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ちょっと焦げてみせれば男の気も済んだのかも知れないが珍しくうまいことよけてしまった。
失敗した。完全に機嫌を損ねてしまったようだ。
これ以上町中で雷を落とされても困るが、静かになってしまったのもそれはそれで怖い。
おそるおそる近寄ると、ものすごく冷たい目でにらまれた。くやしげに唇を噛んでいる。
・・・紋章の力が尽きていなかったら命がなかったかもしれない。
「とりあえず、野宿できるとこ、探そうかなー、なんて、思うんだけどな・・・」
目を合わせないようにつぶやくと、男は無言で背中を向けて歩き出した。
少しだけ自分の所行を反省して後についていった。
仕事を終えて懐もあたたかく次の町についた。
稼いだ金を預かって買い出しを引き受けて、鍛冶屋に行くというフリックと別れた。
この町の商店の並び順が悪かったのだ。
道具屋、防具屋、宿屋に酒場、とでも並んでくれれば、自分も男にいいつかった通りに旅に必要な道具をそろえ防具をそろえて、宿に部屋を取り、酒場でフリックと合流することにしただろう。
しかし最初に目に入ったのは酒場だった。先に買い物を済ませよう、と思わないでもなかったが、腹が減って買い物をすると余計なものまで買い込んでしまうかもしれない。店の二階の宿に部屋を取ってから、と思わないでもなかったが、泊まり客が多くて困っている様子も見えない。
先に軽く腹に入れて、一杯やることにした。冷静な購買意欲を取り戻すために必要なことだ。
そこで飲んだ酒がうまかったのもまずかった。ついでに小さな賭場が立っていたのもまずかった。
気づいたら稼ぎはどこかに消えてしまっていた。
殺気を感じて振り返ると、連れの男が宿に部屋を取ろうと入ってきたところだった。最近野宿続きで、ゆっくり宿で休めるのをことのほか楽しみにしていたようだ。俺は野宿でも構わないんだが。することは同じだし。
そういう理屈が通用するはずもなく、問答無用で表に連れ出された。
雷は避けたが不機嫌は避けられなかった。男は町はずれから町の外に出ても振り返りもしなかった。
町から少し離れた木立に出て、ようやく男が足を止めた。ふてくされて手近の木の陰に座り込む。
「腹が減った」
「そうだな」
冷たい目がこちらを見た。先刻腹いっぱい食べた肉のにおいが早く消えないものかと服をばたばたはたいてみた。
「何とかするから怒るなよー」
「一文無しが何を言う」
そりゃそうなんだが。
「俺はなにもしないからな」
まだひどく機嫌が悪いようだ。・・・腹が減っているせいだろう。
「まかせとけって」
疑い深い目がこちらを見る。まあ買い出しの前にも同じことを言って別れたしな。
とりあえず火を起こしてから周りを見渡す。
よほどの気候不順がない限り、この地方の秋は春や夏に負けずに食糧の宝庫のはずだ。
「腹いっぱい食わせてやるって」
不信を隠しもしない男に言いきかせて、木立の中に分け入った。
***
どこまで行ったのか熊はなかなか戻ってこなかった。
ひょっとして本能に目覚めてどこかで冬眠の準備に入ってしまったのかもしれない。
そう考えていると腹が鳴った。これでは自分は冬眠もできない。
どっちが熊だかわからないようなことを考えていると、がさがさと熊が戻ってきた。
「遅いぞ莫迦熊」
「おかげで大収穫だ」
やけに上機嫌で片手の獲物を見せて寄越す。確かに満足のゆく以上の質と量の獲物があった。随分と大猟だが、これが熊基準の「腹一杯食わせる」ための必要量らしい。
下ごしらえにかかりながら熊が口元をぬぐった。
「この時期は脂がのっててうまいんだよなあ」
「お前が食うなよ」
「ごちそうするって言ったろう」
どうだか。途中から自分のための狩りに没頭していたに違いない。
もくもくと作業が進められて、獲物が火にかかる。すぐに食欲をそそる匂いに包まれた。熊が料理とも言えないような食事の準備を続ける。
膝を抱えて、腹が鳴っても熊に聞こえないようにした。
「熊じゃあるまいし肉ばかり食ってられるか」
ずいぶん楽しげな様子なのがしゃくに触る。不満を表明すると、熊は今度は腰の小袋をひっくりかえした。
きのこやら山菜やらの類が転がり出る。
「夏の終わりで秋の始まりだからいい季節だよなあ」
食材を楽しげにいじくり回している。
「・・・・・・」
この熊が生きていく上で「食いっぱぐれる」という事態は起こり得ないのだろう。今回ばかりはありがたいことだが。
でもよく考えたらこいつが稼ぎをヒトリで飲み食いして使い果たしたのが悪いんじゃないか。
減った腹がまた立ってきたあたりで、熊が言った。
「もう食えるぞ」
受け取って口に運んだ。
「うまいだろー」
「いばるなよ。ただそのへんの獣ときのこを焼いてよこしただけだろう」
「そこらの食堂には負けないぞ。こぎれいな皿にでものっけて出せばジビエのロティ・アン・ブロッシュ・フォレスティエールだろうが」
熊の屁理屈はともかく確かに肉もきのこもうまかった。熊だし莫迦だがそれは認めてやってもいい。
「・・・この肉は、悪くない、な」
「そうだろ」
「このきのこも、悪くない、かな」
「そうだろ。いつか誰かが間違えて食った奴みたいに毒もないしな」
あのときは一晩中笑いっぱなしで大変だったな、などという。余計なことを思い出す奴だ。

