■ビクフリリレー小説 第五話 (作:今泉彩子)■
「ガキのうちから盗みを憶えるとロクな大人にならねぇぜ?」 そう言って子供たちを取り囲む連中を黙って見ていることはできず、とうとうフリックは一歩を踏み出した。多勢に無勢であまりいい状況とは思えなかった が、あれこれ考えている間に、子供たちが怪我でもしたら元も子もない。 だがここで下手に騒ぐとまずいことになるかもしれないな、とも思う。 こういう裏通りの店はほとんどが裏で繋がっていて、妙な連帯感を持っているのだ。 持ちつ持たれつというところなのか、自分たちの分が悪くなると、どこからともなく加勢してくる連中が現れる。 (人が増えるとやっかいだな) 自分一人であれば、どうとでもなる。こんな連中相手に遅れをとるようなフリックではなかったが、守るべき相手がいるとなると、一人では辛いものがある。 けれど、何とか子供たちを無事に救い出さなくてはいけない。何としても。 無言のまま近づいたフリックを、男たちが無遠慮な視線で上から下まで眺め回した。そしてすぐにその顔にニヤニヤとした笑みを浮かべた。 一見優男風に見えるせいか、フリックは第一印象ではかなり弱そうに見えるらしい。らしい、というのはそんな風に思うのはチンピラばかりで、少しでも人を 見る目のある剣士であれば、フリックが身に纏う空気から、彼がただの優男ではないということはすぐに分かるのだ。 分かる人間は簡単にフリックに喧嘩など売ろうとはしない。売ったら最後、返り討ちにあうのが目に見えているからだ。どうやらこの場にいたのは、人を見る 目のないチンピラばかりのようで、「いいカモがきた」とばかりにフリックの周りを周りを取り囲んだ。 「何だ、お前は?」 今まで子供の腕を掴んでいた男がその手を振り払った。反動で、地面に尻もちをついた少年はじわりとその目に涙を浮かべた。その側に、他の子供たちが駆け 寄る。 もう子供たちには興味がなくなった男たちは皆、フリックへと向きを変え、その整った顔を覗き込む。 「ここらじゃ見かけねぇ顔だなぁ……おい、余計な口はさむんじゃねぇよ、さっさと消えな」 「そういうわけにもいかないんでね」 お決まりの台詞にやれやれと肩をすくめ、フリックは男たちを押し退けて、怯えた素振りを見せる子供たちに手を差し伸べる。 「大丈夫か?」 「う、うん……」 そりゃ良かった、とフリックが笑う。子供たちを一纏めに壁際へと押しやると、フリックは見るからに不機嫌そうな様子の男たちと対峙した。 「兄ちゃん、粋がって見せるのはいいが、下手に首突っ込むと痛い目見るぜ」 「………」 どうやらこの男がこの裏通りでの元締めといったところなのだろうか。禁じられた薬の売買でよほど稼いでいるのか、身にした異国風の装束はずいぶんと金の かかったものに見えた。だが、お世辞にも趣味が良いとは言えない。 「さ、ガキたちをこっちに渡しな」 ずいっとフリックの肩を押し退けようとした男の手首を掴み、フリックがぎりっとひねり上げた。とたんに男が悲鳴じみた声を上げる。 「いっ……!」 「汚い手で触るな」 「な、何だとっ」 「お前たちが興味があるのは、子供たちじゃなくて、彼らが手にしている財布なんだろう」 「………っ」 「なら、俺は無関係ってわけじゃないんでね」 どん、っと男を突き飛ばすと、フリックはそれまでの怒りが再びふつふつと湧き上がるのを感じた。あの財布がどういう経緯で子供たちの元へと渡ったのかは 分からない。そりゃあ悪いのは財布を無くした自分だが、そのせいでビクトールとしたくもない喧嘩をしたのだ。 (ああ、悪いのは全部俺だがな!) それでも、今まで燻り続けていた憤りは、ここへきて目の前に現れた男たちへと向かった。もちろん、ただの八つ当たりと言えないこともない。 「てめぇ、やる気か!?」 ぐいっと伸びてきた手がフリックの肩を掴む。次の瞬間、すっと身を屈めたフリックが男の腹部を一発殴った。 そうして、裏通りでの派手な乱闘騒ぎが始まった。 「おいっ、乱闘騒ぎってのは何だ?」 役所に飛び込んできた男はぜいぜいと荒い息を繰り返している。 