「ねえ、フリックさん。相談にのって貰いたいんだけど…」 昼下がりの一番強い日差しがさんさんと降り注ぐ。 レストランのテラスで相棒と共にランチを食べていたフリックに、上から控え目な声が掛かった。 「ん?」 ホットサンドにかぶりつきながら顔を上げたフリックの目に、少年の姿が映り込む。 城主であるヤマトが、少し困ったように笑っていた。 「…なんだ?何かあったのか?」 まだ口の中が一杯だったフリックに代わって、向かいに座っていたビクトールが応える。 「何かあったって訳じゃなくて…」 「まあ座れや。」 「何か食べるか?」 曖昧に笑うヤマトに、ビクトールが椅子を引いて促した。 咀嚼を終えたフリックも、テーブルの上を片しながらヤマトに笑い掛ける。 「じゃあ、えっと…マンゴープリン!」 二人の好意に甘えるように、腰掛けたヤマトは屈託なく笑ってウエイトレスに注文を告げた。 「で…どうしたって?」 「うん。あのですね…」 マンゴープリンが半分くらいなくなった頃。 ビクトールは徐にヤマトに問い掛けた。 「実は…贈り物をしたいんですけど、何を贈っていいのか迷っちゃって…」 「おぉ?!女か?!お前も隅に置けねぇな!」 「違…!いえっ、そんな色気のある話じゃなくって…っ…」 ぱっと目を輝かせたビクトールの台詞に、少年は慌てて手を振って否定した。 「馬鹿、茶化すなよ。それで…?」 「アイリに…ナナミがあんな事になって…それで、落ち込んでるのを、色々励まして貰ったから…」 「ああ…」 四六時中、この少年にくっ付きたがっていた義姉の姿はもう見る事が叶わない。 その存在を補うように。 端から見てもすぐ解る程に、アイリは懸命にヤマトを元気付けようと頑張っていた。 「何かお礼がしたいんだな。」 「うん、だけど、何がいいのか解らなくって。」 ナナミ以外の女の子になんてプレゼントした事ないから。 そう言って、少しはにかむ様にヤマトは笑って首を竦めた。 その頭に大きな掌が伸びて、くしゃくしゃと髪が掻き回される。 ビクトールのその掌に、もっと笑うヤマトを、フリックが穏やかに眺めて微笑んだ。 笑えるようになったのは、ここ最近の事だ。 大事な人を失う気持ちを痛いほど知っている。 だからこそ、こうして笑顔が見える事がことのほか嬉しいのだ。 「しかしまた…何でフリックなんだ…?」 他にもっと適任がいるだろうに。 ビクトールは顎に手を充てて、不思議そうに顔を顰めた。 「カミューとかよ。」 「カミューさんは遠征で暫く帰って来ないって。」 「じゃ、あの楽団の女タラシは?」 「ピコさんの事ですか…?」 「ああ、そんな名前だったっけなあ…」 迷いなく思い当たった事に、ヤマトは思わず吹き出した。 けれど、すぐに笑いを収めて真面目な顔で言った。 「だから、そんな特別な意味はないんですってば!だから余計にフリックさんが適任かと思ったんですけど…」 「…おい、それはどういう意味だ?」 「そーゆー意味だろ?」 さらっと告げられた暴言にフリックが眉を顰めると、ビクトールはにやりと笑う。 「女に関しちゃあ、色気の欠片もありゃしねぇかんなぁ…」 「うるせえ!放っとけ!!」 「いっっっってぇえっっ!!!」 したり顔で頷くビクトールの脛を、フリックは思い切り蹴り飛ばした。 その遣り取りにヤマトはまた笑って。 「それは置いといて…相談にのってくれます?」 「置いとくのか…」 「あーやめとけやめとけ!」 本題に戻してフリックに手を合わせるヤマトに、脛を押さえて涙目になったビクトールが横から口を出した。 「そいつにプレゼントなんか選ばせてみろ。色気がねぇどころの騒ぎじゃねぇぞ。」 「何だよ、その言い方…」 揶揄うような口調に、フリックは少し温度の下がった目線をビクトールに送る。 