孤児である主人公が、使われていた家の仕打ちから逃れたときに出会った
ひとりの青年。その出会いから始まり、変化していく少女の生きようが、
殺人事件も絡めながらじっくりと描かれています。
全編通して貫かれる、この主人公の強固な意志の持ちようがある意味すさまじく、
圧倒されるばかりでした。正直に感じたところを書かせてもらうと、彼女は大変な意固地で、共感を持てるとは言いがたく、時折なんでそこまで、と引くところもありました。
けれどその一方、あっけないくらいに弱いところがあるんです。どうしても出自や子どもの頃の
仕打ちのために歪んでしまったところがあります。その危うさを補い、接ぎ、成長させていく青年や、
その友達たちの描写が優しい。また、風景のしっとりとした様子とたびたび挿入される童話は
幻想的で、作品世界のとげとげしさ、厳しさが緩和されてると思います。
ただ、終わりかたが少し哀しい。それこそ雪のようにひそやかで、はかないものでした。
「リンゴを買って、五分で戻ってくるわ」……そう言って、彼女は失踪した。
なんの前触れもなく、主人公の前から消えた。そして主人公はその足取りをたどり始めるが……
……といったイントロだと、私なんかは彼女に後ろ暗い過去があるとか、とんでもない事件に
巻き込まれたのだとか、そういう方向へ考えてしまうのだけれど、この小説は違いました。
人がひとり消える、というのはどういうことなのかということを、丹念にじっくりと描いた作品でした。
調べるうちにだんだんと、彼女に起こったささいな偶然や、ちょっとしたハプニング、そういったものが見えてきますが、それは
いつまでも主人公に姿を見せない理由には足らず、手がかりはなかなかつかめてこない。けれど、
それでも、主人公は彼女が「マイナス」されている日常にだんだんと慣れていく。もちろんそれで
いいのかとも思いつつも。その過程が少し切なく、同時に納得させられもしました。
極端に言えば、失踪なんて別れの挨拶があるかないかだけのものかもしれない。それのあるなしで、
ちょっと人の心に残る時間が変わるだけかもしれない、などと思いました。
文章がとても洒落た感じで、軽いユーモアも利いてて明るいテンポだし、テーマのわりにはさくっと
読めました。
「親友」と名乗る見知らぬ男から、突然に渡された預金通帳と現金、そしてフロッピーディスク。ディスクに書かれたのは奇妙な彼の「人生」。それは、18年間、違う人生をもう一度やり直した男の記録だった。
自分や親しい人たちも登場するその物語は、本当に真実なのだろうか?
そういった出だしで始まるこの話は、当然SFめいていてその設定も楽しめるけれど、
それよりも、同じ人間たちの描く「ふたつの18年間」の違った人間模様の縁の不思議さに
引き込まれるように読まされました。ほんの少しだけ、些細なことを違えるだけで、まるっきり違う方向へ行ってしまう人生のなりゆきのおかしさは、主人公にとってはある意味哀しいけれど、逆に読む側として面白くて。……こう表現するのはちょっと気が引けますが。
……どんな些細なことがなにをどう変えるのかなんて、だれにもわからない。未来を知っていても、
わかりはしない。何度繰り返したってわかることなんてないんでしょう。だからこそ、なにが起こるのか
わからないからこそ、わずかな可能性を求めて、彼はああいう行動をしたのでしょうか。
文章の巧みな作者なので、シビアな現実、甘いあるいはつらい恋愛話も上手く織り込まれてて、SFとしての大掛かりな設定での面白さだけでない、細かいところでも気の利いた話でした。
優しい気持ちになれる小説です、というとちょっとクサい印象になってしまいそうですが、そういう包み込むなにかを持ったお話なのは確かです。
……話すこと、人と接することにちょっと問題がある人たちを相手に、若い噺家が「落語教室」を
開くことになった。けれど教え子たちは不真面目なうえにそれぞれの性格が災いして
さまざまなトラブルがあるわ、教師役の噺家自身がまた悩みに陥ったりするわ。それでも
教室は続いて、やがて。
というようなストーリーラインなんですが、描かれた約一年間にいくつも積み重ねられる
エピソードがとても豊かで、しっかりとそれぞれのキャラクタの味も出せている。ユニークで
ライトな会話がリズム良く、本当に充実した内容でした。もどかしさだとかせつなさだとか、
ちょっとした感情のゆらぎの表現、言葉の選択がとてもキレイで上手いな、と思います。
自分の家や学校にも居場所がなくて、嫌いなものばかりのみのりにとって、唯一くつろげる場所はイラストレーターの叔父の家だけだ。叔父だけを支えに寡黙に日々を過ごしてきたみのりだったが、ある日授業で絵の巧い同級生の木島に自分の似顔絵を描かれてから、ほんの少しずつその毎日が変わっていく――
少しずつ、ぼんやりと、けれど確実に。そんなふうにだんだんと通っていくふたりの心情がせつなく微笑ましく、そしてクサイ言葉ながら、なんとも甘酸っぱくってたまらなかったです。そして登場人物それぞれみんなが、きっちりと自分らしさを持って生きているのがうらやましく思えました。その自分らしさはイコール長所ではなくて、それどころか問題点な一面もあるんだけれど、それらは例外なくキャラクタをリアルに引き立ててるように感じたからです。
さくさくとした文章がまた心地よかったです。不器用にのろのろと培っていく親しみや、屈折しまくった愛情、出方をうかがうような距離のとりあい、など、人と人とのやりとりの細やかな、けれどわかりやすい表現のあちこちに、さりげない巧さを感じました。
