事実と理由と大切な付随事項



そよぐ風も和やかな、うららかな午後。
同盟軍本拠地の城は今日も活気が満ちている。
そんな中。
フリックはテンガアールに廊下の片隅まで引っ張られていた。
そして手には白い封筒が。
同郷のヒックスも含めた三人が、その中の手紙を見詰めていた。



「またいつもの『帰って来いコール』だろ?」
「うん、それはそうなんだけど…」
「なんでも怪我をして寝込んでるんだそうです。」
少し呆れ気味に呟いたフリックをテンガアールが見上げて言い篭った。
その横からヒックスが真面目に告げる。
「そう言って、前のは病気で寝込んでたって書いてあって、ただの風邪だったろ?」
「そうそう!大袈裟に書いてあるんだよね〜!」
「テンガに帰って来て欲しいからじゃないか…」
三人の故郷である戦士の村からの便りはほぼ月一の割合である。
村長のゾラックは、ヒックスの成人の儀式に付いて回るテンガアールの事が余程気掛かりで、こうして病気だ怪我だと言っては帰郷するように手を回してきていた。
最初こそ心配していたものの、最近では便りがある方が元気な証拠とばかりにお座なりにされつつある。
「ちがーうもん!今度のはフリ兄に帰って来いって…っ!」
「テンガアール!」
テンガアールが少し声を荒げたのをフリックが留めた。
それに反応して、テンガアールが慌てて口を押さえる。
「あ、ごめん…」
「バカ、誰かに聞かれたらどーするんだ!特にあいつなんかに…!」
「あ…」
「でも…」
「ん?」
見上げてくる二人の視線が自分を通り越している事に、フリックは眉を顰めた。
そして。
「誰に聞かれるとマズイんだって…?」
「?!!!」
耳元で低い声が響いて、フリックは飛び上がらんかの勢いで振り返った。
そこには胡乱な目をした大男が立っている。
「ビクトールっ!!」
「おう、何こそこそ悪巧みやってんだ?」
「誰も悪巧みなんかしちゃいねーよ!!」
「ふううん?」
怒鳴るフリックを人の悪い笑みでもってビクトールが覗き込んだ。
「じゃあ、教えてくれよ、な?『フリ兄』さんよ…」
「……っ」
「ここじゃあ何だしな…場所を替えて詳しく話を聞こうじゃねえか。」
ぐっと詰まって目を逸らしたフリックの肩をビクトールがぽんぽんと叩く。
そうしてその向こうで黙って成り行きを見守っていた二人にも、笑顔で声を掛けた。
「勿論、お前らも来るよな?」
「ジュースとケーキ奢ってくれるんだろーね?!」
「テンガアール…」
両手を腰に当てて踏ん反り返る少女に、隣の少年はがっくりと肩を落とした。





