かつての仇敵だったネクロードの討伐が終わって。 本拠地の城に帰って来てすぐに。 『報告の為の墓参りがしたい』 そう言ったら、すぐさま解放されて今に至る。 七面倒臭ぇ、報告だの、その後にあるだろう軍議だのが免除されるのは儲けものだ。 その、『報告の為の墓参り』は、自分でも呆れるほどに素っ気無く簡単に終わった。 時間を持て余し。 けれど、今からもう始まっているであろう軍議に出る気にもなれずに。 地下の墓地から地上へ、そしてそのまま中庭を抜け。 更には城壁も越え。 城の敷地外の草原に腰を落ち着けたのだった。 過去に討ち取った筈のネクロードが生きていたのは。 思わぬ予想外の事だった。 今思えば自分の中では。 『仇討ち』は、あの3年以上にもなる前の、あの時に終わっていたのだ。 では、つい数日前の、あの戦いは何だったのか。 ぼんやりと見詰めた足元には。 小さく、けれど辺りを敷き詰める程の白い花。 昔、よくこの花を摘んだ。 幼馴染に渡す、冠や首飾りにするために。 他所の街の花屋でたまに見掛けたこの花は、ここいらでは何処にでも咲くただの草花だ。 特に目立つ訳でもなく、特別に取り立てて美しい訳でもない。 けれども。 目立って色とりどりに咲く別の花ではなく、この花を好んで摘んでいたものだった。 その幼馴染はもう居ない。 目に映る白い花に。 もう、どこにもいる筈のない、幼馴染の顔が被る。 デイジー。 もう、顔もすっかり忘れていた。 けれど今思い出せるのは。 皮肉にも、仇敵だったネクロードのお陰だ。 見た瞬間には、その頸を自分で刎ね飛ばしたのだけれど。 なあ、デイジー。 もうあれから10年は経っちまったか。 10年て月日は長いよな。 あの時、現れた。 お前が本物だったかどうかなんて、今の俺には解んなかった。 それに。 本物でも偽者でも、それさえもどうでもよかった。 お前は死んだ。 ただ、その事実だけが俺の中にあって。 だから本物のお前が不死者として蘇ったとしても。 その事実は打ち消せねえんだよ。 何度蘇って目の前に現れても。 死者であるお前の頸を、俺は何度でも刎ねるだろう。 なあ、デイジー。 俺はずっと、復讐の為だけに生きていた。 お前を。 お袋を、ウィルを、ばあさんを、村の奴らを。 非道い目に遭わせて命を踏み躙った。 ネクロードに仇討ちする為だけに生きてた。 だから前ん戦争時に。 あいつを討ち果たした時は本当に嬉しかったんだ。 でもな。 そん時俺は気付いちまった。 10年は長い。 長いんだよ。 俺は、確かに仇討ちの為だけに生きていた筈なのに。 あの時。 復讐を果たしたその後にも。 俺に、残るものはあったんだよ。 復讐だけに生きてきた。 そう思ってたのに。 他に、大事に出来るものが俺にもあったんだよ。 なあ、デイジー。 お前が。 お袋が、ウィルが、ばあさんが、村の奴らが。 この村が。 俺には一番大事なものの筈だった。 けど、10年、俺は生きるうちに。 他に、もっと大事なもんが出来ちまったんだよ。 一度目は、この、滅ぼされたノースウインドウの仇討ちだった。 それは誓って間違いねえ。 けど。 その時『仇討ち』を終えた俺にとって。 二度目は、ただの私怨の決着と尻拭いだったんだよ。 そして。 大事なもんを守りたかった。 今、俺にある、大事なもんを。 また、ネクロードに踏み躙られたくねえと思ったんだよ。 それに。 こんな事を思うのは、おこがましいかもしんねぇけどよ。 もう、これ以上他に。 お前のような。 俺のような。 犠牲者を出したくねぇと、本気でそう思ったんだ。 仇討ちとか、そんなんじゃねえ。 ただ、今と、そして続く未来とを。 守りたい。 それだけだったんだよ。 ぬるい風が、頬を撫でていく。 さわさわと草の鳴る音。 足元で、白い花が揺れている。 なあ、デイジー。 これは俺の勝手な思い込みなんだけどよ。 お前は、もう、この世に生まれ変わってんじゃねえのか? そして、今度は、幸せな人生を送るために生きてるんじゃねえのか? デイジー。 俺は、守りてえよ。 俺が、今、大事に思ってるもんも。 生まれ変わった、お前が。 生きてるこの世界も。 守りてえ。 この先、幸せに生きられるように。 だから、なあ。 この戦いが終わって、俺がここを出て行って。 そして、もう、二度と戻って来ねえかもしんなくても。 怒らないでくれよな。 それによ。 ここは、もう。 淋しい、朽ちたうらわびしい村じゃあねえだろ。 昔よりもずっと、活気があって、明るい街になってるじゃねえか。 昔の俺とお前みてえに。 この花を摘んで遊ぶ。 子供達だって、今は沢山いるんだぜ。 なあ、デイジー。 もう、ここには戻らなくっても。 お前達の事は一生忘れたりしねえよ。 あれから10年生きてきた。 そしてこれからも生きていく。 俺は、やっぱり留まる事は出来ねえよ。 足元には白い花。 失くした、幼馴染と同じ名の花だ。 デイジー。 その時が来たら。 笑って見送ってくれるだろう。 そう、思うのは。 俺の身勝手なひとりよがりじゃあねえよな? |
前に書いた「ぎこちない〜」のエピローグのようなカンジで。
2005.01.08