刑期を終えて出所したその日に、出迎えにきた育ての親の財布をすられ、あげくその犯人に叩きのめされた、スリを生業にしてきた男。昏倒している彼を見咎めて声を掛けた、占い師を営む、弁護士崩れのギャンブル好きの男。……彼らふたりは成り行きで共同生活を始めることになるが、それぞれのまったく違うはずの世界は微妙に重なっていき、やがてひとつの真実を明らかにしていく――
れっきとした犯罪者だったり、ふらふらギャンブルに溺れたり、自己を他人に依存してたり、特定の人のためだと見境がつかなくなったり、いろんな意味でどうしようもない歪な人ばかりが織り成すのは、なにが善だか悪だか微妙にさせられる物語。もちろん善悪、法律はきちんと存在しているのだけれど、ソレはソレとしてどこかにうっちゃって、ただ、人々のその人らしさ、それぞれの個性のありようが、眩しかったり恐ろしかったり微笑ましかったりする、そういう話でした。
話の構成そのものはわりと早くから見当がつくので、実際そういう展開になるまで若干じれったくも思えたりしましたし、最後のはっきりさせない結末のつけかたには、あやふやさを感じなかったといったら嘘になります。けれどあちこちでの人々の繋がりの描写には、作者らしい細やかさがうかがえて、素直にああ良いな、と感じられました。ただまあ、スリはやっぱり犯罪だよなアカンよな、と、あちこちで突っ込みを入れながら読んだので、若干作品に浸りきることはできませんでした……。
オリジナリティとイメージ想起力あふれる虫の描写にはうねうね系統が苦手な私には辛いものがありましたが、物語や設定の楽しさに最後まで面白く読み終わらせることができました。
SF大賞を受賞しているんですが伝統的な冒険小説のような筋立てでもあり、おかしな関西弁キャラの
味も良く、すらすらっと読めました。
こまごました風変わりなアイテムがするっと当たり前のように普通のものごとの間に挟まっているのが
うーん、職人芸、とうなってしまったところでした。
だいぶん前から惹かれて気になっていた
イラストのほんわかしたカワイイ感じとはけっこう差がある、シニカルでブラック
な話が基調で、けっこう意外でした。ひとつの正しいような意見をつきつめるとこうな
ってしまうんだというなことを、淡々と描きつづけています。
基本は絵本のような親しみを持たせる文章で、その実世界は「美しくなんかない」ことを
皮肉って描いているような。前に流行った「残酷童話」のようなテイストです。
このなかで冷静につむがれる話には、考えようによっては全然救いのなかった
り、それで放っておいていいのか、っていうような終わりかただったりするんですが、
そういう後味を悪くする印象をあまり感じさせなくするキャラクタのぽわっとしたつくりかたが
上手いと思います。イラストがそしてなにより引きたてていて、それこそ絵本のように
絵と文が一体化していると感じました。
大陸がひとつだけある世界。その大陸は中央の川によって西と東のふたつの連邦に分けられていて、
両方は幾度となく戦争を繰り返していた。
そんな世界の、大きないさかいはない時代、夏が始まるまでもう少しの季節。西側の連邦の学生ヴィルは軍人になった幼なじみの少女アリソンと再会する。ふたりは学校の寮に向かう途中、「ホラ吹き」として有名な老人と出会い、
老人は「戦争を終わらせることのできる、凄い宝」の話をする。そしてその直後、老人はふたりの目の前から
連れ去られてしまう。ふたりは追跡を開始するが……。
ライトノベルというよりは「ジュブナイル」というか、どこか懐かしく正統なノリの冒険小説でした。「
キノ」に時に露骨に散りばめられている毒がほとんどなく、もともとあっさりしている文章のおかげもあって、さくさく読めました。ただ、その「毒」があまりにもなさすぎていて、冒険モノに必要なサスペンスの
味は多少薄く感じました。ある程度の深みを持って描写される人物が皆「善」側の人間ばかりで、もう少し
いっそわかりやすいくらいに「悪」な人間が欲しかったかな、と。宝、も……まあ、作中の言葉を借りれば、「これはこれで」
良いとは思いますが意外さとか、そういうインパクトはそんななかったかな。(ややネタバレっぽいですが)そのあとラスト近くに明かされる真実は、プロローグとあわせてみると深くて綺麗な構成だと思いました。
イラストは凄く良かったです。「キノ」と同じ方なんですが、絵の印象がけっこう違ってて、さすがにしっかり上手い。本文の明るい雰囲気が出てるカラー口絵が特に良いです。
このシリーズ全体の雑感、ということである意味横暴な感想ぽくてごめんなさい。
最初の一冊は単純に性描写のあけっぴろげさとその乾いた文章に意外性を感じました。
女の人が書いた、というのは分かりましたけど(男じゃこう割り切って書けないだろう…)
普通っぽい主婦が書いたとは…という意外性がただありまして、その興味に引きずられるように、
二作目を読んだのですけど、作者の素性がどう、ていうのは吹っ飛びました。凄い、と思いました、
ただ単純に。
緑子の強さと弱さ、女であることと母であること、などというテーマ自体と、凄惨な事件の本当の
姿がつくりあげるそれこそ見尽くすことのできない「淵」を、それぞれバシッと見せつけられた気がしました。そして、悪役の弁護士とヤクザの存在感が圧倒的。現実にはとことん係わり合いにはなりたくない