それを悠々と受け止めて、ビクトールは手を上げて大袈裟に首を振った。 「俺は忘れちゃいねぇぜ。お前昔オデッサに物を贈ろうとした事あったろ…?」 「…それがどうした…」 「あん時…」 ビクトールの語り始めた昔話に、ヤマトは興味深々といった風で身を乗り出しのだった。 「よお、奇遇だな!何だ?何か買うのか?」 「……」 レナンカンプの道具屋で。 弓を見ていたフリックに、ビクトールは人懐こく話し掛けて来た。 しかし、フリックの反応は今一芳しくなく。 くるりと踵を返すと、その場から立ち去ろうとした。 「おい待てって。何だよ、逃げ出すこたぁねぇだろう?」 「……」 肩を掴んで引き寄せるビクトールに、冷たいフリックの視線が突き刺さる。 「弓を見てたのか?…お前が使うんじゃねぇみたいだけどなあ…」 フリックが見ていたのは細く小さい女性用のものだ。 飾り気は余りないが、しっかりした作りのいい弓である。 「そういえば、オデッサの誕生日が近かったっけなあ…プレゼントか?」 「…お前、解ってて訊いてんじゃねーだろーな…」 にやにやと人の悪い笑みを浮かべるビクトールを一睨みして、フリックは腕を振り払った。 明ら様に邪険な態度は常の事ではある。 が、今この時はそれ以上に別の感情が入り混じっている。 『嫌な奴に、嫌なところを見付かった。』 それが体全体で表現されていて、ビクトールはおかしくて堪らない。 「でもなあ…プレゼントに弓はどうかと思うぜ?」 「え…?」 揶揄いたい気持ちを抑えつつ、ビクトールは至極真面目に言った。 言われて、フリックの目が意外だとばかりに丸く大きくなる。 「え、じゃねぇだろ。彼女に贈るっつったら指輪だろーが、普通はよ。」 「指輪…?」 きょとんとした表情が、今度は疑問に彩られた。 「指輪って…ガードリングとかスキルリングとかか?」 「はあ?!何言ってんだ、お前。」 「何だよ?パワーリングの方がいいってのか?」 「…いや…そうじゃねぇだろぉがよ…」 「…?」 益々困惑顔になるフリックに、ビクトールは呆れ果てて溜息を吐いた。 そして目頭を摘みながらの提案を述べる。 「…解った…指輪はやめてペンダントとかにすればどうだ?」 「ペンダント…木彫りのお守りとかか?」 「……」 「……」 フリックの返答に、まず、ビクトールは呆気に取られた。 そしてフリックが本気で言っている事を察すると、目を閉じてふっと口の端を持ち上げて笑う。 瞬時考え込んで、ひとりで納得して小さく首をうんうんと頷かせるビクトール。 それをフリックがやはり不思議そうな顔で見詰めていた。 「…そうか、成る程…木彫りのお守りか…」 「金の首輪とかでも似合いそうだけどな…」 「……」 「……」 「お前なあっっっっっ!!!んなもん貰って喜ぶ女がどこにいるってぇんだっ、ああ?!!」 「お…っ俺の母親は喜んでたぞっ!!」 「そーゆーレベルの問題じゃねぇだろうがっっ!!!」 「じゃあ、どんな問題だって言うんだ?!!」 「どんなって…!」 勢い余って怒鳴ってしまったビクトールだったが、目の端におろおろと怯える店主と客の姿が映ってはっとした。 見るからに物騒な出で立ちの、しかも普通よりかは頭ひとつぶんデカイ男が声を荒げていては、それだけでも怖がられても仕方ない。 その上、ふた回りくらい細いとはいえ、帯剣した血気盛んな若者と一触即発では尚の事であろう。 その場の雰囲気を痛い程感じ取ったビクトールは、盛大な溜息を吐くと極力抑えてフリックに言い聞かせた。 「アクセサリーだ…解るよな?」 女性客の一人を顎でしゃくって指し示すと、フリックの視線が移動する。 