ビクトールは嫌な予感がして、役人が尋ねるより早く、第一報を持ってきた男の腕を揺さぶる。 「はぁ…はぁ、……い、市場の裏手の…通りで、すごい喧嘩が……何か…知らないが…と、とにかく大変なんだ」 「おい、それって……」 「ねぇねぇ、それって、青いマントをしてて、青いバンダナをしてて、左の太腿にサポーターなんてしてる、ちょっとかっこいいけど、どこかぼんやりした感じ の男の人じゃない!?」 ビクトールを押し退けて叫んだのはナナミである。 なるほど的確な形容だとは思うが、どうもひどいことを言っているような気がしないでもないビクトールだったが、しかし問われた男は、うんうんと大きくう なづいた。 「そう、そうだ。これがまたえらく強い男で……20人はいるだろう男たち相手に、ぜんぜんひけをとらないんだ。もう大変な騒ぎになってて、と、とにかくお 役人に……」 「さっすがフリックさんですねー」 リーダーが感心したようにうなづく。 そんなおかしな感心するんじゃねぇ、とビクトールが肩を落とす。 しかし、20人もの男を相手に立ち回りなんて、いったいあいつは何をやってるんだろう。おそらく財布を手にした相手でも見つけて、そいつらと乱闘騒ぎに にでもなったに違いない。 フリックの腕前は誰よりも知っているビクトールだが、さすがに20人相手となると放ってはおけない。 「おい、そこはどこだ、案内しな」 まだ息の整わない男の腕をビクトールが引っ張る。ここまで大急ぎでやってきた男は、そんな殺生な、と泣きそうな顔をした。 とにかく案内しろ、と今にも走り出しそうなビクトールの腕を、はしっとリーダーが掴んだ。 「ビクトールさん、ビクトールさん、それよりもどうして役場へ来たんですか、僕たちに何か用があったんじゃないんですか?」 先ほど、フリックを探すといって別れたばかりのビクトールが役場へ姿を見せたのだ。何か理由があるのだろうと問い掛けるリーダーである。何があっても冷 静でいるあたり、さすがリーダーというところか。ビクトールは言われてはっと我に返った。 「え、あ、ああっ、そうだっ!」 例の姉妹を追ってここまでやってきたことをすっかり忘れていたビクトールは、慌てて周りを見渡した。しかし、つい先ほどまでそこにいた姉妹の姿がどこに もない。 「し、しまった!おい、女が二人いただろう、若い女で……えっと、地味な感じの……」 「え、ああ、そういえばいましたね…えっと……」 きょろきょろとリーダーが辺りを見渡す、そしてにっこりと笑う。 「ほら、あそこに……」 指さした方向……役場の落し物係のカウンター前に女が二人いた。ビクトールはよしとうなづくと、リーダーとナナミに叫んだ。 「あの二人を捕まえておいてくれ。いいか、戻ってくるまでちゃんとここにいろよ!」 「え、ちょっとビクトールさん!!どこ行くんですかー」 「ビクトールさん、フリックさんによろしくねー」 ぶんぶんとナナミが手を振る。 慌しくビクトールと男が役場をあとにするのを見送り、残されたリーダーとナナミは何が何だかわけの分からないまま、言われた通り、カウンターにいる姉妹 の方へと歩き出した。 あっという間に最初に殴りかかってきた男をのしてしまうと、フリックは好戦的な視線を男たちへと向けた。いつもなら自分から進んで喧嘩などしないフリッ クである。しかし、今日はどうにも腹の虫がおさまらなかったのだ。 しかし男たちも黙ってやられているわけではない。 次々に襲ってくる男たちを簡単にその場に倒していくフリックに、一人ではとても敵わないと悟った連中が数人で殴りかかる。 「危ないっ!!」 思わず叫んだのは路地の片隅でその喧嘩の様子を見ていた子供たちだ。 乱闘が始まった時は、あまりの恐さに身をすくめていた子供たちだが、やがて目の前で繰り広げられる見応えのある活劇に目を輝かせ始めた。何しろフリック はめちゃくちゃ強くて、まるでヒーローのように悪人たちをやっつけていくのだから、わくわくしてしないわけがない。 「お兄ちゃんがんばれ!!!」 そんな歓声は殴りあいを続ける男たちにはまったく聞こえてはいない。