祭りのあと






泥門との試合が終わって、俺達は部室に戻っていた。
プロテクターやメットとかを、一年の部員だけで片付ける事にしたからだ。
大荷物を運ぶ皆は黙々と動くだけで、誰もあんまり喋らない。
俺も、まだあんま元気ねえんだけど。


学校が貸し切ってくれたバスから、バケツリレーみたいにして作業してた。
俺は最後から2番目、部室の前。
手前の大西が荷物を渡しながら告げた。
「もうこれが最後だってさ。」
「ん」
受け取って、運ぼうとして振り返る。
「んじゃあさ、俺、これ片して中も掃除して鍵掛けとくわ。皆に先に帰っていーよっつってて。」
「でもそれじゃ…」
「いーよ、どーせ朝も俺がいつも開けてっから持って帰るし。」
「…そう?じゃあ…言っておくよ。」
「おー」
大西はちょっと躊躇ってから返事して、部室の方を見た。
「筧先生に…いや、何でもない。」
言い掛けたのをやめて、大西はバスの方へ走って行った。
部室にはまだ筧が残って、中の整理をしてる。



「よっと!」
荷物を抱え直して、部室へ駆け出す。
「かけいーっ!」
「?!」
勢い良く扉を開けると、筧が酷く驚いた顔をしてた。
薄暗い部屋で、微かに光るものを見付けて、慌てて中に入る。
「泣いてんの、筧?!!」
「なっ泣いてなんかねーよ!」
さっきまで荷物の受け渡しは背中越しばっかだったから全然気付かなかった。
駆け寄って顔を覗き込もうとしたら、あのアイシールドを止めまくったブロックで押し返された。
それでも食い付いて何とか顔を見ようともがく。
「ばっ…!やーめろって!水町!!」
「だって、筧、顔見してくんねーじゃん!!」
その時、揉み合って伸ばした手が筧の頬を掠めた。
濡れてる。
「ほら!やっぱ泣いてたんじゃん!!」
「……」
涙の粒が付いた指を差し出して詰め寄ったら、筧は観念したように項垂れて顔を背けた。
「なんだよーさっきまで涼しー顔してたくせにー」
「うっせえ、俺は後からくる方なんだ!」
怒鳴って返した顔は、目と鼻が真っ赤になっていた。
「試合場ではそんなでもなかったけどよ…あの、TVとかボードとか見てたら…小判鮫さんらと昨日みたいに使う事はもうねえんだなって思っ…っ…」
そこまで言ったら、筧の目からぽろりと涙が零れた。
それを見たら、手が勝手に動いてた。
筧の頭を引っ掴んで引き降ろすと、無理やり胸に抱え込む。
そしてぎゅうぎゅう力の限り抱き締める。
「何してんだ?!」
くぐもった筧の声が怒ってるけど、構わずもっと力を込める。
「筧、泣いていーよ。俺が慰めるから。」
離れようと暴れてた筧がぴたりと大人しくなった。
「何言ってんだ…お前こそ試合の後大泣きしてたじゃねーか」
「うん、おかげですっきりした。」
試合が終わって、負けたと解ったら泣きに泣いた。
自分でもあんな泣けるなんて不思議だったけど、涙は全然止まらなくって声を出していつまでも泣いた。
「あんなに泣いたのなんてガキの頃でもなかったんだけどなー…水泳部ん時だって涙なんか出なかったのにさ。」
思い返せば、それなりに辛かった事だって沢山あった。
なのに、あんな風に泣いたのははじめてだった。
「じゃあ、なんで今日に限ってあんな泣いたんだよ?」
「うん…よく解んねけど、俺さ」
そこまで言って、筧が不自然な格好で苦しそうにしてるのに気付く。
慌てて離して肩を掴んで起こしてやった。
「ごめん」
「いいから、それで?」
「ん…俺、アメフト部に入ってすっげ楽しかったのな。生まれてから今までで一番楽しかった。それって小判鮫先輩達のお陰もあんだなあって思うワケよ」
「ああ」
「なのにもう、先輩達とは一緒にアメフト出来ねーし…クリスマス・ボウルにだって…連れてってやれなかった」
喋ってるうちに、試合の後感じた、あのつんと鼻の奥が痛むような感覚が襲う。
さすがにもう、涙は出なかったけど。
「くやしーのとかなしーのと…俺、こんなにアメフトや先輩達のこと好きだったんだなあって想いと、そんなふーに思えるんだって嬉しいのと…なんかこー色々ごちゃ混ぜで滅茶苦茶泣けちったよ。」
ズっと鼻を啜った俺を、複雑な顔をして筧は見てる。
「上手く言えねーけど…でも、筧もおんなじなんじゃねーの?」
そう訊いたら。
軽く目を開いて、溜息を吐いて。
小さく笑った。
と、思ったら、見る間にその顔は歪んでまた涙が溢れてきた。
あの筧が、子供みたいに鼻水まで出してくしゃくしゃになって泣いている。
でもそんな筧も可愛くって綺麗だなあと思ってぼんやり見てると、いきなりゲンコを食らった。
「でっ?!な、何?!!」
「何じゃねーだろ、慰めるんじゃなかったのかよ?!」
「ンハっ!そーでした!!」
でもどーやって慰めればいいのかさっぱり解らなくって、どうしようもなくてまた筧を抱き寄せる。
震えてる頭を腕で包んで、恐る恐る撫でてみる。
「…っ」
しばらくされるままだった筧は、腕を背中に回して思い切りTシャツを引っ張ると顔を肩に強く押し付けて来た。
途切れ途切れに洩れる泣き声と、まだ強く引っ張ったままの手。
俺はもう居ても立ってもいられなくなって、必死になって抱き返して。
頬を合わせて擦りつけたり、キスをしたり。
唇で涙を拭っては筧の名を呼んだり。
上手く出来てる自信はなかったけれど、筧が泣きやむまではずっと抱き締めていた。



もうすっかり暗くなった部室で。
やっと泣き止んだ筧が胸を押して離れていった。
随分長い時間抱いていたのに、まだ名残惜しいような気がする。
「その…すまねえな。酷い醜態見せちまって…」
暗くて顔が見えないけど、なんとなくどんな顔してんのかは解る。
「いーよ、俺だってそのしゅーたいってやつ晒しちまったし。お互いさまってやつ?」
わざと明るく言ったら、筧がほっとしたのが伝わってきた。
よかった。
見えねえけど、きっと笑ってる。
「んじゃ、さっさと帰ってまた明日の朝練のために早く寝なきゃな〜」
「先輩達いねえけど…まだ朝練続けんのか?」
「あったり前だろ?!そりゃ先輩達とはクリスマス・ボウル行けなかったけどよー」
向こうからも見えないだろーけど、会心の笑顔を送りながら告げる。
「筧とのてっぺんいくって約束は、まだ果たしてねーもんな!来年こそ行こうぜ、クリスマス・ボウル!!」
「…ああ!」
そしてやっぱり見えなかったけど。
きっと、筧も。
見えてたら見惚れて蕩けそうになるような。
そんな笑顔で答えてくれたに違いないんだ。
なあ、そうだろ?







メインへ TOPへ