赤いドレスのその女は、頭から順に髪飾り、イヤリング、ネックレス、指輪、と煌びやかな装飾品を身に付けていた。 「ああ、金持ちの女がしているやつだな。」 「そうだ、あーゆーのを贈れっつってんだよ。」 「何でだ?邪魔なだけだろう?」 「…はい?」 「オデッサは戦場にも出たりするのに、あんなのが付いてたんじゃあ、動きが悪くなるだろ?」 「だからそーゆー…っ!」 フリックの余りものすっとぼけ振りに、またビクトールは叫びそうになって思い留まった。 店主が今にも警備兵でも呼びそうな顔つきで、こちらをちらちらと伺っている。 「あー…まぁ、そうだな…花でもいいんじゃねぇか?女なら誰でも喜ぶだろーしよ…」 これ以上不毛な言い争いは要らぬ騒動を起こすと判断して、ビクトールは次の提案を試みた。 「そうだな…花か…」 フリックも、その意見には賛同したらしく、顎に手を充てて考え始めた。 「サフラン、アザミ、しおん、桔梗、竜胆、…どれがいいだろうな…いや芍薬のほうが…」 「へえ、意外と良く知ってんなぁ、お前。人は見掛けによらんもんだよなあ…」 独り言で次から次に花の名前を挙げるフリックに、ビクトールは感嘆の声を上げた。 しかし言われた本人は、眉を顰めてちらりと一瞥をくれる。 「戦士には必要な知識だろ?幼い頃から叩き込まれたんだぜ。」 「必要…か…?」 「当たり前だろ。」 さも当然のように言い返されてビクトールは首を捻る。 だったら自分も憶えた方がいいのだろうかと頭を掻くビクトールは、ごく自然に思った事を告げた。 「まあ普通はバラなんかが無難だろーけどよ。」 「バラ…?ああ、イバラの事か。でも下剤はいらないだろ。」 「げざい??」 また、話が上手く噛み合ってない事に感付きはじめたビクトールに、嫌な予感がしこたま襲う。 そんな空気など一切お構いなし、というか気付きもしないフリックは。 爽やかな、春の空を思わせる笑顔で物騒な言葉を吐いた。 「ああそうだ、いざという時の為にトリカブトなんかでもいいよな。」 「トリ…ってお前っ!『いざという時』てな何の事だ?!」 嫌な予感がまた膨れ上がった気がしてビクトールは軽い眩暈を覚えた。 「え?もし捕まったりなんかしたら逃げる時に毒とかあったほうがいいだろ?」 「毒…」 いいだろ、と訊かれても、ビクトールはすぐには返事出来なかった。 「それに毒性を弱めれば薬にもなるしな。一石二鳥ってやつだよな。」 更にほくほくとした笑顔で告げられて、今度は酷い眩暈に襲われる。 「お前な…薬草とか毒とか贈ってどーすんだ…」 「…?花っていえば薬草の事だろ?」 「そーじゃねぇだろ、花っつったらバラとかユリとか綺麗なやつの事じゃねぇか。」 噛み合わない部分は放っといてビクトールは続けた。 「兎に角、女に贈るんなら鑑賞用のにしとけ!」 「鑑賞用…?花なんか見て何が面白いんだ?動く訳でもないのに…」 「……」 返ってきたあんまりな物言いに、ビクトールはもう言葉もなかった。 根本的に何かが違う。 前から世間を知らなすぎるとは思っていたがここまでとは… それとも『戦士の村』というところには女は住んでいないのか。 「…も、いいわ…好きなもん贈ってやれや…」 「何だよ!言いたい事があるならはっきり言えよ!」 「いや、もう何か疲れちまった…オデッサならお前が贈ったもんなら何でも喜ぶだろーしよ。」 「そ、そうか?」 仲が良い事を揶揄うように言うと、嬉しそうにしてフリックは顔を赤くしながら笑った。 その笑顔があんまりにも年甲斐もなく可愛らしかったので、ビクトールは続く言葉を飲み込んだ。 『オデッサも変わった女だからな…』 ある意味大変似合いのカップルである。 普段、怒ったようにして自分に突っ掛かる青年が、滅多に見せないような表情をしている。 