サクラノソノ



「おい、フリック見てみろよ。綺麗だぜ。」
先を歩いていたビクトールが、立ち止まって言った。後ろを歩いていたフリックが、言われて駆け寄っていく。そこは少し坂になっていた。ビクトールの所が頂点で、その向こうは下りになっている。その、一本道の両側が薄いピンクに染められていた。
「すげぇ、桜の数だな・・・」
「サクラ?」
呟いたビクトールにフリックが尋ねた。
「ああ。桜っつって、春に咲く花だ。前に何度か見た事がある。」
「へぇ・・・」
そう言って歩き出したビクトールの後を、フリックもきょろきょろしながら続いた。
そこは、見事な桜並木だった。道の奥も幾重にも木々が連なって、辺り一面桜しか見えない。足を踏み入れるとそこは別世界のようで、フリックはちょっとした興奮を憶えた。
「すごい・・・な。こんなの見た事ない―――」
雪が積もったのともまた違う・・・まるで辺りにピンク色の霞がかかっていて、空気まで違うみたいだ―――。
ビクトールは、そんなフリックの様子を見て、もっと喜ばせたいと思った。桜は散り際が一番綺麗だ。それをフリックに見せてやりたい。しかし後一週間は散りそうに無かった。
「なぁ、フリック。俺・・・もう一回ここに来てぇんだが、近くの村に10日ぐらいいてもいいか?」
「・・・あぁ、いいんじゃないか?別に、急ぐ訳じゃなし・・・」
二人は今、あての無い旅の途中だった。ビクトールは過去の復讐を果たし気ままな旅を楽しむ為、フリックは成人の儀式の途中で(その成果は充分あるにも係わらず)故郷へ帰る気が無い為。何より二人一緒に居たかったから。
「そうと決まれば、早くこの辺の村でも見つけようぜ!」
「ちょっ・・・待てって!解ったから、離せよっっ。」
フリックの答えに嬉しくなったビクトールはフリックの手を取って走り出したのだった。

村はあることはあったのだが、とても小さな村だった。
「こんなとこで、10日も大丈夫か・・・?」
「ん〜〜さぁなぁ?」
取り敢えず話を聞いてみようという事で、村人に話し掛けてみた。

―――それから、話はとんとん拍子に決まり、宿屋はないので村長の家にお世話になる事となった。

最初の不安はよそに、瞬く間に日が過ぎていく。小さな村特有の人なつこしさと、素朴さと、明るさで、とてももてなしてくれた。あまり人が尋ねてこないそうで、連日お客が現れては話を聞かせてくれとせがまれる。話好きなビクトールは酒も入って、サービス精神旺盛に話を盛り上げた。それに付き合ってフリックも、朝まで飲み明かす事もあった。昼は昼で、ただ世話になるのは気が引けるので、畑や買い物を手伝ったりした。楽しくて、穏やかな日々が流れる。

こんな生活もあるんだ、とふと思って、ビクトールは涙が出そうだった。もし、ネクロードに村を全滅されていなかったら・・・こんな生活を送っていたのかもしれない。もし、なんてありえないけど。
一方、フリックも感じていた。ここは、なんとなく故郷の戦士の村に似ている・・・忘れかけていた昔を思い出させる。もし、帰ればこんな生活を送るのかもしれない。帰る気なんて更々ないけど。



