旅の途中。
路銀稼ぎのための仕事の出先で、雨に打たれた。
もう息も白く凍る季節。
雨、とゆうよりみぞれに近かった。
急速に体温が奪われていく。
滞在している宿屋に駆け込んだ時には、手足の感覚は殆どなかった。
「あーーーっ!寒ぃ!!」
ビクトールが部屋に入るなり、備え付けの浴室の扉を開く。
すぐにシャワーの水音が響いてきた。
「フリック?何やってんだ?お前も早く来いよ。」
ばっさばっさと服を脱ぎ捨てるビクトールが顔をドアの向こうから出した。
「俺は後でいいから、先に入れよ。」
「あぁ?お前も来いって!風邪ひいちまうだろが!」
「二人でシャワーなんか浴びたらそれこそ風邪ひくだろ!碌に暖まらねーんだから!」
男二人で一個しかないシャワーを使えば、当然湯の当りも悪くなる。
特にこの男のようなデカイ体格なら尚更だ。
応えながら、浴室に行く気はなかったがとりあえず濡れた衣服を脱ぐ。
そうして毛布にでも包まっていれば少しはましだろう。
しかしそれを遮るように、裸で出てきたビクトールに腕を掴まれた。
「ばっか!いいから来い!!」
ぐいぐいと力任せに引っ張られて浴室へ押し込まれる。
そして残りの衣装を手早く剥ぎ取られたかと思うと、シャワーの雨の中に放り込まれた。
熱めの湯が肌に痛い。
後からビクトールが割り込むと、案の定体の半分は冷気に晒される。
「ちっと我慢してりゃあ、すぐ暖まるからよ。」
そう言ってビクトールが手を伸ばして湯船の栓を捻った。
もうもうと湯気が上がる。
シャワーからも湯船からも。
あっとゆう間に狭い浴室は白く霞む。
ビクトールが言ったように浴室内はすぐに暖まった。
凍ったようだった指先にゆっくりと血が通うのが解る。
体の芯をじんわりと溶かしていく熱が心地よい。
その感触をただずっと追っていた自分に、ビクトールから声が掛かる。
「ほらよ、使うだろ?」
「あ…ああ。」
差し出されたシャンプーのボトルを受け取る。
ぼっとしている間にビクトールはもう既に洗髪し終わっていて、今は石鹸を泡立てていた。
別に急ぐ必要もないのだが、自分も、と急かされる気分になって慌ててシャンプーを頭に振りかけた。
泡立てて、湯で流す。
そのために目を瞑って、初めて意識する。
時折ぶつかるビクトールの腕、脚、体。
その、肌の熱さ。
そして自分が目を閉じているせいからか。
見られてる気がして落ち着かない。
「……」
馬鹿馬鹿しい。
どうしてそんな事を。
綺麗さっぱり泡を流して顔を拭う。
目を開けたと同時に、ざあと音がして足元に湯が押し寄せた。
奥の湯船が溢れたのだ。
湯を止めようとして体を反転させると、後ろからビクトールが体を寄せてきた。
ぎくりとして動きが止まってしまう。
ビクトールはそのまま、手を伸ばして蛇口を捻るとすぐに離れた。
そしてまた、石鹸を泡立てている。
何でもないビクトールの自然な動き。
なのに。
自分は、今、何を。
愕然として突っ立っている自分に、また、ビクトールから手が伸びた。
「ほら、洗ってやるから、じっとしてろ。」
「ばっ…やめろ!余計な事すんな!」
「いーからいーからっ。」
「おいっ…?!」
拒否したのに、無理矢理に体を捻じ回されて背中を向けさせられる。
そして泡にまみれたスポンジが、肩口を滑り落ちた。
「……っ!」
その、感触に肩が震える。
もう片方の手が、反対側の肩を掴んで逃れようとするのを阻んでいる。
そうしておいて、ビクトールの手は休む事なく行き来した。
肩甲骨から脇を掠めて腰骨へ。
項から背筋を通って腰のくびれまで。
そしてまた、下から上に。
少し力の篭った、ゆっくりした動き。
塗りたくられた泡が、降り注ぐ水滴に洗い流されていく。
自分は、頭がどうかしたのかもしれない。
こんな、事で。
背中を這う、滑らかな感触に。
