守ってあげたい



「なあ、まだ昼間の事怒ってるのか?」



今日、捕虜の少年達が戦に出ると言うのをこの砦の隊長である自分は引き止めた。
が、目の前の副隊長が腕試しを買って出た。
そして事もあろうにわざと手加減して、戦う事を許してしまったのだ。


「お?ああ…いや、怒ってなんかいねえよ。」
「じゃあだったら、何でそんな難しい顔してんだよ?」
「あーまあなあ…」
何とか言葉を濁してみたのだが。
自分に『難しい顔』と言ったその本人の方が、余程『難しい顔』とやらをしてるので観念する。
「あの後、ヤマトに『そばを離れるな』って言ってたよな?」
「ああ。」
「お前、守ってやるつもりなんだろ?」
「…そんな、守ってやらなきゃならないようなヤツを戦場に出すなって怒ってるのか?」
「そうじゃねえよ…そうじゃねえ。」
「じゃあ何だ?」
まっすぐに瞳を向けてくる。
納得のいく応えが返ってくるまでは、それは決して逸らされる事はないのだろう。
「…トランからこっちくる道中な。お前怪我で時々動けなかっただろう?限界まで我慢しやがるから、よく歩いてる最中とかにぶっ倒れてた。」
「あの時は…ほんとに世話になったと…」
「それはいいんだけどよ…いや、よくねえ。あん時俺は痛感したんだ。誰かを守りながら戦うって事がどんなに大変なのかをな。」
「……」
「大変なんてもんじゃねえよな。常にろくに意識のねえお前を庇わなきゃなんねえだろ。自分一人ならきり抜けるものも儘ならねえ。いつもの倍は体力使っちまう。」
フリックの。
目線がすまなさそうに落とされた。
それでも、続きを促される。
「けどな、精神的な疲労のがもっと辛かったぜ。何しろ俺が死んだらお前も死なせちまう。お前の、命が、俺に全て掛かってるんだからな。」
「…やっぱり、怒ってるんだな…」
「だから、怒ってなんかいねえって。」
嘘をつけ。
と、睨んでくるフリックに笑い掛けた。
「実はな、惚れ直してたとこだ。」
「はあ?」
返って来た間抜けな声に、更に笑みを深くする。
「お前は、その大変さを知っているだろう?」
「…っ」


かつて。
全身全霊を掛けて守りたいと思っていた女がいた事を知っている。
そして。
その想いそのままに、生きていた事も。


「なのにお前は、また誰かを守ろうとするんだよな…俺は、あんな想いは二度と御免だって思ったけどな。」
「……」
「だから惚れ直してた。」
「ビクトール…」
「お前は強い。かっこいい。さすが俺が惚れた男だぜ。」
そう言って抱き寄せれば、すんなりと胸に納まった。
そうして。
暫くしてくぐもった声が。
「怒ってないのなら、それでいい…」
「おう。」
「でもな、そんな事言うけどな」
「おう。」
「お前は、いざとなったらあいつ等守ってやるんだよ。今だって、この砦を、傭兵達を、それからその後ろに控える町を、村を、人々を守ってるじゃないか。」
「そうか?」
「そうだ。」
「だといいな。」
「お前は強い。かっこいい。俺が惚れた男なんだからな。」
「そうなのか?」
「そうだ。」
「そうか。」
今は顔の見えない相手を強く抱きしめる。
抵抗がないのは、自分の台詞に照れているのか、はたまた後悔しているのか。
そう思うと、また、笑みが洩れた。


そして。


この存在を守るためになら。
また、あの辛い思いをするのさえ。
厭わないのかもしれない、と。
そんな考えが浮かんでは消えた。



END.




CLOSE