迂闊だったと思った。
いや、それともやはり俺は運が悪いのか?
そう思って、フリックは深く深く溜息をついた。
『最近、我が同盟軍内に素行の悪い輩がいるらしい。』
今朝の軍事会議でシュウにそう言われていた。
『いいか、絶対一人では酒場なんかに出入りするんじゃねぇぞ!』
と、戦闘に出掛けのビクトールにも、釘を刺されていたというのに。
『子供扱いするな!』とビクトールに憤慨したものだが、今の状況を考えると、何も言い返せなくなってしまうではないか。
今の状況―――
両腕を纏めて頭の上で縛られ、足も縛られ・・・ベッドに投げ出されている自分の周りには、5人程の男達。
何となく造りからして、同盟軍本部の城内の何処かであろう事は見てとれるのだが・・・ベッドが幾つか並んでいる所からして、この男等に割り当てられた自室なのかも知れない。
「おい、お目覚めの様だぜ。」
一人の男が下卑た笑いと共に、フリックの顔を覗き込む。その言葉に他の連中もフリックの周りへと集まり出した。
いかにも、頭の悪そうな連中である。品性の欠片も無い。まだこれならあの熊男の方が数千倍はましだと思う。一体誰が、こんな連中を仲間なんかに加えたのか。俺とあいつとでやっていた傭兵隊ですら、ここまで酷い輩はいなかったぞ。
フリックは心の中でぶつぶつと文句を言った。
「こうして近くで見ると、益々別嬪さんだな、おい!」
「ああ、たっぷり楽しませて貰おうじゃねーか!」
げらげらと笑う男達の声が不快で、フリックは顔を顰める。それを見て、また更に嘲笑が大きくなった。
フリックは、その夜ハンフリーと共に酒場に現れた。
軽い食事と適量の酒。昔馴染みの友人。それなりに楽しくやっていたのである。
だが一人の兵士が、緊急の用で軍師が呼んでいると、ハンフリーに告げに来た。少し心配そうに見遣るハンフリーに、フリックは軽く手を挙げ笑ってみせた。
「俺も、これを飲んだら直ぐ帰るから。」
「そうか。では、言って来る。」
背を向け歩き出したハンフリーを見送りながら、フリックは溜息を吐いた。ビクトールといい、ハンフリーといい・・・どうしてあんなに心配性なのか。古い付き合いだから、多少は仕方の無い事かも知れないが、もう自分もいい歳をした大人なんだからそこの所を解って欲しいものだ。
フリックは持っていたグラスの残りを一気に空けて、一息ついた。彼らに言われたから、という訳でも無く一人で飲んでもつまらないので、帰ろうかと席を立とうとしたその時。わらわらとフリックの周りを数人の男達が取り囲んだ。
「青雷のフリックさんですよね?一緒に飲んでもらえないですか?」
「いや・・・俺はもう帰るところなんだ。」
「そう言わず、一杯だけでも!お願いしますよ〜」
「俺らあんたに憧れているんすよぉ!」
リーダーらしき男がしきりに話し掛けてくる。それに合わせて周りの奴等も囃し立てる。どうにも離してくれる気は無いらしい。
「解った。但し、本当に一杯だけだからな。」
差し出されたグラスを渋々と受け取って、フリックは半ば諦めて肩を竦めた。早くこの場から立ち去りたかったので、出来るだけ急いで飲み乾した。それがいけなかったのか・・・『変な味がする。』と思ったが最後そこからの記憶が無い。そして気が付くと、この有り様だったのだ。
目的が解らないので、暫く様子を見ようとしていたフリックではあったが、どうにもこの連中に我慢がならなくなってきていた。状況的には圧倒的に不利であるが、フリックには余裕があった。自慢できる事ではないが、こういった類は場慣れしていたし、5人相手にしても全然負ける気がしなかったから。
「俺等があんたのファンだってのは、本当なんだぜ?」
リーダーの男がベッドに乗り上げて、フリックの顎を掴んで言った。酒場で見せた低姿勢な態度とは打って変わって、高圧的にフリックを見下している。こちらの方が本来の姿なのだろう。フリックが抵抗出来ない状況と、人数に物を言わせての強気もあるかも知れないが。
この中ではまだ一番使えそうな奴ではあるが、それでもフリックからしてみれば下衆な輩に過ぎかった。そんな奴に触られるのは不愉快極まりないと、フリックは即座に決断した。
ひと暴れしてやる―――