、悪人そのものなんですが、あくまでフィクションだと思うと安心してかっこいい、と言えます。それだけの抜群のキャラクタ性があります。
三作目もセクシャルな側面を持ちながら、人間の深いところにある感情を相変わらず突きつけて
きています。救いようのない側面もあって重いですが、それがまたシリーズらしくもあるような。ラストの、ある二人の言い合いは壮絶で悲しいです。そして、…
助けにくる人間の、その胸の蝶のビジュアル的な美しさがとても印象深かったです。
…
とにかく陰にも陽にも情熱にあふれたシリーズだと思います。
鎌倉にある「梵貝荘」という名の奇妙な館。「魔王」とも呼ばれるその館の厳格な主が
客人たちを招いたその夜、事件は起こった。二階からしか進入できない辺鄙な造りになっている
中庭で、客のひとりが殺されたのだ。あたりに一万円札がばらまかれて……。
紛れ込んでいた名探偵が挑んだ謎は、意外な形の真相を現す。
「ハサミ男」は楽しめて、「美濃牛」はダメだった自分、殊能作品三度目となるこの話は意外と面白く、そしてするすると読めました(「黒い仏」は未読)。最初から気になる謎が提供され引き込まれましたし、二重三重に凝った構成はそれ自体が面白く、また、それぞれの章が短めに区切ってあるので読みやすくて、濃いマニアックな知識が混ざっていても本当に淡々と読み進められました。
だけれど、ラストの展開はしっかり色々ひっくり返ってて、凝りまくり。あまり詳しくは触れられないですが、そこを覆すのか、というような意外性がありました。楽しめる「騙し」というか。そして、その先に見えてくるとあるキャラがすごくカッコよかったです。そっちのキャラのお話を見たいな、とか思いました。冒頭の描写の切なさも、読み終えたあとから効いてきました。こういうのには弱いです。
連続美少女殺人事件の犯人・通称「ハサミ男」は、三番目のターゲットを定めて、地道に
彼女の周囲を探っていた。しかし準備万端整った頃に、「ハサミ男」は、誰かに殺されている彼女の死体を
発見する。その首元には、まるで自分の犯行かのように、鋭いハサミが突き刺さっていた――。
一体誰が、自分の犯行を真似たのか。「ハサミ男」は、調査を始めることになるが……。
これから書くことはある意味全部ネタバレっぽいかもしれませんので。
……私にとってこの作品で一番好きなのは「ハサミ男」たる犯人のキャラクターです。自分の興味に引っかかった人間をきわめて慎重かつ冷静に殺す。それ自体になんの後悔も執念も抱いていない。そんな、描きようによってはすごく嫌らしいキャラなのに、この作品の場合それがない。むしろどこか爽やかにも見える。どうしてかっていうと、細かく日常生活(と犯人探し)の過程が描かれていて、その中での色んなこだわりがキャラクタ性を豊かにしてるからかな、と思ったりしました。ひとつの側面ではごそっと欠落した人間なのに、違うほうではいっそユニークに見えるほどの面白い人間性があって、というギャップが良かったです。繰り返す自殺未遂すら、どこかユーモアめいて思えて、不思議な感覚がしました。
それを支えている文章がまた上手くて、さまざまな豊かな知識を細かく散りばめながら、ブラックな皮肉めいたやりとりを挟み込み、そしてなにより、思いきり騙そうとしている。素直に騙されてしまうと、かなり
爽快なのではないかなと。……負け惜しみではなくて。
猟奇殺人物特有の重々しい雰囲気とはまた違う方向性を持った、「暗い話なのに語り口がさっぱりしててどこか明るい」ふうに思えた、やっぱりそんなギャップに味があった作品でした。
四国の山の麓にある温泉街の旅館に招かれた探偵とその助手。折りしも探偵たちがその宿に
宿泊した日、近辺の寺で御神体として祀られていた『天狗の斧』が盗まれるという事件が
発生する。そしてその斧は程なくして見つかる――旅館の密室状態の一室で、宿泊客のひとりの
頭を割った凶器として――。
どこをどう話してもネタバレとか興をそぐということになりそうで、いつもにまして微妙な物言いしか
できないですが、とにかくストレートな話でした。「樒」編がああだったから、「榁」編こそ
奇想天外な仕掛けが……と思っていたら、部分部分ではさすがな趣があったりしたものの、
明るめな直球な話で、ある意味意外性がありました。どことなくこれまでの「名探偵」の出てきた
シリーズの番外編的というか、それらを読んでないと面白みが薄いだろうな、と思えます。というか、
最初からそのつもりで読んでいたらまた違うふうに思えたかもしれません。私はこれまでの長編のような
あんなこんな展開を覚悟して読みはじめたので、本当のところを言えば少し軽すぎかな……と思いました。
地の文章が上手いしさりげないユーモアなんかもあったりするので、全然つまんなくはないものの、
もっとおどろおどろしさがあって欲しかったかな、と……。これは勝手な読み手の期待にすぎないんですけれど。
ある日、眠りから目覚めた「わたし」は病院にいた。その自分にはさまざまな医学知識が記憶されていて、
外見は人間とは遠くかけ離れたものになっていた。「わたし」は「ミキ」という名前をもらい、その病院で
働くことになる。患者と触れ合い、懸命に働きつづけるうちに、「わたし」はひとつの疑問をくっきりと抱きはじめる。尋常ではない力とロボットの身体を持ちながら、人のように思考する、わたしはいったいなんなのか……だれなのだろうか―――?