次第に周りに野次馬連中が集まり始まり、裏通りは大変な騒ぎになっていた。 両腕をとられたフリックは正面から襲ってきた男に蹴りを入れ、さらに身体を捻って両脇の男を振り払った。その場に重なるように倒れ込む男たちに、周りか らわーっと声を上がる。 「ちくしょー、いい加減にしやがれ」 さすがのフリックもまったく減る気配のない…むしろ増えていく男達に舌打ちをした。フリックが現れたおかげで、男のたちの注意は子供たちから逸れたが、 かといって収まる様子のないこの状況に、自分が軽率なことをしてしまったと思わずにはいられない。 (どうしたものか) 軽い身のこなしで降りかかる拳をかわしたフリックが思案し始めた時、ぐいっと誰かが後ろからフリックの肩を掴んだ。簡単に背後を取られたことにフリック はひやりとして、咄嗟に戦闘態勢をとったが、視界に入った見覚えのある姿にほっと力を抜いた。 「おいおい、俺を殴るなよ」 おどけた仕草でフリックから手を離したのはビクトールである。 長年一緒に行動を共にしてきた相棒の気配はフリックにとっては慣れ親しんだもので、特に戦闘中の息は不本意ながもぴったりなので、どうやら彼が近づいて いたことにすぐには気づかなかったようである。ビクトールの登場に、フリックは一瞬喜悦の表情を浮かべたが、すぐにむっとした表情へと変えた。 「何しにきたんだ!」 いきなり叫んだフリックに、ビクトールがかちんとする。 「何だとー。お前が一人で困ってるだろうと思って加勢にきてやったんだろうが」 「余計なお世話だっ!」 「ああ!?せっかく来てやったのに、そのいい様は何だっ!!!」 今にも掴み合いになりそうな二人に、今までやられっぱなしだった連中はしばらく唖然としていたが、やがて無視された怒りも込めて襲いかかった。それを ひょいとかわした二人は、自分たちがまずやらなければならないことが何なのか、今さらながらに気づいた。 「とりあえず、こいつらを片付けてからだ」 「ふん」 言うなり、二人は見事なまでのコンビネーションで、次々に男たちを地面へと這いつくばらせた。 フリック一人でも苦労していた男たちは、ビクトールという新たな相手が加わったことで、完全に形勢は不利となり、しばらく後にはあっさりと片がついた。 ボロボロになった男たちとは裏腹に、少しの乱れもなく勝利を勝ち取ったビクトールとフリックは、いつものように、ぱんっと軽く手を合わせた。 「ったく、手間かけさせやがって」 ビクトールはぐったりとした男たちをひとまとめにして、野次馬たちに散った散ったと声をかける。 ちょうどそこへ役人たちが血相をかえてやってきた。 大喧嘩との通報を受けて一目散にやってきた役人たちは、人ごみをかきわけ乱闘の現場へと踏み込んできたが、すっかり片のついた様子に拍子抜けしたように 眉をしかめる。 それでもその場に倒れた大勢の男たちを見ては、やはり放っておくこともできないようで、その場を取り仕切っているビクトールを肩をたたいた。 「おい、いったい何があったんだ、大乱闘だと通報があったんだが」 「え、いやー俺にもさっぱり……」 「ふざけるな、この有り様は何なんだ」 役人の尋問にビクトールは、何で俺が!と不満の声を上げた。 フリックはそんな相棒を横目に、子供たちへと近づいた。子供たちはまるで自分たちが喧嘩に勝ったかのように、きゃあきゃあと飛び跳ねて喜んでいる。 「お兄ちゃん、すごいねーーっ!」 「かっこいい」 「すごく強いね」 口々にフリックの手を握ったりしてはまとわりついてくる彼らに、フリックは面映そうに曖昧な笑みを浮かべた。そしてその場にしゃがみこむと、財布を手に していた少年を真っ直ぐに見た。 「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」 ここで待っているように、と言われたリーダーとナナミは、捕まえておけと言われた姉妹と4人で役場の粗末な椅子に腰かけていた。 