 その日はとても良く晴れた日で―――。暖かい、というより暑いくらいだった。
二人は畑仕事の休憩で、座り込んでお茶を飲んでいた。ドロまみれになって、二人して似合わねぇなと笑う。
「ここは、居心地よすぎて・・・嫌になるな・・・」
「あぁ・・・本当に、な。」
「じゃあ、このまま此処に住んじまうってのは、どうだ?」
「ははっ、それもいいかもな・・・」
笑ったフリックの手を取って、ビクトールは真面目くさって言った。
「・・・住むんだったら、結婚してくれるか?」
「―――ぐっ・・・げほっ、げほっっ・・・」
思わず飲んでたお茶が違うところに入って、フリックは激しく咳き込んだ。その背中をばんばんと叩きながら、ビクトールは笑った。
「はっはっはっ・・・冗談、冗談。そんなに喜ぶなよ。」
「誰・・・がっ、喜んで、なんかっ・・・」
まだ咳き込んでいるフリックの背中を、ビクトールが優しくさすりながら目を細めた。いつもながら、照れているフリックは可愛いくてしょうがない。
「今夜あたり、あそこに行こうぜ。用意、しとけよ。」
「―――あ、あぁ。」
そう言ってビクトールはお茶をがぶりと飲み干して立ち上がり、大きく伸びをした。
「ん〜〜〜、休憩終わりっと。さっ、残りやっつけちまおうぜ。」
言われて、フリックも立ち上がりズボンの土を払う。そういえば、ビクトールがまたあのサクラのある所へ行きたいから、とこの村に滞在する事になっていたんだっけ―――。忘れていたなんて、変な気分だ・・・フリックは首を振って、鍬をぎゅっと握り直した。



 その夜はおりしも満月で―――

「抜群のシチュエーションだな。」
そこは、本当に別世界だった。
黒い闇に桜が恐ろしいほど壮大に広がっている。止むことがなく降りしきる花びらはまるで雪の様でもあり、辺りが薄桃色に煙っていた。酷く明るい月の光に照らされた木は自ら光を発しているのではないかと、見紛うほどで・・・
「怖いくらいだな・・・」
フリックはこの世界に閉じ込められそうな気分になって呟いた。
「そりゃあ、桜の木の下には死体が埋まってるからな。」
「おい・・・嘘、だろ?」
フリックは一瞬ギクっとして、ビクトールの顔を覗き込む。それにビクトールはにやりと笑う。
「ま・・・迷信らしいけどな。」
「脅かすなよ・・・でも、こんだけ花が積もってちゃ、何か埋まってても不思議はないけど、な。」
空を見上げ、ひっきりなしに降り続ける花びらを見る。本当に雪みたいだ。―――フリックは甚くこの景色に感動した。世界は広い、まだ自分の知らない事がまだまだある。感慨に耽るフリックを見て、ビクトールは連れてきてよかったと一人ごちた。
「なんでもカスミの村・・・ロッカクの里じゃ、桜は武士の生き様を表わしてんだとよ。」
「ブシ・・・って何だ?」
「騎士みたいなもんだろ?」
「じゃ、生き様ってのは?」
「―――ぱっと咲いて潔く散る・・・だったような・・・」
「・・・・・・」
ビクトールは顎に手を当て、記憶を探る。確かにこれで良かったとは思う。フリックはビクトールの言葉をしばし考えた後、くるりと背を向けた。
「俺は・・・嫌だな、そんな生き様・・・」
散る―――とは、死ぬという事だろう・・・。
「本人はそれで、いいかも知れないけど、残された方は・・・どんな形であっても生きて、いて、欲しいと思うもんだよな・・・」
フリックはオデッサの事を言っているんだ、とビクトールは思った。それは―――まだ、オデッサを引き摺っている、とか、ビクトールよりもオデッサが好き、とかそういうんじゃなくて・・・只、経験上の言葉である事は解っていた。それでも嫉妬してしまう自分に苦笑してしまう。ビクトールはフリックの腕を掴んで、正面に向き直して真剣に言った。
「・・・俺は・・・お前を置いて、簡単にゃ死なないぜ?」
「もちもん、信じてるさ。それに付き合ってる俺のほうが早死にしそうだけどな・・・」
「あほ、そんなこたぁ、俺がさせねぇよ。」
信じてる、と言われてビクトールの胸は高鳴った。冗談っぽく言って、でも本気なのだと心で誓う。
「―――人間、いつかは死ぬさ。」
「ああ。でも、それは今じゃねぇ。お互い、よぼよぼんなって茶でもすすってる時だ。・・・だろ?」
「―――ああ。そうだな。」
この男は何を言っても、いいほうに返してくる。どちらかというと悲観的な自分はどれ程彼に救われただろう―――?そう思って、とても、鮮やかにフリックは笑った。