それを見るビクトールは、肩を竦めると、漸く穏やかな笑顔をその相手に見せたのだった。 「あんときゃあ、こいつマジでどっかオカシイんじゃねぇのかと思っちまったぜ。」 「うるせえ!!仕方ねーだろ?!まだ知らなかったんだ!!!」 一通り回想を終えて、腕を組んだビクトールは背を伸ばして椅子に凭れ掛かった。 それと同時にフリックがテーブルを力一杯叩いて立ち上がる。 「知らなかったって…一体どんな育ち方したんですか?フリックさん…」 「……」 口元を隠して尋ねるヤマトの、その目は笑いに象られている。 いらぬ恥をかかせやがってと、フリックはビクトールをぎりりと睨み付けて椅子に座り直した。 「戦士の村では戦いに重点をおいてるからな…装飾を目的としたアクセサリーや、花を愛でる習慣なんてなかったんだよ。」 煌びやかな美を追求したものよりも、実用性の高いものを。 柔らかい金よりも硬くて強い鉄を。 美しいけれど何の役にも立たない花よりも、毒や薬になる植物を。 徹底した堅実主義に基づいて、尚且つより強さを求める方向性で。 「いかれた村だぜ…まったく…」 「ほっとけよ!!」 相棒の心底うんざりした様子で肩を竦める仕草に、フリックはまた拳をテーブルに叩きつけた。 にこにこと楽しそうにそれをヤマトは眺めていたのだが。 ふと思い付いて首を傾げた。 「それで、結局何を贈ったんです?」 その言葉に。 喧喧諤諤言い合っていた二人の動きが止まった。 「ああ?そーいやあ、俺も聞いてなかったよな…」 「ね、一体何をプレゼントしたんですか?!」 キラキラと目を輝かせて尋ねるヤマトに、面白がって目を細めるビクトール。 二人の背後にありありと醸し出されている『絶対訊き出してやる』というオーラが、フリックは見える気がしてぐっと詰まった。 けれど逃れる術はない事は明白で。 観念して項垂れると溜息とともに言葉を吐いた。 「…何も、贈らなかったんだ。」 「へ?!」 「何にも?!」 思いも寄らない返答に拍子抜けした両名は、間抜けな声を洩らした。 しかし無言で続きを迫る。 その視線にフリックは言い難そうに少し目線を逸らした。 そして、暫く考え込んでから。 ぽつり、と告げた。 「結局、悩んだ挙句直接本人に訊く事にしたんだ…」 「へー…」 「まあ、悪いとは言わねぇけどな…」 確かに悪くはない。 けれど。 「嘘つけ!!顔に『野暮な真似しやがって』って書いてあんじゃねーかっ!!!」 「うわっ!八つ当たりすんじゃねぇよ!」 「八つ当たりなもんかっ!お前がっっ!!あの時いちいちヘンな反応返すから自信なくしちまったんじゃねーかよ!!!!」 二人の呆れた表情を見て、逆上したフリックがビクトールに右フックを繰り出した。 慌てて避けたビクトールが、ヤマトの後ろに素早く逃げ込む。 「隠れてんじゃねえ!」 「馬鹿、ヤマトに当たるだろーが!」 「まーまーまーフリックさん。そんな事より続きを聞かせてよ。」 「う…」 「そーそー落ち着けって!」 「お前は後で覚えてろよ…」 主君を挟んで大立ち回りをした傭兵達は、暫く睨み合って席に付いた。 そうして、フリックは話し出した。 「オデッサに『何が欲しい』って訊いたら、そしたら…」 「そうね。『約束』が欲しいわ。」 「約束?」 問われた後、しばし宙を見詰めていたオデッサが目を合わせて言った。 「ええ、きいて欲しいお願いがあって、それを守るって『約束』して欲しいの。」 「ああ、つまり何か一つ何でも言う事をきけばいいって事なんだよな?」 「平たく言えばそうね。」 訊き直したフリックに、オデッサは柔らかい笑顔で応える。 「なんだそんな事か。いいぜ、何でもきいてやるさ。」 