二人の男が差し向かい酒を飲んでいた。
ビクトールとフリック。彼等の座するテーブルには既に空になった酒瓶が、所狭しと並び立てられ、また置き切れない分も足元に転がっている。二人共無類の酒好きではあるが、普段ここまでは飲まない。今日のこの状態には、それなりの訳があった。
この2週間程、二人を含む幾人かの屈強な戦士達は遠征に出掛けていた。
名目は『モンスター狩』。所謂金稼ぎである。
彼等の所属する同盟軍の資金調達の為、その仕事は度々に行われている。
しかし数種類ある金儲けの手段としては、最も精神的肉体的に過酷で、最も敬遠される類のものであった。
その、強行軍に刈り出されていたフリックとビクトールは、昨夜遅く帰ってくるなり倒れる様に眠った。そして夕方近くに起き出してくると、食事もそこそこに酒浸りで今この時に至るのである。しかしそうするのも無理はない。より強いモンスターを求め、秘境かと思われる様な地まで足を踏み込んだ彼等は、ずっと野宿を重ね禁酒禁欲な日々を送らざるを得なかったのだから。
出発時にそれを見越した二人は、出来得る限りの酒を持って行っていた。しかしそれらも3日を迎える頃には全て飲み干された。
何も酒好きなのは彼等だけではない。
同じパーティメンバーの豪気な男達も然りで、酔ったビクトールが気前良く振舞ったため、予定より早く底を付いてしまったのであった。
その後訪れた色の無い日々を思い返し、それを酒で埋めるかの様に二人は次から次へと杯を空けていた。
「・・・そーいやぁ、お前明日早いんじゃなかったか?」
「ん?・・・あぁ・・・そうだったかな・・・」
もうすっかり夜も更け、窓が風でカタカタと鳴る以外には聞える音もない。
ビクトールとフリック両名の相部屋であるこの場で、誰に気兼ねする事なく飲んでいたビクトールであったが、ふと思い付き声を掛けた。それに応えたフリックはと言えば、らしかぬ曖昧な返事を吐いてへらへらと笑っている。赤い顔で目の焦点も合っているかどうか定かではない様子だ。
元来フリックはあまり酒に強くは無い。強くないと言ってもそれはビクトールに比べれば、と言う事であって決して弱いと言う事ではない。しかしまともにビクトールに付き合って飲んでいては身が持たないと、普段はペースを配慮しながらそこそこに留めているのである。
そう、普段なら。
「確かヤマトと朝からどっか行くって、言ってたじゃねぇか。もうやめて寝ろよ、お前。」
「何だって・・・?」
今の今迄ご機嫌な笑顔を見せていたにも係らず、たった一言で途端に険しい表情に豹変して、フリックはビクトールを睨み返した。目が据わっている。相当に酔っているらしい。
もっと早くに気付くべきだった、と内心ビクトールは舌打ちした。
「だから、早く寝ちまえって・・・」
「嫌だ。」
不機嫌モードに突入したフリックは、椅子に反り返ってぷいと外方を向いた。
「何言ってんだ、いいから早く寝ろって。」
「お前は、まだ飲むつもりなんだろう?!だったら俺も飲むぞ!」
「俺は明日昼からだから、もうちょっと飲んでてもいいだろ。けど、お前は早いじゃねぇかよ。」
「そんな事言って、お前、この酒を独り占めする気だな!セコイ事言いやがって・・・!」
「お前なぁっ!!」
そんな事するかっ!とテーブルに持っていたグラスを叩き付けながら、ビクトールは一喝した。その声と音とに、びっくりした様にフリックが目を丸くして動きを止める。それを見てビクトールが大きく溜息を吐いた。
何しろ相手は酔っているのだ。何か言われた事に対して、まともに思考する事が出来ないのはいた仕方ない事なのである。
「・・・あんな、俺はお前の為を思って言ってるんだ・・・解るよな?」
「・・・・・・」
努めて穏やかに言うビクトールを胡散臭そうにフリックはじろじろと眺めていたが。暫く何かを考えた後、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。そしてそのままよろよろとテーブルに掴まりながら、ビクトールの方へと歩み寄った。その方向にはベッドがある。ビクトールが漸く解ってくれたのかと、ほっと一息したその時。フリックはベッドには行かず、ビクトールの前で立ち止まった。
「どうした?」
「・・・・・・」
気分でも悪いのかと、覗き込むビクトール。フリックはその首元に腕を回して、ビクトールの脚の上に跨った。そしてそのまま顔を近付けると、唇を重ねる。
「お前っ?!何やって・・・っ!」
