眠れぬ夜の過ごし方。


最近、また、眠れなくなった。


ビクトールと旅を始めてもう一年近く。
初めの頃は、解放軍最後の戦いで負った矢傷のせいでよくは眠れなかった。
勿論、今まではそう仲も良くなかった相手と同じ部屋にいる。
それだけでどこか緊張の糸を張り詰めていたせいもある。
しかし。
傷も癒え、体調も戻って。
数ヶ月生活を供にした相手の気配にも慣れ。
何とか熟睡出来るようにはなっていた。


だけどここにきて。


この一ヶ月程、酷く寝付きが悪くなった気がする。
しかもそれは、慣れたとばかり思っていた連れの気配のせいで。



夜、あまり眠れていないように思う。
寝返りを何度も打ったり、大きな溜息を出してみたり。
それに気付いたのは、本当にたまたま、偶然だったのだ。
何気なくふと、夜中に目が醒めてしまった。
その時に。
あの男が眠っていない事を知った。
眠らないのか、眠れないのか。
そんな事は、自分は知った事ではない。
自分は何も知らされていない。
だとしたら、それはあの男の勝手、だという事なのだろう。



しかし気付いてしまったら、どうにも気になってしまったのだ。
どうせ眠れないのだから、と。
寝たフリをしてこっそりとビクトールの事を観察してみた。
そして、更に知った。
ひとしきり寝台の上で転がって、頭を掻き毟って。
それで寝てしまう日はまだいい。
けれどそれでも眠れない日は、夜中だというのに起き出してしまうのだ。
そして、黙ってどこかに出掛けて行き、朝方まで帰らないのだ。


何処に行って、何をしているのか。
やはり自分には知らされない。
だから。
それは自分は知るべき事ではないし、関係もない事なのだ。


だけれども。
それが。
その事が。
どうしてこんなにも自分を不安にも似た気持ちにさせるのだろう。

どうして。

あの男が。
眠れないと寝返りを打つ度に。

自分はギクリとして、身を竦めてしまうのだろう。

どうして。






「なあ、お前、夜眠れてないんじゃねーのか?」
思い切って、切り出してみた。
もう少しで次の町が見える。
その道中、男の背中に話し掛けた。
「いや…そんな事は…」
驚いた顔で振り返った男は、歯切れ悪く否定の言葉を口にした。
「俺は思うんだが…」
けれどそれには無視をする。
はじめから素直に頷くとは思っていない。
「少しばかり値が張っても、二部屋用意しないか?」
「……」
「お前が俺と一緒だと眠れないなんて、繊細な神経を持ち合わせてるとは到底思えないが…何が原因かは知らなねーけど、実際眠れてないだろ。」
「いや…別に…」
「旅をするにも仕事を請け負うにも体が資本なんだからな!しっかり睡眠だって取らなきゃ話になんねーんだよ。」
「…それは…そーだろーけどよ…」
正論をぶつけると、うっと仰け反って情けない声を出す。
何を渋る事があるのだろうか。
贅沢にも個室を取ろうと言っているのに。
「でもよ。」
「何だ?」
「何かお前一人で放っとくと心配でよぉ…」
「…っな、何がだっっ…!!」
「だってお前、運悪いからよー何か面倒事に巻き込まれそうだしよ。」
むか。
「あと、知らねぇ奴にもほいほいくっ付いて行きそうだしよ…!」
「…俺は子供じゃないんだがな…」
あまりの言い様に、声が低く出た。
少し、殺気も混ざったかもしれない。
その気配を敏感に察した男が、慌てて手を振った。
「いや、まぁ、そうだな…確かにその方がいいかもな!うん!」
そう言って、くるりと反転すると足早に歩き出した。
その背を追って。
これでいいのだと、胸の内で繰り返す。
そうしたら、ビクトールは眠れるだろうし、きっと自分も眠れる。
これでいい。