「今直ぐ、その手をどけろ。でなければ・・・」
意識を右手に集中する。何か情報を得てからと思っていたが、伸してしまってからでも遅くは無いだろう。大体、この部屋で目覚めた時からムカついていたのだ。
人を騙して拉致する様な、こいつらに。
そして、それにまんまと引っ掛かった自分に。
フリックの右手の甲に光が集まり出す。紋章が形を成し始めたと同時に、廊下と繋ぐ扉の外から派手な音が聞えてきた。
「な、何だ?!」
一同が一斉に扉へと目を向けた。フリックも何事かと、視線を移す。聞えたのは誰かの殴られる音と、その呻き声だった。そして静かになるといなや、皆が注目するその扉は、大きな音を立てながら部屋の中に吹き飛ばされていた。
扉の無くなった空間には、一人の大きな男が立っていた。まるで湯気でも立っているかのような怒気が、離れていても伝わってくる。
「ビクトール・・・」
「よぉ、楽しそうな事やってんじゃねぇか・・・勿論、俺も混ぜてくれるよなぁ?」
そう言ってずかずかと部屋に入り込むビクトールに、本能的に危機を感じたのか、男たちは手に武器を持って襲い掛かった。しかし、それをものともせず素手で次々ぶちのめしては真っ直ぐにフリックの元へと進む。殴られ床に転がった男達は、気を失うか痛みで呻き喘いでいるかのどちらかだ。
とうとう残り一人となったリーダーの胸倉を掴み上げた。
「てめぇ、誰に断ってこんな真似してるんだ?」
「ひっ、ひいっ!」
つま先立ちになってじたばた暴れて怯える男を、ビクトールがもう片方の手で殴り飛ばす。その勢いで床に倒れた上に圧し掛かって、続け様に拳を入れる。されるがままの男の悲鳴を聞きながら、フリックは慌てて声を張り上げた。
「ビクトールっ!!やめろっ、殺すな!!」
「・・・・・あぁ?」
静かになったそこから顔を上げたビクトールと目が合って、フリックはぎくりとした。戦場でしか見せない様な目の色を湛えて、ゆらりと立ち上がったビクトールがフリックを見下ろしている。
「いい眺めだな、ええ?おい。」
「うるさいっ!丁度反撃するところだったんだよ!!」
その瞳に負けまいと言い返すフリックの頬に、容赦なく分厚い掌が飛んできた。派手な音を立ててフリックの頬が鳴る。
「・・・・・・っ!」
「てめぇ・・・あれ程俺は気を付けろって言わなかったか?」
『何をするんだ』ときっと睨みつけたフリックの目に映ったのは、苦渋に満ちたビクトールの表情だった。
打たれた頬が熱い。
きっと、凄く心配を掛けた。
「すまない・・・悪かった。」
目を逸らせて申し訳無さそうに誤るフリックに、ビクトールは少し溜息をついて固めていた拳をゆっくりと解いた。そして自分でも見境を無くしていたと、頭を手袋のままガリガリと掻き毟った。
「・・・で、こんな奴ら生かしておいて、どうしようってんだ?」
殺した方が世の中の為だぞと付け加えながら、ビクトールが腕を組みながら言った。それにさも当然といった風にフリックが答える。
「何の目的があってこんな事したのか、聞かなくちゃだろ?どこかのスパイかも知れないしな。」
「何のって・・・そんなのお前・・・」
どう考えても目的は一つだろうと、半ば呆れながら言い掛けたビクトールは、ベッドに乗ったバッグを見付けて言葉を切った。それを引き寄せ中を確認すると、一瞬険しい顔になって足元に転がる男に、舌打ちと共に思い切り蹴りを入れた。
「こいつ等っ・・・こんなもんまで用意しやがりやがって!」
「何だ?何が入ってるんだ?」
何事かとフリックが目を見張って問い掛けるのを、ビクトールは無視してもう一回蹴り飛ばした。気を失っているのか、男の声は聞えてこなかった。その代わりに、違う男の声が背後から聞えてきた。
「見付かったのか?」
「おお、すまねぇな・・・どうやら間に合ったみてぇだ。世話になっちまったな。」
「無事ならいい。」
ぽっかりと空いた戸口から姿を見せたのは、先程酒場で別れたハンフリーだった。
手短に話を聞くと、ハンフリーがシュウの元へ行くとそんな呼び出しなど無かったと言われたそうだ。そこに丁度帰って来たビクトールと出くわし、二人して城内を探し回っていたという事だった。