急な展開に驚いたビクトールがフリックを引き剥がしたが、頭に回し抱き込んだ腕を締め付けて、またその柔らかい唇が押し付けられた。何度か角度を変えながら、ビクトールの唇や舌を舐めたり軽く噛んだりするフリック。その吐息も舌も甘い。
始めはさせるがままにしていたビクトールであったが、とうとう耐え切れずにフリックの背に腕を回した。きつく抱きしめながら首の後ろを支えて深く口を合わせる。暫くそうして息も出来ぬ程貪りあって、蕩ける様な甘さを味わった。
唇が離れて目に入ったフリックの瞳は微かに潤んでいて、酒のせいだけではなく頬も紅潮している。唇はどちらのともつかない唾液で濡れて光っていた。
その唇でフリックはうっとりと微笑んだ。
そしてその表情で。
「なぁ、まだ俺に独りで先に寝ろって言うのか・・・?」
ぐぅとビクトールの喉が鳴る。たちまち込み上げる衝動を、ビクトールは持てうる全ての理性を総動員させて塞き止めた。
「この酔っ払いがっ・・・いいか、良く聞け!」
欲望に負けそうになるので、なるべくフリックの顔を見ない様にして、ビクトールは声を絞り出した。
「この優しい俺様はな、お前の体の為を思って、滅茶苦茶やりてぇのを死ぬ程我慢してやってんだ!」
なにも絶っていたのは酒だけではない。
自分より体力の少ないフリックの為を思って、この2週間ビクトールは耐えていたのだ。今日とて明日の事を思い遣って、酒だけで我慢してやろうと思っていたのに。
「・・・・・・」
「・・・解ったら、とっとと寝ちまいやがれっ!!」
完全にフリックから目を背けてビクトールは半ば祈る様な気持ちでいた。
しかし相手は所詮酔っ払い。ビクトールの思い遣りなど、伝わる筈も無く。
「我慢なんか、する事ないだろ?」
「・・・お前なぁ・・・」
「なぁ、寝ろって言うんなら、一緒に寝よう・・・」
がっくりと肩を落とすビクトールに、もう一度フリックは自分から口付けた。軽く音を立てて吸った後、少しずつ移動して耳朶に噛み付く。
「ビクトール・・・なぁって・・・」
普段のフリックからはとても想像もつかない甘い声で囁かれて、ビクトールは自分の中で何かが切れる音がしたのを聞いた。
それは多分、理性の壁が決壊した音なんだろう。
「くそっ・・・!」
首元にしがみつくフリックを抱えたままビクトールは立ち上がると、直ぐ後ろにあるベッドへと傾れ込んだ。
「いいか、お前が誘ったんだからな!後で文句言っても、一切聞かんからな・・・!」
ビクトールは吼える様に呻くと、フリックにまさしく獣の様に覆い被さった。
唇を奪いながら、服をたくし上げ性急に素肌に触れる。暫く触れていなかった手に馴染んだ感触を確かめる。
それは変わりなく滑らかでとても気持ち良かった。
「ふっ・・・う・・・んっ」
胸の尖りを探ると、合わせた唇から声が洩れた。舌を絡めてキツク吸って。けれどその声が苦しいだけでは無い事は、下肢に当る感覚で解る。もっと声を聞きたいと思ってビクトールは、夢中で唇や舌をすべやかな肌に押し当てた。さらさらとしていたのが、じんわりと熱を持って汗ばんでくる。邪魔な衣服を剥ぎ取ると、フリックからも脱がそうと手が伸びた。
「何、笑ってんだよっ・・・」
「別にぃ〜」
服を脱がせて貰ってにやけるビクトールに、フリックがむっとして問い掛けた。それに更に含みを持った笑いで答えるビクトール。
酔っているからなのか、やけに協力的なフリックに、つい顔が緩んでしまう。たまには酔わせるのも悪く無いと、良からぬ事を考えたのが顔に出ているらしい。それを誤魔化す様に、ビクトールは手を滑らせた。
「やっ、ん・・・」
明らかに形を持ったフリックの雄に触れると、びくりと肩を震わせてぎゅっと目を閉じた。優しく擦ってやると、次第に熱を含んだ吐息が零れ始める。悩ましげに眉根が寄せられた表情が、溜まらなく艶っぽい。手はそのままに胸の突起を口に含むと、またフリックの肩が揺れた。舌で押して唇で挟んで強く吸う。ビクトールの手の中で息づいてるものが質量を増して、先から透明な雫が流れ出た。荒く息を吐くのに時折甘い音が混じる。
それがビクトールを熱くさせた。
「あ・・・駄目だ・・・ビクトールっ・・・」
フリックから悲鳴が上がる。
この2週間、フリックもまた禁欲を強いられてきたのだ。
ビクトールに慣らされた体は手で触れられるだけでも、直ぐに高みに追い遣られる。もう我慢が出来ないと、フリックがビクトールの名を呼んだ。
「ああ、イかせてやる・・・」
意味を汲んでビクトールは脚を開かせ、中心に顔を近づけた。ここに、フリックの熱い滾りがある。自分の愛撫に感じた証だ。もっともっと感じさせたい。零れる雫を舐め取って銜え込んだ。舌で敏感な所を擦りつけ、根元まで飲み込んで。ビクトールの肩に置かれた足に力が篭る。