そう思うのに。
どうしてなのだろう。
どこか虚しい。


どうして。


こんな気持ちになるのだろう。






予定通り、宿屋では二部屋取った。
その代わりに。
余計な出費を抑える為、晩酌はいつもより控える結果となってしまった。
そのせいで、全然飲み足りない。

「……」

だからだろうか。
部屋の前に来ても、後ろ髪を引かれる気分になるのは。
まだ、もっと。
この男と飲んでいたいから。
だから。
こんなにも別れ難い気にさせられるのだろうか。

そして、ビクトールも。
そう思うから。
だから部屋の前に来てもここに留まっているのだろうか。

「なあ、やっぱり…」
言った、ビクトールの手が伸びる。

『もうちょっとだけ、飲み直さねぇか?』
そう言って、肩を叩かれるのかと。
思った。

けど。

手は真っ直ぐ伸びて来て。
頬を掠めて首の後ろに。
そしてとても神妙な顔付きで。

「…何、だ?」

「いや…何でもねぇ。」

予想と違って、男は何も言わなかった。
頭の後ろで、二、三度髪の房を引っ張った手も。
最後に軽く耳朶に触れて離れていった。
そして背を向ける。


「じゃあな。また明日…」
「あっ、ああ…」


隣の部屋に消えるその姿を見送って。
これでいいのだと、思う。

これで。

今夜は互いによく眠れる筈だ。



けれども。



あまり、眠れなかった。

どうして。
なのかは、自分でも解らない。

ただ、ひとつだけ解るのは。

明くる日も欠伸を重ねるその姿に。
ビクトールもまた。
眠れなかったであろうという事実だけだった。







「くそっ…!酷い目にあった…」
「まあ、こんな所でも宿が取れてよかったよな…」

こんな所、とは。
部屋の真ん中に大きな大きな寝台があって。
他には簡単な作り付けの棚があるくらいの。
ただ、その寝台で寝る為だけに作られた部屋だ。
所謂、連れ込み宿、というやつだ。



この地方、この季節にはよくある事らしいのだが。
からりと晴れていたにも関わらず、夕刻になるとバケツを引っくり返したような雨が振る。
大概短時間で終わるそうなのだが、計ったようにそれに出くわした。
しかも小さなこの町に、大きな商隊が着いたばかりらしく、宿も満室となっていて。
ずぶ濡れのまま、店主に嫌な顔をされながらも夕食を摂ったあと。
やっと探し当てた空室はこの部屋だけだったのだ。


「でもあの状態で野宿は厳しいからな…」
もう暑いといえる季節であっても、濡れた服のままの野営では体調を崩せと言ってるようなものだろう。
粗末でいかがわしい、といえど。
ここには簡素だが風呂も、柔らかい布団もある。
ただ、文句があるといえば、手に入った酒瓶が一本きりだという事くらいだろうか。


「これっぽちじゃ、酔えやしねぇな。」


風呂にも入って、宿屋の貸付の寝巻きに着替えて。
寛いで二人してその一本を分け合った。
最後の一滴を飲み干して、ビクトールが愚痴を零す。

酒がなくなってしまうと、もう、何もする事がない。

「もう寝るか…」
「ああ…」

自然と、ひとつしかない寝台に目が行った。
ダブル、よりか更に大きい。
これなら二人で寝ても大丈夫だろう。
尤も、図体のデカイあの男の寝相さえよければ、の話だが。


そんな埒もあかないような事をつらつらと考えながら、布団の隙間に滑り込む。
まだ、ビクトールは、端に腰掛けたままで。
そこで、ふと、口を突いた。


「なあ、お前、こーゆー所ってよく来るのか…?」

「えっ…?!あ?おう…いやっ、たまにだがな…」

酷く慌てた様子で、ビクトールが応えた。
どうしてだか、気まずいような表情を浮かべて。

たまに。
たまに、とは。
あの、夜抜け出していた時の事だろうか。


ビクトールには、心に決めた相手はいるような素振りはない。
だから。
たとえ、夜、どこかしらで相手を見付けて、こんな所に来たとしても。
誰に咎められる訳でもない。
当然、自分にも、そんな権利はある筈もない。