体が震え吐息が洩れそうになるなんて。
「ビクトール…も…いいから…」
居た堪れなくなって、後は自分で洗うと訴える。
けれどそれはすぐに却下された。
「じっとしてろって。」
どこか、有無を言わせぬ物言い。
どうしてそう思うのかは解らないけれど。
スポンジは腕にまで伸びて、先まで行くと内側を擽って脇に滑った。
そのまま下に降りて、太腿を擦る。
腰の辺りを数回行き来して、今度は反対の腕に移った。
そしてまた、先と同じ動きを辿ってゆく。
擽ったい、のではなく。
腰に纏わり付くような、甘い痺れ。
まるで愛撫のようだ。
そんな風に思ってしまって、拭い去るように頭を振った。
「ビクトール、ほんとに…もういい…」
やめてくれ。
おかしくなる前に。
言って、まるで懇願しているようだと自分で思う。
「何でだ?」
「え?」
質問で返されて、その意図が解らない。
「だって、気持ちいいだろ?」
「っ!!」
その言葉を理解して頭に血が昇った。
きっと、図星を指されたからだ。
振り返ってスポンジを奪おうとしたが、後ろから抱き竦められて身動き出来なくされた。
その腕を振り払おうとしたけれど。
ひたりと寄せられる肌に、ぞっと体が竦んでしまった。
「もっと、気持ち良くしてやるから…大人しくしてろ、な。」
頭が混乱して、ビクトールの言う事がよく解らない。
ぱたりとスポンジの落ちた音が耳に届く。
そうして、泡にまみれたビクトールの掌が、前に回った。
「な、感じてたんだよな…」
「ち…」
違う、と言いたくて言えなかった。
ビクトールが触れるそこは、もう力を持って首を擡げている。
そして、触れられる前から、固く、熱くなっていたのだ。
「…う…」
ゆっくりと、けれど力強くビクトールの手が上下する。
石鹸が、滑らかな動きを冗長させて。
強い愉悦に唇を噛み締めた。
「気持ちいいだろ?」
「っあ…!」
耳朶に噛み付かれて、あっけなく閉じた口が開く。
温まった体は血の巡りがよくて、自分でも嫌になるくらいに感覚を伝えてくれる。
「あぁ…あっ…あっ…」
扱く動きが速くなって、開いた口から音が洩れた。
意識が朦朧とする。
羞恥とか嫌悪とかそんなものが沸いてもいい筈なのに。
ただ、気持ちいいとしか思えない。
それどころか、ずっとこうされたかったかのようにさえ思えて。
むしろそんな自分に嫌悪感を募らせる。
背中越のビクトールの顔は見えなくて、どんな表情をしているのか全然見当もつかない。
けれど、後ろに当るビクトールのモノも、熱く猛っているのを感じる。
自分に、なのだろうか。
それは解らないけれども、ビクトールもまた欲情しているのだと思うと体に更に熱が灯った。
「んぅ…」
空いた手が頬を押して横に向けられる。
耳を嬲っていた舌が、顎のラインを沿って唇を這った。
そのまま押し入ってきて、歯を、口蓋を、慌しくなぞってゆく。
そして舌を絡め取られると、強く吸われた。
体勢と頭の後ろから降り注ぐシャワーとで息苦しくて眉を顰めてみても、このキスでさえ気持ちいいと感じてしまう。
やまらない下肢への愛撫と同じように動く舌に、夢中で応えて自分も、その舌を吸う。
「…っ…!」
顎を捕らえていた手が、いつの間にか下がって、胸の尖りを押した。
途端に直撃な疼きが腰を刺す。
「ここもいいのか?ん?」
「いや…ちが…う…」
気持ちいい、とは違う。
どちらかというと痛い。
けれども突起を摘まれるたび、確実に腰が揺れる。
そして声が洩れる。
ビクトールの腕を掴む手を、自分でもどうしたいのか解らなくなる。
こりこりと乳首を捻られ雄への刺激はもっと激しくなって。
出したい、とゆう欲求がもう我慢出来なくなってきた。
「あ、も…離せ…っ!」
「このまま、イっちまえよ、ほら。」
性急だった動きが緩くなって、替わりに圧力が増す。