「心配掛けたな。有難う、ハンフリー。」
素直に謝るフリックに、ビクトールは少し不服そうに『俺には礼の一言も無かったくせに』と呟いた。それを耳聡く聞いたフリックが『いきなり殴ったりするからだ!』とすかさず反撃する。その様子を見て、ハンフリーの表情がほんの少し和らいだ。
「うるせぇ。帰るぞ、おら!」
ビクトールが縛られたままのフリックを引き起こして肩に担ぎ、空いた手で置いてあったバッグを掴むと立ち上がった。
「えっ?ちょ・・・っと、ビクトール?!」
「すまねぇが、後頼めねぇか?俺はこいつと話があるもんでよ?」
「解った。引き受けよう。」
ハンフリーに向かって、ビクトールが少し頭を下げながら言った。それに堅く頷くハンフリー。
「ありがとよ、んじゃあ行くか!フリック。」
「降ろせよ!ってゆーか、縄解けよっ!!」
「暴れると落ちんぞ?」
じたばたと暴れるフリックを、肩を揺すって担ぎ直しながらビクトールは笑った。そしてそのまま廊下へと足を踏み出す。
「だからっ、解けって言ってるだろ?!」
その声だけを残し、二人はこの部屋から姿を消した。その後を暗い部屋で、肩を竦めたハンフリーが見送っていた。
ビクトールは自室へ辿り着くと、ベッドにフリックを放り投げた。フリックの体が、シーツの上で小さくバウンドして転がる。バッグもフリックの足元に置くと、付けたままだった防具を次々と外しては机に投げ置いた。
「いい加減、解きやがれっ!!」
「駄目だ。」
「何だって?!」
楽な格好になったビクトールがフリックに近付きながら答えるのに、フリックは素っ頓狂な声を上げた。ベッドの端に腰掛けたビクトールの顔は真面目そのものだ。
「お前、今回痛い目全然見て無いからな。どうせまた同じ事を繰り返すんだろ?」
「馬鹿言うな!そんな事あるかっ!」
「反省の色も見えねぇしな・・・」
「反省はしてる・・・だから、早く解いてくれよ。」
怒鳴った後でしまったと思い、フリックは努めて静かに言った。しかしビクトールは首を縦には振らず、置いたバッグを引き寄せ口を開けながら、にんまりと笑ってこう告げた。
「駄目だって。今からお仕置きだからな。」
「はぁ?!」
冷静に、と先程思った事も忘れてフリックはまたも声を上げた。何を言い出すんだと、呆気に取られてビクトールを見詰める事しか出来ない。そんなフリックを目を細めて愉快そうに眺めながら、ビクトールはその枕元にバッグの中身をばら撒いた。どさどさと音を立てて出て来る幾つかの物体。それを見たフリックの目が益々大きく見開かれた。
「あいつらの代わりに俺がこれを使ってやらぁな。そしたら、お前もちっとは今度からは気を付け様って気になるだろ?」
「じょ・・・冗談はよせよ・・・」
「冗談で済む様な状況だったか?」
奴らの目的が良く解って、フリックに沸々と怒りが込み上げて来た。『やはり殺しておくべきだった』と今更ながらに、ビクトールを止めた事を後悔する。
今目の前にある物体・・・
そういう関係に疎い自分でも、直ぐにそれ系のものだと解る品々。30年近く生きていれば、使った事は無くとも一度くらいは目にする事はあった。
縄に、手拭やタオル、札束らしきもの、何か液体の入った瓶・・・そして男のモノを真似られた模型が3個。
「心配しなくても、そんな酷くはしねぇからよ。」
フリックの上に馬乗りになって、ビクトールがからかう様に笑って言った。フリックは怒りに任せて、ビクトールをきつく睨みながら逃れ様ともがく。しかし両手両足を縛られたままで、ビクトールの巨体に圧し掛かられては、ほんの少し動く事も侭ならない。
「ビクトール!いい加減にしろよ!!ふざけるのも大概にしないとっ・・・!」
「紋章でも使うか?でもよ、フリック・・・」
悲鳴に近い声色でフリックが叫んだ続きを、ビクトールが引き継いで答える。ごそごそと撒き散らかされた品に手を伸ばすと、ビクトールはその一つを手に取って、フリックの眼前に突き付けた。
「これが、何だか解るか?」
「何って・・・あっ!」
ビクトールの持つ札束を、フリックは信じられない思いでまじまじと見た。それは『守りの天蓋』の札であった。束の厚さから見て、100枚くらいはあるのではないか・・・『守りの天蓋』の札は完璧に魔法のダメージをシャットアウトする。