なのに、どうして。


こんな気持ちになるのだろう。



こうして、女を連れ込んで。
今、こうしているように、女は横たわって。
そして。


座っていたビクトールが、振り返る。
そして。
ぎしり、と、その存在の大きさを知らしめるかのように寝台が鳴る。
そして。
こっちを見る。


そうして、ビクトールは、その女と。



「…っ」

どうしてだろう。

胸が、むかむかする。


「おい…どうした…?」


胸を押さえて顔を歪ませた自分に、驚いてビクトールが覗き込む。
「…なん…でも、ない…」
近付くその顔が見えなくて、俯いて胸を押し返す。
押し返してるのに、更に寄ってきた男は怒ったような声を出した。
「またっ…お前はっ!具合悪いなら、隠さず言えっつってるだろーが!!」
「べ、別に、具合なんか…」
「だったら、ちゃんと顔見せろって!」
太い腕が、肩を押して体を上向かせる。
そして。
空いた手が。
顎を捕らえた。

逃げないように、固定される。
目を合わせて。

「ほら、言えって。」
「……別に…ただ…」
「ただ?」
「お前が…」

続きが、出て来ない。
当たり前だ。
自分でも、何が言いたいか解らない。

「お前…が…」

真っ直ぐ、見透かすような瞳が見てる。
それに居た堪れなくなって。
思わず目を、逸らす。

何か、続く言葉を言わなくては。
そう思っていたのだが。

結局、言う事は叶わなかった。


その、目の前の男に。
降ってきた唇で、自分のそれもまた塞がれてしまったのだから。





「…酔えないんじゃなかったのか…?」

口吻けは、一度では終わらなくて。

長く絡んで離れたあと。
どこやかしこに触れていく。
今は、首筋に。

どうして。
ビクトールはこんな事を。
そして。
どうして。
自分の腕はこの男の背にあるのだろう。

「お前だって、酔ってねぇんだろ?」
「…あれしきの酒で、酔える訳ね―だろ…」
「だよな…だったら…」
「…っ!」
手が、下に降りて際どいところをなぞった。
夜着は薄い。
服の上からでも、充分刺激が与えられる。
「後で、酔ってたからだって、言い訳なんかすんなよな。」
「んっ…」
今度は、裾を割って、手が這い登って来る。
一点をきつく摘みあげられたのに、声が上擦ってしまった。
「そっち、こそ…っ…途中で我に返って、やめたりするんじゃねーのか…?」
「…やめねぇよ、もお、俺も…言い訳はしねぇ。」
「な、何だって?…っあ?!」
「さあな。」
指で玩ぶのとは反対の方を、軽く噛まれて。
びくりと揺れた肩を押さえ付けられ。
「ん、んっ…」
いつの間にか下肢にあった手が、服の隙間に入り込んでる。
直に触れて来る手が熱い。
熱すぎるくらいだ、とさえ思う。
そのまま、その熱が全身を冒していった。





「はぁ、はっ…はっ…」
信じられない。
さっき、ビクトールに口でされて出たというのに。
また、熱くなって力を取り戻し出した。
「あーっ、や、やっ!」
指が、中を引っかきまわしている。
それが、こんな。
こんな。
「いいのか…?なあ、フリック?」
「あ、あっ…」
訊かれて、答えられえる筈もない。
いい、とか悪いとか、そんな事考える余裕もなくて。
あったとしても。
声を突くのはただ、意味もない音ばかりだ。
「う、んん…っ」
忙しない動きが止まると、それは唐突にずるりと出て行く。
内壁を擦っていく感触が、むず痒い。
「いいか?力抜けよ?」
「え…あ!」
素早く脚を抱えられると、ビクトールが圧し掛かった。
入り口に何か、入って来る。
けれど、きつい。
「あ、あ!む、無理だ…」
「大丈夫だ、ほら…」
言って、身を進める。
「あああ!あ!あ!」
少しづつ、少しづつ。
中に侵入ってくる。
その感覚が受け入れられなくって、混乱する。
脚が、がくがくと震えた。
「よし、全部、入ったぜ…」
そう言って腰を擦り付けて男が息を吐く。
「あ!馬鹿!動くな…っ!」
「無茶言うなよ…」
「だっ、駄目だっ…て、あ、あ!」
ゆるゆると注挿がはじまる。
うそだ。
こんな。
こんな。
先程、指で感じていた快感が甦る。
いや、それよりも、もっと。
もっともっと強烈な。
「あ…ビクトール、ビクトール…!」
抜き差しが激しくなって、追い詰められる。
気の入った雄が擦られ、更に自分を狂わせる。
「しっかり掴まってろよ…!」
「っ…!」
抱え上げられて向き合って抱き合う形になる。
より深く繋がって、込み上げた悲鳴は男によって飲み込まれた。
どちらともが奪うように口吻けて。
背に回した手に力を込める。
そうして気が遠くなるようになって。
自分も動いて、狂おしい快感を与え、与えられていた。