張り詰めその輪郭をくっきりと浮かび上がらせたそこを押し包んで擦る。
搾り出すように扱かれて、喉から音を伴なった息が洩れた。
「---ぁっ…あ!!」
下腹に力が入って、腰が震えた。
そして、白いものを吐き出す。
「イったな…」
脱力する体を支えて。
どこか満足そうな声音で、ビクトールが何度も首筋に唇を落とす。
どうして。
何に対してなのかは曖昧なままに、思う。
どうして、こんな。
「フリック、まだ、だかんな。」
「え…?」
きゅとシャワーの栓を締めて、ビクトールが囁いた。
そして、僅かに動いた。
「?!…っあ!な、何っ…?」
指が、窪みをなぞったと思うとずるりと穴に滑り込んだ。
侵入した異物に、押し出そうと内壁が収縮して気持ち悪い。 「いや…だ…やめ…」
「ちっとな、我慢…」
ビクトールが、更に指を押し進める。
その指を排泄しようとして出来なくて、足ががくがくと震えた。
けれど。
指が奥までいって。
擦りつける動きをされると、何か色の違う感覚が生まれた。
「やっ!…あっ…」
また、下半身に血が集まる。
声が、勝手に口をつく。
「いけそうか?」
何が?と問う前に強く体を引かれた。
そのまま連れ去られて、タオルを巻きつけて浴室を出る。
そして、寝台へ。
寝かされて圧し掛かられた。
タオルで頭をわしわしと掻き回され、大雑把に体の水滴も拭う。
そして今度は自分の髪を適当に掻き回すと、タオルを放り投げた。
それから。
ぐっと体重が掛かって唇が降ってきた。
荒々しく口吻けされて、すぐに首筋に移る。
舌が這いずって時折強く吸われて。
むず痒さに身を捩ると、脚を取られた。
その脚を肩に付くまで折り曲げられる。
「っ?!」
こんな、格好をさせられて。
けれど。
「ああっ…」
抗議をする前に、舌が這った。
下から、上へ形をなぞって。
くびれを執拗に舌で押す。
何回か先端を唇で摩擦される。
離れた唇が下へ降りてゆく。
その唇から出た舌が後ろを擽った。
「あーっやっ!いやっ…!」
また、指が中へ。
今度はすんなりと。
そして酷く甘い痺れを齎して。
「ん!んっ…んっ」
挿れられた指が奥を突くたび雄に気がいく。
指が増やされると、それは更に強く甘く。
一度吐精して萎えたモノをまた勃ち上がらせ濡らせるほど。
悦くて溢れた蜜は、ビクトールの舌に下から掬って吸い取られた。
「ふぅっ…んっ…んっ…」
じゅぶじゅぶと水音が耳に響く。
ビクトールが、自分のを咥えて吸っている。
その指は自分の中に。
「ビクトールっ…ビクトールっ…!!」
弄られる中が熱くて、もどかしくて。
自分でどうしたらいいのか解らなくて、その感覚を与える男の名を夢中で呼ぶ。
涙が滲んだせいか、ぼやけた視界でビクトールを見詰めた。
どうにかしてくれ。
燻る熱に侵されて死にそうだ、と本気で思う。
「して、欲しいか?」
顔を上げたビクトールがうっそりと笑う。
まるで魔物のように。
何を、なのか解らない。
けれど。
こくこくと頷いて、その首に縋った。
早く、どうにかして欲しい。
その答えに、ビクトールは唇を嘗めて笑った。
「して、やるぜ。もっともっと気持ちよく、な。」
言って、口吻けられた。
そして指が抜かれ。
替わりに熱いものが。
狭い入り口を割って入ってくる。
「いた…ぁ、や、あ…っ!ああ!!」
ぐいぐいと進んだそれは、根元まで入るとぐっと奥を突いた。
痛みのせいなのか、良く解らない涙が零れ落ちる。
「ひ、あ、あ、は…」
ゆっくり抜かれ、また一気に挿ってくる。
ただ、抜き差しされるだけの事が、恐ろしい快感を連れてきた。
「ん?気持ちいいか…?」
「ああっ、あー!あーっ!」
問われても、とても返事なんか返せない。
最奥を穿つように揺すられて悲鳴のような声が止められないからだ。
突かれるたび、脳天に突き抜ける衝撃が頭を真っ白にしていく。