―――守りたい、と思う。この笑顔を。
きっと自分たちは剣の道・・・戦いの場でしか生きられないだろう。それならば、守るために戦いたい。
フリックを。フリックの想いを。フリックに係わる総てのもの達を―――。

「フリック、俺より先に死んだら、承知しねぇからな・・・」
「お前の方こそ、俺より先に死んでみろ、地獄の果てまで追ってやるからな。」
そりゃ、死ねねぇな。とビクトールは笑ってフリックを抱きしめた。復讐だけに生きてきた自分にとって、フリックの存在にどれだけ癒された事だろう?復讐を遂げ、生きる目的を失った自分が、今、こんなに幸せでいられるのも、フリックがいるからこそ・・・なのだ。
ビクトールは腕に力を込め、強くフリックを抱いた。フリックの手がおずおずと背中に回されたのを感じたビクトールは、ゆっくりとその唇に口付けた。



「・・・んっ・・・はっ・・・」
しん、とした薄闇にフリックのとぎれとぎれの声が響く。頭で解っていても自分では声を止める事が出来ない。大きな桜の木の幹にもたれかけさせられ、ビクトールに一番敏感なそこを貪られる。ふと目を向けてしまってフリックは慌てて硬く目を閉じた。小刻みに揺れるビクトールの頭に・・・彼の口に出入りする自分の・・・それ。目を瞑っても見てしまった光景が頭から離れなくて、フリックは顔を熱くした。何度されても慣れなくて、恥ずかしさが込み上げてくる。でも、嫌になるくらい気持ちいいのも事実で―――。
「もっ・・・我慢、できなっ・・・」
返事するかわりにビクトールはそれを強く吸い上げた。その感覚にフリックはもう駄目だと観念した。
「・・・うっ―――――――はあっ、はっ、はっ・・・」
総てを受け止めてから、ビクトールはゴクリと喉を鳴らした。肩で息をいているフリックを、ビクトールは立ち上がってぐるりと回して、幹に手をつけさせる。
「馬鹿っっ、何て格好――――――――っ!」
抵抗しようとしたフリックの腰を引き寄せ、まだ腰に掛かっていたズボンをぐっと引き下ろした。双丘を押し広げ、顕わになったそこに舌を這わせる。
嫌がって逃げる腰を押さえつけ、充分濡らしてから舌を差入れた。
「ん・・・やっ・・・ああ・・・」
舌でいい加減弄った後、指に差し替える。もう一方の掌を前の方にも回して、さっき果てたそれを柔らかく揉みしだかれるフリックは、脚に力が入らなくて、木にしがみ付いた。乱れるフリックの姿に我慢の限界を感じて、ビクトールは入れていた指を引き抜き、もどかしげに自らの欲望を取り出した。
「力・・・抜け、フリックっ。」
「はあぁぁっ、・・・あっ、あっ・・・」
ぐいぐいを押し行ってきたビクトールは根元まで入れると、休む間もなく動き出した。がっしりとフリックの腰を掴み、激しく律動する。それに合わせてフリックの口から小さな声が上がる。
「・・・うっ・・・く・・・すげぇ、イイぜ。フリック・・・」
「あ・・・俺、も・・・いっい・・・」
応えたフリックの言葉に、ビクトール自身が更に一回り大きくなる。フリックのモノもいつしかまた、上を向いて勃ちあがっていた。
立ったまま突き上げられて、その度に一際多く花びらが降って来る。フリックの髪に、背に、舞い降りる薄紅色―――。自分が付けた痕みたいだ、と感じてビクトールは興奮した。
「あっ?・・・え?ビクトール・・・?」
ビクトールは自身を引き抜き、フリックを向き合わせた。戸惑うフリックの脚を抱え上げて背中を木にあてがい、自身をもう一度埋め込む。体重がかかってギリギリの所まで銜え込んだフリックは、不安定な状態と、快感とで、必死でビクトールにしがみ付いた。
「ビクトールっ・・・あ・・・んっ・・・」
そのフリックの口を塞いで、舌を絡め取る。深く、執拗に口内を犯すビクトールの舌に夢中でフリックは応えた。上下に揺すられる度、中で一杯になったビクトールが内壁を擦り上げていく。何度も何度もイイ所を突かれてフリックはおかしくなりそうだった―――。
「んんっ、んっ、んっ、んっ・・・」
「―――で、るっ・・・」
ビクトールが動きを止め、その途端、フリックの中でびくびくと震えた。熱いものを感じたフリックも同時に自身を解放する為に、歯を食い縛った―――。



