続・夢のまにまに。


「ビクトール、喉渇いたから、何か冷たいの持って来てくれ。」
「お前なぁあ〜〜〜!そーゆー事は、先に言えよ・・・」

脇に抱えた数冊の本をベッド際のサイドテーブルにどさりと降ろしながら、ビクトールは恨めし気にフリックの方を見た。
「しょうがないだろ?お前が行ってる間に飲みたいと思ったんだから。」
「・・・ったくよぉ。」
しかし、ベッドに横たわり、ビクトールの持って来た本を物色しているフリックは何処吹く風だ。
そんなフリックに、溜息を付きつつビクトールは体を翻して扉へと向かう。
フリックご所望の、冷たい飲み物を調達する為に。
「冷めたけりゃ、何でもいいんだな?」
扉に手を掛けたビクトールが、出て行く前に振り返ってフリックに声を掛ける。
「ああ、任せるよ。」
「・・・・・・」
手に取った本から目も上げずに答えるフリックに、もう一度溜息を吐きながら、ビクトールは部屋を後にした。



ビクトールが、本日部屋を出るのはこれが4回目。
2人分の昼食を部屋に運ぶ時。そしてそれを返しに行く時。更にフリックに頼まれて図書室に本を取りに行った時。
今日、ビクトールはフリックの使い走りと化していた。
それには、勿論理由がある。

フリック曰く。
『朝やったのが、トドメ一発だった。』
らしい。

昨夜、遠征から帰って来たビクトールは、その逢えないでいた期間を埋めるかの様に、一晩中フリックを抱いていた。当然、ただ抱き締めていた訳ではない。
しかしそれで済んでいれば問題なかったのだが。
今朝、目覚めて、新たにフリックの可愛らしさを再確認してしまったビクトールは、つい、朝から励んでしまったのだ。
それがいけなかったのらしい。
その後また昼までひと眠りしたのだが、その時になって、フリックが『起きられない』と言い出したのだ。
『お前がっ!俺は待てって言ってるのに、聞く耳持たないでヤルからだろうがっ!!』
と言って、ぼかすかと殴られた挙句
『取り敢えず腹減ったから、飯取って来い。』
から始まって、色々用事を言いつけられているのだった。



しかし、ビクトールは思う。
「まぁ、こんな時でもなけりゃあ、俺に頼ろうとかしないだろうからなぁ。あいつは。」
今手に持っているのは、フリックの好きな果物で作ったフレッシュジュースだ。
わざわざレオナに頼んで作って貰った。
普段我が侭なんか言わないから、こんな時くらいは存分に甘やかしてやりたい、とも思う。
我が侭…というより、八つ当たりに近い気もしないではないのだが。


自然とニヤける顔を引き締めて、ジュースが温くならないうちにと、ビクトールはその足を速めたのだった。



「ほら、持って来たぞ。」
「ああ、其処に置いといてくれ。」
読み掛けの本からまた目を上げずに、フリックは顎でサイドテーブルを指す。
「・・・へいへい、ほらよ。」
ことん、とビクトールが指し示された所にグラスを置く。
それでも、フリックの視線は開いた本から離れなかった。
頭をがりがりと掻きながら、ビクトールが面白くなさそうな顔をして、また、本日何度目かの溜息を吐く。
「お礼のキスとまではいかなくてもよぉ・・・」
こう、何か、労いの言葉の一つくらい・・・と、もごもごと口篭りながら、部屋に備え付けの椅子にどかりと腰を下ろした。
そこで。
初めて、フリックの目線が上がる。
「ビクトール。」
「何だ?」
「喉が、渇いた。」
「あぁ?だから、其処にジュース置いてあるだろうが。」
「・・・寝たままだと飲めない。」
「お前なぁ〜」
そのくらいは自分で何とかしろ、と言い掛けて、ビクトールの動きが止まる。
また本に目を滑らすフリックの顔が、耳が、みるみる赤くなっていく。
成る程、そういう事か、とフリックの意図を汲んだビクトールの顔が、喜色満面になった。
「しょうがねぇなぁ。」
ゆっくりと立ち上がって、ベッド際に近付くと、自分の持って来たジュースを一口煽る。
そして、そのままフリックの本を退けると、唇を覆った。
ぎしり、とスプリングが鳴る。
甘酸っぱい果物の味が、匂いが、フリックの口腔を満たす。
流し込まれた液体をこくんと飲み干して、フリックは唇を離した。
「もっと。」
ビクトールが、またグラスを引き寄せる。
中身を煽っては、フリックの口へ。
何度かそれを繰り返す間、ビクトールの空いた手は、フリックの頬や髪を優しく撫でいた。
そして、本を持っていた筈のフリックの手は、ビクトールの背に軽く回されて。
何時の間にか、潤いを与えていた側のビクトールが、フリックの舌を、奪う様に吸っている。
最後に、唇が離れる時には、もう、互いの口中には、果物の味など残ってはいなかった。



まだ、名残惜しげに見詰めるビクトールの肩を押して、フリックは背を向けて言った。
「暫く寝る。だから、お前は好きな事でもやってろ。」
「解った。」
そう応えたビクトールは、掛布を捲ると、フリックの体を押しやって、その隣にぐいぐいと体を寄せる。
「何やってんだ?!お前・・・っ?!」
驚いたフリックが、振り向いて問い掛けるのに、ビクトールはにやりと笑った。
「好きな事って言われりゃあ、そりゃ、お前とこうしてる事だからな。」
「・・・・・・」
「どうした?」
「呆れて、物が言えん。」
「言ってるじゃねぇか。」
「・・・・・・」
「ほら、寝るんだろ?」
ビクトールが、フリックの頭の下に腕を差し入れて、後ろから抱き込んだ。
「言っとくけど、絶対、しないからな。」
「俺も、そこまでケダモノじゃねぇよ。」
「どうだか・・・」
疑わしい、といった目つきで、けれど言葉とは裏腹に、フリックは体を反転させると、ビクトールの胸に抱きついた。
「おやすみ。」
そして、そう告げるとフリックは目を瞑る。
フリックの横顔は穏やかで、今にも眠りに落ちていくだろう事が知れた。
その、背中を抱き寄せて。
ビクトールは、ああ、と、溜息を吐く。
「やっぱり、前言撤回って訳にはいかねぇよなぁ。」
自分の、何処までも邪な想いを出来るだけ封じ込めるかの様に、ビクトールもまた、固く目を閉じて眠りに就く事にしたのだった。



                    今度こそおわる。2002.01.21


ラッシー様に捧げます。

す、すみません。何か、フリックって、全然我が侭言いそうにないんで。
「我が侭に振り回される熊」とゆーより、「ワザと嫌がらせするフリ」みたいな話になってしまった気が…(汗)あぁ、ホントにすみませんです〜
いつも見に来て下さってるのに、お礼にならない様なブツで申し訳ないです。
しかし出来ましたらこの辺りでご勘弁して下さると有り難いのですが〜駄目?


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