行こうぜ


「明日あたりどうだ?」





そう、言われた次の日。
良く晴れた空の下。
俺達は新たなる旅路の門出に立っていた。
まだ少年であったリーダーを主としてあった同盟軍の城から伸びる廸の、そのはじまりに居る。
柔らかで爽やかな風がマントに孕んで。
そしてゆるやかに抜けていく。
ゆっくりと振り返った。
青空に白い城がくっきりと浮き上がる。
ここを根城に、様々な事があった。

闘いは大概は楽勝や快勝ではなく、窮地に立ったり苦戦を強いられる事が多かった。
大事な仲間の死にも立ち会った。
過ごした日々は、決して、安穏とした心休まるそれではなくて。
寧ろ、辛く、苦しいものだっただろう。

なのに。
こうして今。
振り返ってあの城を見れば。
ただ、ひとしおに愛惜しい。

確かに、苦しい闘いではあった。
けれども、自分達は成し遂げた。
辛い事もあったけれども、それ以上に、ささやかだけれども喜びや楽しみもあったのだ。
志を同じくして集いた仲間がいて。
共に闘い、笑い、涙した。
闘いは辛く哀しく苦しいものであったけれども。
それでも。
あの日々を、『幸せ』であったとさえ、そう思えるのだ。



そっと隣に立つ男を伺う。
ほんの少し目を眇め、どこか懐かしそうな顔をしているこの男も。
きっと、同じように思ってる筈だ。
いや、きっとそれ以上に。

「なあ、ほんとにいいのか?」
「んん?」
勤めて、何でもないような素振りで問う。
それに間の抜けた声が返った。
ここは男の、ビクトールの、故郷とも言えるところだ。
もう、育った村はないけれども。
あの城が綺麗に改築されて、多くの人々が集まって。
ここはもう立派な街と言える場所となった。
姿や住む人々が変わったとしても。
ここがビクトールの故郷である事には、きっと何ら変わりはないのだろうと思う。

問うた後、何にも言えなくなってしまった自分に。
苦く笑ってビクトールが告げた。
「いいさ。挨拶してぇヤツにはちゃんと別れを告げられたしな。」
「そうか。」
「ああ。」
頷きあって。
そしてまた、言葉もなく城を仰ぐ。
そうすると、また、感慨が胸に湧き上がる。
それを噛み締めていたならば。
遠くの方から喧騒が近付いてきた。
ヒックスとテンガアールだ。



奴らはばたばたと一騒動起こして。
最後にはヒックスはテンガアールに引き摺られる様にして連れられて行った。
それをビクトールと笑って見送る。
同峰で、妹や弟のような二人。
この広い世界で。
故郷に帰る気のない自分とは、もう、二度と出会う事もないのかもしれない。
小さくなる背中に、旅の無事とこれからの幸せを願う。
そして、背にそびえる城に残る、仲間だった人たちの平和や幸せも。

少し、後ろ髪を引かれるような気持ちがするのは本当だ。
だけど。
ここには留まれない。

ここで、自分は成すべき事を成し遂げられたのだと思っている。
けれど、もっと。
自分に出来る事がある筈だ。
世界は広い。
まだ自分の知りえぬその世界を見に行きたい。
そして、そこで。
自分に何が出来るのか。
知って、そしてそれに挑みたい。

出来るのなら、この、隣に立つ男と共に。



「ったく、騒々しい奴等だぜ。一生あんな感じなんだろうなあ…」
頭を掻きながら、ビクトールが呟いた。
それに、笑って応える。
「そうだな。でもお前にだけは言われたくねーだろうけどな。」
「はっはっは!それもそうかもな!」
ビクトールも、笑って応える。
ひとしきり笑って。
そして。
「んじゃあまあ…俺達も…」
地面に置いた荷物を担いで。
ビクトールが言った。

「行こうぜ!」


何の約束もなかった。
何の相談もしなかった。

ただ昨日。
『明日あたりどうだ?』
そう問われたのみだった。

そして、今日。
二人して旅路に出るのだ。


何の約束もなくても。
何の相談もなくても。


ビクトールの未来には、自分がいる。
そして同じく自分の未来にはビクトールが。

それが。

たまらなく嬉しく思う。
とてつもなく誇らしく思う。






「ああ…行こう!」
固く頷いて返す。
そして足元から続く廸のその先をまっすぐに見据える。
それがどこに続くのかは、まだ、解らないけれど。



行こうぜ。
二人で。
行こうぜ。
二人でなら、どこへでも。







2のENDの旅立ちの時のつもり…
2005.01.28