陽に晒された月



「ぼくドラえもんです!」



扉が開くと、奇妙な生き物が入ってきた。
「…なんだ?この青狸は…??」
その後ろにいる同じく青い相棒に尋ねてみる。
白い部屋に青が酷く冴えている。
「ぼくは狸じゃないぞ!!猫型ロボットだいっ!!!」
しかし答えたのは、その狸…ではなく、ロボットとかいうやつだった。
しかも猫だと言う。
どこをどう見ても猫には見えないが。
青いし。
「猫??…ロボットってのは何だ?」
「からくり丸みたいに、機械で出来てるんだってさ。」
「へえ〜〜?これが機械だって??」
立ち上がって近付く。
ぼよんとした頭を叩いてみた。
柔らかい。
ぷにっとした頬を伸びるだけ引っ張ってみる。
でかい口だ。
「ひたいひたいひたいーーーっ!!!」
「おい、苛めてんじゃねーよ!」
そう言った相棒に、青いのを奪い取られる。
「もお、やめてよね!」
「ごめんな。」
フリックが、憤慨する猫型ロボットとやらをなでなでして笑った。
そして。
「なあ、こいつすげーんだぜ?」
踏ん反り返るフリックは、自分で作った訳でもないだろうのに何処か得意げだ。
「過去にも未来にも行けるんだって!!ほんとすげーよなっ?!!」
「いやあ、それほどでも〜」
目を輝かせて笑う。
子供みたいに。
フリックは頗る上機嫌だ。
だけども。
どこか。
何かが勘に障る。
「…おい、フリック。お前…」
「それでな、俺達も過去に連れてってくれるそうなんだ!」
その違和感を問おうとしたのを遮るように。
フリックが凄く嬉しそうに、言う。
余計に、何か。
嫌な予感がする。
「おいおい、冗談はよせよ。」
「嘘じゃねーよ!」
「本当です。過去にも、未来にもだって行けます。」
今度はどらもんとかいうのが得意げに言う。
「なあ、過去に連れて行って貰ったら、ここは滅びたりなんかしないんじゃねーのか?」
嬉しそうに、フリックが笑う。
ここ、とは。
この本拠地のある以前の、ノースウインドウという村の事だろうか。
「村を滅ぼす前に、ネクロードをやっつけちまったらいいと思わないか?」
その星辰剣で。
後ろの壁。
窓際に置いた剣を振り返る。
逆光で眩しくてよく見えない景色に、その剣だけが黒く浮き上がる。
「なあ、いい考えだろ?!」
浮かれたフリックの声が耳に響く。
けれど。
ますます嫌な何か、に襲われる。
「そしたら、もう、お前は辛い過去ともおさらば出来るんだろ…?」
「……」
もし、そんな事が可能であるならば。
遠い過去にあった、凄惨な映像がありありと目に浮かぶ。
母も、弟も、祖母も。
幼馴染も。
友達も知り合いも、そうでないのも。
家も木も花も草も。
その失った全てが、戻るというのだろうか。
そして、仇討ちの旅に出る事もなかっただろうか。
そして、この目の前の青年にも。
出逢う事はなかっただろうか。
「…馬鹿な…」
「…そうだよな。」
ぽつり、と洩らした言葉に返事があって顔を上げる。
フリックが、笑っている。
「急にそんな事言われても迷うよな…だったら、俺だけで行くよ。」
「おい…」
「星辰剣がなかったらアイツは倒せないけど、先に村人を逃がすくらいは俺にだって出来るもんな。」
「おい、何言って…」
「お前は何も心配しないで、そこで待ってればいい。きっと、何もかも上手く行ってる筈だ。」
「フリック!」
怒鳴る自分に、綺麗な笑顔で返す。
でも、どこか泣きそうな。
「行こう、ドラえもん。」
タイムマシーンのあるところに。
その笑顔のままで、フリックが部屋を出て行こうと背を向けた。
マントの青が目に突き刺さる。
「待てよ…っ!!」
「…っ?!」
手を、伸ばして。
去ろうとするその腕を引く。
「何だよ、離せよ。」
「……」
掴んだ手を、引き剥がそうともがく。
けれどお構いなしに強く握り締めた。
「早くしないと行っちゃいますよ〜!」
遠くで、どらもんの声がする。
「馬鹿、離せって!放っていかれるだろ!!」
「……」
滅茶苦茶にフリックが暴れだ出した。
その、体を後ろから羽交い絞めにする。
「馬鹿野郎!!村が、滅んでもいいのかっ?!!」
フリックが、叫ぶ。
「お前のっ、家族が、あのデイジーとか言う女も…っ、皆死んじまってもいいのかよ?!!」
殆ど、悲鳴だと思うくらいに。
叫ぶ。
けれど。
どうしても抱き締める腕を解けなかった。





「っ?!!」
びくっ、と体が跳ねて気が付いた。
フリックはやっぱり腕の中にいる。
しかし。
ここは寝台の上だった。
夢、だったのだ。
心の何処かにほっとする自分がいる。
そして。
耳に残る言葉に、ぞっとする。
『村が滅んでもいいのか?!』
『お前の、家族が、あのデイジーとか言う女も、皆死んでもいいのか?!』
いい訳がない。
何度、あの時の夢を見た事だろう。
一面が赤く。
村が燃え、滅び行く様を。
何度、地面を叩きつけて慟哭した事だろう。
還してくれ、と。
けれど。
けれども。
胸で眠るフリックを抱き締める。
「…ん…?」
すると小さく声が。
みじろいで目を擦る。
「何だ…?どうした…?」
掠れた声で、自分に問う。
夢で見た、鮮やかな笑顔を思い出した。
嬉しそうに、切なそうに。
自分との決別を笑った、あの顔を。
「…すまん…俺は…」
「…?」
ただ、自分の幸せだけを想っていた、あの笑顔を。
「自分でも解っちゃいるが…酷い、自分な勝手な人間だ…」
「ビクトール?」
「でも、それでも…お前が…」
村が、滅びなければよかった、と本心からそう思う。
けれど。
その為にこの青年との出会いがないものになってしまうのなら。
過去をやり直したいとはどうしても思えない。
もう、手に入れてしまった。
今の自分が。
このぬくもりを手放す事など、もう、決して出来ない。
たとえそれで。
取り戻せるかもしれない、村も、家族も、幼馴染も、何もかもを。
永遠に失ったとしても。
「…なんだ…?悪い夢でも見たのか?」
ぎゅうぎゅうと締め付ける腕を宥めるように。
フリックの掌が頬を撫ぜる。
「…ああ…ひでぇ、夢だ…」
フリックが、自分の幸せを想ってくれる事はとても嬉しかった。
けれど。
その為に自分との別れを選ぶフリックが赦せなかった。
二度と逢えないくらいなら、幸せでなくてもいい。
そう、思えるほど。
「…お前が、俺を置いて行っちまう…」
「…そんな事、ある訳ないだろ?」
そう応えると、フリックはだからもう寝ろと胸元に顔を埋める。
その横顔を見て。
絶対に、失くせないと胸に棘が刺さる。
何を引き換えにしてでも、と。
そう、想う。



何時の間にか、一番大事なものが摩り替わっていた。
こんな自分は、仇討ちなどする資格はないだろうか。
それでも。
強く、そう想わずにはいられない。



そう想いながら。
また一時の眠りに落ちていった。


END 2003.04.01



ドラえもんらぶv
…ではなくて、『朝を待つ月』の対になる話です。
ビクトールなら、悩むより過去の話を蒸し返すなと怒るんじゃないのかと。
とゆーより、フリックを選んで欲しいと想う私の妄想ですかね…はは…


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