「雷落としてもいいけどよ・・・体力と気力は温存しといた方が良かぁねぇか?」
勝ち誇った様に言うビクトールを、フリックは縛られたままの両手を振り下ろして殴りつけた。大した威力は無いと解っていても、そうせずにはいられなかった。腹が立つのはビクトールだけにでは無い。あのグループの奴等にも腸が煮えくり返る思いだった。
あのままビクトール達が来なかったら、もしかすると―――
フリックの背筋に、少し寒気が走った。しかし慌てて首を振る。
あんな奴等相手に・・・紋章が使えなくとも、縛られて身動き出来なかろうと、好きな様にはさせない自信はあった。
しかし、今自分を押さえ込んでいる奴相手では・・・フリックは目の前が暗くなるのを感じて、溜息を吐いた。
それを諦めの合図とでも思ったのか。ビクトールの手が、フリックの頭に差し込まれて髪を梳いた。
「まぁ・・・無事で良かったよな。」
その仕草が優しくて温かくて。
フリックは泣きたくなる思いで、ゆっくりと降りてくるビクトールの唇を、目を閉じて受け止めた。
「これ・・・もう解いてくれよ・・・」
フリックの口から弱弱しく声が洩れた。縛られたままで服をたくし上げられ、ズボンも脛の辺りでくしゃくしゃになっている。自分の情けない格好を嘆いて、フリックがビクトールに縋る様な瞳を投げ掛ける。
「駄目だっつったろ?いかにもお仕置きってカンジで、いいじゃねーか。」
「この・・・馬鹿っ・・・!」
抵抗が出来るはずも無く、されるが侭に全身を弄られてフリックの息は上がっていた。ビクトールは嬉々としていて、その手と舌を休む事無く這わせている。
「あっ・・・や、んん・・・っ」
胸の突起を舌で転がされて、フリックがその身を捩る。こそばゆい様な快感に、じっとしている事が出来なくてびくびくと震える肩を押さえつけ、更に執拗にビクトールはそこを攻め立てた。フリックの甘い声がもっと聞きたいと思って。
「いつもより、感じてるんじゃねぇのか?おい?」
「違っ・・・う・・・」
「違わねぇだろ?もうこんなになっちまってるってのによ。」
下肢に手を伸ばして、天を仰ぐ雄につと触れた。途端にフリックから高い声が発せられる。そろそろと上下に擦ってやると、フリックが歯を食い縛ったために、声は聞えなくなってしまった。それを不満に思ったビクトールが、指で歯を抉じ開けると、また甘やかな音が洩れ始める。その音が頻繁になってくると、忙しく扱くビクトールの手にぬるりとした感触が生まれた。
「あぁっ!あっ・・・あ・・・」
先から溢れる蜜を舐め取る様に、ビクトールの舌が下から上へと這い上がっては降りる。裏側を念入りに伝う舌に、フリックは理性が音を立てて崩れて行くのを感じていた。ビクトールと、彼がもたらす快感とだけで、頭が一杯になる。フリックの纏められた手は気が付けば、ビクトールの頭に添える様に置かれており、歯を割るその指を無我夢中で強く吸っていた。そんなフリックにビクトールはちょっと微笑んで、その体を裏返した。
「何・・・?」
「この方が遣り易いからな。」
膝を折り曲げて、腰を突き出す格好にされたフリックが不満そうにビクトールを睨む。その視線を受け止めると、楽しそうにビクトールが返した。
曝け出された秘所にビクトールが舌を宛がうと、びくりとその腰が揺れた。意識せずとも腰が引けるのをビクトールの腕が廻されて阻む。逃げられない様にがっちりと押さえ込まれたフリックは、成す術も無く伝わる感覚にその身を打ち震わせた。
「くっ・・・う・・・」
「まだ、ちっとかてぇな・・・」
ビクトールの指がそこに埋まると、フリックは一層体を強張らせた。様子を見ながら中を探っていたビクトールは、少し眉を顰める。しかし直ぐに何か思いついた表情で手を伸ばすと、フリックの枕もとから小さな小瓶を掴み取った。蓋を開けて傾けると、どろりとした液体が流れ出てきた。それを指で掬って今迄指を忍ばせていた辺りに塗りたくる。
「やっ・・・!何、したっ?」
