通り雨。



「あ・・・」
「降ってきたな。」


先程までの晴れ渡った空は見る影も無く、何時の間にか空を覆う分厚い雨雲から大きな雨雫が落ちてきた。
ひとつ、またひとつと。
その間隔はあっという間に狭まって、気が付くと土砂降りで前すら見えなくなっていた。今更無駄だとは解っていても、これ以上濡れない様にとビクトールは視界を巡らせ雨を凌げる所を探す。丁度いい具合に少し寂れた水車小屋が目に留まって、相棒に声を掛けた。
「おい、あそこで雨宿りしよーぜ!」
「ああ、解った!」
ビクトールが指差した方向を目で追ったフリックは、相槌を打つと一目散に走り出した。それを追ってビクトールも駆け出す。
そのビクトールの目の前には、今は見えない空の青が広がっていた。




そこは、本当に何も無い小屋だった。

水車に繋がった杵が今は空の臼を、規則的に突いている音だけが辺りを支配していた。火を起こす暖炉も囲炉裏も無く、二人は溜息をついた。
ずぶ濡れになった青いマントとバンダナを梁に掛けて、フリックが座り込む。そのマントから落つる水滴が土の床に模様を作った。
静かな、時間がここにはあった。
暗い部屋に明かりも無く。
夏とはいえ、雨に打たれ暖も無いこの部屋に、フリックはうすら寒さを覚え身震いをした。
「なんだ?寒いのか、お前。」
その様子を、目敏いビクトールが隣へ腰を落としながら笑った。
そんなに着込んでいるのにか?とフリックの服を軽く引っ張りながら。
「お前が異常なんだよ!」
ほぼ1年を通して半袖一丁の相棒に、半ば呆れながらフリックが反論する。
肉が余ってる奴はいいよな、と嫌味も忘れないで。
「ったく。しょーがねぇよな。」
そう言って、フリックの悪言にはびくともしないで、ビクトールがごそごそとフリックの肩に腕を廻す。
「何だよ、この手は?!」
何がしょーがないんだ?!とフリックは、ビクトールの腕を外そうと躍起になったが、益々力の入ったそれはどうやっても動かなかった。
「寒いんだろ?こうしてりゃあ、ちっとはマシだろ?」
「・・・ふん、ちょっとは、な。」
諦めたのか、大人しくなってフリックは力を抜いた。気を良くしたビクトールが、もう片方の腕も寄せて、フリックを抱き込んだ。
「・・・・・・」
意外にもフリックはされるが侭で。
それどころか、瞳を閉じ、ビクトールの胸に凭れ掛かって来る。
伏せられた目蓋に濡れた前髪が掛かって、それを煩そうにフリックが掻き揚げた。
普段は見えない白い額が露になって、ビクトールは少し見入ってしまった。
無意識に手が、寒さに白くなった頬に宛がわれ。
指が唇をなぞっていた。
途端に問わるる様に、見開かれる青い双眼。
それに吸い寄せられるかの様に、ビクトールは口付けた。
軽く触れ合って、ゆっくりと離れる。
「・・・何だよ?」
「もっと、暖かくしてやろうか?」
「え・・・?」
フリックが訳が解らないと見詰めてくるのを無視して、もう一度ビクトールはその唇を塞いだ。
今度は深く、舌を侵入させて。
ねっとりと絡みつく様に、隅々まで蹂躙する。
フリックの手がビクトールの胸を押し返して来たが、それも難なく受け止め、抱き締める腕に力を込めた。
「・・・んっ・・・ん・・・」
逃れ様とするのに、がっちりと顎を捉えて離さない。
フリックの手から力が抜けてしまうまで、ビクトールは余す所なく貪った。
「フリック・・・」
全身を脱力させ、ビクトールに体重を支えられる形になったフリックの耳元に低く囁く。
「好きだ、フリック・・・」
耳朶に舌を這わせ甘噛みをすると、フリックの体が大きく跳ね上がった。
首筋にもキスをされ、背筋に走る悪寒にも似た甘い痺れにフリックは耐えるのが精一杯になってゆく。
キスの雨を降らせて、ビクトールは不埒な手をフリックに忍ばせた。
次第に上がっていく、お互いの息。
更に長く深いキスをして。
フリックの頬は上気し、目の周りはうっすらと、赤く色付いていた。
「な、暖かくなったろ?」
「うるさい、馬鹿・・・」
にやりと、しかし熱いものを湛えた瞳で、ビクトールはフリックに笑い掛けた。
フリックにも、先の行為でその熱い滾りが体の内に植え付けられていて。
そしてそれが、ビクトールの熱に反応して心臓を早鐘の様に叩かせる。
「それより、な、それ脱がねぇか?」
「何でだよ・・・」
「いいから、な?もっともっと暖かくしてやるからよ。」
ビクトールの体温は正直言って心地良い。本当は拒む理由なんか何処にも無いのだ。
けれど。
それを伝えるのは余りにも癪なので、絶対に言ってはやらない。
「ちゃんと、暖めろよ・・・」
「熱いくらに、してやらぁ。」
首に回るすっきり伸びた腕に、満足げに微笑んで。
また、唇を重ねた。
熱くて、蕩ける様な、キスを。





雨は何時の間にか通り過ぎていた。
眩しいくらいの太陽の光が、また空に舞い戻って来ていた。
しかし、その空が紫色に染まるまで。
二人の姿が小屋から出る事はなかった。



                         終劇。2001.07.06



 これは大阪に、彩子さんに会いに行った時のお土産に書いたものです。
丁度「雨が降るかも」とゆー事でしたので、「雨」をテーマに書いてみました〜
当日は綺麗に晴れていましたが(笑)

 何かにつけて、フリに触ろうとする熊!
しかしフリも寒いときだけは、大人しくくっついていると思うんだけどな〜
私はフリは結構寒がりだと思ってます。
だって、あの重ね着を見てるとどうしても…(笑)



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