったわけですが、正道な終わり方で、さっぱりとしていて
読後感は良かったです。これでもか、と追い討ちをかけてくるような危機の連発は、さすがになぜか
コミカルなものを感じてしまいましたが。すいません。
ただ、ちょっと食い足りないところがあるなあ、というのはそのあまりにあっさりとした終わり方の
せいかもしれないです。最初のあたりであれほどドロドロと描いていた関係のもやもやが、
冒険を経て得た成長によってすらっとクリアされてしまったのが、
ちょっとあっけないかなと思わなくもなかったです。あと、悪役がだれもいない、からだとはっきりは
いえませんが、全体的に軽く読めてしまって、
社会的なテーマを扱ってるわりに、こう重く響くところが少ない、と思いました。
けれど、良い意味で現代的で、さわやかな子供たちが可愛くかっこよく、好感が持てて読めました。
彼らが長いジャングルや地下の生活で、泣き言を言いながらも成長していくさまは、小気味良かった
です。
たった一晩、たった一人にしか貸してはいけないという、作者不詳の「三月は深き紅の淵を」をいう
本を巡る、ミステリー。…と、聞いていたので、作中で存在するそういうタイトルの本についての
話なんだろうな、と漠然と思っていたのですが、違いました。そういう説明でも間違ってはいない
ような気はしますが、もっと広範囲な意味で、そういうタイトルの本のありかたすらをいろいろな形
で描いた話、だったと思います。なんだか説明のしにくい、不思議な感覚を抱いた話になりました。
このタイトルじたいが、けっこうイメージをいろいろと喚起させるような、深いタイトルだと思います。
タイトルを聞いたとき、どういう話を想像するだろうか。あるいは、創造するだろうか。それは種々
あるだろうし、それぞれ個人によると思います。それの可能性をいくつか示された、ような感じ
とでも言いますか。とりあえず、本、それ自体が主役であり、絶対的な中心的なモノです。それに
翻弄される人間たちの模様を描いたような。私はそういう感覚を抱いたんですが、…どうなんでしょう、
一般的なものではないかもしれない。
本好き、という方には読んでもらいたいな、と思える一冊です。たった一冊の本、それは片手で持てる存在、
それなのに実は果てしない空間を持っているという、そういうことを感じられるのではないかなとか
思いました。
一億二千万ほど人はいるけれど、はっと気づいたら驚くくらいに狭い輪の中に知らずに
いることがある。隣り合ってるだれかは、直接はぜんぜん知らない人だけれど、実は今
親しく喋っている人間の、友達の友達だったりなんかする。それは、きっと一生知ることは
なくて、どこか遠くですべてを見渡してるなにかだけが楽しめる大掛かりなゲーム。
そして、この話はそんなすべてを見渡せる「なにか」にちょっとだけなれる、ヒトとヒトの
絡まりあいの奇妙さおかしさをちりばめた、スピード感のある話です。本当に坂を転がるように
どんどんとなにかがなにかに連鎖していって、それは加速がつくばかり。生命保険会社の
ノルマ達成への死闘、チャイドルの舞台裏、過激派に元刑事、風になるピザ配達屋のバイク、
こじれるしつらえられた三角関係、野外推理合戦、などなどと、クセのありまくりなそれぞれの
マテリアルが楽しい。今までの恩田作品とはぜんぜん違うけれど、それでいてやっぱり恩田さんだ
からこう面白い、とも思わされました。ただ、ラストにもうひとつ起伏があったり、それぞれの人間関係が
もうちょっと絡んだら、もっと良かったなと思います。
学生時代の仲間だった四人、彰彦、利枝子、蒔生、節子は、久しぶりに集ってY島への旅行に出かけることになる。「美しい謎」をそれぞれ持ち寄るように、という本気かどうかわからない宿題を抱えて彼らは