ぬるりとした感触にフリックが慌てて後ろを覗き見る。それには応えずに、ビクトールはもう一度指にその粘着質な液体を垂らして、指を突きたてた。何の抵抗も無くつぷりと入り込んだ指を、ゆっくりと根元まで沈める。締め付けてくる内壁を擦りながら引き抜き、そしてまた奥へと突き入れる。その速度を速めて行くと、フリックの腰がゆるく動きに合わせて揺れ始めた。
「はっ、あっ・・・あっ・・・」
「いいカンジになってきたな、おい。」
そう言うとビクトールは増やしていた指を引き抜き、またフリックの頭の方に手を伸ばした。
「これなんかが、無難っぽいよな。」
「まさか・・・本当に、それ、使う気なのか・・・?」
ビクトールが手にした貼り型を、信じられない思いでフリックは見詰めた。ビクトールはといえば、人の悪い笑みでにやにやと笑っている。
「当り前だろ〜?何事も経験ってゆーしよ、な?」
「や、やめろっ!このっ変態っっ!!」
「あ〜ん、いいのか?そんな事言って・・・」
ろくに抵抗も出来ないくせによ、とビクトールは意地悪く言ってフリックの頬を舐めた。相変わらずフリックの両手両足は縛られたままで、本当は少し痺れて痛いくらいなのだが・・・そう言えば、ビクトールは外してくれるような気がしたが、泣き言を言うようでフリックは黙って耐える事にした。
「俺のが入るぐれぇだから、これも入んなきゃオカシイよな?」
それでも一応念の為と、小瓶の液体でそれを湿らすと、フリックの入り口に宛がった。途端に逃げるように引く腰を押え付け、ビクトールはそろそろと差し込んでいった。
「いやっ、だっ!嫌・・・っ、やぁっ・・・!」
奥まで入れると、くっくっと小さく小突いてやる。自分の中を満たす無機質で固い異物に嫌悪感を抱きながらも、フリックは与えられる刺激に快感を見出して、戸惑いながらも翻弄されまいと必死に意識を保とうとした。それでも押えきれない声が、口を割って溢れてしまう。その声にビクトールもまた興奮して。顔が見えない事を不満に思い、フリックの体を反転させる。邪魔な足を縛るロープをもどかしげに外して、ビクトールはその行為に没頭した。脚を大きく広げさせ、いつも自分が突き上げるポイントに先が当る様に、巧みに手を操ってはフリックを追い上げた。
「やっ、あっ、あぁっ・・・あ、んっ・・・」
「ここだろ?ここ・・・も、いいよな、フリック?」
ここぞという所を突き上げ、擦られ、フリックは足が自由な事すら解らずに、ただ下肢を熱くする塊に意識を削り取られていく。張り詰め大きく仰け反った自身からは、透明な液が筋を作って止め処なく溢れていた。限界が近い。でも、それでも・・・
「い、やだ・・・ビクトール・・・イきそ・・・」
「ああ、イっていいぞ。」
「嫌なんだっ・・・!この・・・まま、イきたく、無いっ・・・」
ビクトールの手が止まる。じゃあ、どうして欲しいんだ?と覗き込むビクトールに、フリックは切羽詰って言った。
「お前・・・お前ので、イきたいっ・・・」
『可愛い事を言ってくれる・・・』そう思ったが、先程から、ビクトールには小さな炎が胸にあった。快感に咽ぶフリックの・・・薄く染まった肌や、恍惚とした表情、甘く蕩ける様な声。それらをもしかすると、何処の馬の骨とも解らん奴等に見られていたかも知れないのだ。自分の知らない所で。勿論、知ってても許せないが。
「おもちゃより、本物がいいってか?」
貼り型をずるりと引き抜くと体を伸ばし、フリックの顎を掴んで目を合わせた。少し涙目になりながらも、強い光のある瞳。これも。全部。全部自分だけのものだ。
「そうやって、あいつ等相手にもおねだりするんじゃねぇだろーな?」
「違っ・・・!お前だからだっ!」
酷い物言いのビクトールに、フリックが否定の言葉を怒って返した。そして、縛られたままの腕を下ろし、ビクトールの頬に触れる。
「お前じゃなくちゃ、嫌なんだ・・・だから・・・」
「フリック・・・」
一生懸命に伝えるフリックと、目が合わせられなくてビクトールは誤魔化すように口付けた。
自分でも意地の悪い事だと思うが、どうしても言わずにはいられなかったのだ。その、否定の言葉を聞きたくて。期待通りの返事にビクトールは内心ほっとして胸を撫で下ろす。勢いよく燃えていた炎が、少し和らいだのを感じた。愛しい気持ちで深く唇を合わせる。腕の戒めも解いてやりながら、強く舌 を吸うと、フリックから苦しげな声が洩れた。
