まだ、風に掻き消されるような。






「水町、お前、『伝説のスイマー』とか言われてたんだってな。」



ざあ、と風の啼くフィールドで。
筧は水町を振り返って言った。

放課後部活の休憩時間。
スポーツドリンクのペットボトルを銜えたまま、水町はにっこりと笑う。

「あ?ナニナニ?この俺様のカレーな過去バナを聞きたいワケ?!」
そう、自分で大袈裟に茶化して言う水町から。
筧は少し目を逸らせて遠くまで続く空の青を見た。
「…凄かったんだってな。色んな高校からもスカウト来てたって。」
「そーそー、期待の新人てヤツだったのよ。」
「今でも隙をみては泳いでやがるし。」
「うん。泳ぐのちょー好きー」



まだ水の冷たいであろう時からでさえ。
何かに付け、水町は服を脱ぎ捨てては水に入る。
まるで、そこが。
本当の棲家だというように。


だから、いつも思うのだ。



「…だったら…また、水泳に戻ったりとか…」
「戻ってほしーの?」
筧の台詞に、水町がすかさず問い返す。
その表情は、口調に似つかわしくないような神妙さを持っている。
「いや、俺は…」
少し強い風が吹いて。
メットから開放された髪を好き放題に荒らしていって。
筧は一旦、口を噤んだ。


思ってしまう。
本当は、ここに居たいのではなくて。
元居た場所に戻りたいのではないのかと。


まだ、水町はどこか探るようにしてその応えを待っている。
筧はその表情につられるようにして、少し硬い面持ちで呟いた。
「出来れば、このまま一緒にアメフトやれたらって思ってる。」
「っ、そっか!んじゃあ、そーする。」
言った途端。
水町がぱっと明るく笑った。
そして。
簡単に、筧の呈した未来を受け入れる。
「…ておい、いいのか?そんなんで。」
「いんじゃね?」
「そうか?」
「そーそー」
もっと、将来の事とか、本当に自分のやりたい事とかを真剣に考えた方がいい、とか。
ぶつぶつ言う筧に、水町は笑った。
とても、満足そうに。



笑う、水町のその後ろに広がる空から。
一際強いのが吹き降ろした。
その風に紛れて、水町の言葉が。


「理由はどーあれ、筧が一緒にって言ってくれんなら…」


「何?水町、良く聞こえね…」
また、強い風が。
筧の言葉をも攫っていく。
聞こえたのか聞こえなかったのか。
それにはただ、水町は笑って返しただけだった。
そのすぐあと。
遠くから先輩の休憩終わりの声が切れ切れに届く。
上手い具合に『この話はもうここで終わりだ』と告げられるかのように。
「まあ、いいか…」



水町の本心はどうであれ。
一緒にアメフトを続けていく、とそう思ってくれるのなら有難い。
自分も嬉しい。



「…?嬉しい??」
ふと、脳裏に浮かんだ感情に筧は首を傾げた。
水町も首を傾げる。
「ん?」
「っ、いや、何でも。」
「ふうん?」
一瞬慌てた筧だったが、水町にヘンな顔をされて直ぐにいつもの澄ました顔に戻る。
「じゃ、もういっちょう、張り切りますかあー!」
そう言って、水町が持っていたペットボトルをその辺に放り投げたのを合図に。
二人は練習にと持ち場へと歩き出した。



その二人の背を押すかのように。
また、強い風が吹いていた。








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現時点で水町が水泳からアメフトに変更した理由は不明。
なので、まあ、妄想による捏造で。
まあ、捏造なんて言えるほどの事は書いてないですが。
2004.11.13