「自分探し」というのは特に日常的に意識しなくてもよく使われる言葉で、小説でも普通にあるテーマだとは思います。この話はそれだけをストレートに追求して、結果きっちりとしたひとつの結末をつけているので、「400円」の短さながら、物語を読んだ、という充足感は得られました。テーマと沿っていくつかある、関わりあう患者との、外傷だったり不治だったりする立場の違いからのそれぞれ異なる「命」「自分」などのやりとりが哀しかったり、やるせなかったり。しんみりと、ああそうだな、と軽くため息をつくような感覚で思わされました。
実を言うと結末そのものにわたしはそれほどに感動できなかったんですが、エンディングはどこか幻想的な雰囲気すらする、独特な味わいがありました。(以下半ばネタバレ気味です)自分をつかむということは、きっとこれほどに安心できるものなんだろうな、と思いました。
「ファンタジーノベル大賞」ってほんと、面白い小説を探しているんだなあと、この作品自体とは
関係ないですが、しみじみとこの賞の良さを感じてしまいました。横書きでコンピュータ知識の
縦横してる内容で、どこかのいかついおじいさんあたりが露骨に嫌悪しかねないかんじでも
あるのですが。閑話休題。
けれど物語自体はそういう機械の知識なくとも(私もない)楽しめて、謎を突き止めていく過程にも
今の現実をうまく切り取ってるな、と思うところがありました。主人公の仕事や、出てくる単語や
バーチャルな物事も実際のコンピュータ世界に繋がるリアルさがあります。
ラスト近くからいわゆるファンタジーっぽい解釈というか、コンピュータという厳密に数字や規律に
縛られた世界に対しての人間のちっぽけさ、あるいははかなさが出てくるんですが、
私はちょっと考えてしまいました。だって
人生自体なんてテキストにおこしてせいぜいフロッピ一枚にも満たないのに、
その何万倍も容量のある箱を操ってる人間ってなんなんだろうな、と。ただの疑問であって、答えを見つける気力もないですが。
横書き、というスタイルもなれてしまえばそれも作品の世界づくりのひとつ、て感じではまっていました。
学生時代に辞めざるをえなかったバレーボール。プレイできなくともかかわりを持ちたくて清は恋人の助言を得て、部の顧問になるために学校の講師に就くことにする。けれど彼女はなぜか文芸部の顧問ということにされていて、その部の部員はたったのひとりだった――。
ちょっと陳腐な例えになるけれど、ふわふわと軽い綿菓子のような、そんなイメージを抱く、柔らかなお話でした。過去の事件だったり、現在進行中の恋愛話だったり、それなりに深刻な部分はあります。けれど、それらをくるみあるいは一歩前に進ませる人々やその想いがとても心地の良いものなんです。ムリヤリ説教くさいわけじゃなく、ただその人たちはその人たちらしくあるだけで、それがなにより自然体でからっとしてて、羨ましい。軽くテンポの良い文章にものせられて、なんかいいなあ、こういうのいいよなあ、とぼんやり思いつつ楽しく読むことができました。このキャラはもっと知りたい、もっとこの人たちのつながりを読みたかったな、そう感じる部分もあって物足りなさもあったのも事実ですが、それが過ぎるとこの少しぼんやりとした柔らかさがなくなってしまうようで、これはこれでいいのかな、と自分ではそう思いました。唯一ツッコみたいのはタイトルですかねー、図書室でしょう、って。どうでもいいことなんですけどね。
四十四年間を経て、閉館した五島プラネタリウム。賑やかに最後の日を終えて、片付けに勤しんでいた主人公は夜、少年と出会う。無邪気に好奇心を見せる彼に、主人公は馴染んだプラネタリウムの説明をしていたが、ふと少年は表情を変えて訊ねてきた。「時を超える方法を知らなかっただけとしたら?」時を超えて、「――だれに会いたいですか?」
……そうして主人公は闇と光に呑み込まれ、気がつけば昭和十八年の時代にタイムスリップしていた。主人公は混乱しながらも、ある「思い」を知るために行動を始める……。
最近はしし座流星群でも盛り上がってましたし、星空、宇宙に関しての興味はまだまだ強いものだと思います。それは空を仰ぐだけでそこにあってありふれているんだけれど、正体はまだとても神秘的なもの。そのギャップとか、見た目そのものの美しさとか、心を引きつけられます。そういう、純粋な興味を思い出させてもらいました。知りたいだけ、見たいだけ、覚えていたいだけ。単純なそんな思いはかけがえなくていとおしいな、と。
作者の作品は理系で理詰め、というガチガチな印象を勝手に持っていて読んだことがなかったんですが、少なくともこの話は読みやすい文章で、感情をやさしく描いてもいて、良い意味で意外でした。ラストあたりのタイムスリップのひねりなんかも、その設定がどうこうというよりもそれで生まれてくる「感情」が暖かくて
心地よかったです。しんみりいい気分にさせてくれる、プラネタリウムや星への思いを感じさせてもらえたお話でした。
大陸の東方の大国ストライフにおいて、グールから構成される兵団を指揮する少女・フェンベルク。現国王の末子にして十三歳という歳ながら、彼女は着実に戦果をあげてきていたが、とある事件をきっかけにして、彼女のそれまでのすべてが暗転し、思いもよらない状況に陥っていく――