「そっかー、じゃあ、この財布は拾ったんですね」 「ええ……でも落としたのはその青いマントをしたって人じゃなかったわ」 姉が申し訳なさそうに答える。 ビクトールが飛び出していったあと、姉妹へと近寄ったリーダーとナナミは、落し物カウンターに件の財布が差し出されているのことに大きく目を見開いた。 それは僕たちのです!と役人に説明をして財布を取り戻した二人は、姉妹たちと共にビクトールたちの帰りを待つことにしたのだ。 役場の待合室の片隅で、ストーブに手をかざしながら互いに自己紹介をした。 いったいどこでこの財布を手に入れたのか、と尋ねたナナミに、姉妹は教会の近くで拾ったのだ、と答えたのである。 「教会の近くっていうと、大道芸をやってところからすぐそこだよね」 「うん、でも落としたのはフリックさんじゃないんですよね?」 リーダーが首を傾げると、妹がええ、とうなづいた。 「落としたのは若い女性だったの。落としたことに気づいて、あとを追いかけたんだけど、すごい人ごみだったから見失ってしまって……すぐに届けようと思っ たんだけど……」 ごめんなさい、と妹は涙を浮かべた。 犯人が誰なのかはわからないが、フリックから財布を手に入れた女は間抜けなことにそれを落としたらしい。そして、その財布をこの姉妹が拾った。 彼女たちは拾った財布に大金が入っていることを知り、びっくりしてすぐに役場に届けなければ、と思った。けれど、年を越すためのろくな食べ物も買えず、 病気の母親の薬も手に入らず、途方に暮れていた二人の心に浮かんだ思いを責めることが誰にできるだろうか。 こんなにたくさんあるのだから、少しだけ使わせてもらってはだめだろうか。 もちろん他人のものを、たとえ拾ったにせよ勝手に使うなど許される行為ではない。姉妹もそれは十分分かっていて、本当に必要最低限のものだけを手にいれ ると、こうして役場に財布を届けにきたのだ。 「ごめんなさい。本当にごめんなさい……あの……必ずお返ししますから、だから……」 姉妹二人がこれ以上ないほどに頭を下げる。 リーダーとナナミは困ったように互いに顔を見合わせた。 財布の中身を確認すると、なるほど確かに金額は減ってはいるものの、その額は一割にも満たない。姉妹たちが買ったものも決して贅沢品などではなく、生活 に必要なものばかりのようである。 それに、もし姉妹が財布を落とした女性を追いかけて、親切にもこの財布を手渡していたとしたら、絶対に自分たちの元に財布は戻ってはこなかっただろう。 それは不幸中の幸いだったといえる。 「ねぇ、どうする?」 「どうするって言われても……」 自分たちの金を盗られたと役人に訴えることもできるのだが、リーダーにしろナナミにしろ、とてもそんな気にはなれなかったのだ。 この姉妹が決して悪い人ではなく、生活に困って、本当にどうしようもなくて、拾った財布からつい少しばかり使ってしまったのだということはよく分かった のだ。 だが、同盟軍の大切な資金を預かってきた身としては、自分たちの勝手な判断で彼女たちを無罪放免とすることもできない。 「とりあえず、ビクトールさんたちが戻ってきたら相談しよう、ね、ナナミ」 「うん、そうだね」 ごめんなさい、と何度も繰り返す姉妹は、やはり不安そうにうなだれている。何となく気まずい雰囲気に誰もが黙り込んだその時、 「盟主殿、こちらにいらっしゃいましたか……」 聞きなれた低い声に4人が顔を上げる。 そこにはマイクロトフとカミューが立っていた。 二人もあちこちと財布の行方を追って捜索を続けていたが、あまり効果があがらなかったため、一度リーダーたちと合流をしようということになり、この役場 までやってきたとのことだった。 「ちょうどいいタイミング!!ねぇねぇ、カミューさん、あのね、財布が見つかったの!!」 ナナミが満面の笑みを浮かべてカミューに抱きつく。冬の空気に晒されていた騎士服の感触に、ストーブの熱で火照った頬が冷やされて気持ちがいい。 カミューの大ファンであるナナミはすりすりとカミューへと懐いた。 「見つかったのですか?」 その様子を苦笑しながら見ていたマイクロトフは、リーダーに確認をする。