気持ちいい、とだけ感じて、後の事は何も考えられない。
ビクトールが、自分の中に。
どうしてだか、嬉しいような気がして、その事がもっとと欲を煽っている。
もっと、もっと。
ビクトールの、総てが欲しい。
「フリック…っ!」
ビクトールが名を呼んだのに、その背にしがみ付いて応えた。
この背も、腕も、髪も、唇も。
全部、自分のものに。
どうしてそう思うのかは、解らないけれど。
そして。
ビクトールも、自分の総てを求めてくれればいいのに、と思う。
「…っつ、もう、駄目だな…」
呟いたビクトールの注挿が速くなる。
ぎっぎっとスプリングの軋む音が酷くなった。
「あ---あ---」
「堪んねぇな、お前…」
フリック、と名を呼ばれてきつい口吻を交わす。
その舌に応えながら、背を抱く腕に力を込める。
激しく突き上げられるのを受け止めるように。
幾許かすると、一際強く。
二度、三度と奥深く打ち付けられた。
「あ!あ---」
その衝撃だか、快感だかで、自分のものが弾けた。
目を閉じて息を詰める。
腰が、硬直して震えている。
「っ…!」
先端を擦りつけるように押し付けていたビクトールの腰が突然引けた。
と、同時に腹に、熱い飛沫が数回飛ばされる。
ビクトールも達したのだと思ったら、何故だか微笑が洩れた。
脱力して、荒い息で圧し掛かる体に腕を伸ばす。
自分も虫の息なのに、宥めるようにして。
その大きな背を抱き締めた。
すぅと熱が去って。
少し身震いした自分を抱え上げて、ビクトールはまた浴室の扉を開いた。
そして湯船に沈められる。
すこし温めになった湯が身に馴染む。
ビクトールはシャワーで軽く体を流すと、後ろに入り込んできた。
湯がざあざあと溢れ出る。
男二人で浸かるには狭すぎる。
その狭い場所でビクトールの腕が伸びて自分を膝に乗り上げさせた。
そしてぴたりと体を寄せる。
ビクトールの腕は前に回されて、自分の腹の辺りで組まれている。
胸が、苦しい。
先の行為が終わってからもずっと。
体の熱が去っても、この動機が全然収まらない。
凄く、してはいけない事をした気が、する。
この不安が動機の正体なのだろうか。
「なぁ、フリック。」
背中に頬を押し付けているビクトールから声が掛かった。
「もう、いいだろ?」
ビクトールが喋るたび、その動きが振動となって胸に響く。
「何がだ?」
「もう、認めちまえよ。」
「だから、何をだ?」
浴室に声がこだまする。
「…俺の事、好きなんだってよ…」
「……」
その言葉が、耳に沁みた。
胸が痛い。
言葉にされて、今、初めて。
解ってしまった。
「ヘンな事…言うな…」
「ヘンじゃねぇよ。俺だって、お前が好きなんだからよ。」
「…っ…」
どん、と胸に杭が刺さる。
けれども。
「俺が…好きなのは、オデッサだ。」
「ああ、オデッサが好き…だけど俺も好き、なんだよな。」
「……」
してはいけない事、だと思ったのは。
男同士だからとか。
相棒と寝てしまったとか。
そういう事ではなくて。
オデッサを忘れてしまいそうだったから。
彼女を守りきれなくて死なせた自分が。
彼女を忘れて他の人を好きになるなんて。
赦される訳もない。
「オデッサの事、忘れたくない…」
「忘れなくてもいい。だから…」
好きだと。
認めたらどうなるだろう。
今でさえ、知らぬうちにビクトールを求めていたというのに。
後ろから回った腕がぎゅっと締まる。
触れる肌が熱い。
頭がくらくらする。
そして、ビクトールの声が刺さる。
「もう、認めちまえ。」
「そんなこと…」
出来るとも、出来ないとも言えない。
そんな自分を、ビクトールは何も言わずにただ、抱き締め続けた。
END. 2002.11.13
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