集まり、そして島の深部にあるJ杉を目指す。その深く大きな森を行く旅のなかで彼らはそれぞれ過去を
遡り、謎を思い出し、互いへの複雑な感情を改めて認識する。旅の果てに、彼らはなにを見て、なにに
気づくのか……。
読み進めるうちに、それこそこの描かれる森のような密度と深さを感じさせる圧倒的な重さに
呑み込まれていって、ある意味陶酔するような感覚を抱きました。その重さは、事件の重要さとかは
あまり関係なく、ただ個々人の感情にほとんど由来するもので、そのシンプルさがかえってずんと
心に響いてくるようでした。今までの作者の作品でも見られた、女の情念の凄まじさの描きかたが
正直嫌になるくらいにリアルで、恐ろしさすらありました。これほどまでの感情を抱いたことはないけ
れど、ああわかる、という身近さがあるのが、本当心理的に怖い。
ただ、そればかりではなく、「三月は深き紅の淵を」に少しリンクするところや、いくつも重ねられている
ヴァリエーションある小さな謎たちだとか、島の風景の豊かな描きようなど、作者独特の風味がある色々なエッセンスがたくさん詰め込まれている、贅沢な作品でもあります。帯で謳っている「全てがつまった」というのはよくあるフレーズだけれど、一番シンプルにこの作品を言い得ているとも思います。他の作品を読んだ人ほど、その意味を実感できるのではないかと。
分厚さを感じさせない、ではなく、分厚さを充分に感じる、濃くて重くて、すれ違いの残るのが切なくもある話ですが、どろどろとした後味が残ることはそれほどなく、物語を読み終えたという充足を存分に得られました。派手な仕掛けや衝撃的な素材がなくても、人の感情のありようだけで、これだけ心に残る話になる
というのは、(単純な言葉で情けないんですが)すごいことなのだろうなと改めて思います。逆に、人間の
感情こそが一番答えの見つけにくい、奥深い謎に満ちた代物なのかもしれませんが。
”あたしは主人公になれない”……サヨコ伝説の残る高校で、図書室に通う少女の探していた
真実とは、を描く表題作「図書室の海」、すれ違いを繰り返す二人の少女のたどり着いた未来「
春よ、こい」、仕事をそつなくこなすOLがロッカーに隠し持つものの正体とは……「茶色の小壜」
、「麦の海の果実」の理瀬の幼年時代を描く「睡蓮」他、ジャンルさまざまな話を集めた短編集。
どの話もおとなしめというか、これはっていうような驚きのある話はそんなになかったです。けれど、全体に漂っている穏やかさ、日常のすぐ近くの話のようでそれでいてすごく遠いところの話のような、っていう独特の雰囲気は長編と変わらず感じられました。そういう感覚そのものが恩田作品でなにより好きなんで、その意味ではある程度は満足できました。
とはいっても、番外編や予告編っていう形のもあるんで、この本は恩田陸初心者向きではないです。本当にプロローグのさわりのみの「ピクニックの準備」なんて、なんかすごく好きっぽい設定なんで楽しみにしたいんですが、かたちになるのはかなり未来になるんだろうなて思うと、これって生殺し状態じゃないか……って地団駄踏みたいような気持ちになったりしました。
好きな話は「国境の南」(じわじわぼんやり怖くなってくる感じがなんとも)と、「オデュッセイア」(これも長編でぜひ見たい……あくまで穏やかで変わらない『本人』が良かった)。
……あと、この短編集を読んであらためて思ったのが、話の引き出しと創作欲を本当にたくさん持たれているんだな、ということ。そう思うと、どんな話がこれから読めるのか、自ずと楽しみになってきてしまいます。
世界に暗躍する組織が追う、ひとりの幼い少女。見た目にはごく普通の彼女は、
実父で組織の裏切者である博士からとある実験を受け、異常な能力を得ていた。
その力のために思い悩みさまざまな人々や出来事に翻弄されながら、彼女がたどりついた生きかたとは