うん、とうなづくリーダー。マイクロトフは良かったですねと微笑むと、すぐそば に座る二人の女性たちを見て、この人たちは?と目で尋ねた。 「えっと、この人たちはですね……」 リーダーが説明をしようとしたところへ、ざわざわとした喧騒と共に、役人たちとビクトール、フリック、そして悪人面の大勢の男たち、そしてその場にどう 見ても不釣合いな子供たちが役場の入口から中へと入ってきた。 「あ、ビクトールさんっ!」 リーダーとナナミが声を上げる。それにつられて騎士の二人も顔を向けた。 呼ばれた傭兵たちは、よぉと軽く手をあげると、一緒に入ってきた少年たちを連れて、リーダーたちの元へと歩み寄った。 「フリックさん、喧嘩勝ったの?」 無邪気に尋ねるナナミに、フリックは苦笑しつつもうなづいた。しかし、ビクトールはうんざりしたように顔をしかめてみせた。 「まったく、派手にやってくれたもんだから、これから事情聴取だぜ。ああ、財布はちゃんと見つかったから安心しな」 ほら、とビクトールはやっと手元に戻った財布を、リーダーに見せる。 わーっと嬉しそうに笑って、リーダーもナナミも良かったねぇと胸をなでおろした。 「やっぱり、財布はあの男たちにすられていたのですか?」 カミューが役人に連れられていく男たちを見ながらフリックに尋ねる。やっぱりって何なんだ!とフリックは憤慨するが、カミューはけろりとしたものであ る。 「いやまぁ話せば長くなるんだがなな……」 とフリックは咳払いをした。 しかし、説明をしようとしたフリックは、今回の乱闘騒ぎの当事者として事情聴取を受けるために、役人に呼ばれてしまったのである。 代わりに説明しておくからよ、とニヤニヤ笑うビクトールに、フリックはいやぁーな顔をした。 「お前、ちゃんと正しく説明しろよ」 「わぁっかってるって、ほらさっさと行けよ」 役人が仁王立ちで待っているのを指さして、ビクトールがフリックの背を押した。仕方がない、と一つ溜息をついてフリックがその場を去る。 「いったい、何があったのですか?」 マイクロトフが説明を求めると、ビクトールはどかっとストーブ前の椅子に座った。 「財布を拾ったのは、そこにいる子供たちだ」 皆の視線が一斉に数人の子供たちに注がれる。どこかしゅんとした様子の子供たちは、その視線に居たたまれないように身をすくめた。中には目に涙を浮かべ る子もいて、ナナミが大丈夫だよ、と頭をなでてやる。 「フリックがどこでどう財布を無くしたのかはわからねぇが、道のど真ん中に落ちてたらしい。で、こいつらがそれを拾ったってわけだ。もっとも、中には小銭 程度しか残っちゃいなかったみたいだがな」 子供たちが言うには、財布を拾った時には、中にはそんな大きな金は入っていなかったという。どうやら先に拾った誰かが大きな札だけを抜き取って、小銭に 用はないとばかりにその場に捨てたようである。 残っていたのはたいした金額ではないが、それでも子供たちにしてみれば大金で、お菓子やジュースを買うには十分の金額だったのだ。 子供たちに絡んだ男たちは、ろくに財布の中身も見ずに、はしゃいだ子供たちの様子だけで大金を持っているものだと思い込んだらしい。 「ごめんなさいっ!僕達……悪いことだって分かってたんだけど……」 ほろほろと涙を零して謝る少年に、一同が顔を見合わせる。ビクトールの持っていた金の大半を盗んだのは子供たちではなく、どこかの誰かである。彼らが 使ったのは大人の感覚からすれば本当に小遣い程度といっても差し支えのない金額である。 「私たち牢屋に入れられちゃうの?」 少女も涙を浮かべた。 カミューはその場に膝をつくと、そんな少女のぬれた頬を拭う。 「大丈夫ですよ。泣かなくても平気です。牢屋になんて入れられたりしませんよ」 女性となれば、子供にでも優しいカミューの笑顔に、少女はほっとしたようにうんうんとうなづいた。 「お、そうだ、もう一つの財布の方は……」 ビクトールがそれまで黙ってやりとりと見ていた姉妹を見る。 「ちゃんとここにあります。