「ドラゴンボール?…何だそれ?」 ビクトールが、どん、とテーブルに皮袋を置いた。 そして中から一つの水晶玉のようなものを取り出す。 「これがそうだ。」 手渡されて良く見ると、琥珀色の中心に赤い星が4つ浮かんでいる。 「ふうん…で、これがどうしたって?」 光に翳しながらビクトールに問い掛けた。 どこから見ても星の形が損なわれない。 よく出来たシロモノだ。 少し、魔力の波動を感じる。 何かのアイテムだろうか。 「そいつをだな、7個集めるとな、何でも願いが一つだけ叶うんだそうだ。」 「へえ…ほんとか?」 光を反射して煌くその珠は、神秘的な魅力を醸し出していて、あながち嘘とは思えない程だ。 食い入るように見ていると、その向こうからビクトールの声が響いた。 「なあ、フリック…それ集めに行かねえか?」 「はあ?!」 思ってもみなかった言葉だったので、素っ頓狂な声を出してしまった。 慌てて見たビクトールの顔は、窓からの逆光で良く見えなかったけれど、冗談を言っている雰囲気ではない。 「だって…集めるったって…ここはどうするんだ?」 ミューズ市からの要請に乗って、この傭兵砦を任されて数ヶ月。 漸く軌道に乗ってきたところなのに。 それに。 「これは願いは一つしか叶えないんだろ?」 だったら喧嘩になっちまう、と笑ってみせた。 けれどビクトールは笑わなかった。 「ああ、だから行くのはお前一人だ。」 「え?」 「もう、あと一個で全部集まるんだ。こん中のとそれとで6個あるからな。」 袋を指差してから、こちらに指を向ける。 その顔は怖いくらいに無表情だった。 「なあに、残りの一個もすぐ見付かるさ。ある場所も解ってるからな。」 ごそごそと肩に掛けた小袋から、ビクトールが何かの機械を取り出した。 「レーダーってな、ほら、ここが光ってるだろ?そこに行きゃあもっと地図も詳しくなるって仕組みだ。」 だから安心して行って来い、と言う。 「…だったら、お前が行けよ。それはお前が見付けて来たもんだろ?」 普段なら、こんな話には飛び付く男が、何故自分をこんなにも行かせたがるのかが解らない。 安心どころか、酷く不安になって持っていた珠を突き返した。 「…言っただろ?何でも願いが叶うって…死んだ人間も生き還るんだぜ?」 「……」 「オデッサを、生き還えらせろよ。」 「……っ!」 名を出された瞬間。 彼女の笑顔が脳裏に鮮明に浮き上がった。 けれど。 「でも…っ…だって、それならお前だって…っ!」 過去に滅ぼされた故郷を蘇らせればいいじゃないか。 口には出せなかったが、ビクトールには言いたい事が伝わったらしい。 「それはな、一人しか駄目なんだってよ。」 「一人でもっ!いるだろ?生き還えらせたい人が!」 「…いいから、お前が使えよ、な。」 レーダーとやらを押し付けて肩を叩かれた。 その手を払い退ける。 「そんなの、貰う訳にいかない!お前だって…他に何か願いくらいあるだろ?!」 生き還えらせる、というのが駄目ならば。 他の願いだっていい筈だ。 何しろ、何だって叶うというのだから。 世界中の富も、名声も、権力も。 何だって。 「俺の…願いは…」 黒い瞳が覗き込む。 「お前が、そいつを使えば叶うんだ。」 「何だって?」 訳の解らない事を言ったビクトールは、はじめて笑顔を見せた。 けれどそれはどこか切ないような。 痛いような。 「オデッサと幸せにな。」 「何だよ、それ。何でそんな言い方…」 「もう、お前はここには戻ってくんな。」 「何でっ?!」 突き放した言い方に、思わず胸倉を掴んで叫んだ。 かつ、と手にしていたレーダーが音を立てて落ちて転がる。 「…俺だってよ、一応お前に惚れてる訳だし…目の当たりにすんのはちっと辛えよ。」 「だったら何で!」 自分を行かせようとするんだ。 「だってその方がお前幸せだろ?」 「っ?!」 「お前はオデッサを忘れられねえ。」 その言葉に。 がつん、と頭を殴られた気がした。 ビクトールに、襟元を掴んだ手を解かれる。 「そんな…事っ…!」 ない、と続けられなくて、唇を噛み締める。 オデッサを忘れられない、のではなくて、忘れないのだ。 けれど、その違いはビクトールにとって意味があるのかさえも解らない。 「元気でな。」 掴んだ手を引かれて唇が合わせられる。 