――。
いろいろとやるせなさの残る話でした。少女が実年齢では本当に幼いから、よけいにこの設定の
残酷さがストレートに伝わってきて、中盤あたりの、この世代ではごくごく当たり前の行動に、
辛くてたまらなくなったりしました。ところどころに挟み込まれる親への心の叫びも、真っ当な正論なのに
どうしようもできないもどかしさがあって、ただ少女が哀れでした。
だからこそ、彼女がどう道を選択するのか、それを楽しみに読み進めてたのですが……あの終わり方は
正直、小首を傾げてしまいました。ああいう終わりかたは、幻想的な一面があって綺麗だったし、また確かに「救い」を感じられるものではありました。けれど、納得はできなかった。彼女はそういう方法ではなくて、人との現実的な温もりのある方法で、道を見つけて欲しかった。それがどんなものなのかといわれても、具体的に書けはしませんが、それまであんなに孤独を訴えていたのに、あれではより「高みに昇る」という別な孤独を得ただけのような気がしてなりませんでした。個人的には、そういう意味で、少し残念に感じた話でした。
近未来、汚染しつくした地球上に日本人だけが残された世界。
エリートを輩出し、国民の憧れと尊敬を集める「大東京学園」の入学試験の難関を突破したアキラは、
シゲルという少年と知り合う。そして仲良くなった彼らは、学園の過酷な現実と奇妙な実態を知りゆき
ながら学園生活を過ごしていくが、突きつけられる真実と浮かぶ疑問に、やがてある行動に出ることになり……。
作者と同世代の人にとっては懐かしい単語が頻発し詰め込まれて、細かな遊びに
満ちたこの作品、けれどものすごく重く、どろっとした読後感が私には残りました。胃にもたれるというの
に近いのかどうか。設定がまず救いようがなくまた救うつもりもなく厳然とそこにあるままで、変えようもない当たり前の事実だとされていてなんの手立てもないのが、辛い。大掛かりである意味笑えるような
授業や罰で怪我をしたり死にかけていることが、どこか空恐ろしい。懸命にあがく少年たちの非力さが悲惨。
設定やアイテムにこだわりがあってすごく濃い、中身の詰まった話だとは思うし、中盤からは引き込まれもしましたが、でも読んでいて「楽しさ」がひどく少なかったです。どんなにキャラクタがおふざけ系なネーミングや行動をしてもゲームに壮大な間抜けさがあっても、背景にあるものやその馬鹿らしさが導くものの残酷さとのギャップがありすぎて、それが自分にはちょっと合わなかった。そこを割り切って読めれば良いのかな、とは思うのですが。最後のまとめ方も……うーん、まとまっているというよりは、ものすごい力技だな、と感じました。版元やジャンルを考えても、これはある意味ものすごいどんでん返しだなあ、と。
演劇の舞台背景に使う絵を仕上げるために、夏休み、自分の家に泊まりに来ないか。上級生の香澄と芳野にそう持ちかけられた毬子は、喜んで承諾する。香澄たちは他の生徒たちとは一線を画した独特の雰囲気を持つ人物で、毬子も憧れていたのだ。そうして毬子はその川のほとりの家で過ごすことになる――その家で過去になにがあったか、すべて忘れたまま、あるいは知らぬままに。
私にとっては、ひとつの起承転結を持ったお話として、というより、文章からたちのぼってくる雰囲気を楽しんだ物語になりました。現実と重なるようで重ならない、いそうでけっしていない純粋で残酷な少女たちの言動、行動が創りあげる、陽炎のようにおぼろげな、美しい世界。その空気に浸れたという感覚を持てたことが、他の本では得がたい貴重なものに思えました。
