言えないひとこと


「ずっと今まで言えなかったんだけどよ…」
「あぁ?」
「実は………医者にな、余命3ヶ月だって言われた」
「……誰が?」
「俺が」
「……」
「……」
「…で?それは一体いつ言われたんだ?」
「あー…えーと、3ヶ月くらい前だな」
「……」
「……」
「お前な…せめて1ヶ月前くらいには言えよな」
「いやー言おう言おうと思ってても、なかなか言い出せなくてよ…」
「だからってお前…これじゃあ、余命0ヶ月じゃねーか」
「だろ?だから流石に言わねえとと思ってよ、はっはっは!」
「笑い事じゃねーだろ!」
「す、すまん…」
「……」
「……」
「…悪い冗談じゃねーだろうな?」
「だったらよかったんだけどなあ」
「……」
「……」
「ホントに、間違いないんだろうな?」
「医者が間違ってんじゃなけりゃそうだろうな」
「……」
「……」
「……」
「なあ、俺たち人生の半分くれえは一緒にいるんだよな」
「…なんだよ、それがどうしたって?」
「フリック、お前…な、どうしてずっと結婚もせずに俺と一緒に居てたんだよ?」
「なっ、何だよ?いきなり」
「なあ、どうしてだ?」
「…俺は…知ってるだろ、俺はオデッサ以外となんて考えられなかったんだよ」
「はは、そうだな」
「そういうお前こそ、なんでずっと独り者なんだよ?意外とモテてたの知ってるんだぞ」
「…ああ、俺はなあ…」
「……」
「……」
「……」
「…なあ、フリック」
「ああ?」
「もうひとつ、ずっと言えなかった事があるんだけどよ」
「……」
「俺はな、ずっとお前…もがっ!」
「…言うな」
「もごがもごごご!」
「言わなくていい」
「もごもぐごが!」
「言わないでくれ…言ったら、お前、もうこの世に未練がなくなっちまうんじゃねーのか?そしたら…っ」
「も…ご…」
「だから、言うな…頼むから…」
「……」
「言うな…」
「……」



ビクトールは、今にも泣きそうな顔で自分の口を塞ぐフリックを抱き締めた。
こんな顔をさせたかった訳ではなかった。
ただ。
ただ、ずっと。
言えなかった気持ちを告げておきたかっただけなのだ。
そして、あわよくば。
余命幾許もないという境遇にフリックの同情を買って。
ちょっと優しくして貰ったり。
もし、もし戯言を利いてくれるのなら、ちょっといちゃいちゃして貰ったり。
ただ、そんな風に思っただけなのだ。
けれど、この相棒はそれすらも許してくれないようで。

だけど。

色気もくそもない。
けれど唯一無二の相棒として。
そうして人生を閉じるのも悪くはない。
それもまた、自分達らしいではないか。
甘い刻を過ごせなかったのは多少惜しい気はするが。


そして。

生涯で一番に言いたかったひとことを。
きっと伝える事はないのだと。
そう思って、ビクトールは気付かれないようにそっとフリックの髪にキスをした。





お互い想い合っているのに、ずっと言い出せなくて腐れ縁のまま…ってのもアリかなあ〜なんて。
2007.10.11