この人たちも、道で拾ったそうです」 軍師からもらった財布を手に取り、リーダーが先ほど彼女たちから聞いた話をビクトールとカミュー、マイクロトフに聞かせた。 「ごめんなさいっ……本当にごめんなさい……」 姉妹は深々と頭を下げた。ビクトールはやれやれと困ったように頭をかいた。 何にせよ、財布が両方とも手元に戻ったのは嬉しいことである。だが、ビクトールの持ち金がすべてなくなってしまったことは事実だし、大切な軍資金が少し ばかりとはいえ使われてしまったことも事実である。どうしたものか、とその場にいた全員が深々と溜息をついた時、役人に事情聴取を受けていたフリックが 戻ってきた。 「ビクトール、ちょっと……」 困惑した表情の相棒に、ビクトールは何ごとか、とそばに寄った。 「何だって!報奨金が出るって!!!」 思わず大声で叫んだビクトールに、同盟軍の一行が目を見開く。 「おい、フリック、それどういうことなんだよ」 「あー、だからよ、さっき俺達がやっつけた連中な、どうやら役場で指名手配をかけてた連中だったらしいんだ。ラダトで最近密売されてた薬の元締めみたいで な。サウスウィンドウからも捜索依頼が来てたらしい。で、捕まえた人に報奨金を出すってことになっていたらしいんだ」 「…………」 知らぬことだったとはいえ、結果的に悪党たちを捕まえたことになったフリックたちに、役場から報奨金が支払われることになったというのだ。 棚からぼたもちとはこのことであろう。 リーダーもナナミも無邪気に喜びの声を上げた。 そして、その報奨金の額に、再び歓喜の嬌声が響き渡る。 「すごーーーい。ビクトールさんの持っていたお金よりもずっと多いんじゃないの?」 「すごいですね、これだけあれば、もっといっぱいプレゼントが買えますねぇ」 呑気なリーダーたちに、ビクトールも苦笑せざるを得ない。 「本当に、運が悪いのかいいのか分かりませんね」 「やはり悪いことのあとにはいいことがあるものだな」 ふむふむとうなづきあう騎士たち。 「で、どうするよ」 ビクトールがナナミとはしゃいでいたリーダーにこれからどうするのか、と尋ねる。いくら一番の年少者とはいえ、彼は同盟軍のリーダーであり、彼の考えを 尊重してやりたいという気持ちが誰の中にもあるのだ。リーダーはしばらく考えたあと、おずおずと口を開いた。 「えっと、シュウさんから預かった財布を拾ってくれたのはこの人たちですよね」 そう言って、佇む姉妹を見る。 「ですから、拾ってくれた人にはお礼をしなくちゃいけないと思うんです。普通は拾ったものの一割を謝礼で渡すと思うので、……ちょうど彼女たちが使った金 額くらいじゃないかと…」 「うん、そうだな」 フリックがうなづく。 「あと、ビクトールさんのお金は盗られちゃいましたけど、でも、代わりに役場から報奨金が出たわけで、たぶん、潤ったほどじゃないかと思うんですけど」 「まぁ…そうだな」 ビクトールもうなづく。 「ですから、あの……これ以上騒ぎを大きくする必要もないと思うんですよね……一応被害らしい被害はなかったわけですし、それに、早く買物をすまさないと シュウさんに怒られると思うし」 リーダーが上目使いにビクトールたちを見る。 つまり、これで一件落着としようではないか、という提案である。 ビクトールがフリックを、フリックがカミューを、カミューがマイクロトフを、マイクロトフがビクトールを見たあと、全員がうなづいた。 「そうするか」 その一言に、姉妹も子供たちもほっとしたように安堵のため息をついた。 そのあと無事に年末の買い出しをすませた一行は、夕刻、本拠地であるノースウィンドウへと戻ってきた。もちろん例の熊のぬいぐるみもちゃんと購入済みで ある。 役場で別れた姉妹たちは、フリックたちに何度も頭を下げた。両手にいっぱいの荷物を持ち、母親の待つ自宅へと、彼女たちは戻っていった。 ビクトールは報奨金の中から自分の取り分を差し引き、余った中から年越しに必要であろうと思われる金を子供たちに渡した。 親のいない子供たちがどんな生活を送っているかは想像に難くない。 