というと話がダメだったかのようですが。提示される謎に対してはそれぞれ解答がされているし、ミステリとしての体裁は整ってるほうじゃないかなと。そうだったのか、と驚くほどの解答ではなかったですが、話の雰囲気には合ってはいました。ただその「感情」がそういう結果になったという流れはいまひとつ納得しきれなくて、「ふーん」という感じでしたが。あと、視点が一冊ごとに違うためか、少し散漫な印象も持ちました。これは慣れてないだけなのかもしれないけれど、
一冊目が毬子視点だったので、彼女が主人公じゃないのか、という戸惑いが最後まで取りきれなかったです。
1936年2月26日。のちに「二・二六事件」と呼ばれる叛乱が起きたその日、当事者である青年将校たちのなかに、複雑な理由と想いを抱いてそのときを迎えようとする人物がいた。彼らは一度、この事件を体験して死んでいたが、生き返らされてこの事件を再び同じようになぞらなくてはいけないという奇妙な使命を抱えていた。この事件を未来が「確定」して、世界を救うために――。
時を遡るという設定自体には新味はないながら、やろうとしていることそのものはわかるけれどその意味や目的がさっぱりわからないという不思議な感覚に引きずられるようにして、割合楽しめて読んでいけました。推察できる状況があまりにも突飛に思えて、なんなんだ、どういう意味なんだ、と最初のほうはそればっかり思ってました。二・二六事件についての知識は、なくても問題はないというか、かえってあったらこの扱われ方には複雑に思えるかもしれないです。設定のゲーム的な奇抜さに、実在の人物たちがいいように翻弄されているように感じたからです。多少ネタを割る言い方になるけれど……、あの結末だと余計にそう思えて仕方がないです。むなしいような、ひたすらに哀れなような……。この事件は悲劇だと知っている、ということだけでも辛いだろうに、そのうえそれがどう動かしようもないと突きつけられるというのは、どんな深い絶望なんだろうか、と考えると、読み終えてもどうにもこうにもすっきりしませんでした。
何度も挿入されるイメージを想起させる断片的な情景や、なにげない伏線とかには楽しめたし、話もさくさく進んでつまらなくはなかったんですが、そのあたりが引っかかって、私的には微妙な読後感になってしまいました。
四年前に薬物死を遂げた高名な女流小説家、重松時子の住んでいた館で彼女の命日を挟んで毎年行われる宴に集まる、五人の女たち。それぞれが時子と浅からぬ縁を持ち、事件の当日に居合わせてもいた彼女たちは、宴の日突然舞い込んできたメッセージをきっかけに、その当時のことを改めて告白しだしていき、事件は隠されていた側面を現わしていく――
いまさらいうまでもないけれど、この作者に女性の心理を描かせたらすごく上手いし、同性なのがイヤになってくるほど、やたらとリアル。だから、五人の女性が繰り出す本音と嘘がくるくる入れ替わり立ち代わり現われるこの話には底知れなく一筋縄でいかない奥深さがあって、下手な大掛かりなトリックがある話よりもよっぽど謎めいていて、ぞくっとしました。一応というか定石どおりにというか、話に仕掛けそのものはあるんですが、その印象よりもしたたかな人物たちの印象のほうがよっぽど強かったです。そして、明らかにされた事件の真相は、生きる五人の女と死んだ一人の女のさまざまな感情がひとつとして欠けることなく絡み合わなければありえなかった姿。その完成度の高さには、美しさをも感じました。読むまえに思っていたとおりに派手な展開は何もないながら、思っていた以上に、心理戦の応酬と構成の上手さにたっぷり楽しめた作品でした。
「自分が死んでも、水野理瀬が半年以上この家に住まない限り、この家を処分してはならない」――そんな奇妙な遺言を残して祖母は事故で逝った。まるでその言葉に従うようにその家に戻ってきた理瀬は、既にそこで暮らしていた叔母姉妹と共同生活を送ることになる。そして祖母の一周忌を目前とした頃、互いの疑心と思惑が表に出始める転機が訪れる――