純粋で王道なファンタジー。の、まだほんの始まりの部分、なのでしょう、主人公のフェンベルクもその周りの人々も、まだどう動くのか不明な部分が多いです。彼女の理知的なキャラクタやサブタイトルからすれば戦記物っぽくなりそうですが、それにしてもその土台の部分すらまださわりをさらっとなぞっただけといったふうで、新シリーズの幕開けというよりはその予告のように感じました。描写にしても読みやすいんですが、淡々としすぎてるかなと。
けれどつづきが出たら買う、といえるくらいには面白かったです。不明な部分に惹かれるものがあるし、キャラクタもクセがあってなかなか良い。屈折したテオが今のところ一番気になるかな。これからどう動くのか気になるし、また彼の最後のほうの台詞が一番印象が残ったということもあるので。フェンベルクの急転直下な暗転ぶりには同情したというより正直唖然としたものを感じたのですが、最後の表情(挿絵も)にはこれから始まる彼女の新しい生き方を見たいと心底思えたので、期待して早めの続刊を待ちたいです。
騎士の系譜 フェンネル大陸 偽王伝2/講談社ノベルス
国外追放とされた過去を持つ王女・フェンがたどり着いた国は、ひとりの王が長きに渡り治世している、穏やかな国だった。そこでひとりの騎士見習いの少年と知り合いになった彼女は、彼とともに出かけた場所で、王国を揺るがす計画を耳にしてしまう――
前巻が予告なら今回は第一章、といったところですが、いまだもうひとつ全体を見渡す道標のような流れを感じ取れなかったのは残念でした。とりあえずの次への行動に関わる謎それ自体がシリーズにどう関わってくるのか、読んでいてどこが話における重点なのか、わからないままさらさらっと終わってしまった、という感じでした。さまざまな登場人物や組織が出てきましたが、けっこう複雑な事情のあるものもなかにはあるのに、描写がちょっと淡白に感じて、もったいないなとも思いました。それでもなかなかに「真実」はむごく衝撃的でした……。
キャラクタに関しては好ましいキャラが多くて良い感じです。フェンのどこかとぼけたような行動や言動はおかしくてかわいらしかったですし、気丈なようで内にまだ癒えない傷を抱えた二面性の複雑さもあって、良いキャラクタになってきたんじゃないかと思います。あとは人を喰ったようなアシュレイもなかなかクセがあってこれからの登場が楽しみです。
読む前の印象といえば、センセーショナルに少年犯罪をクローズアップして、
少年たちに歩み寄ったようで実は問題の表面をすくいとって派手な装飾を施しただけの作品、
なんだろうな、ていうところでした。が、大外れ。
突飛な設定だけど、これは青春小説。四十数名の生徒たちが理不尽な状況の中で、
お互いを信じていけるか、自分はどうすればよいのか、というところがテーマのひとつなんでは
ないか、と思います。生徒ひとりひとりのそれぞれの行動が、個性を出していてて面白い。
キャラクタ設定なんて古風でアナログな性格な方が多い。現実をこの設定に置き換えて描いた
のではないのは読んだらわかる…と思うんですが。(まあ書かれた時期からしてもそうなんだけど)
でも実際残酷で凄惨だし、少年犯罪とリンクさせてしまうのはまあ当たり前かもしれない。
けどこういうのをエンタテイメントとして楽しめる余裕は、まだあると思いたい。
作者の渾身の、というのが正しいのかどうかわからないけど、
思いきり力のこもった濃い話だなとは思う。けれど、作品の根幹部分の
リオウと一彰の「友情」のあれほどの絆の強さというのがどうにもなじめず、
ホモとするのも恐れ多いくらいの想いあいがちょっとよくわかりませんでした。
精神的な双子というかそういうのっぽいのなのかなと想像はしてみたんですが、どうもしっくり
くる表現や感覚をもてませんでした。男の人ならわか……よりわからなかったりしそうですね。
作品中では15年の月日が怒涛のように流れるうえに、実際はけっこう複雑な
勢力が相対したりする話なんだけれど、情熱のこもった筆っぷりなわりには
そっちのほうの面白さをそんなに感じることができなかったのは、ちょっと惜しく思いました。まあ多分、
「友情」がしっくり受けとめられなかったのに引きずられたからでしょう。
雪村絵理は高校一年生。彼女はナイフを颯爽と扱って戦う美少女だ。
対する相手はチェーンソーを持った真っ黒づくめの大男。切っても突いても死なない、不死身の化け物だ。
そうして、「オレ」こと山本陽介は、成績下降気味の高校二年生。対決するその二人と偶然にまみえて
以来、絵理の手助けをすることになった。もっともちっとも彼女の役には立たないのだけれど、それでも、
なんとなく平穏に過ごしていた生活の中で、チェーンソー男は初めてのわかりやすい「敵」で、
それゆえに出会ったことを忘れずにはいられなかった……。
ちょっと不思議な味わいのあるタイトルどおりにというか、道具立てはファンタジックで絵空事じみているけれど、描いている中身はリアルな高校生の一面。どうしてもそのリアルさが表に出ると読みにくくなりそうなのを、チェーンソー男なんていう突飛なもので上手くくるんである話だと思いました。
めちゃくちゃ自由なようでいて、実際はしがらみだらけ。大人たちはすごく立派そうで、でも実際そうでもない。そんな、中途半端に社会が見える高校時代。その頃のどうしようもない、向かわせる先のないむしゃくしゃしたエネルギーだとか、一種のあきらめだとか、その感覚が普通に近しく思えました。
