大浴場での会話


「お?お前らも仕事終わったのか?」
「ええ、今日は思ったより早仕舞い出来ましてねー」

本拠地にある、風呂職人テツが管理する大浴場は大好評で。
部屋に簡易シャワーを持っている幹部連中も、時間さえ取れればこの風呂に浸かりに来ていた。
ビクトールとフリックも、例に洩れずその類である。
そして今。
脱衣所で、服を脱ぎ始めたちょうどその頃に。
後から入って来たカミューとマイクロトフに声を掛けたところだった。

普段から仲が良く、交流のある騎士の二人は。
ごく自然に傭兵達の隣にと、場所を移した。

普段、フリックはきっちりとした服を着ている。
タートルネックだし、長袖長ズボン。
年中ノースリーブの相棒のビクトールとは対照的に、肌の露出は殆どなかった。
その、首も袖も長いシャツを脱いだ時。
フリックは隣からの注視の視線を受けて、顔を顰めた。
「なっ、なんだ?カミュー。」
「え…?いや…」
声を掛けても、まだじろじろと隅々まで観察されるようにされて。
フリックがの眉がますます寄る。
「何をそんな見てんだよっ?!!」
別に同じ男に裸を見られて、恥ずかしい事もないのだが。
しかしカミューにしては珍しいような、不躾な感じで見られようものなら、フリックだって慌てるというものだ。
「……」
無言で。
というか、黙々として。
フリックの首から腰辺りまでを隈なく眺め回した後。
今度は、やはり同じく上半身裸になったビクトールの背中を見詰めて。
顎に手を当て、うーんと少し考え込んでから。
カミューはくったくなく笑った。
「あはは、いえ、すみませんね。」
「な、何だよ…」
「いえね、ほら、よくあるじゃないですか。」
「?」
「風呂場で昨夜の情事がバレちゃうってやつ。あなた達もキスマークや背中に引っ掻き傷が…」
「っ?!!!!!」
どんっ!
「おわっ?!」
「…なーんて…って…あれ?」
最後、カミューが冗談で締めようとしたのを遮って。
フリックが勢い良く反対側の隣にいたビクトールを突き飛ばした。
もう片方の手で、自分の首元を押さえて。
そして。
それは、もう。
真っ赤な顔をして、酷く取り乱していた。
「いっ、いや!これはそのっ…っ!!!」
「……」
「っててて……このバカ…」
突き飛ばされて、しりもちをついたビクトールが起き上がって頭を掻いた。
そのビクトールに、フリックが食って掛かる。
「バカとはなんだ?!誰のせいでっ…!」
「お前のせいだろーが…」
「なっ…」
「あっはははははは!」
「っ?!」
更にビクトールに詰め寄ろうとしたフリックの背後で。
突然、笑い声が響き渡った。
カミューが、堪え切れない、といった風にして笑い転げている。
その姿をフリックは呆然と、ビクトールは苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。
暫く経って。
やっと笑の納まったカミューが、ちょっと涙目になりながら呟いた。
「あー…フリック、おかしすぎ…」
「カミュー…?」
「あ…すいません、つい、おかしくて。」
そこで、はじめてアゼンとして見詰められていた事に気付いたようなカミューが、にっこりと笑った。
「何がそんなにおかしいんだよ?」
「いえね、ちょっと鎌を掛けてみようかなと思っただけだったのに…まさかそっちから教えて下さるなんて、思ってもみなかったので…」
「はあ?」
「バカ…気付けよ。」
「何をだ?」
脇から見ていたビクトールが、小さく呟く。
しかしフリックには、まだ、何のことかさっぱりである。
そんな遣り取りを、さも、楽しそうに見てカミューが告げる。
「ですから、キスマークや傷なんて、どこにも付いてませんって。あなたにもビクトールにも。」
「へ?」
「そんな慌てた反応を返されるとはね。余程昨夜ヤマシイ事があったんでしょうね?」
「っ?!!!!!」
にーっこりと笑って言われた台詞に。
やっと、事の次第に気付いたフリックが絶句する。
そんなフリックを眺めつつ、手早く衣服を脱ぎ捨てたカミューは。
とっくの昔に裸になって、ずっと黙って事の顛末を見守っていたマイクロトフに声を掛けた。
「待たせたね。じゃ、行こうか。」
「…カミュー…あまり悪ふざけは…」
「はいはいー解ってるって〜!」
生真面目に自分に説教を始めようとするマイクロトフの肩を回して向きを変えて、カミューはその背を押す。
そして、振り返って。
固まったままのフリックに、軽く手を挙げる。
「お先にー。フリック達も早く入らないと風邪ひきますよー」
そう言って、くるりと背を向けて浴場に続く扉へと歩いて行った。
「……」
嵐のような出来事に、なかば茫然自失としながら。
二人の背中を見送っていたフリックは。
ふと、気付いてしまった。

カミューのうなじ、髪の付け根ぎりぎりに。
ある、赤い痕はまさしくキスマークじゃないのだろうか。
そして。
マイクロトフの背にも。
小さな、赤い筋が、四本揃って付いていた。

「〜〜〜!!!!」
何を言っていいものやら、どういった反応をしていいのやら。
こんがらがって、ただひたすら口をぱくぱくしていたフリックに、ビクトールが怪訝な顔をして。
そして、その視線を追って、何事にも目敏いビクトールは納得した。
フリックの肩を、ぽんと叩いて。
「まあ、あれだな。」
「?」
「からかわれつつ、存分に惚気られた、って事じゃねえのか?」
「そ、そうかもな…」
言われて、フリックの肩ががっくりと落ちる。
そんなフリックを。
ビクトールが、嬉々として覗き込んで。
「お返しに、俺らも惚気返す…ってのはどうだ?」
「?!ばっばか!出来る訳ねーだろ?!」
「ん〜?やってみなきゃ解んねえぜ?」
「解るも何もっ、俺はそんな事したくっ…もがっ!」
怒鳴り掛けたフリックの口を、ビクトールが手で塞ぐ。
そうして、見事な早業で、片手で残りの衣装を剥ぎ取った。
「そうと決まればれっつごー!」
「〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
もがくフリックを抱え込んで、ビクトールは風呂場へと意気揚々と入っていったのであった。





数刻後。
大きな落雷が風呂場にあって。
そのまた数刻後。
こっぴどく叱られるフリックと。
その傍に転がる炭と化したビクトールの姿があった。







ひ、久々にらぶこめ(?)書いた気がする…
2005.01.14