一読して思ったのは、まぎれもなく作者らしさにあふれた話なんだけれど、ちょっと期待してたのとは違った、ということです。作中にただよう雰囲気には確かに「麦の海の果実」と同じ、純粋さと背中合わせの残酷さをあわせもった幻想的な部分を感じはしました。けれど、作品の全体的な印象としては、どちらかといえば「木曜組曲」のほうが近いように思いました。死者に囚われる人々の姿や、女性のリアルないやらしさを滲ませる展開が、似てるなあと。ついでに(ネタバレっぽくなる書きかたですが)さらに似た表現でいえば、終わりのほうの謎解きには「MAZE」で感じたあっけなさと、ラストには「劫尽童女」のような砂のように崩れていった余韻を思い出しました。
個人的に残念だったのは、理瀬というキャラクタの神秘性が薄れたように感じたことです。「麦の海」以後だから仕方がないとはいえ、少し生々しいキャラになってしまったな、と思いました。ただそういう成長をした理瀬だからこそ、雅雪との素直なやりとりがせつなく甘く感じられた、というのもあるので、これはこれで、とも思えないでもなかったです。……けれどやっぱり、「違ったなあ」というのが短くも一番素直な感想になります。
複雑な事情を抱えてひとりH市に暮らす双子の妹を東京へ連れ戻すため、神原恵弥はH市を訪れた。着いて早々に彼は思いがけない事実と直面するが、さらに彼に妹は意外な質問を投げかける。それは恵弥がH市を訪れたもうひとつの理由と関わってくることだった――
心理戦、というとニュアンスが少し異なってくるけれど、二転三転する登場人物たちの漏らす真実に、くるくる惑わされっぱなしになった話でした。話にエンドが打たれても、「ソレが結局事実なんだろうか?」という微妙な含みがあるのが、良くも悪くも作者らしく思えました。「ネタ」そのものにはちょっと大仰だなと感じたのですが、前述したとおり、登場人物たちが揃いも揃ってしたたかかつ知性派かつ腹黒い人たちばかりで、そのお互いに本心というカードをなかなか見せないやりとりにはけっこう楽しませてもらいました。前作MAZEではさして強い印象でもなかった恵弥のキャラクタも、今作ではなかなか面白かったので、また彼の話を読んでみたいと思いました。
あとどうでもいいんですが個人的に気になったのは「G稜郭」とかの伏せた地名の表記。ネタがネタだけに仕方ないのかもしれないけれど、読んでて微妙に引っかかりました。
住宅街の中に建つショッピングセンターで起きた奇妙な事件。パニックが起こり多数の死傷者を出したその事件の原因は突き止められないでいた。その関係者たちがただひたすらに問答に答えていくなかで、事件と彼ら自身の疑問と秘密が露わになっていく――
想像力を膨らませる細かいエピソードの積み重ねに時折ゾクゾクさせられながらページをめくらされて、待っていたのは、とても腑に落ちない「答え」でした。個人の嫌らしさに踏み込んだリアリティを重ねた展開で進んでいたのが、突然いかにもなフィクションめいた設定がぽんと出てきて、さらにひとつのサブエピソードに過ぎないと思っていたものが前面に出てきてさらにファンタジーな展開を持ってきて、煙に巻かれるようにジ・エンド。そういう「答え」が出てくるような展開ではなかったように思えたので、ある意味すごく意外性を感じました。肩の力がぬけるようなものでしたが……。
個人が集まることで形成される「集団の無意識」の怖ろしさ不気味さの描写は嫌になるほど的確で、面白く読ませてもらっていたので、それだけにかえって結末のつけかたが残念でした。既存の作品にもあるのだし、そういう傾向の話なんだという心構えができていれば良かったのですが。
連絡がとれなくなった異母兄弟を探すため、主人公はたったの二度しか会ったことのない彼の恋人とふたり、旅に出ることになる。彼が失踪直前まで訪れていた奈良を、彼と同じように辿る旅。その途上で、主人公は思いもよらなかった事実を知ることになる――。