でも「別れたい」とかいうのはなしだからな。 と少し慌てて付け足された言葉に、オデッサが零れるような笑みを返す。 そして、恋人の手を取って。 「お願いというのはね…」 「ああ。」 一旦瞳を閉じて。 ゆっくりと瞼が上がる。 すると鳶色の瞳の奥で、強い光が煌いた。 「この戦いが終わったら…この戦いで命を失くした人の事は全て忘れて。」 「忘れる?」 「そうよ、大事な仲間も、戦って殺した帝国軍の兵士も。巻き込まれて死んだ罪のない何の関係もない人も。全部よ。」 「忘れる…のか?忘れない、じゃなくて?」 「…ええ、忘れるのよ。」 「……」 少し、苦く笑う。 そのオデッサの表情と繰る言葉と。 理由が解らなくてフリックは眉を顰める。 「忘れない、方がいいんじゃないのか?」 「いいえ。忘れて、幸せになって欲しいの。」 「……」 握っていた手をそっと離す。 そしてくるりと背を向けて。 「私たちが戦う帝国軍の兵士にだって、家族や愛する人はいるわ。でも、殺すわ。そして、殺される。」 「…仕方ないだろ。」 「ええ、そうよ。今はね。」 「でも、戦いが終わって…自分だけ生き残って…ふと思うのよ。自分の殺した人の事や、殺された人の事を。」 「……」 「でも、仕方ないのよ、今は。だから戦いが終わったら忘れて欲しいの。忘れて、幸せに…」 少し、肩が震えた気がして、フリックは手を差し伸べた。 けれど。 その手がオデッサの肩を掴むその前に。 するりと逃れてたオデッサが振り返った。 「もし、誰が死んだとしても、忘れてね。いつまでも、そんなしがらみに囚われていて欲しくないの。」 儚く笑う。 でもその瞳は強い。 「ほんとうは…私たちがしている事は正しいとは言えないのかも。戦いを起こしているのは私たちなのだから…でも、仕方ないのよ。」 「オデッサ…?」 「人を殺してでも、自分の命を賭けてでも。貫きたい想いがあるの。戦わなければ手に入らないなら、私は戦う事を選ぶわ…それによって、誰かが命を落としても。」 仕方ない。 そう口で言うのは簡単だけれど。 実際に戦場に立つ立場だからこそ、身にしみるその言葉。 殺したい訳ではない。 だけど。 世の中は恐ろしい程の弱肉強食で。 力を持ってるものが、全て正しい。 平和を望むなら、その力を手に入れるしかなくて。 その方法が。 『戦い』であることは正しくはないのかもしれないけれど。 それ以外に術がないのであれば。 戦わない事を選ぶ事も出来るだろう。 けれどそれでは願いは叶わない。 自分達は、戦う方を選んだ。 その選択を善悪だけで決め付ける事なんか出来ないと。 ただ、相容れない者同士が、ぶつかり合ってるだけなのだと。 そう、思うのは自分たちの身勝手だろうか。 「戦うには覚悟がいるわ。殺すことと、殺されること。そしてそれを忘れる非情さもね。」 「…その、非情さを持てって言うのか。」 「そうよ。」 「…解った。忘れる。そう、約束する。」 硬い表情のまま、フリックは足を踏み出した。 そして、手を。 オデッサの背に回して、胸に抱く。 「…でも、今は忘れないで。間違えないで…」 「解った…努力する。」 オデッサの腕も、フリックの背へと。 そうして二人は固く抱き締め合っていた。 「…それで…忘れたんですか?」 ややあって、ヤマトが口を開いた。 その質問に、フリックは苦笑と共に返事する。 「ああ。約束だからな。」 「へえ?オデッサの事もか?」 嘗ての恋人だったオデッサもその戦いの最中で死んだ。 けれど時々その彼女を思い出して物思いに耽るフリックを、ビクトールは知っている。 皮肉る相棒に、フリックは嫌そうに顔を顰めた。 そして。 「ああ。解放軍のリーダーだったオデッサはな。」 