今でも、というか多分年には関係なく、「敵」、「自分を進ませてくれるなにか」の存在って、すごく必要なものだと思う。けれど、それこそ敵という言葉で表されるほど確かなものとしてしっかり存在することなんて、ほとんどない。そのことは描こうと思えばどこまでもシリアスに、悲愴に描けるのだろうけれど、この作品はあくまでライトなノリで淡々と描写していくから、嫌な後味がない。わかりやすく解決はしてはいなくても、そういうものなんだという前向きなすっぱりした割り切りが見えて、読むこちらも「現実はそれはそれとして」楽しめました。登場人物がみんなどこか笑えておかしいから、そのさっぱりしたところがさらに引き立ってると思います。
大学を中退し、無職のまま引きこもり生活を四年間つづける佐藤。このままじゃいけないと
わかってはいても、どうにもできないままずるずるやってきていた。そんな佐藤の前にある日
現われた宗教勧誘員は、日傘を差した美少女だった。
数日後、妙な再会を果たした美少女――岬は、「プロジェクトに抜擢されました」と謎の言葉を
持ち出して、とある「契約」を結ぶように佐藤に持ちかけてくる……。
前作はスピード感にあふれていたけれど、今回の話は、泥沼をずぶずぶ泳いでもがいてやっぱり
溺れて、みたいなどうしようもなさが最初から最後まで漂っていました。ダメ人間の鑑のような主人公には到底感情移入はできなかったけれど、そのどうしようもなさには笑えるところだけではなくどこか
「わかりたくはないけれど、わからなくもない」という、隠しておきたい微妙な共感もあったのも
事実です。それは、あまりにも剥き出しすぎて、醜くて、けれど自分の中にないわけではない、そういった
本能。失うものも取り繕う必要もないからこそ、あらわにできるもの。どこか主人公が最低ながらすがすがしくも思えたのは、そんなすべてをさらけ出していたところからかもしれません。
後半の展開は、前作と似通ってるとも思えましたが、単純な図式のなかに抱えるものの深刻さが
さらりと混ざり込まされてあって、思いのほか重さがありました。くどくどしく描きこまれてないから
こそ、さっと紛れ込んでいる一文を鋭く感じられた、というか。味付けはすごくライトにされてあるけれど、
描こうとしてるものに対しての姿勢はきちんとしてるな、とそういう部分で思わされました。とはいっても、
描かれてる「最低な部分」のなかにはちょっと引いてしまうところもあったりはしましたが。……なんというか、妙に生々しさがありすぎて、笑いも思わずちょっと引きつる感じでした。
来夢がいなくなったという報せを受けた耕平は、去る夏、奇妙な事件に遭遇した黄昏荘園へ
向かった。何者からかの電話でそう指示されたのだ。電車の中で出会わせた、浅からぬ縁のある亜弓らとともにその場所へ向かうが、執拗な追っ手とこの世のものではない怪物たちが、彼らの行く手を
何度も阻む――
「魔術シリーズ」、完結編。内容よりもその事実に、色々と感慨にふけってしまいました。出ないだろうとあきらめかけていただけに、この世界とキャラたちにまた出会えただけでも嬉しいです。
本編で繰り広げられる冒険は、醜い怪物やあるいは人間の悪意や欲望なんかがあらわになった人間だった化物と、あくまで純粋な耕平と来夢がお互いの絆を強みにそれに立ち向かっていくという、シンプルでスタンダードな、今までどおりの展開。悪者は悪者、という徹底した姿勢なので読後に変な後味が残ることもありません。連続する手馴れた描写のアクションシーンや、スカッとさせられる耕平や亜弓の舌戦ぶり、そして来夢と耕平の暖かな繋がり、などなど単純に楽しめる要素がたくさんあって、内容も良かったです。
これでおしまい、とされるには、余韻がちょっと少ないかな、とも思ったけれど、今作でも変わらなかったふたりはこれからも変わらないままに成長していくんだろうな、という想像はつけることができたし、このくらいで良いのかもしれません。それから、怪物だらけのうえに辛らつな描写をされる人物たちが登場するシリーズなのに、このほんわかした挿絵がとても良く似合うと感じられたことも、個人的にはちょっと不思議な感覚でした。
……まあとにかく、完結して本当にホッとしました。結局私は、それに尽きます……。
それぞれ、さまざまなことで実は悩んでいる少女たちがいる。他の人たちにはけっして
気取られないようにしていたり、本心を覗かせはしないけれど、彼女たちは真剣に
考えている。そんな彼女たちは、偶然に、あるいは必然によって、「天夢界紀行」という
地上の異世界人を描いた話の載った小冊子と、挟まれているチケットの存在を知る…。
描かれている高校生の世代でなくっても、ふいに「今いる自分でない、自分」というものを
夢想したりすることはありえることだと、思います。そうして描いた自分というのは、なんだか
とても自由に見えるし、憧れて見えたりもする。そして、実際に異世界への切符を
手に入れてしまえたら、どうするんだろう? わたしはそこまでは考えたことがないから、
わかりません。
けれど、そのあたりの葛藤などを描いた場面のリアルさや、異世界という響きの甘さなど、そういうものを
文章から自然と思い起こすことができました。または、高校生のころの、自由なようで
狭苦しい世界だったころのことなど。だからなんとなく懐かしく、ちょっと切ないような気分にも
させられました。派手さはないけれど、しっとりと、細やかなお話だと思いました。
