「フリックの事を怖いと思う時があるの。」 「おいおい、穏やかじゃねえなあ。それとも、夜ベッドで豹変するとかってえ惚気じゃねぇだろーなあ?」 「バカね、そんな事ある訳ないでしょう?…私としては、あってもいいくらいだけど。」 「はっはっは!」 「…フリックが…と言うか私自身が怖いと言う方が正しいかしら…」 「何だって?」 「…きっと…私が…『必要だからやりなさい』って言ったら、きっと、フリックは赤子の首さえ刎ねるわ。」 「…そうかもな。」 「フリックと初めて出会った時ね。警備兵に追われてて…それでたまたま助けを求めたら、何のためらいもなくその兵士達を容赦なく切り伏せたのよ。」 「お〜〜〜〜怖っ!」 「助けて貰っておいて何だけど…何の事情も知らないのによ?実際、客観的にはこっちが悪者なのにね。それで、どうしてって訊いたら…」 「訊いたら?」 「『事情は関係ない。武器を持って誰かに向かうなら、その刃が自分に帰って来る事は当たり前だ。それを奴らは身をもって知っただけの事だ』って」 「そいつはまた…」 「それで、傭兵か何かの仕事探してるって言うから、直ぐに解放軍に誘ったのよ。」 「それは…」 「ええ、怖かったのよ…今度は、そのフリックの剣が、私達に向かって来るかもしれないと思うと…だから…」 「……」 「それから、私はフリックに色々教えたの。例え武器を持っていても簡単には殺さないで、とか。」 「今はそうなってんじゃねえか。」 「ええ…そう。そうして教えて行くうちに…私は彼に取って、絶対な存在になってしまったのよ…」 「でもよ、それは」 「フリックが私の考えに賛同して、従ってくれるのは嬉しいのよ。でも、同時に凄く怖いの。私は、間違えれない。いつも正しい道を選ばねばならない。私の、言葉ひとつ、指差す方向ひとつで…フリックは悪にも善にもなるのよ。」 「……」 「……」 「なあ、オデッサ。だとしても…ヤツは例え悪い道だったとしても、あんたが選んだ道なら、付いてった事を後悔したりなんかしないと思うぜ。」 「そうね…そうかも。でも、だからこそ怖いのよ…」 そんな会話を。 苦い笑顔と共に思い出した。 あの時、まっすぐな目をしてオデッサと同じ道を目指した青年は。 今、目の前で彼女の好きだった酒を飲んでいる。 林檎で作った蒸留酒のそれは。 精錬とした飲み口に酸味が嫌味なく利いていて。 オデッサそのもののように思う。 彼女を失くした今では。殊更、そう思う。 「なんだよ?」 湧き上がった思い出に引き摺られて呆然として顔を見詰めていたら、不審気に繭を顰められた。 「ああ、いや…なあ、フリック。」 少し声を低く。 色を込めて囁いてみた。 「オデッサと俺、どっちが好きだ?」 「オデッサに決まってんだろ。」 とても嫌な顔をされて。 即答で返った答え。 けれど。 もし、今、ここで。 オデッサが現れて。 「ビクトールと別れなさい」 と言ったとして。 かつて彼女に従う事が絶対だったこの青年が。 今は、その言葉には盲目的に従わないだろうと。 多少の自惚れと。 絶大な希望を織り交ぜた答えを出す。 行動の、思想の。 指針を失くしたフリックが、今、何を代わりにとしているかは解らないけれど。 『怖い』と思えるには程遠くても。 それでも。 自分の存在が、多少は影響しているのでは、と。 「ちょっと考えさせてくれ」 もしくは。 「もうちょっとだけ、一緒にいようかと思ってるんだ」 とか、くらいには。 応えてくれると。 そう、思ってもいいよな? フリック。 そしてオデッサ。 |