言い放って、テーブルについた肘に顔を乗せる。 「でも、ただの女だったオデッサの事は忘れないけどな。」 言った後、ぷいとそっぽを向く。 その目元が赤く見えるのは、気のせいではないだろう。 「はははっ!お前さんらしーねぇ。」 「うるさい。」 腕を伸ばしながらビクトールが笑った。 その手がフリックの頭に置かれ、さっきヤマトにしたようにぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜる。 言い返しつつも、フリックはそれを甘んじてそれを受けている。 ちょっと泣きそうに見えなくもなかった表情はお陰でより複雑になっていく。 そんな二人を見るヤマトに、また笑みが戻った。 「素敵な人だったんですね。そのオデッサさんて…僕も、「お姉ちゃん」だったナナミは忘れない事にします。」 「ああ…そうだな…」 「でも、忘れないからこそ元気でいなくちゃな。いつまでも落ち込んでたら化けて出てきそうだもんなぁ。」 「あはは!言えてる〜」 ビクトールが、少しお茶らけて言ったのに、ヤマトは明るく声を出して笑った。 そして席を立つ。 「じゃあ、僕はそろそろ行きますね。」 「おう…って、おい!肝心のプレゼントの話をしてねぇぞ!」 「ああ、それもフリックさんを見習おうと思って。」 「俺?」 言われたフリックが不思議そうな顔をした。 「野暮な真似をしてみようかと思いまして…」 「おい!」 「はっはっはっはっは!」 「じゃ!」 フリックが怒り出す前にヤマトは走り出した。 見る間にその背中は見えなくなってしまう。 「いつまで笑ってやがる!!」 「でっ?!」 いつまでも腹を抱えるビクトールの後頭部を叩いて、フリックはふんぞり返った。 そして、ふっと優しい笑みを。 「ま…ヤマトからの贈り物だったら、アイリは何でも喜ぶんだろーけどな。」 「……」 「何だよ?」 同意が貰えるものだと思っていたフリックは、無言で見詰められて訝しげに見返した。 「いや…自分の事には果てしなく鈍いくせに、他の奴の事ぁ結構解るもんだなぁと思ってよ…」 「悪かったな!!」 「悪かあねぇさ…そんなとこもお前さんの魅力のひとつなんだろーからなあ…」 「お前…大丈夫か…?頭腐ってんのか…?」 ビクトールの意外な返事にフリックの顔が益々困惑したものになる。 別に腐ってねぇよと言って、今度はビクトールがそっぽを向いた。 けれど、すぐに思い当たって振り向く。 「それで、今、お前は幸せなのか?」 「……」 その問い掛けに。 フリックはすぐに答えなかった。 けれども。 ひとつ溜息を吐くと。 とても綺麗な微笑みで。 「当たり前だ。そう、『約束』したからな。」 忘れて、幸せに。 迷いなく答えたフリックの瞳は。 今日の空の如く。 とても青く、とても澄んでいた。 |
ギャグ?シリアス?? フリオデ?ビクフリ?? …何かもが中途半端… ほんっとに申し訳ないです…(T_T) そして、挿絵…合作ですよ!合作!! 人物は一人づつ、背景と処理は先のが私で、後のが沙原さんです、 身贔屓なく違和感なく上手いこと仕上がってませんか?! やっぱり合作は楽しいですねぇ。 あ、そうそう、原案のアイデアも沙原さんに少々戴きましたのです。 戦士の村では花や草は食用や薬用であるとか、花を愛でたりしないとか。 ある意味お話も合作ですね。うふ。お世話になりましたです。 いやしかしキリ番のお礼なのに、私が大変得した気分なのですが! 沙原さん、ほんとにほんとに有難う御座いましたー! これからも宜しくお願い致しますねv |
沙原さんのサイトはこちら |
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