少し不機嫌がぶり返すと、男があわてて懐から何か取り出した。
「まだ時期には早いのにな、こんなんも見つけたぞ」
渡されたものに少し驚いた。きのこの中でも高級に属する部類だ。
「すごいな」
独特の匂いをかいでいると男がやけに嬉しそうな顔をした。
「・・・何だよ」
気色悪い。
「いや・・・何だな。お前がその太くて立派なやつを口元に寄せている図というのは、いいもんだな・・・」
不気味な笑いを浮かべている。わけがわからなかったが身の危険を感じたので深く追求しなかった。
これも食うから焼いておけ、と言うとますます嬉しそうな顔をする。
「おう。しっかり頬張ってやってくれ」
何となく視線が気になったが、気の利く熊があれこれ出してくるものをかたはしからたいらげて食事を終えた。
「満足したか」
「ああ」
小袋に隠し持っていた酒も巻き上げたし、そろそろ許してやってもいい。
機嫌を直したのを見て取って、熊がそそくさと寄ってきた。あたりもすっかり陽が落ちて、熊の高い体温がそれほど邪魔ではなくなっている。
「お前も食べるか?」
自分が満足してもまだ充分な量が残っている。何せよく食う熊だから、酒場での飲み食い分を消化してしまったのかもしれない。
「それは明日の朝飯でいいや」
・・・この熊は朝からこの大量の肉を食う気か。胸やけしそうな気分でいると、熊がのしかかってきた。
「何だよ!」
「どうせ食うなら俺はこっちの方が・・・」
「莫迦か!」
こいつは。雷を落とそうとしたが腹も満ちて酒も入って油断していて出遅れた。
熊が息を荒げている。これはまずい。このままではゆっくり休むどころではない。
大体本当ならば久しぶりに宿に泊まれるはずだったのに、誰のせいで野宿するはめになったと思っているのか。
「お前のせいで野宿なんだから少しは控え、」
「お前があんなにうまそうにきのこにかぶりつくのが悪い!」
「何でだ!」
俺が何をしたというのか。

何だか勢いづいた熊に抵抗もむなしく、食欲を満たした代わりに熊の別の欲を満たして朝を迎えた。






えへ。(謎)(020905)
樹林コメント

うわー!きのこ(高級品)を頬張るフリックがあ!!!
見たかった!実に!
そりゃあもー熊も発情せずにはいられませんとも!
あいかわらずの楽しーお話で幸せですー
そしてこれは私のモノ…フフ
ありがとーございましたー!




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