もっと、もっと。フリックの脚の間でビクトールの髪が上下し始めた。
「・・・っ、あ、あぁっ・・・」
何回か強く吸うと、フリックが息を詰めた後、小刻みに震えた。と、同時にビクトールの口内が生暖かい液で満たされる。脱力したフリックの耳に、ゴクリとビクトールが喉を鳴らす音が響いた。
「気持ち良かったか・・・?」
「・・・・・・」
覗き込むビクトールを押しのけて、フリックはまだ息も整わない侭に起き上がった。そしてビクトールの肩を押して仰向けに倒し、その上に圧し掛かる。神妙なフリックの顔が近付いたと思ったら、唇が合わせられた。何回か啄ばむ様に押し付ける。そうした後、肩口に顔を埋めたフリックの腕がそろそろと伸びた。ビクトールの昂ぶりに長い指が絡みつく。
「・・・えらく今日は積極的じゃねぇかよ?おい・・・」
「煩い・・・黙ってろ・・・」
「―――っ!」
首筋を辿って胸に唇を落として行くフリックの頭に手を差し入れてビクトールが笑う。からかう様な口調が癪に障ったのか、フリックは歯を立ててビクトールの肉を噛んだ。
それでも、ビクトールの笑みは消えなかったのだが。
徐々に下りて行ったフリックが下腹部に到達すると、手を添えたものに口を寄せる。始めはちろちろと舌を這わせていたが、全てを口に含むとビクトールから深い溜息が洩れた。柔らかい感触に包まれて、そこに体中の血が集まる。
「おい・・・あんま、無理すんなよ・・・」
フリックの髪を梳きながら、ビクトールが声を掛ける。そう言いながらも、自分のものを出し入れするフリックを見詰めては、うっそりと目を細めた。
目を閉じ懸命な様子の彼が、溜まらなく可愛くて愛おしい。
ビクトールは腰にずくんと甘い痺れが走るのを感じた。このまま乱暴にフリックの口に、自身を押し付けて蹂躙したくなるのを、何とか押し堪える。
「フリック・・・」
ビクトールは体を起こして、蹲る様にしているフリックの腰を引き寄せた。そしてまた横たわると、フリックも脚を持ち上げ自分を跨がせた。
「やっ、嫌だっ・・・」
「嫌じゃねぇだろ・・・」
秘所を晒して舌を宛がう。ここに、俺のを。逸る気持ちを抑えて逃げ様とする腰を押さえ込む。充分に解れる様に念入りに舌を捻じ入れた。
暫くぶりに異物を迎え入れるそこは、いつもより頑なで。頃合を見計らって入れた指も、1本でさえきつく締め付けてくる。出来る限り傷付かない様に、慎重にビクトールは中を探った。内壁を擦る度、フリックの高い声が喉を突く。感じ入った甘い声。ビクトールはそれに夢中になって指を繰った。
「ふぅんっ・・・」
「こっち来いや、フリック。」
ビクトールへの愛撫も侭ならなくなって、喘ぎ咽ぶフリックから指を引き抜くと、ビクトールは腕を引いた。虚ろな潤んだ瞳で頬は紅く。その、表情に益々煽られて、ビクトールは獰猛にフリックを押し倒した。脚を抱え上げると、唇が何か言いた気に開かれる。そこから覗く赤い舌に噛み付いて、ビクトールは自身を押し進めた。
「はあっ・・・」
「おぉ・・・」
それが根元まで埋まると二人から深い溜息が零れた。きつく締め付けるそこは、眩暈がする程甘美で。抗え切れない欲望の赴くまま、ビクトールは腰を揺すり出した。始めはぎちぎちだったそこも、しばらくすると蕩けて甘い蜜壺となった。
「あ―――っあ―――っ」
絶え間なく洩れるフリックのイイ声。そして熱く勃ち上がったフリックの雄。フリックもまた感じているのだと。感じて自分の背を掻き抱き、喘ぎ、腰を蠢かして。自分のものが、こんなにも彼を淫らにさせている。その歓喜にビクトールは我を忘れた。
忘れて、フリックを貪欲に求め続けた。
フリックが目を覚ました時、部屋にはもう明るい日差しが差し込んでいた。
どきりとして飛び起きる。確か今日はヤマトと約束があった筈。寝過ごしたかも知れないと慌てた所に、フリックの目に映ったものは。テーブルの上、そして床にも。酒の空瓶が山の様に転がっている。そして腰に纏わりつく太い腕に、体に走る小さな痛みと、倦怠感・・・
フリックの頭に昨夜の出来事が様々と蘇った。
昨夜ビクトールと二人して浴びる程の酒を飲んだ。しっかりと憶えている。
そしてその後の事も、全部、憶えているのだ。悪い事に。
自分は酔っていた。久しぶりの酒につい自制を忘れ溺れてしまったのだ。そう、酔っていたから普段滅多にしない様な事も、自分から進んでやってしまったのだ。
しかしそれよりも何よりも。
フリックは頭を抱え込んで唸った。
まるで、あれでは自分から誘ったみたいじゃあないか―――!