絶対に無駄使いするなというビクトールに、子供たちは大きくうなづいた。 そうして、財布紛失事件は幕を閉じたのである。 「あーそれにしても疲れたぜ」 自室へ戻るなり、ビクトールはばたりとベッドに倒れ込んだ。城を出たときよりも暖かくなった懐に、買物好きのナナミが黙っているはずがなく、予定よりも 大幅に増えた荷物を運ばされたのだ。 フリックはマントを外すと、同じように疲れたと言って椅子に座り込んだ。 「ひどい目にあった」 「まったくだ。だいたいお前がぼんやりしてるからだぜ」 「うるさい」 「結局、財布をどこでどうやって無くしたのかも分からないままだしな」 ビクトールはごろりと寝返りを打つと、憮然とした表情でいるフリックを見遣った。 そして、そういえば、と身を起こす。 「フリック、お前言ったよな、俺の方が早く財布を見つけたら、何でも言うことを聞くってよ」 「言った。だが、先に見つけたのは俺だからな。土下座するのはてめぇの方だ」 しばし無言でにらみ合う。 預かった財布を見つけたビクトールと、ビクトールの財布を見つけたフリック。どちらが先に見つけたかなんて、誰にも分かるはずがない。 「……まぁいい…今さらどっちがどっちでもたいした問題じゃねぇしな」 言って、ビクトールははぁと溜息をもらし、枕に顔を埋めた。相当疲れた様子の男に、フリックは面倒臭げに立ち上がると、ベッドの端に腰を下ろした。 そして、しばらくしたあと、ぽつりと言った。 「悪かったよ、俺のせいで余計な手間かけさせて」 「………」 ビクトールの方は見ずに、早口で詫びをいれるフリックだが、ビクトールは枕に顔を伏せたままである。何も言わないビクトールに、フリックはやや気まずそ うにもう一度悪かった、と言った。 理由は分からないが、預かった財布を無くしたことは事実なわけで、何となく強がって喧嘩になってしまったものの、ちゃんと謝っておくのが筋だろうと思っ たのだ。 このあたり、フリックはどこまで素直である。 「……フリック」 「うん?」 ぐいと手を引かれ、そのまま横倒しされるようにフリックはベッドの中、ビクトールの身体の下に引きこまれた。 「なっ……何なんだっ!」 「何ってよー、今朝、中途半端に終わったままだし、何ていうかなー」 「何だよっ!!!」 「だってよ、そんな可愛いこと言われて黙ってられるかってんだ」 言うが早いか、ビクトールはまだ文句を言おうとしているフリックの唇を、己のそれで塞いだ。一瞬身を固くし、ビクトールの胸を押し返そうとしたフリック だが、やがてそんな抵抗はやめて、労わるように優しい口づけを受け止めた。 長い口づけのあと、ビクトールはそのままフリックの首筋に顔を埋めて、アンダーシャツの裾から手を差し入れた。 「お、お前……まだ飯も食ってないのに……」 「そんなもんはあとでいい」 「だめだ、腹減った」 フリックは肘をついて上半身を起こすと、自分の身体に抱きついたまま離れようとしない男の肩をやんわりと押し返した。 「………つめてぇな」 「いいからさっさと飯食っちまおうぜ……」 「………」 「腹が減ったままだと集中してできねぇだろ」 言い捨てて、フリックがベッドから抜け出す。 残されたビクトールはその言葉の意味を考えて、やがてくっくと喉の奥で笑った。 部屋から出て行こうとするフリックの耳元が、赤く染まっていることに、さらに笑いが込み上げる。 「アレは飯を食ったあとの腹ごなしか??お前、それも情緒がねぇんじゃねぇか?」 ビクトールは意外と大雑把な恋人に細く溜息をついて、彼のあとを追った。 ノースウィンドウにあと数日で新年がやってくる。 FIN |
<作者コメント> 皆様の伏線を活かしきれず、ありきたりな結末で申し訳ございませ〜ん。でも大団円ですのでお許しを!結局、フリックはどうやって財布を無くしたんだ!え! と突っ込まないように(笑) 何しろ不運な人なので、何でもありです。 今回、皆様と一緒に企画がやれてとても楽しかったです。本当にありがとうございました! また機会がありましたら、第二弾をやりたいなー(なんて、けっこう本気で参加者募る!) |