こんにちは ありがとう さよなら また逢いましょう

表紙・裏表紙。
あとWeb用なんで、印刷はもっとくすんだカンジになってます。

下絵 タブレット直描き
着色 Painter Classic




そして本文見本。
(本ではこの前にプロローグが入ってます)



「フリックが記憶喪失だぁ?!」

 日も沈む頃、数日間に及ぶラダトの偵察を終え同盟軍の城へと帰還して。その報告にと執務室へ直行したビクトールを待ち受けていたのは、予想だにしてなかった状況だった。
「うん、他に悪いとこはないんだけど…」
申し訳なさそうにして軍主の少年、ヤマトが返事をした。ビクトールが帰ったとの報告を受けてすぐ、ここへ飛んで来たのだ。その顔は心配からか、事態からの疲労からか、いつもの快活さはなりを潜めていた。
その隣、憮然とした表情の軍師のシュウが口を開く。
「デュナン湖に見慣れないモンスターが出たと報告があってな。近場の漁師がどうにかしてくれと泣きついてきた。それでフリックに討伐に向かわせたのだが」
「あ、僕も一緒だったんだけど!それで、その、モンスターはやっつけたんだけど…その時フリックさん湖に落ちちゃって。なんか最後に魔法みたいなのを食らってたから、それのせいかも知れないけど」
その説明だけで、ビクトールは何となく起こった事態を理解した。
つまり、簡単に言えばフリックはドジを踏んで記憶喪失などになってしまった、といったところだろう。
微妙な引き攣り笑いが出たところへ、ヤマトが歩み寄り太い腕をしっかりと捕まえた。
「とにかく、フリックさんに会ってよビクトールさん。今はまだ医務室にいるから!」
 言って、ヤマトは歩き出す。腕を引かれたビクトールが慌てて視線を投げた。それを受けたシュウが頷く。先ほど終えた報告の内容への対応は、そう急ぎの事態ではなかった。今は気にせず相棒を見舞え、と。
 それを見取ったビクトールは、そういう事なら遠慮なくとヤマトに続いて振り返りもせず部屋を出て行ったのだった。


「確かに急ぎではないがな…だが、長引くようであれば多少問題にはなるだろうな」

 途端に静かになった執務室に。
 シュウの溜め息混じりの言葉が響いては消えて行った。



 医務室へ向かいながら、ヤマトはビクトールにフリックの状況を詳しく説明しだした。
「記憶がないって言っても、ここ十年くらい分のがないだけなんだけど…」


 フリックはすぐに水から引き上げられたし、別に溺れていた訳ではなかった。だが、気を失っており翌日の朝までは目を覚まさなかった。そして、目を覚ました時には、一部の記憶がすっかりと抜け落ちていたのだった。

 モンスター退治を命じ、それに同行していたからといって、決してそれは彼のせいではなかった。なかったが、心配でずっと付いていたヤマトに、目覚めたフリックはあのベタなセリフをかましたのだ。

「誰だ?お前。それにここは何処だ?」
「……」
驚きで何も言えず固まったヤマトに、しかしフリックはもうひとつのベタなセリフは言わなかった。
つまり『私は誰?!』というやつである。

「自分の事はちゃんと憶えてたんだよね。で、色々話を聞いてみたらここ十年辺りの記憶がぽっかりとって感じで」
「十年っつーと、十七、八歳辺りか?」
「ヒックスとテンガアールの事は一応知ってたんだけど、あ、勿論子供の頃のね。ハンフリーさんとか漁師の二人とか…レオナさんとかは全然憶えてなくって」
 フリックはその十年辺り前のちょうどその頃に、故郷である戦士の村を出てた筈だ。同郷のヒックス達が解り、それ以降、主に三年前の赤月帝国での革命で出会った人々が解らないのは筋が通ってはいるだろう。
 事故や事件に巻き込まれた人間が、あまりのショックにその事故や事件に関する記憶を失くしてしまう、といった話は良く。フリックの記憶が一部分だけ消えてしまった、というのは別段不思議ではないのかもしれない。
 だが、そこではいそうですかと納得出来る筈もなく。
 ヤマトは理不尽だという思いを思い切り顔に乗せて。ビクトールはまだどこか半信半疑といった表情で。行き交う人々を振り返らせていた。


(2008.06.23)