そんなつもりではなかったのだ。
ただ、ビクトールに「先に寝ろ」と言われ、子供扱いされた気がして勘に触った。だから、深い意味は無く「一緒に寝よう」と言ったつもりだったのに。
―――そりゃあ、ちょっとは欲求不満だったのは認めるけど。
「おい?早く支度しねぇと、遅れるんじゃねぇのか?」
「――――――っ?!」
悶々と自己嫌悪に陥るフリックに、唐突に声が掛かった。それに心臓が止まるかと思われる程驚くフリック。
「な、な、な、何だよ。起きてたのかよっ?!」
「ああ。それよりお前、大丈夫なのか?」
「今から支度するとこだっ!」
そそくさとベッドをすり抜けるフリックの背中を、ビクトールが締まりの無い顔で見詰めていた。白い肌に昨夜の名残が赤く染まって、とても色っぽい。
嫌な視線を向けられて、フリックは眉間に皺を寄せてビクトールを見遣る。すると恥ずかしい程のにやけ顔のビクトールと目が合った。
「何がおかしい。」
「いや〜昨夜のお前ときたら・・・」
「それ以上言ったら殺す・・・!」
不穏な空気を背負い、フリックがぼそりと呟いた。
まだ寝起きのビクトールには、それに気付かなかったらしい。
「何だよ、照れてんのか?今更だろ?お前から誘っといてよぉ・・・」
「・・・そうか。死にたいのか。」
気付なかったのは、色ボケだったからかも知れない。
ビクトールがそれに気付いた時には、恐ろしい形相をしたフリックに飛び掛られた時だった。朝の空気が帯電でぴりりと音を立てた。
「ま、待てっ!そんな怒る様な事じゃねぇだろっ?!」
「・・・・・・」
今まさに落雷するのでは、と思われた瞬間。
バタンっ!と、扉が開け放たれた。
ヤマトが元気良く喋りながら部屋に踏み込んだ。
「フリックさん、今日の事なん・・・」
「あ・・・」
暫し3人は呆然と固まってしまった。が。
「え〜と・・・フリックさん、まだ疲れてるだろうと思って、今日の用事は他の人に代わって貰ったんだけど。元気そうだね・・・」
「いやっ!これはっ・・・違うんだっ・・・!!」
裸で、同じく裸のビクトールに馬乗りになった状況で。何が違うのか、全然説得力がない。
「でも、もう手配しちゃったから、そのまま休んでていいよ。邪魔しちゃ悪いし。」
「邪魔なんかじゃないぞ!全然っ!なぁ、ビクトール!!」
気が動転してるのか、フリックは言っている事がおかしいのだが、本人は気付いていないらしい。ビクトールは笑い出しそうになるのを、必死に堪えた。
「じゃ、僕急ぐから。」
「あっ、おいっ・・・」
背を向け行こうとしたヤマトだったが、何か思い立った様に振り返った。
「でも意外だったなぁ。フリックさんからも襲ったりするんだ。よっぽど溜まってたんだね。」
さらりと屈託の無い笑顔で。ヤマトはそう告げると部屋を後にした。
石になったかの様なフリックを残して。
わざとなのか、悪意は無いのか。相変わらず良く解らねぇガキ。
そう思いながらビクトールは真っ白になった侭のフリックを抱き寄せた。
色ボケはまだ続いているらしい。
「よかったじゃねぇか。今日は休みだってよ。」
「・・・・・・だ。」
「は?」
「全部、お前のせい、だ。」
「―――――?!」
一撃、雷鳴が轟いた。
悲鳴も上げる間もなく、熊の丸焦げがそこに転がった。
小さな煙を立てるその物体を見て、またフリックは大きく溜息を吐いて頭を抱え込んだ。
もう暫く酒は飲むまい。
そう堅く心に誓いながら。
しかし夜になると、今日もまた相棒と共にフリックは酒場に現れるのである。
性懲りも無く。まぁ、それでこそ、の二人なのであるが。
終劇。2001.09.30 |