ずっとつづけてきた野球を断念せざるを得なくなって、高校も中退した純一は
知人のアパートで猫の世話をしながら半年間大検の受験勉強をすることになる。
ところが部屋に着くと猫の姿はなく、代わりに茶色の髪をした少年がいて、彼は
自分を「猫」だと言い張った。このことを皮切りに、このアパートで奇妙なことが
連続して起こり――。
やさしいし、気持ちよい気持ちにもなれるから、確かに「癒し系」なところもある
話でした。けれど同時に、けっして無理矢理ではないんだけれども、確かに背中を押されている
ような力を感じもしました。説教くさいわけではないし、押しつけがましくもない、それでも、
前へ進まないといけないな、と思わされる甘さだけではない部分があって、そんなところが
ファンタジックな設定なのに引き締まったものを感じさせるのかなと思いました。なにげない
ほわほわとしたやりとりに不意に混じる本音や真意が鋭かったせいもあるかな。
といってもそういうのは一部分で、全体的には明るくてテンポ良く、ボケとツッコミの
ノリも良くて普通に楽しめました。様々な問題を個人的に抱えたキャラクタたちの関係も、
あっさりすっきりしてて好きです。ここぞと強く一気に結束して皆仲良くそして未来に、
みたいなわかりやすい経過では(それほど)なく、あくまでそれぞれがそれぞれ未来を見だした、という
流れになっていたのが良かったです。
全編を貫くスピード感。転がされ、転ばせ、だましてだまされて、気持ちのいいほどに
明るく馬鹿馬鹿しいこれぞエンタテイメント、ではないかと思います。
女装刑事とネコババ刑事を前半は主軸に、恐喝事件を主な力点にして展開していく
けれど後半になってくるともうしっちゃかめっちゃか。頭のいいヤツも頭の悪いヤツも、
正義も悪もまったく関係ナシに、みんな一本線がキレてて、どこかおかしくてちょっとむなしかったりして笑えます。
真面目になにかを感じ取れる話ではないです。まあ、この勢いに、ノレたもの勝ちというか。多少の無理や無茶を承知で、なんでもありじゃないかと思わされてもOKな人ならいけるんじゃないかなと思います。
映画の前勉強にと思って読んだんですけれど、まったくの別物でした。映画はそれはそれで私は楽しめましたけどね。原作とは別の意味で、メチャクチャで面白かったです。
天才と馬鹿は紙一重。面白さとくだらなさも紙一重。重く深刻なテーマである環境破壊を
防ぐさまざまな方策の成り行きも、これからの人類の行いによって、成功か失敗か、
かなり紙一重なところだと思う。さらにくどくこの言葉を使わせてもらえば、この
作品の受け止めかたも紙一重。めちゃくちゃで面白い、か、めちゃくちゃでくだらないか。
感じる印象はとても近かったりするけれど、抱く感想はけっこう個人差があるかも
しれないと思います。
環境破壊の進む地球、ブラジルのジャングルで発見された緑色の巨大なゼリー。それは
古代人の生み出した、人類の最後の希望。……と、わずかな一部の人たちだけが信じている。地球に危機が迫り、眠りつづけるその物体「オルキーディア」を現在によみがえらせるべく、世界中からさまざまな
プロフェッショナルを集めた研究を進めるが、事態は妙な方向へ転がっていく。
と、導入部はこんな展開。とはいえのっけから摩訶不思議な間違った日本趣味の大金持ち
の登場。それからも濃いキャラばかりがどんどん登場してきます。ただもう濃すぎるために、登場する人数は多いわりに区別はかなりくっきりつくので、そういった意味ではとても読みやすいです。話もシンプルで
ただ展開が妙。絶妙、ではなくただ、妙、とか思う。シュールでポップで、バカバカしくて
ぱりぱりに乾いてる。
ただ芯はしっかり通っています。どんなキャラにも、この話自体にも。荒唐無稽だけれども、それをパワーで伝えてくる、がっちりした塊があります。だからきちんとテーマは伝わってくるし、オルキーディアの美しさにも感じ入られることができました。
――この家族という名の連中から、一刻も早く自由になりたい。
通勤電車で痴漢にふけるサラリーマンの夫、スポーツジムやテレクラに精を出す妻、「頭痛い」と
たびたび学校を休む子供。きしんではいるものの、一応は平穏なその家族の日々が、妻の昔の男友達が
出所したことを機に一気に変貌しだす。電波なストーカー女や姑たちも絡んで、様相は一気に過激な
展開を迎えて……。
今まで読んだ作品どおりに、この話もかなりイった感じに突っ走ってました。ひたすら暴力と狂気がつづき、論理もなにもない猛スピードな勢いに流されて、なにがなんだかわからないうちにはっと気づけばゴール。ある意味勢いだけの話かもしれないけれど、この作者特有のこの問答無用なノリは好きです。ただこの作品は「溺れる魚」などのようなギャグっぽい雰囲気とは違ってホラーめいた怖さのほうが濃かったように思いました。自分も途中気持ち悪くなる箇所もあったり。それでも、読んだあとはなぜだか爽快感があって、そういうふうに思うことのほうに「いいのかな」とつい思ったりもしました。