そしてぐっと強く抱き締められた。 けれど。 抱き返す間もなく、ビクトールの体は離れていった。 そのまま身を翻して去っていく。 「ビクトール…っ!!」 声の限り名を呼ぶ。 それでもその背中は振り返らなくて。 扉は閉ざされてしまった。 「……っ」 体が、まるで鉛になったかのように動かない。 目の端でドラゴンボールが光る。 たったひとつだけ。 何でも、願いが叶う。 あと一個で。 オデッサを生き還らせる事が出来る。 体は動かない。 どちらも選べない。 オデッサを生き還らせる事も。 それを止めてビクトールを追う事も。 きっと、どちらを選んでも。 自分は後悔するのだ。 選ばなかった方を想って、一生。 「―――っ」 喉からせり上がる何かが、声にならない声をも押し出した。 びくっ、と体が跳ねて目が覚めた。 目の前に分厚い胸板が広がる。 ビクトールが、自分を抱き込んで眠っている。 「なん…だ…」 夢を、見ていたのだ。 けれど。 そこにあった想いは夢ではない。 志半ばで若くして逝ったオデッサ。 彼女を生き還らせたいと思ってしまったのは事実なのだ。 あの、新しく歩み始めた故国を見せてやりたい。 途中で絶たれた人生を、取り戻して幸せにしてやりたい。 それはもう恋とは呼べないものなのかもしれないけれど。 それでも。 もし、またこの世に戻らせる事が出来るのであれば、どんな事でもしてやりたい。 そう想う心に嘘はない。 けれども。 オデッサが逝ってからも自分は生きていて。 その隣にはいつもビクトールがいて。 ビクトールと共に生きていきたいと想うようになって。 ビクトールを好きなのだと想うようになったのも。 それも自分にとっては真実なのだ。 オデッサが生きていたら今の気持ちはなかったかもしれないけれど。 オデッサが逝ったからビクトールを好きになった訳でもない。 そっと胸に顔を埋める。 上下する肌から温もりが伝う。 想いが通じるようになって。 それでも自分はオデッサを忘れなかった。 ビクトールはそれでもいいのだと。 一度だって自分をその件で責めた事などない。 オデッサの事も含めて、自分を包んでくれる。 それをいい事に、自分はそれに甘えている。 さっきのは、夢だ。 だけど夢じゃない。 いつか、それが嫌になったビクトールが、選ばせるかもしれない。 ビクトールか。 オデッサか。 そうしたら。 自分は、どうするのだろう。 また、選べないのだろうか。 「…どした…?」 ビクトールの体が身じろいで上から声が掛かった。 「嫌な夢でも見たか?」 ぐっと体を寄せられて頬を撫でられる。 「ああ…すごく、嫌な夢…」 「そうか…でも、俺が付いててやるから…」 もう一度寝ろ、と瞼の上にそっと掌が置かれた。 視界が遮られて真っ暗になる。 そうすると、途端に闇雲な不安に襲われた。 「ビクトール…」 「んー?」 「ごめん…俺は…」 「うん?」 「…ずるいと、思う、けど…でも。」 掌が退けられ、替わりに心配そうな瞳が覗き込む。 「お前が好きなのはほんとだから…」 「……」 「それだけは、嘘じゃないから…」 「…ああ。」 複雑な表情で頷いたビクトールが、解ったからもう寝ろ、と腕に力を込めた。 それに引かれてまた、胸に顔が埋まる。 ビクトールが、どう思ったのかは解らない。 もしかしたら、朝には忘れているのかもしれない。 「なあ、フリック。」 髪を梳きながらビクトールが言った。 「お前がどうでも、今更、俺の気持ちは変わんねぇよ。」 「っ…」 その言葉に、目の奥がが熱くなった。 胸に強くしがみ付いて、その背に腕を回す。 そうすると、ビクトールも抱き返してくれた。 胸に深く空いた穴が大きすぎて。 傷が癒えるのが追いつかないみたいだ。 だから。 今はまだ、選べない。 それでもいつか。 選べる力が、欲しいと思う。 できうるのならその時は。 後悔してもいいから。 迷う事なく、この温もりを選べますように。 そう願いながら。 また一時の眠りに落ちていった。 END 2003.01.31 |
うわおーーーっ!!なんじゃあこの暗い話わぁーー!!! しかし何故ドラゴンボール?(謎) まだ付き合いはじめて(?)間もない頃。 フリックはまだ悶々としてそうだなーとか… 暗すぎですな…はは… |