目が醒めた。
隣で、ビクトールが寝ている。
自分の頭の下には腕が。
もう片方の腕は、腰に絡み付いていた。
離れようともがいてみたが、びくともしない。
「…ったく。」
諦めて溜息を吐いた。
体の節々が痛い。
けれど頭は随分すっきりしている。
ずっとこのところ。
熟睡出来ないでいた。
なのに。
昨夜は夢も見ないくらい深い眠りについたように思う。
まあ、尤もあれだけさんざん無茶をやられたら、疲れ切って熟睡も出来るだろうが。



酔ってたからだって、言い訳なんかすんなよな。
この男はそう言った。
そして。
自分も酔っていないのだと。
もう、言い訳はしないのだと。
そうとも言った。


だとしたら。


酔ってもいなくて、言い訳もしなくて。
その上で。
この男は自分と寝たいと。
そう、思ったのだろうか。


どうして。


そう、思うだけで。


こんな気持ちになるのだろう。




「ん…」
「起きたか。」

目を擦る男の腕に抱かれて。
上目遣いに様子を伺う。
「う、わっ…?!」
自分の顔を見た途端。
驚いてビクトールは体を起こした。
頭を振って、目覚めを喚起させた男は手で顔を押さえて呻いた。
「ああ…夢じゃなかったか…」

少し、ずきりとどこかが痛む。

「隣にいるのが美女じゃなくて残念だったな。男と寝たなんて笑うに笑えねーもんな。」
あの態度は後悔のものなのだと。
そう思ったから。
皮肉を込めて、言ってやった。
けれど。
ビクトールは、一瞬呆けた後、盛大に笑い出した。
「はっはっは!馬っ鹿、逆だ、逆!」
「…?」
今度は、こちらがきょとんとする番だった。
言っている意味がよく解らない。
「だから、な。」
手が伸ばされ。
頭を引き寄せられた。
「お前と寝たのが、夢じゃなくてよかったっつってんだろ。」
「…それって…どういう…」
「さあな。でも…」
目を細めた顔が近付く。

そして。

柔らかいキスを。

「ちっと考えりゃあ、すぐに答えは出るだろ?」

どうして、なのか。
もう。
答えは。


「ああ、そうだな。」


素直に笑えなくて。
それでも笑顔で答えを告げる。
そうすると。
今度は。
柔らかいだけではない、熱い、キスを。


背にそっと手を回しながら思う。
これできっと。
自分も、ビクトールも、夜眠れなくなる事はないのだろうと。



けれどまた。
眠れない夜が訪れるとしても。


どうして、こんな気持ちになるのか。

その、答えを。

その時にゆっくり話し合えばいいだけの事なのだ。



END. 2003.06.07


また朝ちゅんで済ましてしまおーとかも思ったのですが…(おい)
なんか暫く書いてなかったのと、某Kさんが頑張ってえろ書いてる(らしい)んだからと自分を叱咤激励してみた(笑)
でもまじで久々だったので、書き方がよく解りませんでした…



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