事の始まりは言ってしまえばひどく地味。人ひとりが消えた、ただそれだけの謎をきっかけに始まるこの話は、けれど、幾度も驚かされる展開に満ちた、意外に起伏のある物語でした。といってもそれはあくまで人と人のつながりにおける駆け引き、感情を基にしたうえでの意外な展開なので、やっぱり作品として地味といえば地味です。けれどその登場人物たちの感情の細かな描きかたがじわりじわりと絡みつくようにあぶりだされてくる過程には、退屈させない巧さを感じました。既作品でいえば「木曜組曲」に近いかなと思います。そして、いくつもの謎を氷解させた最後の真実、そして最後の光景は、鮮やかなインパクトでした。(これから少しネタバレに近い言いかたになります)答えは既に舞台上にあったのだ、スポットライトが当たっていなかっただけなのだ、そうわかったときの喜びとも驚きともつかない、安堵の一方でさらに新たに不安を呼び起こす、そんな感覚はなかなか珍しかったです。久しぶりに恩田作品で、面白かった、そうきっぱりいえる話でした。
偶然同じ講義を取っていただけの、有名なアーティストでカリスマ的な存在感を放つ烏山響一。平凡な日常を送る捷には彼とはなんの接点もないはずだったが、些細なきっかけをもって彼と繋がりを持ち、やがてある招待を受ける。同じように彫刻家の律子も、わずかな縁から響一と関わるようになる。そして一方、気ままな「探し屋」を営む和繁は、大学生の友人が失踪したことを婚約者と名乗る女性から知る――
得体の知れないものに対する興味、好奇心、というのはえてして抗いにくいもの。気持ち悪い、もうたくさんだ、そう思いながらも、その先にあるなにかを知りたくてたまらなくなってしまう。そのなにかに、とても期待して、どきどきして、さらなる気持ち悪さを恐怖を待ち望む。そんな、底知れない好奇心を喚起させる圧倒的なイメージに満ちた話でした。現実と幻覚が微妙にリンクして描かれる光景の怖ろしさと底知れなさに何度も驚かされ、怯えさせられました。その感覚自体は好ましいものではないはずなのに、とても楽しい物語を読んでいるのとまるで同じような高揚感がずっとありました。そのギャップがとてもある意味新鮮でした。
残念なところは、最終的な着地点です。その先にあったものそれ自体はともかく、そのあとの収拾のつけかたというか、ほんのわずかなページ数で覆された物事には、置いてけぼりにされたようなあっけなさを感じました。その人が現れたところにはすごく驚き面白く思えたのですが……、えっ、それだけ?な事後の描写には、戸惑いが残るばかりでした。
遠い夏に起こった、十七人もの命を奪った毒殺事件。一人の男の遺書による自白によって解決をみたはずのその事件が、関係者たちのさまざまな証言によって蘇っていく。それぞれの語りのなかから、見えてくるものは真実なのか――。
良くも悪くも作者らしい話だったな、というのが正直な感想です。良いところはやっぱりイメージの喚起力にあふれた描写の部分です。いくつもの挿話を重ねる手法は「Q&A」でも使ってましたが、今回は焦点を当てる対象が明確だったからか、それがより幻想的に効果的になっていたように思います。まあそういう存在そのものが、「またか」ととらえられかねないくらいに作者らしすぎるものではありましたが。悪いところは話の収束のさせかたです、けれどこれはもう、こういうものだととらえるしかないのかもしれないですが。話をひとつ読むのではなく、挿話を楽しみ見え隠れする真実をこうかもしれない、ああかもしれない、と考えて楽しむという具合に読むものだと考えれば良いのかな、と。読んでるあいだの現実世界とひとつづきだけれどけっしてありえない世界にしっとりと浸れる、それはそれで貴重なものですから。