「は?!叔父さん???」
コーヒーを飲む手を止めて、ビクトールは口をポカンと開けた。
その姿に、テラスの暖かい光がさんさんと注ぐ。
一行は天気がいいからと、レストランのテラスで席を取ったのだ。
「うん、そう。父さんの弟だからね。」
「フリックが…か?」
「正確には腹違いだけどな。」
ケーキに付いた苺を頬張りながら、テンガアールが頷く。
それにフリックが小さな訂正を入れた。
「えらい歳が離れてんじゃねーか?」
「まあな。」
まじまじと不躾に眺めるビクトールに拳を見舞いながらフリックは溜息を吐いた。
「うん、あのさ、死んだじいちゃんはすっごいスキモノだったんだって。」
「っ…テンガアール!」
あっけらかんとした物言いに、慌ててヒックスが止めようとした。
が、そんな事はお構いなしに続けられる。
「他の国とか村にも一杯兄弟がいるんだって。」
「で…その一人がお前さんって訳かい…」
「…さすがに同じ村には俺だけだったがな…」
ビクトールの言葉に半ば投げ遣りな口調でフリックが返した。
「そうか…しかしなんだな…」
神妙な顔をして、ビクトールが唸る。
それを見たフリックが苦笑して肩を竦めた。
「だからって、ヘンな同情なんかするなよ?」
「でもよ…」
「フリ兄の場合はさ、もうばあちゃんも死んじゃってたもんねー」
「でも戦士の村じゃあ、余程の事がないと再婚しないからなあ…」
ヒックスの呟きにビクトールは成る程と納得する。
この彼等の故郷では、戦士は大事なものの名を己の剣に授けるという。
その多くは共に伴侶となる者の名なのだ。
そこまでして、再婚、というのはあまり考えられないのだろう。
それに戦士という職業柄、そう長生きも出来ない事も一因しているかもしれないが。
「ああ、村長もあんな人だし、同じ家でこそなかったけど、凄く大事にして貰ってたんだ。」
「歳の離れた弟てのは可愛いもんだからなあ…」
ビクトールが顎に手を当てて、うんうんと頷いた。
「だからさ、フリ兄を村長の後継ぎにさせたいんだって!」
「…いらんお世話なんだけどな…」
ゾラックはその奔放な父親を反面教師としたお陰か、女関係には殊更固かった。
一人娘のテンガアールの婿を村長にするよりは、やはり血の濃い義弟を村長に、と思っているのだろう。
そこで。
一通り考えを巡らせたビクトールが、不満げにフリックを見た。
「しかし別に隠す事ぁねえだろう?」
「馬鹿言え!そんな事が知れ渡ってみろ?!周りに囃し立てられていつの間にか気が付いたら村長になってたなんて、俺は絶対に嫌だからなっ!!!」
だんっ、とテーブルを叩いてフリックが噛み付いた。
その音に周りの視線が集まって慌てて萎縮する。
その肩をテンガアールが軽く叩いた。
「だあいじょうぶだって、フリ兄!ヒックスが成人したら村長になって貰うんだから!」
「ええぇぇぇえ?!!っそっ…そんな、嫌だよ!」
矛先の向いたヒックスが情けない声で立ち上がった。
「何でだよっ!」
「お前っ!もうちょっと頑張れよ!!」
テンガアールどころか、フリックまでそれに食い付いた。
「…だって…そんな器じゃない事くらい自分で解ってるよ…」
「だから、ボクが付いてるから大丈夫だよ!」
「いや…でも…」
だんだんと及び腰になったヒックスが、がたんと椅子を鳴らす。
「ぼ、僕はこれで…じゃあ…」
そう言うと、ヒックスは一目散に身を翻して走り出した。
「あっ!待てーっ!」
逃げたヒックスを追いかけて、テンガアールも駆け出す。
その後姿を見送って、フリックが深い深い溜息を吐いた。
「…もうちょっとなあ…あいつがしっかりしてくれてたら村長も俺を後継ぎに…なんて思わないんだろーけどなあ…」
同意を求めて見遣ったビクトールの笑顔が消えていて、フリックは怪訝な顔をした。
「ビクトール?」
「お前が村長の義弟だったとはなあ…どうりで剣も魔法もいける筈だよなあ。」
戦士の村の村長は代々世襲制だ。
その理由は明白である。
開祖である聖戦士クリフトの血を尤も強く受け継いでいるからだ。
感慨深げに言うその口調に、けれどどこかぴりぴりしたものをフリックは敏感に感じ取った。
「何だよ?黙ってた事怒ってるのか?」
「いんや、別に…」
テーブルに肘を付いてビクトールは否定した。
けれどその態度は明らかに不貞腐れている。
「わざわざ訊かれてもいねえのに、言いふらす事でもねえもんな。」
「だったら、何が気に入らねーんだよ?」
「……」
「言え!!」
ちらり、とフリックを見遣って、ビクトールは目を逸らした。
そして頭をがりがりと掻く。
一拍置いて。
唸るような声が出た。
「…お前が…故郷に帰らないのは…村長になりたくねえからだったんだな。」
「ああ…まあ…」
「俺は…俺と一緒にいてえからだって、勝手に思い込んでたんだよ…」
「……」
「悪りぃかっ?!」
「いや…」
ビクトールが怒鳴ったのは、フリックの顔が笑みで象られていたからだ。
「なんだ、それで拗ねてたのか…」
「うるせえ。」
そっぽを向くビクトールにフリックからの声が掛かる。
それは柔らかくて優しい声だった。
「馬鹿だな…世界はこんなに広いってのに、俺はここにいるんだぜ?」
「……」
「村に帰りたくないだけなら、どこだっていい筈だろ?」
向き直ったビクトールの、目が、フリックに縫い止められた。
「俺は、好きでここにいるつもりなんだけどな。」
少し、はにかんだ笑顔がうす赤く色付いている。
穏やかで、綺麗な笑顔が自分を射抜いている。
その、事実に。
ビクトールは慌てて立ち上がった。
近付いて、頬に触れる。
瞳を覗き込んで、見詰めて。
「フリック…」
そして。
その腕を掴むと勢い良く引き摺って歩き出した。
「おい…っ?!」
「部屋に帰んぞ。」
それだけ言って、後は駆け足に近いくらいでまた足を出す。
強く掴まれた腕が熱い。
前を行くビクトールの表情は見えないけれど。
その想いが掴まれた箇所から伝わるようで。
なんとも言えない顔でフリックは付いて行く。



成人の儀式の途中だけれど、一度村に帰った事がある。
その時もビクトールと一緒だった。
また。
帰る時は、一緒に。



そう思って。
フリックは前を行く背中にそっと微笑んだ。



                             END 2003.02.04



ええと…ゲームしてる時にですね。
戦士の村に行った時、ゾラック村長の長い話の中に、歴代の村長の名があったんですね。
それが全部「○○ック」だったんで『え?じゃあフリックって次期村長?』と思ったんですよー
安直過ぎですな…はは…
で、なので、これはMY設定です(笑)
でもそんなに無理のない話だと思うのですが…
どーでしょうかねえ?


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