余談ぽくてすいませんが。思ったんですが、狂気は、本当の自分のある側面でもあったりするだろうなと。自分のなかにあるモノなんだから当然かもしれないけれど。現実を生きていく上で必要な被っている仮面をすべて脱ぎ捨てたら、そこに残っているのはもう、狂気という言葉でしかあらわせない感情の塊だったりするかもしれない。普段つけている仮面が重くて多くて、中に包まれた人に見せないところがそういうようにいつのまにか歪んでしまっているかもしれない。だから、それが漏れないように厳重に仮面を付け直すのか、仮面を逆に緩めて外して塊の形を整えるのか。妙な事件ばっかり多いように思えるこの頃、前者に偏っているんじゃないかなあ、とか思ったりしました。結論はつまり、たまには色々と息抜きしないとダメだ、ってことで。
不祥事を起こして下町の警察へ赴任してきた井川。窃盗常習犯の男のところへ同僚の刑事と向かったが、突然発砲してきたその男に同僚は撃ち殺される。応援を呼ぼうと現場から逃げ出した井川は、逃走した犯人と出くわしてしまい、揉みあっているうちにその男を殺してしまう。焦る井川だが、男の懐からメモリーカードとプリベイド式携帯を発見し、はずみでその携帯に唯一登録されていた番号へ掛けたことで、転機が訪れる。電話に出た女はこう言った――「七時までにメモリーカードを自分に渡せば、代わりに三千万をあげます」
短く一言でいうなら、いつものノリ。生命の重さなんてものは、めちゃくちゃな勢いで転がる物語のまえにあっけなく飛ばされていってしまってます。それでも、最近のほかの作品に比べればまだ死者は少ないし、トンデモさ加減もそこそこだと思うし、どちらかというととっつきやすいほうじゃないかと思います。
けれど作者の作品を何本か読んでる自分にとっては、それが逆にちょっと物足りなさを生んでるかもしれません。言うなら、慣れてしまった、ということかも。今回はキャラクタもどこかで見たような、『そこそこ』悪い人たちばかりのようで、アクがそれほどでもなかったと思いますし。といっても、充分生理的にイヤーな描写はあるんですけれど、全体的に見ると、やっぱり薄い、というか。けれど話の疾走感というか、もたつくところのない話運びはやっぱり爽快で、スカッとするものがありました。
学園祭を間近に控えたある日の放課後、それまでの平常な日常が突然失われる。地震が起き、
学校は乗り越えられない黒い霧に阻まれて孤立するという異常な事態。そのうえ、教師が
死体で見つかった。暗緑色に変わり果てた姿で。
「とてつもない悪意」に包囲されて、さらに事件が起こり、恐怖と疑心にさいなまれていく
主人公たちは、それぞれがふととあるひとりの女生徒を思い浮かべる……。
装丁と「せつなさ」という語句に引かれて、つまり見た目で思わず買った作品なんですが、
その第一印象からそんなに外れない、しんみりとしたよくまとまった作品でした。めまぐるしく
変わる視点がそれぞれのキャラクタをちゃんと立てていて細やかだなと思ったし、迫りくる
なにものかへのひとつひとつの心の動きが上手く現せていると思いました。絢音のキャラはでも、
ほとんど強さより弱さのほうが強調されてて、魔女というほどでもないわりと普通な女子高生だったのが、ちょっと惜しいなと思う。ぱっと惹きつけてくる口絵の印象が強すぎたのかもしれませんが。
ホラー的な恐怖は、「ガシャーン」とか多用されている擬音に個人的にはどうももうひとつはまりこめなくてそれほど感じることができなかったし、ミステリ的なところはちょっと急すぎかとも思ったんですが、
最後の「オチ」が読後感良くしてくれて、好きな印象の作品になりました。その設定自体は
トンデモぽいかもしれないし、許せない人もいるだろうとは思います。でもその「答え」を知って口絵を見ると、なんというか、しみじみと良かったなあと、心から思えたりします。
彼女にフラれたおかげで、暇をもてあまして夏休みを過ごす高校一年生の瓜生。そんな中、友達からのバンドへの誘いに頷いて、メンバーとの顔合わせに行ったファストフード店で、瓜生はかつての幼なじみ五郎丸の
妹と再会する。友達やその妹の話から、かつて秀才で独善的だった五郎丸が今は「引きこもり」の状態にあることを知る。
その翌日、駅で瓜生は五郎丸と思いがけず再会するが、彼はすっかり変わり果てていて、捨て台詞を吐いて去っていく。その直後の妹との電話で、五郎丸が自殺するために家を出たことを知る。妹から
お兄ちゃんを助けて、とせがまれた瓜生は、断りきれずに五郎丸の後を追うが、彼はとんでもないトラブルに
巻き込まれていくことになる……。
ただただ走って、逃げて、追っかけていく、ほとんどそれだけの話なんですが、そのスピード感が気持ち良い
くらいに爽快でした。幼なじみをひとり追っかけているだけなのに、あっちの世界の人まで絡んできてどんどん悪い方向へ転がっていく主人公の境遇には笑えたり同情したり、「帰りたい」一心での捨て身の行動には驚かされたり。ストーリーラインはいたって単純な追跡劇(あるいは逃亡劇)なんだけれど、主人公にはそんな一寸先は闇か光かっていう瀬戸際が何度もあってスリルがあり、とても楽しめました。ラストのほうの「対決」には、どこか子供っぽい意地の張り合いのような側面を感じて、青春だなあ良いなあ爽やかだなあ、とか思ったりしました。命を賭けたギリギリした緊張感の漂ってる場面だというのに、裏腹に(すいません)。
追っかけられる方、あるいは事件の元凶の五郎丸のほうの事情は、彼自身ではあるていどカタはついてはいるようですが、解決というところまではいかず、まだ問題は残ってるようで。ラストのシーンもなんだか意味深だし。……そこのところが少し消化不良といえばそうなんですが、続編を考えてのことならアリかなあとは思います。