「それじゃ、本当にお世話になりました。」
「ああ、こちらこそ楽しい時間を過ごせましたでな・・・いつでも又、寄って下され。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
桜を見た次の日、二人は村を出る事にした。元々寄るつもりのない所だったにも係わらず、ひどく、名残惜しく感じていた。それ程のものが此処にはあったのだ・・・
村の人たちは二人の姿が見えなくなるまで、見送ってくれた。本当に人がいいのだろう。
「楽しかったな・・・」
「ん?昨夜のが、か?」
「ばっ、てめっ、死にやがれっっ・・・この!」
昨夜の、とはサクラの木の下でしたあの―――行為の事だと理解して、フリックは憤死しそうになった。
「じょ、冗談だって、ホントに死んだらどーすんだよっ!」
「てめぇの冗談は、笑えねんだよっっ!!」
耳まで真っ赤になったフリックが愛剣オデッサでビクトールを切りつけた。間一髪で避けたビクトールが声を張り上げる。
「わかった、すまんっ、謝るから、それしまえっ!」
「・・・・・・・」
ビクトールが降参とばかりに目の前で手を合わせるのを見て、フリックは渋々と剣を収めた。
「しめっぽいのは、ごめんだぜ。でも・・・ま、俺もガラにも無く故郷を思い出しちまったけどな。」
ビクトールは照れ隠しか、鼻を掻きながら前を向いて歩き出した。ビクトールの故郷はもうどこにも無い―――フリックはそれを知っていたから、どう声を掛けていいのか解らなかった。でも、自分もそう思っていたのだと、ビクトールも同じ気持ちだったのだと嬉しく思った。
「・・・また、見せに連れてってくれるんだろ?サクラ。」
「おぉよ。来年も再来年も・・・いつでも、どこでもお前の行きたいトコなら、どこだって連れてってやるぜ。」
先を行っていたビクトールは振り返り、嬉しそうに言った。その顔を見て、フリックも笑った。俺も、お前の行く所なら、どこにだってついてってやるよ―――心の中でそう思って。絶対、口が裂けても言わないけれど。

あの村で過ごした時間は夢みたいで、楽しかった。忘れていた懐かしい風景がそこにはあったから。でも、あそこは自分たちのいるべき所じゃ無い―――。それに自分は今の生活が気に入ってる。そして何よりも一番大切な人が側にいる。それが何よりも一番大事。そこまで思ってビクトールはフリックの肩に手を廻した。
「なぁ、やっぱ、結婚だけしとかねーか?」

―――この後、ビクトールはしばらく、オデッサを振り回すフリックに追われる事となるのだった。



                           終劇  2001.03.22



う〜〜〜ん。かなりクサイですな・・・
大好きな桜の話を書きたかっただけなんですが、当初とはちょっと違った話になってしまった気がします。かなり臭ってますね・・・
Hは別に入れなくてもいい話なんですが、無いのも淋しいなと、がんばってみました。
春って、すごく好きなんです。色んな顔があるでしょう?暖かだったり、まだ寒かったり、楽しかったり、寂しかったり、出逢ったり、お別れをしたり、とか。今回は少し寂しくて、でも嬉しい春が書きたかったのです。でも、何かちょっと違う・・・



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