「ビク・・・トール・・・」
自由になった腕をビクトールの背に回して強く力を込める。口付けに夢中になっていたビクトールは、何か言いた気に視線を彷徨わせるフリックに気付いて、思わず笑ってしまった。
「ああ、すまん、途中だったな!」
「いいからっ!・・・はやく、しろ・・・」
今度はフリックが目を逸らして、赤い顔で言う。腹に当るフリックの滾りが、熱く息づいていた。ビクトールのものも、フリックの嬌態にすっかり反応してしまっているのだ。手際よくフリックの上服を脱がせると、ビクトールは自分の着衣も全て剥ぎ取って放り投げた。
「ん・・・」
フリックの脚を抱え込み、ビクトールが自身を沈める為に体重を掛けた。先程まで無機物を銜え込んでいたそこは、すんなりとビクトールを迎え入れた。ゆるく動くのにも、過剰に反応してフリックは身を捩らせる。ビクトールのものが、中を数回擦り上げると、フリックは体を強張らせた。
「あっ、も・・・駄目、だっ・・・」
小刻みに震わせたそこから、白い液体が数回途切れては弾ける様に飛び出して、二人の腹や胸を濡らした。
「入れただけで、イっちまったか?」
「うるさいっ・・・ずっと、我慢、して・・・た・・・」
肩で息を切らしながら、フリックは両手で目元を覆いながら、うまく喋れ無いながらも言い返す。その腕を退かしながら、ビクトールはフリックに軽くキスをして目を細めて笑った。
「すまんが、俺の方も我慢出来そうにねぇ・・・」
「え?・・・あっ、は・・・」
肩に付く程大きく脚を折り曲げて、ビクトールは圧し掛かって。深く、奥まで激しく突き立てた。我慢出来ないと言った言葉そのままに、我武者羅に腰を律動させる。
「あぁっ、あっ、あ―――」
穿ち、擦られる衝撃に、フリックの意識は真っ白になっていく。揺さ振られる体に、また快感の火が灯り始めるのを感じて、声を押し留める事も出来ない。濡れた音と共に中を掻き回す熱が、更に奥へ奥へ行こうと押し進んで来る度に、蕩けそうな悦楽がフリックを襲う。ビクトールもまた、自身を溶かすのではないかと思わせられる程、熱くて狭いそこを穿つ度に訪れる嬌楽に、時折獣じみた呻き声を上げてひたすら腰を打ち付けた。ビクトールの動きに合わせて、フリックの腰も上下に揺れる。唇を合わせて舌を強く吸い合って、互いを余す事無く貪り合った。
そうして、昂ぶり堪えきれなくなった精を吐き出すまで、激しくも甘やかなまぐわいが繰り広げられていた。
「さっきから、何にやにや笑ってんだよ?」
「お?ああ・・・いや、だってよ。」
情事の後、隣に並んで横たわるビクトールに、フリックは訝しげに視線を遣って尋ねた。もの思いに耽っていたらしいビクトールが、フリックの髪を撫でながら益々破顔させた。
「お前の方から、おねだりしてくるなん・・・でっ?!」
「何時、誰が、そんな事をしたっ?!」
フリックの掌がビクトールの口元を隠すように、叩き付けられた。ビクトールが痛みに顔を顰めている間に、フリックは体を捻ってビクトールに背を向けた。その顔はビクトールには見えなかったが、かなり赤く染まっている。
「俺はもう寝るっ・・・いいか、絶対アレは始末しとけよっ!」
「え〜〜〜?」
「何か文句あるかっ?!」
「いや、別に・・・」
ビクトールは残念そうに呟くと、フリックに腕を回して抱き込んだ。穏やかに眠りに付こうとするフリックに、溜息を付いて自分も目を閉じる。そうすると瞬く間に睡魔が襲い、心地良い眠りへと引き込まれていった。
そして翌日。
昨夜の件でハンフリーの報告だけでは不十分だと、軍師に呼びつけられた二人は押収品として例のバッグを提出させられた。しかもその怪しげな品々はご丁寧にも、机の上に並びたてられていた。
『まさか、使ったりはしてないだろうな?』
冗談なのか本気なのか良く解らないシュウの言葉は、酷くフリックを狼狽させた。しかも、それに応えたビクトールの言葉で、フリックはキレたのだった。
『心配すんなって、ちゃんと洗ってあっからよ。』
その後、ビクトールがどうなったのかは、語るまでも無い事である。
終わり。2001.08.04 |